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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第一章 異世界転生と新天地への旅立ち
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1-2 褐色少年としての現状確認

◇◆主人公視点◇◆




 交易都市リマージュ。国の西部に位置する大都市であり、現在地だ。


 整備された街道は東西南北全てを繋ぎ、多種多様な工芸・交易品がこの地に集まる。


 東の首都からは衣類や工芸品、他国の特産品などが。

 西は自国の豊かな森林から得られる動植物の恵みや魔物の素材、加えて西側の友好国から鉱物資源や香辛料、生活に欠かせない塩などが。


 南部からも鉱物は運ばれてくる。こちらは自国で造られた合金が主であり、リーヨン公国の技術力の高さを垣間見える。


 そして北部からは、広大な農地で育った多様な作物や畜産物が運ばれる──ここリマージュは、正に交易の中心といえる。


 この知識は盗賊団の頭領(とうりょう)の受け売りだ。勉強熱心だったんだな、俺は。


 ──そう、()()俺こと褐色少年の名はロウ。年齢は大学生だった前世の俺、中島太郎(なかじまたろう)の半分。まだまだ子供の十歳だ。


 やや深い茶色に若干の黒を帯びた肌。(つや)めきうねるクセ毛な黒髪。

 夜空に浮かぶ月の如き金眼に、さながら太陽の黒点の如き漆黒の瞳孔。


 スッと鼻筋の通った端正な顔立ちは、東洋と中東を混ぜ合わせたようなエキゾチックな雰囲気が(かお)る。


 つまりはイケメンショタである。


「これは将来もイケメン間違いなしだな!」


 今の俺、ロウ少年には姓にあたるサーネームが無いようだ。この世界の一般人は基本的に姓を持たないものらしい。


 多分、地球ほど人口が多くないのだろう。あっちでも昔は〇〇村の□□で通じていたらしいし。


「なーんて自己分析はともかくとして──この力ッ!」


 己のことへと意識を移し、力を解放。

 瞬間、“紅いもやもや”が身体を包みこみ、力を(みなぎ)らせる。


 このもやもやの正体は、魔力──人や亜人、動物や魔物で色が異なっている──という不可視のエネルギー体……らしい。


 不可視なのに何故見えるのか? と言われれば答えに(きゅう)してしまうが、とりあえず置いておこう。


 身体に巡らせれば身体機能を大きく引き上げ、声を発するようにして魔力を飛ばせば反響による周囲の探知も可能となる。先ほど巨大な(いのしし)をぶっ飛ばしたのは、この魔力があったからこそだろう。


 性質から色へと目を向ければ、人の場合、白や黄、茶、緑色など赤や青を除く自然色という具合。魔物は紫色で、見たことはないが魔族もこの色なんだそうだ。


 ……自分と同じ赤系統の色は見聞きしたことがない。


 今の俺は周りと明らかに違う魔力の色で、周囲から排斥(はいせき)待ったなしのやべー奴状態である。


 しかしながら、通常魔力は不可視であり直接見ることが出来ず、特殊な検査──国の要職や魔術研究機関などに就くものが受ける様な──でしか判別されない。


 そのため、俺は今まで差別的な扱いを受けることはなかった。


「母さんも赤色についてだけは教えてくれなかったんだよなあ」


 魔力の違いについて教えてくれたのは母親だったが、俺と違い魔力の色は見えなかった。赤色について聞いても答えてもらえず、自分が魔力の色を判別できることや、自身の色のことを言いふらしてはいけないと、固く(いまし)められるのみだったのだ。


