6-2 帰宅
一時首だけとなって死にかけたり、見ず知らずの神と協力して大災害を収めたり、魔神であることがバレてしまったり。色々あった旅もついに終了。
つまり俺は、魔導国首都ヘレネスへと帰ってきた。
その足で向かうのは冒険者組合である。今回の大砂漠への旅は単なる旅行ではなく依頼での同行であり、報酬が発生するのだ。
人として生活を送っているヴァンパイアたち──アシエラ姉妹と共に街中を歩いていき、冒険者組合ヘレネス支部に到着。久しぶりの組合だと周囲を観察しつつ受付へと向かう。
組合内部も街同様にざわついており、通常冒険者の少なくなる昼の時間帯でも多くの冒険者たちが屯していた。
やはり琥珀竜の大魔法による影響は、遠く離れたこの地にまで及んでいるのだろう。
「おお、坊主。久しぶりだな。おいちゃんのこと覚えてるか?」
騒がしい待機列で受付の順番待ちをしていると、山のような熊人族の男性に声を掛けられた。いつぞや親子と間違われたローレンスである。
「お久しぶりです、ローレンスさん。三週間ぶりくらいですかね? 依頼でヘレネスを出てたんですけど、もう随分昔のような気がしちゃいますよ」
「はっは。何をじじ臭いことを言うか。……しかし、その分だとアシエラと一緒に長期依頼を行ってきた帰りか? 何か変なことされなかったか?」
俺の胴体をつまむようにして持ち上げた彼は、俺を乗せて肩車状態へ移行。小声でアシエラに妙なことをされなかったか聞いてきた。
以前彼女の情報を俺に知らせたからだろうか、心配していたようだ。
「いい人でしたし、色々良くしてもらったくらいですよ。ローレンスさんはお変わりないですか?」
「変わりないと言えば変わりないが、数日前の大騒動でちいとばかしごたついてるな。突然北の一面が真っ暗になったかと思えば、雹に竜巻にと異常気象が連続してな。ここヘレネス以外でも同じような現象が起きたらしいとんでもない規模の災害だったが、坊主の方は大丈夫だったか?」
「実はちょっとヤバかったんですけど、結果的には大丈夫なんでセーフですかね」
「なんじゃいそら」
突然の肩車に周囲から目を丸くされながらも、気のいい熊人族から不在中の首都での様子を聞いていく。
件の災害までは特筆すべきこともない日々だったようだが、数日前からそれが激変。
魔導国へ流入してくる人々が増えたり、季節外れの竜巻やら雹やらが発生したり。更には魔物の発生が大きく増えたのだという。
「魔物が増えたんですか?」
「おうともさ。その分だと、坊主の方はそんなことはなかったのか? こっちの方はあの災害に反応したのか、近隣にいる魔物たちの気が立ってるみたいでな。普段は森や人里離れたところに引っ込んでいる奴らが、街道や村に出没し始めたんだ。その影響で組合も冒険者も天手古舞って訳だ」
「ほぇー」
大災害の直接的な影響というより、それによって不安を煽られた人々や魔物による間接的影響で、ここヘレネスはざわついているようだった。
琥珀竜が世に与える影響の凄まじさに戦慄している内に、前にいたアシエラが報酬を受け取り終えた。順番が回ってきたようだ。
「ああ、ロウちゃん! 無事だったんだね。良かった~」
「お久しぶりです、パルマさん。依頼の完了報告にきました」
ごわごわとした砂色の山から飛び降りて、受付へ。
俺とそう変わらない身長の外はねレイヤーな茶髪受付嬢──パルマに、依頼開始時に受け取っていた札と、依頼主アインハルトから受け取った完了札を渡す。
「バッチリ成功したみたいだね~。さっきアシエラさんと話してたんだけど、例の大災害があった時、砂漠の近くにいたんでしょ? ロウちゃんは大丈夫だった?」
「見ての通りピンピンしてますよ。しばらくは砂漠を見たくないですが……」
「あー、結構長い旅だったみたいだもんね~。まあ、大きな怪我もなくここに戻ってきたのなら良し! 報酬のお金持ってくるから、ちょっと待ってて」
そして待つこと数分。ずしりと重そうな金貨袋を手に持った受付嬢が帰ってきた。
「ひーっ、重い~。ふぅ……はい、報酬のヴリトラ金貨、五十枚です。お確かめくださーい」
「ありがとうございます。……ヴリトラ。そういやあいつ、金貨の名前にもなってたんだな」
(知恵の女神ミネルヴァも銅貨の名前となっていましたし、人族と関わりのある強大な存在が硬貨の名に選ばれるのでしょうね)
(選ばれる存在が必ずしも人に利するものではないってのも面白いな。女神ミネルヴァはともかく、ヴリトラなんて大魔法で大砂漠を創り出したような奴だし)
