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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第六章 大陸震撼
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6-28 甲斐甲斐しいお世話(魔神)

「──……これはまた、随分と奇妙な空間ですね。マルトから聞いてはいましたけれど、やはり見ると聞くとでは印象が違います」


 虚無の魔神の空間へと足を踏み入れたエスリウは、その奇怪さに呻き声を上げた。


 地上とは異なる空間──魔界を知る彼女であっても、天地全てが白一色の空間には驚きを禁じ得ない。ロウが創り出した異空間はそれほどまでに異様だった。


「あの砦、君が建てたの? 前は無かったと思うけれど」


「最近ここに住む面子が増えてきて、用意してた住居が手狭になったから増築したんだよ。折角創るならってことで気合入れたら、あんな感じに仕上がった」


 他方、既にそこへ訪れた経験のあったマルトは、前回とは異なる点に興味を惹かれていた。


「住むものが増えたというと、枯色竜(かれいろりゅう)のことかな? 君の話しぶりだと、ここではなくて街中にいるという雰囲気を感じたけれど」

「ああ、ドレイクはヘレネスの宿で放置してるけど、それ以外にも増えてな──と、あいつらも気付いたか」


[[[──]]]


 噂をすればなんとやら。創造主の魔力を感じ取った眷属(けんぞく)たちがマルトたちの下へと現れた。


 しかし、彼女たちを見た眷属たちは表情に警戒の色を滲ませる。創造主を害されたという事実は、簡単に忘れてしまえるような事柄ではない。


「あらシアンさんに……ロウさんの眷属の皆さん? ごきげんよう」

「……久しぶり、シアン」


[……──][……][──、──?][──、──]


 人当たりのよい笑みを浮かべるエスリウと、ぎこちないながらも笑みを繕い挨拶を行うマルト。


 対し、シアンは仏頂面(ぶっちょうづら)のまま応じ、テラコッタは仁王立ちのまま不動。長男のコルクに至っては、エスリウたちを直接見たことがない末の妹サルビアに容姿や性格の説明を行っていた。


「すみませんねマルト、エスリウ様。(しつけ)がちゃんとなってなくて。シアンとコルクはもうご存知かと思いますけど、こっちの厳つい男がテラコッタ、薄い青色のツインテールっ子がサルビアです。ほらお前たち、挨拶挨拶」


[[[──]]]


「うふふ、大丈夫ですよ。(もと)を正せばワタクシの非礼が原因なのですから。遅くなりましたが眷属の皆さん、貴方がたの主君、ロウさんを害してしまい、誠に申し訳ありません」


 ロウから非礼を詫びられたエスリウは首を振り、逆に従者マルト共々頭を下げ、かつての己の行いを詫びた。


[!?][──?][──……]


 流石の眷属たちも、圧倒的な力を持つ魔神から頭を下げられては強硬な態度を維持できない。頭を下げるエスリウを見た彼らは右往左往した後、恐縮したように身を縮こまらせた


「ふふふっ。シアンさんたちのこういった反応を見てしまうと、やはりロウさんの性質が受け継がれていると感じてしまいますね」


不遜(ふそん)かと思えば小心で、強硬かと思えば押しに弱い。そんなロウの性質の一部は、確かに彼らにも見て取れますね」


[[[──]]]


「何誇らしげにしてんだよ……。というか、ニグラスはいないのか?」


 まるで褒められたとでもいうように照れや恥じらいを見せる眷属たちへ、雑な突っ込みを入れ、ロウはこの場に姿を見せていない住人について触れた。


[──、──][──]


「疲れて寝てて、起こさない方が良さそう? あいつも昨日から寝てないし、そりゃそうか。説明せずに済んで助かったか……」

「? ロウさんの眷属はまだいらっしゃるのですか?」


「いえ、俺の眷属じゃなくて別口です。毎回同じ説明で申し訳ないですけど、成り行きで一緒に行動するようになった奴でして」

「……ニグラス? いや、まさか」


 ロウと眷属のやり取りで出た名前にマルトは表情を鋭くしたが……。その呟きは小さく、またロウ自身もエスリウへの対応で気が逸れていたため、彼女の反応が拾われることはなかった。


