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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第六章 大陸震撼
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6-1 旅の終わり、混沌の始まり

 大陸北部の大砂漠。雄大なる景色を堪能した褐色少年ロウは、都市へ戻るべく空間魔法を構築する。


 一秒間に二キロメートルほど、一分間に百キロメートル以上進むことが可能な空間魔法「転移」。その神なる技法を駆使する少年は、あっけなくオアシス都市ミナレット近隣へ到着してしまった。


 その間、僅か十分。上空へ転移し位置や方角を確認していた時間の方が長いくらいである。


「もう着いたんですか? 出鱈目(でたらめ)ですね本当に」

「魔導国へ一直線でも良かったくらいですね」

「忘れ物や伝え忘れでもあったのかと思ったよ」


 そんな言葉をかけられながら異空間から調査メンバーを呼び出した少年は、早い分には良いじゃないかと強引に話を切って都市の城門へと歩き出す。


 しかし、一行は城門へ近づくにつれ、何やら不穏な空気が漂っていることに気が付いた。


 付近に少数の集落しかなく本来は利用者が少ないはずの北門には、人だかりが出来るほどの者たちが集まっていた。


 のみならず、漂う空気も静かに開門を待つというよりは早く開けてくれと懇願(こんがん)している風である。只事ならない様子だ。


「うーん? 何事かあったんですかね? アンデッドでも出たのかな?」


「いやいやロウ君、どう考えても琥珀竜(こはくりゅう)の大魔法が影響してのことだろう。局所的な夜を創り出す規模であれば、快晴の多いこの地域だと当然観測できたことだろうし、この都市のように堅牢な城壁を持たぬ集落であれば恐怖に駆られるのも当然だ。それに、地面の揺れだって凄まじいものだったのだからね」