金貨の正式名称を聞いて、喋る武器ことサルガス・ギルタブと一緒に黄色いトカゲの高笑いを思い出しつつ、革袋の中身を拝見する。
金貨五十枚、確とあり。
とはいえ最近の出費の額を考えると、これほどの大金でも安心することは出来ない。盗賊時代ならば狂喜乱舞するほどの金額なのだが、心境の変化とは恐ろしいものだ。
「ロウちゃんってば、そんな大金貰っても動じないね~。私だったら浮かれてはしゃいで、友達誘って美味しいもの食べに行くかなー」
「実は最近出費が激しくて、金貨五十枚でも余裕とは言えない状況なんですよね。今回の依頼でも服やら道具やらが無くなって、相当出費がかさむ旅になっちゃいましたし」
「やっぱり大変な旅だったんだね~。多い報酬には裏がある、かな。まあまあ、二種精霊使役者のロウちゃんならすぐに稼げると思うよ! 最近はヘレネス近隣でも魔物討伐依頼も多いし」
「ですかね? 危ないのはちょっと気が引けるので、ぼちぼち見繕っていきます。それじゃあ、失礼しますねー」
適当なところでパルマとの話を切り上げ、受付を離脱。エントランス近くのテーブルで寛いでいるアシエラ姉妹の下へ向かう。
彼女たちに合流すると、折角一緒に依頼を終えたのだから打ち上げをしようということになった。
普通の店だと自分たちへ向けられる視線が気になるということで、彼女たちの家に向かう。二度目となる彼女たちのお宅だが、正体が吸血鬼というのがなんともはや。
打ち上げというのは建前で血を飲むためのセッティングをしているのでは? と、内心で訝しみながらも市場で食材や飲み物を購入していき、アシエラ姉妹の家に到着。
三人でだらだらと話しつつ料理を作り、昼下がりからのアルコール入り打ち上げが始まった。
「──お疲れ様。一時はどうなることかと思ったけど、ロウ君のおかげで生き残ることが出来たよ。ありがとう」
「いえいえ、お互い様ですよ。アシエラさんたちが居なかったら教授たちを守り切れませんでしたし。持ちつ持たれつってやつです」
「あはっ、いい言葉だね~。むふ、私もロウ君のアレを飲んで、持たれつされたいな~。ねえねえ、旅が終わって一段落したし、どうかな?」
旅装束からラフな格好に着替えたアシエラと共に、色の濃い麦酒を呷ることしばし。旅の苦労をねぎらい合っていると、彼女の妹アムールが会話に乱入してきた。
相変わらず血が飲みたいようで、黒髪の美少女は舌をちろりと出して誘惑モードに入っている。
最近血を飲んでいないからだろうか、隙あらばこうして血をせがんでくる吸血鬼アムール。
最初の内は姉のアシエラが制していたが、いつからか目の前で妹が誘惑状態になっても止めなくなってしまった。
果たして止めることを諦めたのか、それとも自分も飲みたくなり妹を止めなくなったのか……。
いずれにしても、魔神の血はほいほい飲ますようなものじゃないだろう。
おまけに、俺の身体もまた変質しているみたいだし、前よりも彼女たちに与える影響が強くなっているかもしれない。効果が強すぎて体が耐え切れませんでした、なんてことになったら最悪だ。
「駄目ですね。一回飲んだだけでそれくらいの依存性があるのに、二回目飲ますなんて論外ですよ。それに俺、もう少ししたら魔導国から出ていきますし」
「「ええっ!?」」
断る材料を探していて思い出した事実を告げると、姉妹から殊の外大きな反応が返ってきた。いつぞやのアイラたちを彷彿とするリアクションである。
「てっきりこっちに定住するのかと思ってたけど。ロウ君のお友達も置いていくの? ヤームルさん、ここの学生さんだったよね」
「置いていくっていうか、普通に生活が違うっていうか。今までは偶然や成り行きで一緒に行動してただけですからね」
「そうなんだ? ヤームルちゃんが聞いたら怒りそうだなー。まだ教えてないよね?」
「いえ、もうヤームルさんにも伝えてますよ。もう大分前の話ですけど」
アムールにそう返しながら、記憶を掘り返してみる。
ヤームルたちに帝国行きの予定を伝えたのはいつ頃だったか……確か、魔導国へ到着する前後辺りか。
考えてみれば、ここヘレネスに帰ってきたのは旅を始めてから十五日目、二週間もここを空けている。
というより、ヘレネスにいたのは一週間くらいだったはずだし、旅をしている間の方が長いくらいだ。意外と短い滞在時間、そりゃ記憶も飛ぶわ。
(……飛ぶか? 短いと言えば短いが)
銀刀から冷静に突っ込まれてしまった。あまりにも濃い時間を過ごすと飛ぶんだよ!
