6-5 竜を征すは八極拳
ボルドーからの帰り道、公国と魔導国の国境付近にて。
【──ぬ】
「ゲェ!?」((!?))
星明りが美しい深夜に高高度での転移を行っていれば、思わぬ出会いが待っていた。二か月ぶり? くらいとなる、枯色竜ドレイクとの遭遇である。
猛々しさと邪悪さを内包した頭部に、そこから流れるように伸びた四本角。巨岩のような胴体に極太の手足。
雄々しき西洋竜そのものといった風貌の彼には、相も変わらず王者の風格が漂っていた。
しかし、こうして見ると竜属たちにも随分と個性があるものだ。
竜鱗の色は勿論、顔つきに体つき、翼の枚数にまで差異がある。人の容姿の差よりも随分と大きい差があるように思えるが、似たような竜はいないのだろうか?
【空間魔法か。その素早き魔法の構築、以前我と逢った時は力を隠していたのか? 幼き魔神よ】
「色々あって、あの時はあれくらいの力しか出せなかったんだよ。というか俺移動中だし、失礼するわ。さいならー」
話しかけられるも一方的に別離を突き付け転移で離脱。
お前のような奴と一緒にいられるか! 私はヘレネスへと帰らせてもらう。
(竜相手に、なんつー雑な──ッ!?)
「うぉあッ!?」
フラグをたてながら立ち去ったのが良くなかったのか──背後から輝く白炎が飛んできた。
即座に空間魔法を構築、更なる上空へと緊急退避!
危うく蒸発するところだったぜ。
「野郎、殺す気かよ」
(今のはどちらかといえば、ロウの対応に問題があったような気もするのです)
(いつだったかウィルムも言っていたが、お前さんには竜への敬いが足りていない。それなりの礼節をもってあたらないなら、気性の荒い若き竜なら怒って当然だぞ)
眼下で陽光の如く煌めく白炎を眺め愚痴れば、相棒たちから諫められてしまった。こっちは殺されかけたってのに、酷い言いようだ。
【──『空間跳躍』での大移動か。我が『炎獄』から逃げ果せたのも道理よ】
曲刀の暴言に憤っていると、金の魔力と熱風を吹き散らす枯色竜が追ってきた。二キロメートルくらい移動したのに数秒で到着とは、流石の飛行速度である。
「いきなりブレスぶっ放すとか、何考えてんだよお前」
【礼を知らぬ魔神など、焼き捨てて何の悪いところがあろう? いや、それよりもだ。幼き魔神よ、汝は今あのウィルムと行動を共にしていると風聴したが、真か?】
とりあえずは抗議だと理由を聞くも、なんとも竜らしい驕慢な答えが返ってくる。
その上、先のブレスなど些事だと言わんばかりに話を変えてきた。何て面の皮の厚い奴だ。
((……))
曲刀たちが何故か呆れたような空気を滲ませたが、それを無視してドレイクの言葉に答える。
「事実っちゃー事実だけど、無理矢理連れまわしたり何かを強要したりってのはないぞ? あいつが俺の技術を学びたいっていうから、ならどうぞってなってるだけだし。誰からそれを聞いたか知らんけどさ」
【……ぬう。シュガールの言葉通りだったか。ヴリトラめ、妙なことを口走りおってからに】
「あの爺こっちに来てたのかよ。というか、ドレイクって『炎獄』の後始末はどうなったんだ? 確か自分で処理しないといけないんじゃなかったっけ」
気勢を削がれたとでもいうように魔力を引っ込めるドレイク。情報源は他の竜たちのようだった。
シュガールはともかく、ヴリトラは殺し合った関係上俺に良い印象なんて持っているはずがない。色々とあることないこと吹き込まれたのかもしれない。
琥珀竜と枯色竜の関係性について考え込んでいると、押し黙っていたドレイクが溜息と共に火焔を吐き、事のあらましを語り始めた。
【ふむ、汝がどこまで経緯を知っているかは知らぬが。我が亜竜どもと事態の収束を図っていると妖精神が顕れてな。その妖精神がしばしの間、超高高度より極冷状態の大気を溶岩に吹き付け冷却していたが……時間が経つと面倒がって、何処かへと消えてしまったのだ】
「うわあ……流石イル、いつでもブレないな」
(……そう言うお前さんも、似たような事を頻繁にしている気がするが)
(無駄ですよ、サルガス。ロウは自分のこととなると、途端に認識が甘くなりますからね)
【ほう、意志ある武器か? 何とも珍しいものを持つものよ】
念話で曲刀たちの正体がバレつつも、話は締めへと向かう。
【話が逸れたか。消えてしまった妖精神はそのまま戻ってこなかったが、今度は奴の代理だという水神が顕れてな。そやつと亜竜どもが協力することで、何とか事態の終息を見たのだ。多少周囲の木々が凍り付き湖が生まれはしたが、些末なことであろう】
「ほぇー。あの溶岩がどうにかなったのなら、何よりだ」
収拾をつけるのに被害出してんじゃないかとも思ったが、溶岩ほどは酷くないだろうし大丈夫だろう、きっと。
……あれ? こいつ、何もしてなくね?
