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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第六章 大陸震撼
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6-12 月白竜の提案

「──大層な暴れようだな? ロウよ」


 (ほとばし)る紫電と共に顕れる銀髪のナイスガイ。


 それは竜属の良心とも言える存在、月白竜(げっぱくりゅう)シュガールだった。


「!?」[!?]


 白光を伴って華麗に登場した彼とは対照的に、出現時の衝撃波で吹き飛ばされる俺と肉塊精霊。竜の前では魔神も上位精霊もなす術が無いものらしい。


「む? 着地が近すぎたか。許せ、ロウよ」


「っとと。衝撃波で吹っ飛ばされただけなんで、大丈夫ですよ。シュガールさんって意外とおっちょこちょいなところがありますよね」

「クックック。そう評すのは汝が初めてではあるが、今回ばかりは否とは言えんな」


[……空間魔法ではない、物理的な移動か? 先の衝撃波、どれほどの速力であればあれ程の破壊力に……]


 軽い調子で謝罪をしてくるシュガールに応じていると、一人あぶれていた肉塊精霊がなにやら戦慄(せんりつ)し始めた。


 先ほどの衝撃波は至近距離ということもあって、俺や精霊が数十メートルぶっ飛ばされるほどだった。ただの超音速移動ではこうはなるまいし、それを更に超える速度での移動だったのだろうか?


「妙な気配同士が戦っているかと思えば、ロウと上位精霊であるとはな。見ず知らずの精霊は兎も角、汝の魔力も、以前とは随分変質しているが……」


「あ、分かります? ヴリトラにぶっ殺されかけた時、覚醒したみたいでして。降魔(ごうま)も出来るようになって、ようやく“らしく”なったって感じです」

「ほう。それは喜ばしい……ことでもないか。言祝(ことほ)ごうにも、汝は我ら竜属と敵対する魔神であるしな。()れども、我が知らぬ真なる姿というのも心惹かれる。機会があれば見てみたいものだ」

「そこいらで降魔(ごうま)状態になるわけにもいきませんし、その内に、ですね。他の神たち(いわ)く見ない姿であるようでしたから、シュガールさんも驚くかも?」


[……]


 会話の流れで俺とシュガールの正体を察したのか、物言わぬ肉塊となる精霊。


 その様、ただの臓物である。


「では、別の機会を待つとするか。時にロウよ、そこの精霊とはどういう間柄であるのか? 先ほどはじゃれ合っていた様子ではあるが」

「じゃれ合いっていうか、喧嘩吹っ掛けられたんですよ、こいつに。いつぞやのウィルムみたく返り討ちにしましたけど」


[空間魔法を操る上位魔神が、力で劣る精霊を捻じ伏せて粋がるか。救えん奴だ]

「自分で攻撃仕掛けておいて、そのことを棚上げしてんじゃねえよ。この内臓頭が!」


「フッ、確かに精霊と魔神であれば、結果など知れているか。であれば何故、ロウに挑んだのだ? 奇怪なる精霊よ」


 肉塊精霊といがみ合っていると、愉快そうに笑うシュガールが話を本題へと戻す。


[……寝起きの私が食事をしていると、上空に人族らしき姿が見えたものでな。空を飛ぶ人族など存在せぬし、魔物か魔族だろうということで撃ち落として、私の(かて)にしようとしたのだが。(ふた)を開けてみれば相手は魔神であり、この様だ]


「確かに空を飛ぶ人族なんていやしないだろうけど、だったら食うってのもすげーな」

「魔力を食わずに肉を食らう精霊か。そのようなものは聞いたことも……いや、遠い昔にいたか?」

[私の生きていた時代には、似たような精霊は見聞きしたことが無かった。といっても、私はつい最近まで封印されていたし、寝ている間に似たようなものが生まれていたかもしれないが]


 銀髪ナイスガイが思案しつつ零すと、内臓頭の精霊は急須(きゅうす)の注ぎ口のような口部を開閉させて語る。


「封印? なんか封印されるような、悪いことでもしたのか?」


[私に非など無い。神を(かた)る魔神が、この地に住む人々からの私への信仰を奪い取った結果だ。卑劣な手段で私への信仰を曇らせ力を削ぎ、弱体化した私を神たる力でもって薙ぎ倒す。そうして今日まで、私はその神の力で封印されていたのさ。忌々しい……]