「そうだったんだね……。確かにそれなら、飲むのは止めておいた方が良さそうだ」
「むむむ。出ていくってことは、もうヘレネスには帰ってこない予定なの?」
「ですかね、何度か顔を見せに来るくらいはするかもしれませんが。元々何処かに定住する予定はないので、これから向かう帝国にも長居しないと思います」
帝国行きを告げると、二人の顔がより曇る。魔導国や公国より治安が良くないことを心配しているのだろうかと思えば、返ってきた言葉は全く違うものだった。
「帝国か。ロウ君は人間族……っぽいし、治安が悪いといってもそれほど問題にはならないと思うけど。最近あの国で、大英雄の再来だっていう騎士が誕生したこと、知ってる?」
「いえ、初耳ですね。大英雄というと、あの大英雄ユウスケ様ですか?」
「そうだね。数々の魔神を打ち倒し、この大陸を魔族と魔神の手から取り戻した、その大英雄様。その人物の再来とまで言われるのが、カラブリア・エステという男だ。どういう訳か、最近になって喧伝されるようになった人物だけど……」
「亜竜を一撃で吹き飛ばしたとか、剣を振ったら衝撃で城壁が壊れたとかいう人だよね? 確かに凄いとは思うけど……。竜の大魔法やロウ君を見た後だと、ちょっと見劣りしちゃうかもだねー」
彼女たちが話してくれたのはカラブリア・エステなる人物のこと。実際に大英雄並みの力を持っているなら、魔神である俺にとっては天敵とも言えそうだが……。
(亜竜にしても城壁にしても、どうにも例えの規模がな)
(竜や神の力を見た後だと、とてもそれら超越的存在をも上回る力、というものを感じることは出来ませんね)
曲刀たちの弁の通り、伝わる話がショボいのだ。
いや、確かに人族の水準であれば圧倒的な力を持っているし、英雄と呼ばれるに相応しい力だとは思うけども。大英雄の再来かと言われれば、現状では首を傾げざるを得ないだろう。
神をも凌いだ大英雄の力というには、あまりにも貧弱だ。
「まあそのカラブリア様の実力が大英雄様並みだろうがそうでなかろうが、観光しに行くだけなので関係なしですよ。まず会うこともないでしょうし」
「ロウ君、観光しに行くの? てっきり魔神としての目的があるのかと思ってたよ」
「んなもんないですよ。魔神としての知り合いなんていな……いや、最近知り合ったか。まあとにかく、俺のモットーはぷらぷら生きていくことですからね」
「あははっ。ロウ君らしいね~。でも、そっかあ、観光かー。むふふふ、それなら私もついていこうかな~?」
一か所に根を下ろさないし定職など持たぬという瘋癲発言をぶち上げると、血に釣られたらしいアムールが蠱惑的な表情で近づいてきた。この子はいつでも押せ押せガンガンだな。
(ロウ、妙な気を起こさないでくださいね? ただでさえセルケトやウィルムの世話が必要なのに、人数が増えるなどもってのほかなのです)
美少女の誘惑にぐらぐら揺れていると、頼れる相棒から現実的な指摘を頂戴した。
言われてみれば、我が家は金遣いの荒い娘たちのせいで、家計が火の車である。
その上最近は眷属たちも色々欲しがっているし、曲刀たちも人化したしで、崖を転がるような速度で支出要素が増えている。こりゃ同行は無理ですわ。
「我が家は一杯一杯なので他を当たってください」
「あはっ、なにそれ。まあ私もお店もあるし、今回休んだばっかりでまた休むわけにもいかないし、旅行は無理なんだけどねー」
「ですよねー」
心を鬼にして誘いを断ると、妖艶な雰囲気を引っ込めて種明かしをするアムール。
ただこちらをからかっていただけのようだった。酷い奴なのだ。
