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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第六章 大陸震撼
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6-11 闇より出でしもの、ニグラス

 魔導国首都ヘレネス。その北東十数キロメートル地点にある、ハントリー森林牧草地帯。


 森林地帯を一部切り開き人工的に草地を作り出しているこの場所には、様々な生き物が存在している。


 草地を好む小動物に森にすむ野獣。それを食らう魔獣とおこぼれを狙う腐食者(ふしょくしゃ)。兵士によって演習場から追いやられてきた魔物たち。


 豊かな水源に恵まれたこの地は、水陸共に多様な生物相(せいぶつそう)が存在していたが……その豊かな自然も、魔神と精霊との戦いで破壊されてしまうこととなった。


[──貴様! その魔力、やはり人ではないな!]


 十枚の大翼を羽ばたかせ天を翔け、闇の精霊魔法で絨毯(じゅうたん)爆撃を行うは、闇より生まれし上位精霊ニグラス。


 剥き出しになった内臓のような下半身を持つ身で操る精霊魔法は神にも迫る域。ロウが戦った相手でいえば三眼四手となった魔神エスリウに匹敵する、凶悪極まる破壊力である。


「お前こそ、魔神並みの大魔法を連発するとか、どうなってやがるんだよ」


 対し、爆撃を巨大な岩塊で防ぎ、城砦のような氷塊を構築して相殺させるは、虚無の魔神にして褐色少年のロウ。


 人の姿でも上位魔神の領域に踏み入っている彼の前では、単なる魔神級の大魔法も障害とはならないものになっていた。


[外見に似合わずやるものだ……。ならば!]


 力押しでは倒せぬと見るや、ニグラスは大翼を使った風闇複合魔法や触手に生える「邪眼」を使用。攻撃の手を加速させる。


 物理的な質量を持つ闇を帯びた塵旋風(じんせんぷう)による面制圧、「邪眼」から発せられる闇の閃光による点攻撃、そして闇魔法の範囲爆撃。


 木々を吹き飛ばし土壌(どじょう)を根こそぎ消し去るそれは、堅固な城砦を持つ首都ヘレネスも瞬時に滅ぶ攻撃密度であった。


「すげー弾幕だな……覚醒してなかったらやばかったかも」


 都市数個分もの範囲を破壊しながらも続く精霊の攻撃は、しかし少年を捉えることはない。


 闇色の塵旋風は極北の塵旋風に呑み込まれ、爆撃魔法は変わらず金属塊の如き岩石に阻まれ、邪眼の閃光に至っては単なる体捌きで避けられてしまう。


 やること成すこと全てが無効。格が違うとでも言わんばかりの結果であった。


[私の魔法を(ことごと)く……! いいだろう、私の本気というものを見るがいい!]


「!」


 いよいよ我慢ならなくなった精霊は、くすんだ青色の魔力で世界に満ちるマナへと干渉。


 マナを極限まで凝縮させて、大地を揺らし大気を震わせ──解放。己の魔力だけでは到底実現できぬ、超広範囲闇魔法を解き放った。


 球状に展開する闇が空も大地も黒で染め上げ、侵食。飲み込んだ全てを圧壊させる。


[如何に奴とて、これは避けられまい──!?]


「──避けられるんだなーこれが」


 上空にいた自身を中心に、半径一キロメートルの爆砕空間を創り出したニグラスだったが……残念ながら徒労に終わる。


 ここにおわすは上位魔神。空間魔法を操る彼に、まともな攻撃は通用しない。


[なん──]

()ッ!」


 ブドウ色の目を剥いて動じる精霊に、ロウは自分で考えろと言わんばかりに右拳上段突きを叩き込んだ。


 空間を震脚で歪ませながら打った拳は、八極拳金剛八式(こんごうはっしき)降龍(こうりゅう)。この世の頂点たる竜をも吹き飛ばした、強力極まる一撃である。


 右脚の踏み込みと共に繰り出された逆突きが腹部にめり込み、精霊の巨体は上空へ吹き飛ぶが──。


[が、は……?]