「まあ、これでお互い事情も分かったし解散だな。さよならー」
驚愕の事実に気づくが、指摘して逆鱗に触れても仕方がない。ここはさっさと退散するに限ると身を翻す。
【まあ待て。我は汝の言っていた、ウィルムが学びたがる技術というものをまだ聞いておらん。どのようなものなのだ?】
しかし、枯色の巨腕で我が細身を握りしめられてしまった。
潰れるっつーの!
「むぎゃば。……んー、殴り合いのコツみたいなもんかな? 竜って生き物として強すぎるから、あんまり技術を究めるようなことがないみたいだし。経験の蓄積は相当あるみたいだけども」
【殴り合い? かような小さき身の汝と、あのウィルムがか? 『降魔』となって戦うのか?】
「いや、教える時はウィルムが人型になってるよ。最初にあいつを叩きのめしたときは、竜の状態で相手をしたけどな」
【ほう、人の身で扱う技術とは興味深いな。しからば魔神よ、我が汝の手前を測り、ウィルムが教えを乞うに相応しいかどうか試してやろう】
何を思ったのか腕で掴んでいた俺を宙へと放り投げ、構えをとりだす枯色竜。
「は? いやいや、余計なお世話だっての。大体、シュガールさんやティアマトさんだって、ウィルムの行動を認めて──」
【──やかましい! 四の五の言わず、かかってこい!】
「ッ!」((!?))
無茶苦茶な主張と共に竜拳が炸裂。
爆炎の花が天空に咲き、轟く爆発音が戦闘開始を告げる合図となった。
◇◆◇◆
【──!】
灼熱を纏った竜拳は俺の展開した障壁をぶち抜きまくり──ギリギリ停止。しかし、直後に拳が爆ぜたことで、残る障壁も砕けてしまう。
【ハッ、我の拳を止めるには、些か強度が足りんようだな!】
足場以外の障壁を砕かれ、丸裸となる俺。
一面に広がった炎の海を裂き、次なる竜拳を構え咆えるドレイク。
その拳は魔法構築を行う間もなく打ち出され──防ぐ術無し。
故に避けること能わず、こちらに直撃。
「──嘎啊ッ!」
【!?】((!))
俺の全身よりも巨大な拳が右肩右腕をへし折り、当たると同時に爆ぜた熱風が衣服と皮膚を焼き尽くす──が、我が身を滅ぼすに至らず。
宙が歪みたわむほどの震脚で繰り出した、極限の体当たり──八極拳六大開“靠”・貼山靠により、衝撃を相殺したが故である。
避けられぬなら、ぶちかませば良いじゃない!
(熱ッ、無茶し過ぎだろ!?)(竜拳を真っ向から受けるなど、滅茶苦茶な!?)