 長大で間隔の詰まった列を見たロウが首を捻りながら疑問を呈すと、調査班のリーダーでもある大学教授アインハルトからの素早い切り返し。


「そういやそうでしたね。つい昨日の出来事なのに忘れてましたよ」


 対する少年は、いけしゃあしゃあと健忘(けんぼう)発言で対抗した。


「よくもまあぬけぬけと……」


「ほらアレですよ、物凄く嫌なこととか死にかけた時の記憶は、脳が該当部分の情報を消すだとか言うじゃないですか」

「テレビ……こほん、書物で見たような話ですね。……いや、それにしたって早過ぎでしょ」

「それくらいの出来事だったってことで、ここは一つ」


 などというやり取りを挟みつつ、一行は最後尾につく。時を同じくして城門が開き、(にぶ)い速度ながらも列がはけだした。


 遅々(ちち)とした歩みの中、時に研究者組が魔術で水分補給をしたり、時にロウが巨大氷塊を出現させて涼を確保したりと好き勝手に振る舞う一行。


 少年を魔神と知った今、連日の疲れが残る面々は彼に対する突っ込みを放棄していた。


 同じようにして待っている周囲から感謝されたり恐れられたりしている内に時間が過ぎ、直に太陽が中天になろうかという頃にようやく、一行は城門を通過することが出来た。


「──いやー。朝一で並んでなかったら、今日中には入れなかったかもしれませんね? 後から後から増えてきましたし」


「全くだ。もっとも君の場合はそんなことを言いつつも、空間魔法で直接入り込みそうだが」


 物々しい警備を抜けたロウが零すと、アインハルトが頷きつつも少年の行動を予測して見せる。


 現在、彼ら調査班は男性陣と女性陣に別れ、先の一件で失ってしまった数日分の衣類や食料を購入している最中だ。


 女性陣は衣類を買い求めに行き、ロウたちは食料を求め市場に来ているのだが──。


「食料品、軒並み高騰(こうとう)してますねー」

「うむ。それでも買い求めようとする客が多いようだ。あの一件で危機感を覚えた者たちが、我先にと買い集めているのかもしれない」


 ──彼らの言葉通り市場は人でごった返り、品物は売り切れもしくは通常の三倍近い法外な価格だったりと、大混乱だった。


 この現象はロウたちのいる都市だけに留まらず、周囲の宿場町や地方都市、それに大陸西部の魔導国首都でも、程度の大小こそあれ起きている問題であった。


 原因はアインハルトが見抜いた通り、琥珀竜の大魔法を見てその圧倒的な力に震撼(しんかん)した人々が、農作物や畜産狩猟への影響を幻視したことによる。


 大多数が同じようにして多くの食料を買い込み家に閉じこもる、または遠方へ避難しようとした結果、品切れが続出し急激なる価格高騰を招いたのだ。


 地球でいえば、第四次中東戦争が惹起(じゃっき)した石油危機。それにより日本で起きたパニック的な騒動──スーパーの店頭からトイレットペーパーが無くなったような大混乱──に、似通った心理現象といえよう。


 当然、都市の首長や商人たちの顔役も大災害の一件を知っており、その日のうちに緊急会合を開いた。


 その会議で購入制限や供給調整、混乱防止のための衛兵配備等々、様々な対策を打ち立てた彼らだったが……。


「ねえちょっと、もう売ってないの!?」「ふざけんなよ!」「なんだこの値段は!?」「物を売るって態度じゃないだろ!」


「落ち着いて、落ち着け! ええい、しずまれ!」


 押し寄せる人の波、そしてその騒動を見て危機感を煽られた人々が更に集まったことで、収拾不能な事態となってしまったのだった。


(ボルドーでの竜騒動を思い出すな。あの時は女公爵が場を収めていたが)

(ここだと、あれくらい求心力のある人はいないのかもな? あの公爵様はかなり特殊っぽいし)


 食料品の購入を諦め合流地点である喫茶店に向かう途中、ロウは意志を有する武器、己の相棒たる銀刀と会話をしつつ過去の一件を思い出す。


 公国の大都市を治める大貴族でありながら、個人としても都市で三本指に入るほどの実力者。それでいて美しさも兼ね備えていた女傑(じょけつ)


 そんな金髪碧眼の支配者を少年が脳裏に浮かべていると、もう一振りの黒刀も少年の言葉を引き継ぐように続く。


(彼女は魅力も武力も権力も求心力も、およそ人の求める能力の全てを持ち合わせていましたからね。現状のように武力や権力の中途半端なものしかいないのであれば、混乱したこの場を収めるなど不可能でしょう)

(辛口っすな。でも確かに、こうまで騒動が大きいと衛兵や騎士たちだけじゃ厳しそうだ)


 相棒たちの言葉に脳内で頷いている間に足も進み、ロウは待ち合わせ場所の喫茶店へと辿り着いた。


 女性陣を待つ間にアインハルトと今後の行動について話し合った少年は、軽食を摘まみつつ合流を待ったのだった。


◇◆◇◆


 喫茶店で女性陣と合流した後、一行は当初の予定通りこの都市に一日だけ留まり、翌日に出発することとなった。


 移動の足については往路で利用した亜竜タウルトがあり、この混乱状態でも馬車を確保できていた。道中の移動速度と快適さを求め借りた亜竜は、思わぬ助けとなったのである。


 この亜竜を魔導国へ連れて帰らねばならないこと、空間魔法での移動は不自然なほどに到着が早まってしまうこともあり、ロウによる単身高速移動は棄却(ききゃく)されている。流石の彼も道理の前では無理を引っ込めたようだ。