「今にして思えば父親関連だったのか……? 母さんの魔力は薄い白色だったし」


 ものごころつく頃には既に片親で、折りに触れて母親から「パパそっくりねえ~」とうっとりされたこと以外、父親に関することは何も知らない。


 片親であることに不満はなく、父親に対してさほど興味を持っていなかった。母親の手伝いばかりしていたから、同年代の子と比べるようなこともなかったし。


 等々、現状を整理したところで魔力についての考察を一旦保留。


 この世界での自分がどのような人物だったのかを思い出すべく、その詳細な記憶を掘り返していく──。


◇◆◇◆


 ──俺の母親は優秀な薬師で、魔術的知識も豊富だった。生まれも悪くなかったらしく、貴族の子弟らに講師として魔術を教えることもあったようだ。


 そのため、母子二人暮らしながらも収入には余裕があり、二人は忙しくも豊かな生活を送っていた。


 その生活の中で、俺は家事手伝いをしながら薬学や魔術の基礎を学んでいく。この基礎こそが己の内に満ちる魔力の操作だ。


 しかし、幸せな時間は唐突に終わりを迎える。六歳の時だった。


 魔術こそ学んでいなかったものの、魔力操作が一般的な魔術師並みに行えるようになり──母親は顔が引きつっていた──、簡単な仕事を任せてもらえるようになっていた。


 そんなある時、俺はリマージュ西部の森林区域で薬草を採取しに行くことになる。


 街の中心部から馬車で四時間ほどで到着する西部の森は広大だ。リマージュ領内でありながら、一般市民も自由に採取や狩猟を行うことが許されている特別な区画である。


 多様な動植物が住むこの森の中心部には、凶悪な魔物たちが守護する迷宮が存在するという。


 反面、外縁部は小型の猪や鹿など比較的穏やかな野性動物しかいない。成人男性以上の身体能力がある俺なら容易く逃げられる相手である。


 以前から母親の薬草採集に同行していたこともあり、採取判別程度はお手の物だ。


 俺の身体能力・魔力的能力を知っていたこと。そして、この世界では幼子が働くことも珍しくなかったこと。これらの理由から、俺は単独で薬草採取をまかされたのだ。


 とはいえ、初めてのことだらけの採取は時間が掛かる。森から近くの集落へ戻った時には、都市部へ向かう馬車の最終便が発った後。日帰りのはずが一泊することとなってしまった。


 心優しい見知らぬ夫婦の下で一夜を明かしたり、謝礼代わりに薬草を渡したりなんてこともあったが、無事朝を迎えた俺はすぐさま馬車へ搭乗。ガタゴトと揺られながら家路(いえじ)につく。


 四時間近く馬車で揺られて都市部へ到着した後は、薬草(かご)を背負って街路を歩いていくだけ。腰や尻が痛んだものの、初仕事をやり遂げた俺は上機嫌で家を目指す。


 ルンルン気分でずんずん進み、母の営む店の通りにたどり着いて──人だかりが目に飛び込む。ちょうど母親の店の前だ。


 出発した日は店の定休日で、休み明けとなる今日はそれなりに来客数が多くなるはずだが……それにしても多すぎだった。


 子供でも分かるほどに立ち込める、不穏な空気。最高潮の気分が一転して、心の内に得も言われぬ不安が沸き上がる。


 それを払うように人だかりに近づくと……こちらに気が付いた人々は一様に、悲痛な表情悲哀(ひあい)の感情を向けてくる。痛ましいものを見たとでもいうように。


「──あぁ、ロウちゃん!」


 強まる胸騒ぎに押され、人だかりを()って進んでいると──輪の中にいた女性の一人が声を上げた。母親の店の常連客で、俺をいたく可愛がってくれていた女性である。


「キャサリンさん? 何か、あったんですか?」


 駆け寄れば、すぐに彼女から抱きとめられる。端正な顔立ちしているキャサリンだが、その表情は(ゆが)み頬を涙で濡らしていた。


「大丈夫、大丈夫よ……私がついてるからね……」


 うわごとのように大丈夫だと繰り返す様は、彼女自身に言い聞かせているようにさえ思えた。背中をさすられてもまるで落ち着かないし、不吉な予感は濃くなるばかりだ。


「──ごめんなさい、キャサリンさん!」


 いよいよ不安が大きくなり、居てもたってもいられなくなって身体強化。彼女の腕からするりと逃れる。


 そのまま人垣を縫うように抜けて「ローラ魔道具店」──母の店へ侵入し、俺は店内に広がる惨状を目の当たりにしたのだった。


◇◆◇◆


「──ふぅ」


 ロウとしての回想を中断し、短く息を吐く。


 辛い記憶だ。これ以上詳細を思い出すのは(はばか)られるし、大まかに振り返るに留めよう。


 過去の一件で母を失った俺は、個人が営む孤児院に引き取られる。が、そこで(またた)く間にガキ大将として君臨することとなった。


 魔力操作により成人男性を遥かに(しの)ぐ身体能力を発揮し、倍以上年齢の離れた少年少女を屈服させた故である。母親を失い荒れていたとはいえ、我ながらドン引きである。


 結果、俺は孤児院を陰から支援していた盗賊団「バルバロイ」の目に留まる。


 生活のための(かて)と母の(かたき)の情報を得るため盗賊団の一員となったのは、七歳の時だった。


 盗賊団では様々なことを学んだ。


 音を出さない歩行法や体術。短剣や長剣を(もち)いた近接戦闘術。魔力操作を応用した索敵術や隠形法(おんぎょうほう)。果ては、魔術を応用したという開錠術など。魔術そのものこそ学ぶことは出来なかったが、得られたものは多かった。