「おかえりなさいませ。ご注文はお決まりですか?」


 ──宙を舞ったニグラスは、空間魔法で再び少年の目の前へと強制帰還させられた。


 虚無の魔神からは、逃げられない。


是咿呀(せいや)ッ!」


 打ち出していた拳を腰部の回転で引き戻したロウによる、逆手の殴打。加速しきった魔神の裏拳が、精霊の腹へ刺さってめり込む。


 上段突きからの連撃となるは同じく八極拳金剛八式、圈抱掌(けんほうしょう)。距離によっては体当たりや肘打ちにもなる、応用性に富んだ技である。


[ご、あ……]


 竜さえも白目を剥く一撃を受け、白濁した血反吐を撒いて吹き飛ぶ精霊。その終着点は、闇の魔法によって半球状に抉れていた曲面だった。


 (にぶ)い衝突音と泥水を撒き散らした精霊に動きなし。戦闘終了である。


「よしよし、成敗完了っと。それにしても……すげーな精霊。マジでエスリウ並みだったのか? 同じ上位精霊のマルトより、ずっと強力な精霊魔法に見えたけど」


 意識を闘争状態から通常状態へと戻した少年は、地下水が流れ込み泥の湖が形成されつつある爆心地を眺め、考え込むようにして零す。


 もはや辺りは森とは言えず、ダム建設予定地の如き不毛地帯だ。面は砦から離れるようにして戦っていなければ被害が及んでいた可能性もある。少年の戦慄(せんりつ)も当然だった。


「ヴリトラとの戦いで(かせ)が外れてなかったら危なかったかもなー。そう考えると、あいつにぶっ殺されかけたのも悪くはな……くないか。無茶苦茶な理由だったし、マジで死ぬかと思ったし」


 足を食い千切られたことや全力の竜拳で打ち抜かれたことを思い出し、ぶるりと身を震わせるロウ。しかし不意に、表情を真面目なものへと変え精霊が吹き飛んだ方向を見やった。


「姿が元の肉塊に戻ってる? あの状態が素なのか」


[……、──!]


 肉塊へと姿を戻した精霊の下へ、少年は転移で移動する。


 そこに至ってようやく、精霊は不可解な事象に対する疑問が氷解した。


[……空間魔法、か。魔法が当たらないのも当然だったか。馬鹿げた力を持っているとは感じていたが、まさかそれほどの高位魔法を操る存在だったとは。再び神に目をつけられるなど、私もつくづく運がない]


「俺、神じゃないんすけどね。しかも目をつけたっていうか、たまたま偶然遭遇したって感じだし」

[抜かせ。ならば竜とでもいうつもりか? ……いや、私の姿を見て魔物と断ぜず精霊と見抜くなら、『竜眼』を持つが故とも言えるか]


 胃袋のような形状の、十二指腸にでも繋がっていそうな口を開閉させて、上位精霊ニグラスは落ち着いた女性の声で少年の正体を推し測る。


 その推測は外れたものだったが、この勘違いは()がとある神に封印された過去を持っていたことに起因する。


 ──彼は元々、この地域一帯で信仰されていた土着の精霊であった。


 宇宙の(よど)みや天空神の戯れで生まれる神とは異なり、世界に満ちる魔力=マナの淀みから生まれる精霊。ニグラスもその例に漏れないが、その力はロウとの戦いで見せた通り神や魔神にも比肩する。


 古くから生き力を(たくわ)えてきたこと。彼の起源となった魔力に、古き竜の魔力が混じっていたこと。そして、彼が魔物や魔獣を食い散らすことで人々から信仰されるようになったこと。様々な要因が重なり、ニグラスは神と変わらない力を得ていた。