 周辺から人々が流入している影響か高騰している宿泊施設を見て回り、何とか六人が宿泊できる宿──飯無し風呂無しトイレのみ有り──を探し出し、一行は骨を休めた。


 そして翌日。


 彼らは空が白み始める時間に準備を終えて城門へ向かい、馬車の中で開門を待つ。


 周囲にはロウたち同様に朝一番に出発するため開門を待っている人々で満ち満ちている。


 それは何らかの制限を課さなければ都市から人が居なくなってしまうのではないかと、ロウが危ぶんでしまう程の光景だった。


 ──しかし実際には、少年の心配事は杞憂(きゆう)である。


 出発待機中の人々が大勢いるといっても、大都市の総人口三十数万の内で数百ほど。


 それもこの都市で生計を立てていた者たちより、ロウたちのように旅の途中で立ち寄っていた者、あるいは大都市へ出稼ぎに来ていた者が大多数なのだ。


 この大都市に根付き生活を営む者たちの場合、大災害が発生したからといって、そう簡単に仕事と生活を投げ出して逃げ出せるわけではない。単純に移動するのに膨大な資金がいるし、この都市での人付き合いもあるからだ。


 友人にしても取引先にしても、ゼロからの再出立(さいしゅったつ)など生半(なまなか)なことではない。


 その上もし家族と共に移動するのなら、世帯主にかかる経済的精神的な負担は激増することだろう。一般市民にとってこの選択肢は、およそ現実的でないといっても良いといえよう。


 故に、彼らは動かない。


 ましてや、大災害の爆心地がある程度離れた距離であり、危機が差し迫っているかどうかが不明であればなおのこと。


 更に、この大都市にはアンデッドを寄せ付けないような堅牢な城壁が存在し、五百年ほど前に琥珀竜の至大魔法の難から逃れているという実績もあった。


 なまじ一度災禍を逃れていることで、根拠の薄い楽観論が人々の深層心理に芽吹いていたのだ。


 地球とは異なるこの世界においても、人は目の前の危機(食料や衣料等生活必需品の高騰予想)には恐怖を抱き行動(買い溜め)を起こすものの、予測的な危機(竜の大魔法が遠方で炸裂)の場合、強い感情が起こらず行動(都市からの避難)に繋がりにくい。


 災害時に逃げ遅れる者、周囲にいつも通り人が残っているから安全だと考えてしまう者の心理。それこそ、地球で研究されている社会心理学において、正常性バイアスと呼ばれている心の作用、そのものである。


 ──そんな災害時における人の心理も、前世の大学時代に学んでいた少年だが……残念ながら忘却の彼方(かなた)。都市の混乱と地球時代の知識を結び付けることはできなかった。


 さておき、少年の心配をよそに城門が定刻通り持ちあがる。


 亜竜に馬車を()かせる関係上先頭に立ったロウたち一行は、開門と同時に魔導国首都へ出発したのだった。


◇◆◇◆


 堅固な城壁を持つ大都市ミナレットへ移動する者、逆に都市より離れ更なる遠方へ向かう者、そして調査のために大砂漠方面へと向かう者。


 様々な人々とすれ違い追い越しながら、ロウたちを乗せた馬車は進んでいく。


 時に調査団と思わしき騎士たちから聴取を受け、時に混乱に乗じた野盗の襲撃を返り討ちにして。一行は丸二日かけて魔導国首都ヘレネスへと帰還した。


 到着した時間帯が遅く城門も閉まっていたため城壁の外の宿に宿泊し、迎えた翌日。


「──やっぱりここでも人の出入りが多いみたいですね。ミナレットほどじゃないみたいですけど」


 少年はまたも発生している待機列の存在に嘆息していた。


「距離が距離だけに、ここから正確な観測が出来たわけではないだろうが、それでもあの天を貫く砂の柱は見えていたようだからね。先ほど興奮したご婦人が話してくれたよ」


 少年の後方より返答するのは、魔術大学教授のアインハルト。既に亜竜タウルトと馬車を城壁の外にある厩舎(きゅうしゃ)で返却しているため、歩きでの待機である。


「私も先ほど同業者から聞きましたが、その日が晴れていたこともあって明瞭(めいりょう)に観測できたようです。二度目三度目の大魔法は、一度目の砂の影響と太陽の光の加減で見ることが難しかったようですが」