「盗賊団の割にはお人よしが多かったなあ」


 盗賊団には孤児院の出身者が多く、同じ施設の出身で最年少だった俺は、多くの団員から目をかけてもらった。


 服のお下がりを貰ったり、砂糖を使った珍しい焼き菓子を分けてもらったり、任務外で戦闘訓練をしてくれたり……そんな温かな場所だった。


 とはいえ、盗賊は盗賊である。


 特権階級であることを利用して私腹を肥やしている貴族や商人、または一般市民や行商人を襲う盗賊や野盗たち。そういったいわゆる悪党だけが、バルバロイの標的だった。


 さりとて、あくどい商人や野盗たちの根城を襲撃して得た金も、元は真っ当な労働で稼いだ人のもの。


 それを間接的にではあるが奪っているのだ。本質は自分たちが奪っている対象と変わらない。


 それに今回の公爵令嬢誘拐の様に、本人自体には何の(いわ)れもないような人物を、対立関係にある人物や集団に売り渡すこともあった。


 つまるところ所詮は()むべき犯罪者。唾棄(だき)すべき存在に違いなし。


「そう考えると、今更真っ当に生きようってのも虫が良すぎるか……」


 この世界で生きてきた俺の手は、既に汚れている。


 幼くとも仲間の内で頭一つ抜けた魔力操作技術を持っていたため、基本的な技術や知識を教え込まれた後、すぐに実働部隊に配属された。


 高い身体能力、優れた魔力制御力からくる迅速な開錠術、広範囲を知覚できる索敵能力。


 盗賊として破格の能力を有していたこともあり、任務を数回こなしただけで筆頭として扱われるようになった。能力だけは、という(ただ)し書きが付くが。


 されども、抜群に優れた力を持っていても失敗というのは起こるもの。


 経験不足からくる判断ミスだったり、不運が重なり回避不能な事態に(おちい)ったり。あるいは偽の情報をつかまされたり。はたまた仲間同士の連絡不足だったり。そういったことのしわ寄せが行くのは、当然部隊を束ねる責任者である。


 尻ぬぐいをする過程で極力手を汚さないように立ち回っていても、物理的な口封じが避けられない場面もあった。


「……言い訳だな」


 バルバロイで学んだ知識や技術は得難(えがた)く、そこには感謝しかない。


 中島太郎としての日本的な倫理観で、ロウの行ってきた窃盗がどうの殺人がこうのと判断するのは馬鹿らしい。


 しかしやはり、今となっては忌避感(きひかん)を覚えてしまうのも事実である。


「どうしたもんかなあ」


 将来へのぼんやりとした不安を抱きつつ、あてもなく森の中を彷徨(さまよ)っていると、魔力で強化された聴覚が小川のせせらぎを捉えた。


「とりあえず服と体を綺麗にするか。イケメンショタになったわけだし」


 健全な精神は(すこ)やかな身体に宿る、とは誰の言葉だったか。


 折角美少年に生まれ変わったのだから、肉体だけは清くあるべきだ。そうすればいずれ精神も清くなるだろう。多分。


 衣服を洗い、身体の汚れを落とし、近くの木に衣類を干す。


 すっぽんぽんで川べりを歩き回る様は正しく野生児である。


 ここリマージュの気候は温暖で、今は時期的に夏だったことも幸いし、夜間でも凍えることはない。


 わずかに肌寒さを感じるが、水気が乾けば風邪をひくほどではなさそうだ。つまりは水浴びを躊躇(ちゅうちょ)する要素なしである。


 そうして脱いだ衣服を手頃な枝に引っかけている時にふと思い立ち、魔力を意識し身体を(おお)ってみた。


「おぉ~? 魔力で身体強化をすると、肌寒さも防げるのか」


 気まぐれでやってみたら新たな発見である。こういう発見があると心躍るね! どんよりと下がったテンションも上向くというものだ。


 全裸状態で身体強化を(ほどこ)しつつ、水浴びを開始。汗や血を洗い流しながら考えるのは、再び自身のことについてである。


 今の俺は、十歳までこの世界で生きてきたロウに、二十歳で死亡した中島太郎の記憶をぶち込まれた状態だと思う。思考のあり方は中島太郎に近い……ような気がする。


 元々ロウとしての身体の内に中島太郎としての記憶があり、突発的にその記憶を思い出した、とも考えられるが……。記憶が宿る直前、俺は追手の衛兵たちに負わされた傷で死にかけていたはずだ。