「はんッ、ヴリトラの拳に比べたらお子様パンチってなァ!」
咆えながら魔力解放、神速再生。
寸秒で回復させた右足で踏み込み、ドレイクの腕を蹴り上げるッ!
【馬鹿、な゛ッ!?】「䠞啊ッ!」
かつて青き竜の首を叩き折った前蹴りで枯色の腕を跳ね上げ──そのまま蹴り脚を振り下ろし、虚空を蹴って一気に肉薄。
曝け出された胸部へ電光石火、からの中段突きッ!
「撕ッ爬ッ! 哼ッ!──殪呀ッ!」
からのー、逆突き肘打ちに加えてー、締めの水平鉄槌打ちッ!
【ガア゛ッ……】
怒涛の四連撃を見舞われた枯色竜が、茶色い吐しゃ物を撒き散らし暗き夜空へ堕ちていく。
殺意漲る猛攻は、以前エスリウに見舞った八極拳六大開“捅”・猛虎硬爬山。
魔神をも殺す豪打連撃は、若き竜にとって刺激が強すぎたようだ。
(……瞬殺かよ。あり得ねえ)(降魔すら無しですか。もはや強さの桁が違いますね)
「曲がりなりにも最強の竜の一柱と殴り合った訳だし、若造には負けねーよ。ガハハハ。ってやべ、あいつ拾いに行かないと、この高さから墜落したらまずそう──!」
【ア゛ア゛ア゛ァァァッ!】
打ちどころが悪いと危険だ──と考えたところで、遥か下方で金色の爆発。どうやらまだまだ元気なようだ。
「!」
爆発的な金の波動にビビっていると、枯色の流星が金の嵐より飛来!
あわや直撃、前方ダイブでやにわに回避。灼けるような衝撃波の中で態勢を整える。
【オオォッ──!?】
「一名様ご案内ってな!」
超音速の突撃から切り返し、ドレイクが二度目の突進を仕掛けた──そのタイミングで異空間を開門。
奴が吸い込まれ俺も入ったところで門を閉じ、強制的に空中戦からこちらの土俵、地上戦へと引きずり込む。
【ガッハ……ここは、貴様の空間か!?】
突進の勢い余って異空間の地面に叩きつけられたドレイク。
「その通り。思う存分寛いでいけやッ!」
立ち上がるのを待つ義理なんて当然ないので速攻転移で急接近!
【それはもう、見飽いたぞッ!】
近づいた瞬間に放たれる、カウンターの爆熱竜拳。
「だろうな。でも、俺も竜とは何度も戦ってるもんで」
目と鼻の先にあったそれを、猫のような柔軟性でするりと躱し──肌の焦げる異臭を感じながら、竜の足下へ潜り込む!
【貴様──!】
「嚓啊ッ!」
すかさず地面から岩の足場を迫り上げながらの、渾身の震脚、闘魂の体当たり。
走り高跳びで推力を上方へと変換する動き──起こし回転にも似た踏み込みで、下から突き上げるようにして肩から一気にぶちかます!
同じ靠撃なれども先と異なるその一撃は、八極拳連環拳・穿山靠。腹部の竜鱗を砕き筋肉を打ち抜き竜の臓腑を蹂躙する、破壊的な一撃である。
【ォゴッ……まだッ……まだ──ッ!?】
体当たりによって数十メートルほど浮き上がり苦悶の声を上げていた枯色竜は──次の瞬間、我が魔法により地上へとカムバック。
「おかえり! そしてさよなら!」
空間魔法によって再び俺の間合いへ強制帰還させられた──相手がその事実に気が付く前に、竜の巨腕を引っ掴んで巨体を地面に叩きつける。
「壓ッ!」
【ッ……ハッ……】
呼吸と内外の力を連動させ、相手を一気に地へ叩きつける秘技、八極拳連環拳・千斤墜。
俺の震脚や竜の突進でも凹まない地面は、恐らく大陸のどの地面よりも強固であろう。
そんな地面に叩きつけられたドレイクは、肺に残っていた空気を全て吐き出し、白目を剥いた。
「ふぅ。これにて竜狩り完了か」
(……竜狩りて。殺したらティアマトたちから狩られるぞ? 分かってるのか?)