 肉塊へ問いかければ、怒り心頭といった様子でくすんだ青色の魔力を(たぎ)らせるニグラス。内臓の絡み合ったような胴体(?)を赤黒く脈動させて、全身で怒りを表すほどだ。


 全くもって、冷静でも興奮してもグロテスクな精霊である。


「フム。汝の語る内容は、どうにも聞き覚えのある話であるな。精霊よ、汝に名はあるか?」


[当然あるとも。私の名はニグラス。特異な魔力溜まり、深き闇より生まれし精霊だ。私を信仰していた人々からは、豊穣神とも呼ばれていたが]

「精霊ニグラス、豊穣神ニグラス……やはり、な。しかしそうなると、バアルは……いや、今は捨て置くか」


 肉塊精霊改めニグラスが名乗ると、眉間にしわを刻みガーネットの目を鋭くするシュガール。


 彼の呟いた言葉の中に別の豊穣神の名が出たが、このニグラスと関連がある、ということなのだろうか?


「いずれにせよ、裏付けが欲しいところだ。さてニグラスよ、大地竜ティアマトのことは知っているか?」


[古き竜たる伝説の存在だけに、知ってはいるが……。それがどうした?]

「知っているのなら問題はあるまいな。今からあの者の下へ向かい、汝の正体が真に精霊ニグラスであるのか見極める。場所は大陸中央の火山平原だ」

[……私に大地竜の前へ立てというのか? 貴様、私に(ちり)となれと言うのか!]


 シュガールの提案に対し、ニグラスは大いにいきり立つ。


 確かに、神さえも凌ぐ力を持つあの大地竜の前に連れて行かれるとなれば、誰だってこれくらいの反応を……っと、そういえば。


「シュガールさん、俺もちょっとティアマトさんに用事あるんですけど、ついていっていいですかね?」

「魔神が立ち入った前例はないが、汝の場合は特殊であるからな。許可はするが、火山平原には我やティアマト以外にも同族たちがいる。それらとの衝突を避けるため、ウィルムも同行させた方が良いだろう」


[おい貴様ら、何故無視する? 私を連れて行くのだろう?]


 火山地帯への同行を願い出てみれば、意外とすんなり許可が下りる。


 とはいえ、ティアマト以外にも竜がいるらしいし、用心はせねばなるまい。


「なるほど、竜の巣なわけですね。それならウィルムだけじゃなくてドレイクも出しておいた方がいいかな」

「なに、ドレイクも汝の世話になっているのか? あの悪童まで丸め込むとは、汝の手管(てくだ)には舌を巻くばかりであるぞ」

「丸め込むっていうか、いつの間にか勢いでっていうか」


[……堂々無視か。精霊の言葉など取るに足らないか? 竜に魔神、どちらも自分本位極まるか]


 シュガールとの話に集中していると、肉塊が()ね始めた。


 落ち着いた女性の声で文句を言う様は中々に可愛らしいが、当人の外見は内臓である。


 世の中にはギャップ萌えという度し難き趣向もあるらしいが……流石に脈打つ内臓に萌える奴はいないのではなかろうか?


「放置してすまんね。まあ、お前は俺を襲った訳の分からん精霊ってことだし、拒否権はないよ。諦めてついてきなさい」


[むうう。しかし私は、貴様の拳で痛めつけられ飛ぶ力など残っていない。この身で竜や魔神についていくなど不可能だ]

「フム? であれば、ロウに運んでもらうと良い。こやつは空間創造にて自身の空間を持つ身であるし、精霊の運搬など造作もないことだ」


「うーん、俺がボコったのは事実だし、運ぶのも仕方がない、のか? なんだか綽然(しゃくぜん)としない気も……」


 精霊の処遇について話していると、いつの間にか運搬役を押し付けられていた。


 それにしてもシュガールよ、貴方はニグラスからちょっと距離をとっているけど、もしかして肉塊に触りたくないだけなんじゃ? 竜なら手で掴むなり背に乗っけるなりで、運ぶくらい訳ないはずだし……。


