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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第一章 異世界転生と新天地への旅立ち
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1-20 調査団からの聴取

 馬を駆る赤い外套(がいとう)を身に着けた騎士の一団。目の前に現れた彼らは、やはり竜の大魔法を調査しにきた調査団のようだった。


「ボルドーより派兵された調査団の団長ネイサンだ。我々は昨日の昼頃に起きた強力な魔力災害……のようなものの調査を目的としている。方角的にあなた方がやってきた方向で災害があったと考えられるが、知っていることがあれば聴取(ちょうしゅ)に協力してもらいたい」


 調査団の代表だという男性が兜を外し、こちらの代表であるムスターファに語り掛ける。


 恐らく彼は、騎士の中でも実力者。表情は柔らかく(たたず)まいは自然体のようでいて、その芯は寸毫(すんごう)の揺らぎもない。さながら大地に太く根を張った大樹のような印象を受ける。


 俺に武術を叩き込んだ師匠を思い出す隙のなさ。こちらが不意を打って殴りかかったとしても、容易く無力化されることだろう。


(物騒なこと考えるなよ……?)


 ──そんな脳内シミュレーションを行っていると、サルガスから警告らしきお言葉を頂戴する。


 実際に対峙するかどうかにかかわらず、相手の戦力の予測は重要だ。足を洗ったとはいえ元盗賊、騎士などいつ敵対するか分かったもんじゃない。


 それに加えて出自が出自だ。


 父親が魔族らしく、元盗賊で、おまけに公爵令嬢誘拐実行犯。箇条書(かじょうが)きしてみるとかなりの危険人物である。


 いや、まごうこと無き極悪人である。今更気が付いたぜ。転生したら極悪人だった件ってか。いや、極悪魔族か? ウケるわー。


「ご挨拶感謝いたします。ボルドーで活動しているアーリア商会の代表、ムスターファです。私どもは商売を終えリマージュからの帰路の途中、かの災害に見舞われたのです」


 益体(やくたい)のない脳内会話を繰り広げている間にも、挨拶は進む。


「おお、貴殿がムスターファ殿であったか! ご無事で何より。しかし、リマージュからの帰路としては(いささ)か軽装のようですが……これは(くだん)の災害が影響して?」

「ご慧眼(けいがん)恐れ良いります。私どもは道中オークキングを含むオークの大集団と交戦し、これを退けました。ここまでは良かったのですが……その後に枯色(かれいろ)の竜と遭遇したのです」


 そこまで語ったところで竜の威容を思い出したのか、思わず身震いするムスターファ。


「馬鹿な、竜だとッ!? 亜竜の間違いではないか?」


「──横から失礼する。ムスターファ殿の護衛を務めている、アルベルトだ。俺は何度も亜竜を倒してきたが、今回会った奴は確実に次元の違う存在だった。『竜殺し』の名において誓おう」

「『竜殺し』殿か、なるほど。高名な貴殿がそう言うのなら、確かに竜なのだろうな……クッ!」


 ムスターファとアルベルトが竜との遭遇について話すと、調査団に大きな動揺が生まれる。やはり、かの存在はとても(おそ)れられているようだ。


(むしろ、ロウの淡白な反応が異常といいますか。人族であれ魔族であれ、知恵ある生き物であれば竜に畏れを抱くものなのですよ)


 暢気に観察していると、ギルタブからも突っ込みを頂いてしまった。


 詳しく彼女に話を聞いてみれば、どの種族でも幼少期の頃に逸話なり伝説なりで竜の力の一端を学ぶそうな。竜が超常たる存在であるとことは、どういった種族でも常識として浸透しているらしい。


 考えてみると、俺の場合は女手一人で育て上げられ、六歳の時点で母親と死別している。その後は盗賊業に専念していたし、そういった教育がものの見事に欠落しているのだ。


「話が逸れたか。すまない、ムスターファ殿。続けてもらえるだろうか?」


 俺が異世界の常識を考察している間に立ち直ったネイサンが、ムスターファに話の続きを(うなが)す。


「勿論でございます。竜は私どもを確認すると白く輝く炎を吐き散らし、周囲を焦土へ変えたのです。その範囲は地平まで焼き尽くすのではないかと思う程でした」

「昨夜北の空が赤く輝いていたのは竜のブレスによる火災か。よく生き残れたものだな」


「こちらの少年が卓越した精霊使役者だったのが幸いしました。しかし、空が赤く見えたのはブレスによるものではないと愚考します。奴はブレスを凌いだ私どもを見ると笑い、悪夢のような魔術……いえ、大魔法を放ったのです」