「それじゃあ、そろそろ始めますか」

「はい。よろしくお願いしますね、ロウさん」


 話を打ち切ったロウはエスリウや眷属たちが見守る中、空間魔法の構築を開始した。


◇◆◇◆


 ──物質ではなく物質を内包する場そのものに作用する空間魔法は、高度な技法である。


 神という人類の創造者が目で見え時には手で触れることさえ可能なこの世界において、目で見える範囲の原理や法則=自然科学の探求は、地球同様に進んできた。


 反面、目で見えず実体を伴わない概念や存在の探求=形而上学(けいじじょうがく)は、人智の及ぶところではないと不可侵領域のようにして放置されてきた歴史がある。


 これは、身の回りで起きる自然現象については目を向けるが、それ以外の目に見えぬ事柄については「神様がそのようになさったのだろう」とする思考が、人族一般に根付いていたことによる。


 無論そういった思考とならない“変わり者”もいたが、その者たちの言葉が全体への影響を持ち学問として学ばれるようになるまでは至らなかった。


 神という絶対者を身近に感じられたからこそ、この世界では神の領域に対する探究が盛んに行われてはこなかったのだ。


 人族に比し強大な力を持っている魔族にしても、これに近い思考形態が形成されている。


 つまりは自然法則には目を向けても、その法則が何故そのような仕組みとなっているかは魔神様のみが知る、ということである。


 この思考傾向は魔術や魔法といった技法にも影響していた。


 魔力は一般に不可視の存在ながら、波長を肌で感じることが出来るものである。


 故に、人族魔族共にその研究や解明に明け暮れてきた。が、この魔力を使い世界への干渉を行う際、火風土水に光闇といった目で見える概念≒属性の研究は進んだものの、それらの上位概念──時間や空間、世界の法則への干渉は、全くと言っていいほど触れられなかった。


 それら不可視の概念へ干渉するために莫大な魔力が必要だったこともあるが、研究を行わなかった者たちの多くは、前述の思考──形而上の事柄は神/魔神の領域であり不可侵であるという信仰──が無意識に働いていたのだ。


 結果、この世界において空間魔法ないし魔術を使う存在は、絶大なる力を持つ神か魔神か竜か、あるいは異世界の存在と混じり思考形態が変質した存在に限られる。


 かつてロウを魔神だと知らなかった曲刀たちが空間魔法の構築に驚いたのも、こういった思考の下敷(したじ)きがあったからこそであった。


 ──話は戻り、魔神の創りし異空間である。


「……」


 そんな高位技法を無造作に構築していくロウを見て、魔神エスリウは眉間(みけん)(しわ)を刻んでいた。


 上位魔神バロールの娘、魔眼の魔神エスリウも強大な力を持つ魔神ではあったが、母親に比べれば小さなものである。母を知る彼女が、自分如きに神の御業たる空間魔法を使うのは尚早(しょうそう)であると認識するほど、空間魔法というものは高度な技法なのだ。


 にもかかわらず、目の前の幼い魔神は何でもないように空間を捻じ曲げ、断ち切り、繋ぎ合わせているのだ。それも以前見た時とは比べ物にならない早さと規模で、だ。


 そのうえ──。


「あの、ロウさん。その魔力の色は、一体……?」


「ああ、これですか。エスリウ様のお部屋にいる時に少し触れましたけど、魔力が変質しちゃったんですよ。(くれない)から真紅(しんく)になって、色々な魔法が物凄く効率的に構築できるようになったんですよね」