 しかし人の信仰を集めた彼は、そのことを(うと)んだ神からつけ狙われることとなる。


 神のやり口は巧妙であった。


 精霊の醜悪(しゅうあく)な容姿や(おぞ)ましい食性といった悪評を、人の姿を(かたど)らせた眷属(けんぞく)にまことしやかに(ささや)かせ……一方で自身は、土地柄手に入りにくい塩を得る術を定住する人々に与える。


 神自身が直接精霊を(おとし)めるということはせず、事実に即した“噂”を人に扮した眷属たちが流したのだ。


 会えば食い殺されてしまうような性質故に、精霊の噂はあくまでも噂の域を出ないものだったが……。噂が不確かであるからこそ、かえって神が成した偉業──人々に塩をもたらしたという事実が、厳然(げんぜん)たるものとして人々に理解されることとなった。


 結果として神は、驚くほど短い期間で人々の信仰を精霊から奪い取ることに成功した。そのまま信仰を得て増しに増した力を使い、彼は精霊討伐へと動く。


 塩を得る手段──塩湖の生成という荒業で生態系を破壊されたことには、精霊として生態系を守ってきたニグラスも怒りを感じていた。神が攻めてくると知った時の彼は、その(ほとばし)る怒りで大地を鳴動させたほどだ。


 策謀巡らせる神と、その神へ牙を剥いた上位精霊。


 魔導国で古くから語られる「豊穣神バアルの邪神討伐」の伝説は、こうして生まれたのだった──。


(──幼子の様な外見だが、この者は明らかに、あの時の神と同等以上の力を持っている。私が目覚めたことを察知して、力ある同族を寄こしたのか?)


 話は戻り、現在。


 ニグラスは満身創痍(まんしんそうい)の身を起こし、顔のない頭部に邪眼を生やして少年をねめつけていた。


 竜鱗さえも打ち抜く拳は精霊の肉体を破壊し尽くし、破壊された肉体の再生に魔力を使ったがため攻撃形態となる余力はない。


 態度こそ強気であるが、ニグラスは窮地にあった。


「竜呼ばわりとか酷い奴だな。むしろ俺は、散々あいつらに迷惑かけられてき側だっての。繰り返しになるけど、お前に襲われたから返り討ちにしただけだぞ」


 他方、精霊の事情など(つゆ)ほども知らぬロウは、軽い調子で己の立場を再表明する。


(……まあ、人に仇成(あだな)す存在だったら始末しよう、とは考えていたけども)


 などと、物騒な本音部分を内面に隠しながら。


 少年の言葉を受けた精霊は、事実を整理する様にして言葉を(つむ)いでいく。


[うん? 考えてみれば、私の方から攻撃を仕掛けていたか。……いやしかし、貴様はすぐに殺意の乗った土魔法を放っただろう。あれ程の大魔法、(あらかじ)め魔力を練り上げておかねば構築できまい? となればやはり、最初から私を攻撃する意思があったという証左ではないか]


「そりゃあまあね。お前は見かけが見かけだし、魔力だって禍々(まがまが)しかったし、一応の安全策として魔力を練り上げてたんだよ。現にお前は攻撃してきたしな」

[一応の安全策というのが、あの馬鹿げた規模の土魔法だったわけか。ああ言えばこう言う……腹立たしい奴だ]


「喧嘩吹っ掛けてきた本人が、どの口で言ってんだおめー」


 ぶつくさと文句を言う内臓頭の精霊に、肩をすくめて駄目だしする褐色少年の図。


 しばし醜く(ののし)りあっていた両者だったが、天から雷光と共に現れた人物により、舌戦(ぜっせん)を中断させられてしまう。


「──フッ、大層な暴れようだな? ロウよ」


「!?」[!?]