「竜の大魔法。ボルドーで観測された揺れはその時のものなのだろうな。想像もしたくないが、聞かないわけにはいかん」


 周囲同様神妙な表情を作りつつ、内心でムスターファへ拍手を送る。途中で俺の紹介が入ったけど、竜の大魔法のインパクトが強いだろうから、俺へ興味が向くのを避けられるやり口だ。


 ……どの道、竜の魔法から逃れる話になった時に追及されるか。あんまり意味なくね? いやいや、わき道にそれずに話が進むか。


「あれは正しく伝説に語られているような魔法でした……。その一撃で竜の周囲数十、数百か所から溶岩の柱が噴出し、村一つ、いや、街一つが丸ごと入る溶岩湖を形成せしめたのです。その溶岩は未だ冷えず、夜空を煌々(こうこう)と照らしていたことを、昨夜確認しております」


 たった一撃で周囲まるごと地形を変え溶岩地帯を作り出す。改めて考えると凄まじい魔法だ。


 挑む前はどうやって戦うか苦心してたけど、いざ対峙したら戦闘以前の問題だったな。


(いやいや、防ぎ切ったお前さんも大概だぞ。しかもまだ伸びしろがあるから始末に負えない)


 始末に負えないってお前、それ持ち主に対する評価じゃないよね?


 とはいえ、ほんの数日前に魔法を使えるようになった初心者がやってのけたと考えれば、サルガスの(げん)も妥当な評価なのかもしれない。


 俺としては、魔力操作自体は幼少期からずっと鍛え続けていた技術という思いが強い。魔力操作の延長上にある魔法技術は、初心者と評される程でもない気がしている。


「街を丸ごと飲み込むほどの溶岩か……よく、生き残れたものだな」


 さておき、ムスターファの言葉を聞いた調査兵団一同は絶句している。


 街一つ丸呑みする大魔法なんて冗談みたいな話だけど、すんなり事実だと信じられてるあたりに竜の恐ろしさが詰まっている気がする。この世界において、竜の脅威はありふれているのだろう……。


「私兵として雇っている少年が優秀な水精霊使いでしたので。ロウ君、披露してもらってもいいかい?」


「わかりました」


 ここできましたキラーパス! この状況じゃNOとは言えないな。


 まずは水精霊モドキを宙に実体化させ「自分は精霊使いですよ」アピール。


 次いで体内で魔力を練り上げる。ここまでは今まで通りだが、精霊使いらしさの演出のために、いつもは手の平に集束させる魔力を、今回は浮かべてある精霊ダミーへ向けて集中させていく。


「これはッ──!」


 精霊の周りが(ゆが)んで見えるほどの魔力の流れを感じ取ったネイサンが、ごくりと生唾を飲み込んだ丁度その時──収斂しゅうれん完了。


 凝縮された魔力を(かて)に、魔法をこの世に顕現させる。


 氷河。氷山。その一角を思い描く。

 あの猛きドレイクを封じられるような、冷たく堅固な氷獄(ひょうごく)を。


 巨大な物体が(こす)(きし)む……そんな不協和音を(かな)で重厚な氷塊が創り上げられる。誰もが口を閉ざし、(にぶ)く不快な音のみが場を支配する。


「こんな感じです」


 あの時よりも一回り大きい、あの枯色竜の全長に等しい大きさの、透き通るような美しい氷塊が完成した。


 我ながら中々の出来だ。これならドレイクの「炎獄」も……いや、アレは無理か。


「「「……」」」


 (あご)が外れんばかりに口を開け氷塊を凝視する調査団の面々。一方のアルベルトたちは慣れたもので、苦笑を浮かべ眺めている。


「──このようにこの子は規格外でして……何とか竜の脅威から逃れることができたのです」


「……凄まじいな。個人で扱える魔術を遥かに超える規模、そして放った後でも涼しい顔でいられるほどの魔力量か。ムスターファ殿の手が付いてなければ即座にスカウトしていたところだ」

