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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第六章 大陸震撼
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6-17 異形の魔神、セルケト

「「「っッ!」」」


 大喝一声(だいかついっせい)


 竜の如き一咆えでロウ、ニグラス、ティアマトの人型組を吹き飛す異形の魔神、セルケト。


 そのまま彼女は溢れる魔力で魔法を構築。魔力の圧に動じなかった三柱の竜へ、地から巨大石柱を生み出し石林地獄を叩きつけた。


〈カァッ!〉


 その規模は、かつてロウへ放った時とは比べることすら出来ぬもの。


 火山平原の一角は、超高層ビル並みの体積を持つ石柱で瞬く間に埋め尽くされた。酸化した赤土ばかりの大地に、突如として中国湖南省(こなんしょう)が誇る武陵源(ぶりょうげん)の如き奇岩(きがん)石柱地帯が現れたのだ。


 とはいえ──。


【フッ、血気盛んなことだ】

【力が制御できぬというよりは、そもそも正気ではないというところか】

【あてらに喧嘩を売ろう時点で、まともやなかろーて】


〈!〉


 ──この世の頂点たる存在たちに、単なる魔神の大魔法など通じる道理なし。


 シュガールは雷光さながらの高速移動で回避し、エレボスは自らの魔力の圧で石柱を粉砕。


 レヴィアタンに至っては避けもせず石柱を受け止め、その全てを叩き折る。最硬の竜鱗を持つ彼女らしい行動だった。


【おいたには、お仕置きよって!】


 土の大魔法などものともしなかった彼女は巨体を捻らせとぐろを巻いて──その捻じれを一気に解放。


 長大極まる己が身をもって、あらゆるものを薙ぎ払う!


「のわあああッ!?」「なんという──!?」


 竜のありふれた攻撃手段である尾撃ながら……全長が一キロメートル近いレヴィアタンが行った場合は、それも尋常ならざる一撃となる。


 彼女の膂力(りょりょく)に鋭き竜鱗、その身の巨大さが合わさった結果、火山平原の奇岩群は八割がたが粉微塵となってしまった。


「ちょ、何やってんですかレヴィアタンさん! セルケトが死んじゃうでしょうが!?」

【んー。これで仕舞いなら、なんとも呆気ない──ん!】


〈──〉


 少年の抗議など馬耳東風(ばじとうふう)だと聞き流していた海魔竜は、拍子抜けだと(こぼ)したが──直後に空を見上げ表情を鋭くする。


 ガーネットの瞳が映していたのは、いつの間にやら噴煙(ふんえん)漂う上空へと移動していたセルケト。


 その異形の口部を開き集束させるは、漆黒の魔力!


「!? あれって、俺の!?」


【黒い魔力かえ? 面妖(めんよう)な……】


 目を凝らしたロウが大いに動揺し、レヴィアタンがガーネットの目を更に細めると同時。


 漆黒の魔力が地上に放たれ、闇色の閃光が海魔竜を貫いた。


◇◆◇◆


【──!?】「くぅッ!」


 数日前に大砂漠で放たれた虚無の閃光に等しいそれは、眼下の巨竜を薙ぎ払い、大地に大穴を穿つ。


 のみならず、火山平原地下を流れていたマグマの噴出を引き起こし、平原の一角を溶岩湖の如き景色へ塗り替えた。


 その光景は、かつて枯色竜(かれいろりゅう)が放った至大魔法「炎獄(えんごく)」と同等か、それ以上。


 ただの一撃で、魔神セルケトは己が上位魔神たりえることを示したのだ。


「ぐぉぉぉ……。野郎、完全に俺ごと殺す気じゃねーか」


 そんな攻撃をまともに受けたロウはといえば、穿たれた縦穴から這い出している真っ最中だった。


(ご無事ですか、ロウ!?)

(さっきの一撃は、前にロウがヴリトラへ放ったものと殆ど同じか。お前さんの展開した空間魔法すら撃ち貫くとは、凄まじいの一言だな)


 ギルタブが血塗れの少年を気遣う一方、サルガスはあたりの惨状へ暢気な感想を垂れ流す。少年と同化して彼の魔力に余裕があることを知っているとはいえ、彼は中々に他人事である。


「ぐ……何が……!? これは、一体?」


 這い出たロウの後ろに続くのは、少年に(かば)われ難を逃れた精霊ニグラス。


 火山ガスが満ち溶岩の飛沫が輝く光景を目にした精霊は、あまりにも急激な環境の変貌に言葉を失ってしまった。


「セルケトのやつが暴走して、竜のブレスの真似事みたいなのをしたんだよ。それで御覧の有様。……お前の闇魔法より断然すごいな」


「むうう。しかし、あのセルケトという者は、魔物という話ではなかったか? この様は、とても魔物に許された力だとは思えない」


 数時間前に放たれた闇の大魔法を思い出した少年が比較するようにして言うと、人型精霊はほんのりと不機嫌になりつつセルケトの異常さに言及する。


「それが、なんか魔石修復した影響か、魔物から魔神に変質したっぽいんだよね。暴走してるのも、まあそれが影響っぽい」

「……また貴様が原因か」

「またってなんだよ、人聞き悪いな」


(何を暢気な──っ!?)

【──ほたえよるなあ、魔神風情がっ!】


 危機感の欠片もない二人の様子に黒刀がいきり立った瞬間、縦穴下層の溶岩湖が爆発!