 意識が混濁した直後は身体が作り替わるような異常なほどの激痛が走ったのに、今では傷も癒えてピンピンしている。ただ記憶を思い出しただけでこうはなるまい。


「魔力自体も、記憶にあるより色が濃くなってる気がするんだよなー」


 昔の記憶と比べても、現在の俺は魔力の総量や操作できる量が増え、薄い赤色から紅色へと、色も変化しているように思う。


「う~ん。もう一回魔力周りのことを整理してみるか」


 まず、色の種類はおおよそ種族で決まっているらしい。が、濃さに関する情報は持っていない。経験的に、どんな色でも濃い方が強かったような気がする。


 これ以上は分からないし、とりあえずはこの理解で行こう。


 量については、一般人でも大雑把に知覚できる。


 魔力の色こそ認識できないが、身体からにじみ出る気配・圧力・質感を、知覚することができるのだ。


 故に、戦闘技術として魔力操作を学ぶ際には、必ず最初に魔力の自然放出量を抑える訓練を行う。


 自然放出量は総量に比例する特性があるため、ありのままに垂れ流していては手札を晒しているも同然だからだ。となれば当然放出量は抑えるものだろう。


 つまりはこの魔力操作、魔力を多く持つ者にとって基本のきの字であると言える。


「──ふぃー」


 そこまで考えたところで一つ息を吐く。


 水浴びで人心地ついたし、まずは自分の手札──身体能力の全力強化を確認しておこう。


「……」


 再び川べりへと移動し、素っ裸のまま意識を研ぎ澄ませ、細く息を吐いて精神統一。


 川のせせらぎや、夜風に揺れる木の葉の音。自然の織り成す音楽を環境音に、魔力を操るイメージを練り上げる。


 集中の果てに己の心音までもが聞こえだしたところで──魔力を最大解放。


 紅が(ほむら)のように揺らめき吹き荒れて、砂利が吹き飛び木々がざわめく。


「ある程度予想してたけど、魔力って本当すげーな……よし」


 解放するだけで爆発じみた現象が起こることに(おのの)きつつ、制御圧縮した魔力を肉体へ注ぎ、身体強化を開始。


「……」


 強化により鋭敏になった五感が、時間の流れを緩やかにさせる。視界の端に映る川の流れも、酷くゆっくりだ。


 魔力の圧で起こったざわめきも収まり、再び森に静寂が訪れた──直後。


「──ッ!」


 川原に転がる小石を踏み砕き、全力の突貫。目標は眼前にある大樹の(みき)


 彼我(ひが)の距離十メートルほどをコンマ二秒で詰め、そこから更に一歩踏み込む。


 足の裏から膝の伸展(しんてん)、股関節の回転から腰の捻じれ。踏み込む力を余すことなく腕まで伝え、拳の一点に力を集約!


 そこから繰り出すは、手足揃って打ち出す全力全開の中段突き──八極拳(はっきょくけん)金剛八式(こんごうはっしき)衝捶(しょうすい)ッ!


()ァッ!」


 短い呼気と地を打ち鳴らす震脚とともに繰り出されたそれは、大樹の幹に大穴を穿(うが)つ。


 のみならず、轟音を伴って後方にある木々をも薙ぎ倒すに至った。


 拳の先から魔力のようなものが飛んでいった故の悲劇である。ロケットパンチかよ。


「ヤバ過ぎだろー」


 客観的に見れば裸で自然破壊を行う少年だ。どう考えても危険人物である。


 突然の破壊音に驚いて飛び起きた野鳥や動物たちが逃げ(まど)う様を見ながら、俺はしばし呆然としたのだった。

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[良い点] タイトルではえー中国拳法かと思う [気になる点] 凄いの魔力やんけ [一言] なろうの悪いのはこういうとこやぞ
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