 内心で月白竜を(いぶか)しんでいると、彼の説明を聞いたニグラスが驚愕しきりといった様子で感想を述べる。


[自前の空間か。魔界とは別に有しているのか? 恐るべき魔神だ]


「むしろ魔界に行ったことがないんだよね、俺。とにかく、運ぶの自体は構わないんだけど、そのナリだとちょっと抵抗あるし、人化とか霊体化とかできない? 上位の精霊なんだろ?」

[私は深き闇より生まれた故、他の精霊とは多少勝手が違う。生まれたその時より実体を有し、霊体となることが出来ない身だ。私が魔力ではなく肉を食らうのも、実体を有する故だろう]

「ほぇー、かなり特殊な精霊ってことか。霊体化が出来ないなら人化してもらいたいんだけど、そっちはどう?」


[完全な人化は試したことが無いが、攻撃形態をとる時に上半身を構築しているし、やって出来ないことはないだろうな。どれ──]


 俺の要求を受け入れたニグラスは、一つ息を吐いて魔力を集中させる。


 肉塊のような胴体を青き魔力が覆い尽くし、直径一メートルほどだった肉体が徐々にしぼんでいく。


「おぉ~……?」


 しぼみ切った肉塊が人型へと変形し、そこから皮膚や体毛が生え揃ったところで、ニグラスが口を開く。


「──……こんなところか」


 それは実に美しい女性だった。


 片目の隠れた白髪のショートヘアに、ほんのりと青みがかった妖しげな肌。


 前髪で片目が隠れた状態でも分かるほど整った顔立ちと、ブドウ色の瞳、薄くも瑞々(みずみず)しい唇。


 成人男性の平均に届くか届かないかという高めの身長に、慎ましい胸部と(なま)めかしいへそ周りのくびれ。


 そして──何もない股間。


「ん? んん?」


 いくら凝視しても、そこには(でこ)(ぼこ)も見当たらない。


 ニグラスは実に美しい女性(?)だった。


「この者は一体どうした? 私の股間を凝視しているが」


「クックック。汝の媚態(びたい)に色欲を刺激されたのではないか」

「失敬。いきなり全裸で現れたもんで、動転してました。裸のままだと問題だし、これでも着とけ」


 眉を寄せて怪訝そうな表情を作るニグラスに鉄紺色(てつこんいろ)のローブを渡し、話を進めるために異空間の門を開く。


「! これが、魔神の創りし空間か」

「ほう? それが汝の空間か。白一色とは、真に奇天烈であるな」

「そういえば、シュガールさんってここを見たことがないんでしたっけ。イルやティアマトさんは見てるし、もう見せた気になってましたよ」


 そんな雑談を挟みつつ二人を異空間に案内していくと、すぐに出迎えが現れた。人化をしている曲刀たちである。


「ロウ、戻りましたか……って、月白竜!?」

「お前さん、この短時間で月白竜まで(たら)し込んだのか? いやそれよりも、後ろにいる女は誰だ?」


「ただいま。シュガールさんは成り行きで同行してくれてるだけだよ。こっちの女性? はニグラスっていう上位精霊。今からティアマトさんのところに連れて行くから、異空間で輸送しようと思ってな」


「いつぞやの意志ある武器どもか。武器の身で人化を成すとは、余程血や魔力を吸ったと見える」


 事情を説明している内にシアンたち眷属(けんぞく)も集まってきた。が、セルケトや肝心要(かんじんかなめ)のドレイクたちが見当たらない。


「うん? ウィルムとドレイクはどこに行ったんだ? セルケトは調子悪いらしいし、寝てるんだろうけど」

「セルケトは推察通り寝ていますね。竜たちはロウが出て行った後この空間を一通り探索すると、彼女と同じように寝てしまいましたよ。やはり彼らは気ままなのです」

「お前さんが出ていった当初は悪態をつきまくっていたがな、ククッ」

「竜たちだと? ここは魔神の空間なのだろう? どういうことだ?」


 曲刀たちから報告を受けていると、一人放置されていたニグラスが再び文句を垂れ始めた。


 ここに入る前の会話で竜がこの空間に居ることは分かっていたはずだが、あまり聞く余裕がなかったのだろうか?