「……」


 ──かの少年の魔力が、母バロールに匹敵する濃い赤の気配を放っているのだ。知らぬ間に友人が上位魔神へ至るなど、眩暈(めまい)がして(しか)るべき事態である。


「様々な空間魔法を一度に構築することも凄いけれど。それと並行して土魔法を操り、空間の変化を実演してみせるというのも、相当異常だよ」


「この程度の魔法なら幾つか並行して構築したって全く問題は起きんよ。ヴリトラやレヴィアタンさんと戦った時なんて、この云百倍の規模の空間魔法を構築しながら殴り合ってたわけだし」

「今更ながら、ロウさんが古き竜たちとひと悶着(もんちゃく)あったということの実感が湧きましたよ……」


 軽い調子で語りつつ空間魔法と土魔法を同時に操る少年に、主従は深い溜息を吐いた。


 しかし、少年にとっては既に説明していた事柄であり、繰り返すほどのことでもなかった。故に彼は話を主題へと戻す。


「それはそれとして、どうですか? 空間魔法のコツみたいなのって(つか)めそうですか?」


「……そうですね。魔力の動きや働きというのは大方理解できたように思えます。実際にワタクシが構築するとなると、上手くいくかどうかは分かりかねるところですけれど」

「おお、本当ですか? 原理が理解できたなら魔力に物を言わせて構築しちゃいましょうか。エスリウ様は魔神ですし、数をこなせばきっとできますよ」


「そうでしょうか? うふふ、ロウさんはのせるのがお上手ですね」


 教導状態へ移行したロウは、常であれば動じたであろう(あで)やかな微笑みをサラリと流して指導を継続。


 時に身振り手振りで想像のコツを伝え、時に自身の多彩な空間魔法を実演して。少年は少女が手本としやすいイメージを得られるよう助力していく。


(──なんとまあ、甲斐甲斐(かいがい)しいことでしょう。ロウがここまで丁寧に指導したことが未だかつてあったでしょうか? いえ、ありません! つまりこれは、由々(ゆゆ)しき事態と言えるのです!)

(そうかあ? ウィルムになんとか(けん)っていうのを教える時も、レルヒの坊主に指導する時も、ロウは懇切丁寧(こんせつていねい)って感じだったが)


(……お前らは人化させとくべきだったわ。やかましすぎんだろ)


 などと、曲刀たちから妨害念話を入れられつつ教え導くこと約二時間。


「──! ロウさん、見ましたか!?」


「見ましたよー。『空間跳躍』、バッチリでしたね」


 象牙色の少女が(ほむら)へ転じた──直後に拡散。十数メートル離れた位置に炎の塊が現れ、それが人型を(かたど)り少女となる。


 ロウから手ほどきを受けたエスリウは、水平垂直問わず瞬時に移動することの出来る空間魔法、少年の扱う「転移」と同様の「空間跳躍」を習得するに至った。これには教えていた少年も満足気である。


(何度も頷いていますが、そんなにエスリウの下着を見れたことが嬉しかったのですか? どうしようもないですね、ロウは)

(ギルタブ、お前流石にちょっとおかしいぞ……)


 黒刀の妄言(もうげん)通り、空間魔法の特訓中に垂直方向へ移動したエスリウが、その華やかなロングスカートの深奥を(あらわ)にする事態もあった。


 しかしロウは真面目に指導する精神状態にあったため、そのすみれ色の下着を眼と脳裏に焼き付けはしたものの、それ以上の反応を示すことなく粛々(しゅくしゅく)と指導を続けていった。


 彼は人を教えている最中は極めて真面目である。内なる色欲は変わらぬままではあるが。


 脳内で繰り広げられる漫才を少年が無視していると、覚えたての空間魔法を使ったエスリウが彼の眼前に現れ、同時に少年を胸元へと抱き寄せた。


「ありがとうございます、ロウさんっ! まさかワタクシが、こんなにも早く空間魔法を扱えるようになるとは思ってもいませんでしたよ」


「おふっ。それはなによりです、はい」


[[[……]]](おお?)(はあっ!!??!?)