 超音速移動による衝撃波を吹き散らして地に降り立ったのは、人へと変じた竜──月白竜(げっぱくりゅう)シュガールだった。


◇◆◇◆


 シュガールが落雷の如き轟音と共に登場し、衝撃波で褐色少年と肉塊精霊を吹き飛ばしている頃。遠く離れた魔術大学野外演習場では。


「──魔術では到底実現できない、強大な闇魔法……。先の魔物たちは、あれの脅威から逃げていたと考えた方が良いでしょうね」


 魔物たちとの戦闘を終え、負傷者の確認や周囲警戒を行わせていた魔導国の女王エイレーネが、伝説級の戦闘に(うめ)き声を上げていた。


 ひと月ほど前にカマルグ大湿原で発生した魔神同士の争いとは異なり、今回の戦いは首都から数十キロメートルほどしか離れていない。一撃で周囲百メートルが吹き飛ぶ大魔法が無造作に放たれていることを考えれば、あまりに近い距離である。


 そのため、遠雷にも似た爆撃音や常軌を逸した規模の闇魔法などを、遠く離れたこの地でも人の目と耳で確認することが出来ていたのだ。天幕の中にいた部隊長も魔物の解体を行っていた歩兵騎士も、皆手を止め一様に東の草原森林地帯を注視していた。


「大砂漠で起きた争いと関係があるのでしょうか? 今は小康(しょうこう)状態になった……ッ!? いや、今の爆音、まだ落ち着いてなどいないのでしょうな」


 女王の隣で控えていた将軍パウルスが、一週間ほど前に大陸北部で発生した大災害に結び付けた直後──上位精霊ニグラスが最後に放った大魔法の衝撃波が到達し、山崩れのような音が周囲に満ちる。


「あるいは、今の音こそが決着した証明なのかもしれませんが……。いずれにしても、あの方角は砦にも近いですから、手遅れになる前に状況を確認せねばなりません。まずは東の砦へ早馬を出して被害状況を確認し、戻ってくるまでの間に先遣隊を編成なさい」

「心得ました」


 成すべきことを成さねばと動揺を押しやった女王の言葉に将軍は頷き、彼女の命を達するべく素早く行動を開始した。


(ふぅ……。これで今、城壁外で出来ることはなくなりましたか。後は衛兵たちが行っている、市民への説明の補足を──)

「──陛下、よろしいですかな?」


 エイレーネが内政へと目を向けると同時。老境に入って間がないといった年齢の、聖職者であることを窺わせる白衣に身を包んだ男性が彼女の下へ現れ、(うかが)いを立てる。


「オズモント大法官。こちらの魔物はかたがつきましたが、街の方はどうですか?」


「正にそのことで報告があり、馳せ参じたのであります。陛下の見事な采配と騎士たちの奮迅で、魔物どもが街へ侵入することなく事態が収まったまでは良かったのですが……。あの怪鳥どもの奇声や亜竜の咆哮、それに先の尋常ならざる衝撃音は、市民の精神を凍り付かせ恐怖を掻き立てました。衛兵たちも既に襲撃が落ち着いたことを伝えてはおりますが、先の衝撃音で再襲撃があるのではと、未だ強い不安に駆られているようなのです」


 白髪交じりの金髪老人から報告を受け、女王は彼が求めるところを言葉にする。


「私に都市を回って演説をしてこい、という訳ですか。貴方、前にも増して女王である私をこき使うようになりましたね、オズモント?」


「滅相もないことです! 本来ならば陛下のお手を(わずら)わせることなどないのですが、取るに足らない私めでは、市民の不安を拭うには(いささ)か力不足でございまして……。市民から絶大なる支持を集めている陛下に、どうかお力添え願いたいと考えた次第であります」


「全く、王に次ぐ発言力のある大法官が何を言っているのやら。パウルスもそうでしたが、私に戦線から引いて欲しいのなら、婉曲(えんきょく)な表現などせずそう言いなさい」


 白い頬を膨らませ銀の眉をひそめたエイレーネは、鼻息一つで不快感を吐き出すと表情を引き締めて城門へと向かう。


 大法官オズモントは彼女の後を追いながら、直接伝えると貴女は一層不機嫌になるではありませんかと、内面で嘆息するのだった。

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