 怒りと金の魔力を滾らせる海魔竜が、蒸気(たぎ)る灼熱地獄に顕現した。


「ぐうッ!? なんつー蒸気……って、レヴィアタンさん、マジギレじゃん」


「凄まじい怒気だが……あの海魔竜が、傷を負っているのか? 竜鱗を持つ存在が傷を負うほどの大魔法で、何故私や貴様が無事でいる?」

(ニグラス、貴女はロウと離れた位置にいたでしょう? それなのに今こうして傷だらけのロウの後ろにいたのなら、考えずともわかるでしょう)


「うん? ……そういうことか。しかし、貴様が私を守るとはな」

「まあ俺が原因でここへ連れてきたようなもんだし、無事に帰すまでが責任だし。んなことより、このままだとセルケトがヤバい!」


 ロウは身を(てい)して庇ったのに、とギルタブが不満気に零せば、今度は少年が先の黒刀のように話を切り上げ現状の確認を急いだ。


【ルァァァアアアッ!】


〈グゥォォオオオッ!〉


 土と水の大魔法の応酬で火山平原をクレーターまみれにしていくのは、海魔竜レヴィアタンと異形の魔神セルケト。


 両者は上空三百メートル付近──といってもレヴィアタンは接地した状態──で戦っており、天を覆う程の水魔法と山が隆起したかの如き土魔法がぶつかり合う。まさしく天地創造さながらの光景だ。


 一方で、その神話のような戦闘を遠間から観戦するのは、先の大魔法を回避していた竜たち。彼らは慌てる様子もなく雑談に興じていた。


「ふぅむ。レヴィアタンと同等の事象を操るか。魔力制御能力の一点を見れば、セルケトは我らに迫る存在となったようだのう」


【元が魔物だというのに、(にわ)かには信じられんな。これも魔石の修繕にあたった、あの魔神の特殊性によるものなのか?】

【さてな。ただ、セルケトは神や竜を超えんとして造られた魔物だ。超えんとしたそれらの魔力を、存在の根源たる魔石で感じ取ったのなら……変化が起こるのも、あるいは当然の帰結なのやもしれん】


 二等辺三角形のように角ばった頭部の頂点、エレボスの鼻先に座っているティアマトが分析を伝えれば、彼女を乗せるエレボスが疑問を呈す。その疑問に、今度は彼の頭上で浮遊するシュガールが自身の見解を述べる。


 目の前で同族が殺し合いをしているというのに、彼らは()いだ湖面のような落ち着きぶりであった。


「……あの感じだと、ティアマトさんたちは放っておいてもよさそうだな。でも、こっちの方は──」


【なはははっ! あてに歯向かおーなんぞ、万年早い! 牙を剥いたこと、悔いながら逝けぃ!】

〈グゥッ!?〉


「──やっぱり、地力差があるな……。つーか今の竜拳、半端ねェわ。早めに止めに入らないと、今のあいつでも長くはもたない」


 野次馬と化した竜たちから視線を戻したロウは、拳一発で岩盤を砕き至る所から溶岩を噴出させる海魔竜に驚嘆しつつ、争いを止めるために知恵を絞る。


(セルケトはロウのことも分からない状態のようでしたし、割って入るのは危険だと思うのです。海魔竜が叩き潰した後、彼女を蘇生すればよいのでは?)


「ギルタブ、お前もさっきの一撃見ただろ。躱したからいいものの、あんなもん当たったらいくらセルケトが魔神になってても、芥子粒(けしつぶ)どころか(きり)になるぞ」

(……それもそうですね)


 竜拳で巨竜がすっぽり入るほどのクレーターを創出し、尾の薙ぎ払いで土砂と溶岩の津波を引き起こすレヴィアタン。それらは少年の言葉通り、直撃すれば魔神であっても(ちり)となる理外の破壊力であった。


 そんなこの世の頂点たる力を目の当たりにしたニグラスは、ロウの行動への疑問を口にした。


「止めに入る? 貴様や私ごと海魔竜を薙ぎ払おうとした、アレを助けに行くのか? あの争いの中に?」


「そりゃあいつは友達……いや、保護者みたいなもんか? とにかく、そんな感じだからな。それに、後は任せたって頼まれてるし。そもそも、俺が治療したのが原因で暴走してるみたいだし、放っておくのはあり得ない」

(フッ、実にお前さんらしい答えだ。なら、俺も全力を尽くそう)


 少年の答えを聞いた銀刀が温かな念話を発し、少年も気恥ずかし気にしながらも頼もしく受け取る。


 そのやり取りを見た人型精霊は、魔神と意志ある武器とが心通わせる様にほんのりと羨望(せんぼう)の色を滲ませる。


 しかし彼は(まばた)き一つでそれを消し去り、少年へ話を切り出した。


「そうか。ならば、私も協力しよう。貴様には助けられた借りがあるし、この問題を収束させねば帰れそうにもない」


「ありがたい申し出だけど、あいつ竜と戦えるくらいだから滅茶苦茶強いし、危険だぞ? おまけに正気じゃないし、殺されるかもしれない」

「私とて豊穣神とまで呼ばれた精霊だ。……それに、私一人で戦う訳でもあるまい?」

「いや、まあ、俺も戦うんだけどさ。うーん……」


 まるで手のひらを返したかのような協力的な態度に一種不気味なものを感じるロウ。それでも助力が得られるなら越したことは無いと棚上げし、回復魔法を構築する。


 己の負傷箇所を回復させた少年は、ニグラスたちと共にセルケト無力化作戦を実行に移すのだった。

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