「違うって、ノリだよノリ。殺すつもりなら降魔してるっつーの」
(どう見てもドレイクは死にかけていますが?)
(殺す気がないなら早く治療しとけって。ふざけていてドレイクが死んだんじゃシャレで済まんぞ)
「へいへーい」
曲刀たちに猛批判されたため、手のひらを返して治療を開始。
ウィルムの時とは違い首は折れていないが、それでも内臓破裂は確実だろう。早めに回復魔法を使うのは正解かもしれない。灸を据えてやろうと放置している場合じゃなかった。
「何の騒ぎだ──! そやつは、ドレイクかっ!?」
「……また竜を拉致してきたのか? ロウよ」[[[……]]]
「そういや君らも居たんだっけ」
十数秒で治療を完了させると、騒ぎを聞きつけたらしい面々が集まってきた。
ドレイクの突進にしても俺の叩きつけにしても相当地面が揺れただろうし、そりゃ気が付くか。
「なんか因縁つけられて絡まれたからボコった。もう治療したから命に別状はないよ」
「またか。ロウはいつでも絡まれているな? 神にせよ竜にせよ魔神にせよ」
「……降魔抜きで、ドレイクを打倒するか。まあ仮にも妾に勝利した魔神であるし、疑問となるものでもないか」
[──?]
「ああ、ありがとうサルビア。適当でいいから持ってきてくれ」
状況を説明していると末っ子のサルビアが気を利かせ、服を取りに行ってくれた。
ドレイクの爆熱竜拳で上も下もボロボロとなっていたため、有難い気配りである。
「というか、凄い勢いで服が無くなっていくな。ヴリトラにドレイクに、もう何着駄目にしたか分からん」
「妾やセルケトの衣服も耄碌爺との戦闘で駄目にされているし、買い足しに行かねばな。そこのドレイクは金銀財宝を貯め込む性質故、謝罪させる際に巻き上げ貴様の私財の足しとすれば良い」
「死にかけたわけでもないし、流石にそこまで毟る気は無いわ……。というか、お前と戦った時は俺死にかけたけど、金銀財宝貰ってないんだけど?」
「抜かせ。妾の物は妾の物、魔神にくれてやるものなど毫もない」
[[[……]]]「もはや何かを言う気にもなれんな」「これぞ竜って感じだ」
胸を反らしガキ大将のような言葉を宣うウィルムに一同揃って呆れていると、眷属の宅配便が到着。
早速彼女から服を受け取る。が、受け取った服は何故か彼女の着ている衣服と酷似していた。
「ありがとう……って、これペアルックかよ。俺、こんな服もってたか?」
[──、──……?]
「自作かよ、すげーな。ビックリしただけだからそんな悲しそうな顔すんなって」
[──♪][……][──]
ジェスチャー説明により判明した自作という事実に驚愕しつつ服を着る。
すると、得意げな様子のサルビアに、じろりと妹をねめつけるシアン、嘆息するテラコッタの姿が目に入った。
何メロドラマみたいな寸劇してんだよ。
[──……]
一人姿の見えぬ長男のコルクはといえば、寝ているドレイクを興味深げに観察しており、こちらに関心がないようだ。
あいつは元がドレイクの似姿だったし、自身のベースとなる存在を見て何かを感じているのかもしれない。
「よし、服も着替えたし、魔導国に戻らないと。ウィルム、ドレイクのこと任せといていいか?」
「同族であるからな、悪いとは言わん。だが、世話をする妾への礼は確と考えておけ」
「ほいよ。ならさっき言ってた買い物な。じゃあ後はよろしくー」
異空間での長話は危険だと早々に話を切り上げ、退出。云千メートル上空へと舞い戻る。
魔導国と公国との国境沿いへと戻った俺は、再び連続転移を使って首都ヘレネスへと戻っていくのだった。
明日3月20日(金)は春分の日となるため、次回更新は3月23日(月)となります。