「おめでとうございます、お嬢様。神なる技術を習得されましたこと、私も嬉しく思います。……ですが、ロウの眷属たちが殺気立っていますから、腕を解放した方がよろしいかもしれません」

「ああっ!? も、申し訳ありません!」


 抱擁(ほうよう)は意識してのことではなかったのか、マルトから指摘されたエスリウは弾かれるようにロウから離れ、狼狽(うろた)え赤面し謝罪した。


「いえいえ、エスリウ様の抱擁ならいつでも大歓迎ですよ。……魔法とか魔眼とか使わないのであれば」


「ぅ……。その節は、本当に申し訳ありませんでした」

「えっと、すみません。俺も恥ずかしさを誤魔化すのに、つまらないことを蒸し返しました。忘れてください」


 動揺した少年の口をついて出た軽口は、加害者である少女が気に病んでいた事柄だった。


 少年の言葉で花がしおれてしまうように(うつむ)いたエスリウは、忸怩(じくじ)たる思いで懺悔(ざんげ)する。


「いえ、あれはつまらないことなどではありません。勝手な勘違いのうえ殺害に及ぶなど、ワタクシが殺されて(しか)るべき行動でした」


「まあまあ。蒸し返した身で言うのもなんですけど、マルトからもエスリウ様からも誠意ある謝罪をしてもらいましたし。折角人との混血の魔神同士ですし、後ろ向きではなく前を向いて仲良くやっていきましょう」

「ロウさん……」


 謝罪合戦の様相を呈しそうになるや、ロウは自分とエスリウの共通項を交えて展望を語り、話を逸らした。


(驚いたな。これは確かに恐ろしい手管(てくだ)だ。ギルタブが散々言っていた懸念が、今になってやっと理解できたぞ)

(ががが……ぐぐぐ……ぎぎぎ……)


(なーに訳の分からんこと言ってんだおめーら)


 銀刀の呟く世迷言(よまいごと)と黒刀の発する金属音へ雑な突っ込みを入れつつ、少年は俯くエスリウと首を傾げるマルトに昼食の誘いをかける。


「結構長いこと特訓してましたし、そろそろ戻りますか。丁度お昼時の頃合いだと思いますし」


「もうそんな時間になるのかな。基準となるものがないこの空間だと、時間の感覚を忘れてしまうね」

「俺も最初はそうだったなあ。今では慣れちゃって、そんなこともなくなったけど」

「もう昼食の時間なのですね。この楽しい時間が終わってしまうというのも、名残惜(なごりお)しく感じてしまいます」


「そういうことなら、またいつか時間をとりましょうか? もうそろそろ帝国行きを考えてますし、バロール様への面会前に一度行うくらいが限度かもしれませんが」


 しおれた状態から華やいだ状態となったエスリウが残念そうに零すと、ロウは何の気なしに応じた。


「本当ですかっ? それは良いことを聞きました。マルト、後で予定を調整する時、明日と明後日の二日間はどちらか空けておいて。お願いね?」

「心得ました」


「お、おう? うーん、明日と明後日はふらつかない方がいいのか……?」

「いえいえ、ロウさんのご自由になさってください。ワタクシたちの都合がつけば、『魔眼』と空間魔法でロウさんを探しますから」

「なるほど。それじゃあほんのりと魔力出しておきますね」


 少年の言葉へ被せるように提案を受け取った少女により、とんとん拍子で魔神同士の魔法講座のセッティングが完了してしまう。


(ぐぐぎぎ……由々(ゆゆ)しき、事態なのです……)

(まあ落ち着けよ。時間はまだある。今からロウと買い物に洒落込(しゃれこ)んだら挽回なんて簡単だ)


 今の状況は我慢ならぬと刀身を震わせる黒刀が、銀刀より慰められる。

 そんな曲刀たちの馬鹿話を聞き流したロウは、エスリウたちと共に学生寮の食堂へと向かったのだった。

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