悪女のネタばらしに憤慨していると、悪女の姉が聖女のような優しい微笑みを見せる。
「ふふっ、こうしてみると、本当にロウ君が魔神だということが信じられないね。力の方は疑うまでもないけど、性格は本当にただの男の子にしか見えないよ」
「だよねー。なんだかロウ君を見てから、魔族の祖っていうイメージが一気に変わっちゃったよ」
「自分で言うのもなんですけど、魔神の中では変わり者みたいですからね。神や竜から毎回言われてますし」
「そもそも、神と敵対していない時点で例外中の例外な気がするけど」
焼き肉を摘まむアシエラからの、身も蓋もない言葉であった。それを言ったらお仕舞いってやつですよ。
◇◆◇◆
夕刻。吸血鬼姉妹との打ち上げを終え、宿泊している高級宿「竜の泥酔亭」を目指して、バザールの中でも大きい通りを歩いていく。
狭い通りだとすし詰め状態にもなるバザール内部だが、広いところは馬車が行違うこともできる通りもある。俺が歩いている通りは正に後者で、大変広く活気もある通りだ。
「──曲刀として眺めるのもいいが、人として眺めるのも味があって悪くないな」
「そうですね。こうして三人で歩くのも、中々どうして悪くないかもしれません」
そして、俺が歩いている両側には銀髪のイケメンと黒髪の美少女がいる。物陰で曲刀から人の姿となったサルガスとギルタブである。
「ただアレだな、三人並ぶと兄弟感半端ないな」
「ククッ、実際俺とギルタブはそのようなものだ。お前さんも俺たちを魔力で変質させたし、親類と言えないこともないだろうな」
「そうですね。ロウも含めて、私たちはもう家族のようなものなのです」
「サルガスが言うと全然おかしくないのに、ギルタブが言うとおどろおどろしい気配がするのが不思議だ。ところで君ら、買いたいものとかないの? 服とか装身具とか、食べ物だとか」
既に夕刻とはいえ、バザール内部の店舗群ははまだまだ営業中。人の身を羨んでいた彼らだから買い物を楽しみにしていたのではと思い、話を振ってみる。
「勿論ありますが、それはまた別の機会にでも。夕方からだとそう長く買い物ができませんし、何よりロウも長旅で疲れているでしょう?」
すると、ギルタブからこちらを気遣う言葉が返ってきた。流石我が相棒、思いやりの達人である。
「そういうことだ。馬車の旅じゃ休むに休めなかっただろうし、今日も午前中は並びっぱなしだったし、ゆっくり休んでおくといい」
「サルガスまで。なになに、君ら今日は甘やかし状態になってるの? そんなこと言われると堕落したくなるんだけど」
「ふふふ、今日と言わずいつでも──あら? あれは……」
[──っ!]
「ほぶッ」
慈しむような笑みを見せていたギルタブが動きを止め、何事かと彼女の視線を追おうとすると──その方向から、何者かが高速度突撃を仕掛けてきた。
隣にいたサルガスとのサンドイッチ状態を作り出したのは、淡青色のツインテールが可愛らしい我が眷属、サルビア。出会い頭に頭部から突貫とは元気のいい奴だ。
「ロウの末の娘か。そういえばシアンたちをこっちに置いてきたんだったな」
[──?]
「うん? 今日帰ってきたばっかりだよ。今から宿に戻るところだけど、そっちは買い出しだったか?」
[──]
身振り手振りで伝えようとする彼女の意図を読み解くと、買い物ではなく単に街の雰囲気を堪能しているようだった。
彼女たち眷属がここで生活を始めて二週間ほどになるが、まだまだ新しい発見に満ちているのだろう。サルビアの場合は生まれたばかり、ということも大きそうだが。
そのまま美少女(ただし本体は金属球)と合流した俺たちは、彼女から不在時の様子を聞き出しながら宿へ向かったのだった。