「私たちが竜の痕跡物発見できたタイミングで竜の大災害が引き起こされるとは。図らずもいつも以上の注目が集まるかもしれませんね、教授」


 大学教授の言葉を引き継ぐのはロウの前方で並んでいる美女二人。教授の助手ヘレナ・フラウィアと、ここヘレネスで活動する冒険者アシエラである。


 小麦色の髪をアップスタイルで上品に纏めたヘレナに、うねるような黒い長髪を腰辺りまで伸ばしたアシエラは、対照的ながらどちらも男女問わず(とりこ)にしてしまう美貌だ。


 そんな彼女たちなのだから、待機中は退屈した者たちから絡まれてしまう──ということはない。


「おいあれ、アシエラさんだぞ」「依頼帰りかな? 今日も麗しい……」「妹さんも一緒みたいだ」「一緒にいる雰囲気が似た黒髪の男の子……弟なのか?」


 等々、都市で名の通っているアシエラの存在が抑止力となり、揉め事が未然に防がれていたのだ。


「アシエラさん、とっても有名人なんですね。流石高位冒険者……って、アムールさんだけじゃなくて、ロウさんまで姉弟にされてる」

「あはっ、お姉ちゃんは強くて綺麗で仕事も頑張ってるからね。この都市での活動も長いし、かなり有名な方かも? それはそれとして……むふ、ロウ君~私たち、姉弟みたいだって。どうする? 本当に家族になっちゃう?」


「……」

「なにアダルトなネタ振ってきてるんですか。前空きましたし、詰めますよ」


 悦楽(えつらく)の滲む表情で過度なスキンシップを行ってくるアシエラの妹──アムールを引きはがし、ロウは構わず前に進む。


「フフッ、仲睦(なかむつ)まじいのは良いことだ。仲が良いといえばロウ君、セルケトさんやウィルムさんの容態はどうだい?」


「安定してますが未だに寝っぱなしですね。といっても、寝返りうってたり掛けタオル蹴っ飛ばしたりしてるので、もう心配はしてないですけど」

「随分と長い睡眠時間だが、普通に寝ているだけ、ということかな? それなら何よりだよ」

「あの巨体で寝返り……前にウィルムさんの寝床が壊れてたのって、まさかその寝返りで?」

「ですね。おかげでセルケトだけそこから移動させるはめになりましたよ。どっちも瓦礫(がれき)に埋もれて、それでも起きないのには唖然としました」


 今もなお目の覚めない人外二人について話す内に最前列となり、朝から並んだ一行は昼になってようやく城壁内部へ戻ることが出来た。


「──一時はどうなることかと思ったが、終わってみれば竜の魔力変質物を手に入れ、更には天災級の大魔法をこの目で見ることが出来た、非常に意義ある旅だった。アシエラさんにアムール君、それにロウ君、改めて礼を言うよ」


 城門を抜け新市街の商業区域入ると、アインハルトは依頼を出した者たちへと向き直り頭を下げた。その動きに助手のヘレナも続く。


「私からも礼を。本当に色々とありがとうございました。今回の旅では己の卑小(ひしょう)さを再確認でき、竜や魔神の恐ろしさを再認識しましたよ」


「あれ? そこに魔神も含んじゃいます?」

「ふふっ、当たり前じゃないですか」「空間魔法なんて代物をああも使いこなしていたし、当然だね」「むしろ、何で含まれてないと思ったんですか」


「ここぞとばかりに言いますね皆さん……それじゃあ依頼も終わりですし、組合に顔出してきますね。お疲れ様でーす」


 女性陣から一刀両断されたロウは、アインハルトから依頼完了を示す札を受け取ると形ばかりの別れを告げ、逃げるように冒険者組合へと向かった。


 遁走(とんそう)である。


「ああロウ君、待ってってばー」「なんて雑な……。こほん、それでは皆さん、失礼します」

「……ロウさんって、本当に色々と雑ですよね。魔神だからなのか、本人の性格なのか」


 後を追うアシエラ姉妹を見ながらヤームルが零し、それを教授と助手が微笑まし気に見守る、午後の一幕だった。

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