「色々あって、なんだか居付いちゃってな。さっきシュガールさんと話してたけど、ウィルムとドレイクっていう竜だよ。どっちも有名だし、お前も知ってるんじゃないか?」


「知らぬ名だな。私の知る竜といえば伝説たる古き存在ばかりだ。先ほど貴様らの話で出てきた大地竜ティアマトに、琥珀竜(こはくりゅう)ヴリトラ、海魔竜レヴィアタン。そして私の生まれた深き闇に関連するであろう存在、深淵竜エレボス。これくらいだ」


 話を振ってみれば、ドレイクもウィルムも知らないとの返答である。


 ニグラスの知る竜たちの名は、どれも力ある古き竜であるようだが……。


「まさか同族以外の口から、エレボスの名が出てこようとはな。あの竜が日の当たる場所を出歩くなど、百年に一度くらいのものなのだが」


「百年に一度!? 筋金入りの引きこもりじゃないですか」

「ハダルの知識にないのも頷けるな」「途方もない出不精(でぶしょう)なのです」


 深淵竜エレボスなる存在に疑問符を浮かべていると、同族たるシュガールから軽い補足が入った。百年引きこもるって、飯や運動はどうなっているんだ。


 俺や曲刀たちが深淵竜の生態に驚愕する一方、ニグラスは己が深淵竜のことを知っていた理由を話し始めた。


「私の生まれた深き闇には、深淵竜の持つ魔力が混じっていた。直接そやつが闇を創り出した故なのか、間接的な影響を与えたからなのかまでは判断しかねるが。なんにしても、深淵竜の魔力により残留する記憶を得た私は、そこから竜の名を知り、竜の力を知ったというわけさ」


「魔力による情報伝達か。俺とシアンたちの関係みたいなもんかね」

[[[──]]]


 精霊の言葉を受けて我が眷属たちを見れば、一様に興味深そうな視線を精霊へと向けていた。


 いつだったかウィルムがシアンたちを“半精霊”と称していたし、自分たちに近い存在として興味惹かれているのかもしれない。


「エレボスの名を知っていることを(かんが)みるに、汝が闇より生まれし精霊というのは間違いないようではあるが……やはり念を入れ、ティアマトに確認を頼むべきか。出自以外にも、汝を封印したという神について聞くべき点もある」


 俺の思考が脇道へと逸れている間に考えを纏めたのか、シュガールが話を進める。ティアマトの下へ向かうという流れは変わらないようだ。


「異論を挟もうにも、傷ついたこの身で竜や魔神に意見を通せる道理もない。好きにせよ」

「そう()ねんなって。シアン、サルビア。ニグラスがこの恰好のままだと問題だし、ちょっと服を見繕ってあげて」


[[──]]


「私に人の纏うような衣服なんぞ要ら……おい待て、ぐ!? 何だ、この力は!?」


 鉄紺色のローブで十分だと言い放つも、ニグラスは怪力姉妹に強制連行されていった。流石は我が眷属、尋常ならざる力である。


「そういえばシュガールさん、火山平原に向かうってことで、一緒に行動してる人間族の皆に挨拶してきたいんですけど、シュガールさんはこのまま異空間に居ますか?」


「人族への挨拶を欠かさぬ魔神、か。相も変わらず、汝は奇異なる性質であるな。我はウィルムとドレイクの寝顔を見ておく故、この場に留まろう」

「さいですか。そんじゃあサルガス、ギルタブ、ここを出るから曲刀に戻ってくれ」


「なんのかんの言いつつ三柱目ですか」「いつぞやの予言通りになってきたな……」


 不穏なことをぼやきながら人化を解除した彼らを装着した俺は、事情を説明すべく魔術大学へと急いだのだった。

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