「お目汚し失礼しました」


 あっぶねえ! 口裏合わせてなかったら引っ立てられて官職コースだった可能性アリだな。自意識過剰かと思ったけど、今後も用心した方が良いかもしれない。


「竜は大魔法を放った後何処かへ飛び去ったようですが、残念ながら私どものいずれもどこへ飛び去ったかは確認できませんでした」


 ネイサンが正気を取り戻したところでムスターファが報告を再開する。


 気が付いたらいなくなっていた枯色竜ドレイク。彼は一体どういった目的で、人族の都市周辺をうろついていたのか?


 案外魔物被害が増えたのも、竜がいて魔物たちの気がたってるだけのような気もしてくる。あんな歩く天災みたいな奴が闊歩(かっぽ)してたら、魔物だって気が気じゃないだろう。


「方角だけでもわからないだろうか?」


「視界が戻った時には既に影も形もなかったもので……申し訳ございません」

「いや、こちらこそすまなかった。竜の大魔法を凌ぎつつ動向を把握しろ、などという方が無理難題というものだ」


 ──その後も詳細を知るための質問がいくつかあったが、俺個人に対する質問は無かった。爺さんが(あらかじ)め俺を雇っていると宣言したおかげか、はたまた先ほどのデモンストレーションが俺の能力に説得力を持たせていたのか。


 街道沿いに現場があるため同行願いをされることもなく、予想より容易に調査団から解放されることとなった。


「フム。今後しばらくはリマージュとの取引が(とどこお)りそうだのう」


 調査団と別れ再びボルドーへ向けて進んでいく途中、隣を歩いているムスターファがふと漏らす。


「あれでは大きく迂回せねばなりませんからね。いつ冷えるかも分からず、冷えたとしてもそのまま街道として整備するのは難しい……悩ましいですね」


 ヤームルの言葉でムスターファが言わんとすることを理解した。確かにあの大魔法の影響はボルドーの貿易どころか、リーヨン公国全体に大きな影響を与えかねない問題だ。


 迂回路を整備するにしてもまずは森を切り開かねばならないし、時間のかかる話である。


「迂回路を作り森を切り開くとなれば、ヤームルの力も借りるかもしれんな?」


「夏期休暇中ならば構いませんが、そう簡単に話は決まらないでしょうね。実際に現場が動くのは早くともひと月はかかると思います」

「フフッ、そうだろうね。しかし残念だ。ヤームルの儀式魔術があれば、木々を薙ぎ倒す行程が大いに(はかど)っただろうに」


 祖父と孫娘の会話を聞き、そういえば魔術があるのだったと思い出す。


 俺は日本の基準で考えていたが、魔術があればより早く整備できる可能性があるのだ。魔術は誰が使っても一定の効果が期待できるらしいし、こういった作業では非常に効果的だろう。


 しかし、ヤームルは学生か……その単語で、ふと己の内へと思考が向く。


 中途半端なままのゼミの研究、夏期休業中遊びに行く約束をしていた友人たち、別れの挨拶すら出来ていない両親。


 考えてみれば未練だらけだ。研究については人文系だったから、続きをこっちでも出来ないこともないけども。世界が変わっても、人の営み自体はそう変わらないようだし。


 ロウとして生きてきた身体と記憶がある以上、未練はあれども日本へ戻りたいという意識はそれほど強くはないが……一度くらいは様子を見に行きたいものだ。魔法研究を進めていけば、そういった手段も見つかるだろうか?


 前世のことを考えていて不意に思い出したが、基本的な属性や複合属性の魔法の実験は散々やってきたものの、そこから外れた概念は試していなかった。


 引力斥力や時間空間。その辺りも実験し修得できれば戦術の幅が広がるし、あるいは空間を転移するような魔法で、地球へと帰ることも可能かもしれない。


 郷愁(きょうしゅう)に駆られるついでに魔法実験の新たなネタを思いつきながら、ヤームルたちの会話を眺め歩みを進める。竜との遭遇の後だからか、嵐の後のような静けさ順調さだ。


 調査団が通ったおかげか魔物の影もなく、そのままつつがなく歩みを進めた俺たちは、日が高いうちにボルドーへ到着したのだった。

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