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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第五章 ヴリトラ大砂漠
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5-25 訣別

 魔導国を発ってから十二日目。あまりにも長い一日が終わった翌日、その未明。


「──ハッ! ククッ、反応が早いのは流石だが……動きが素直過ぎるな」


「ぬぐ。曲刀のくせに生意気な」


 星明りの美しい夜の砂漠で自己鍛錬を終えた後、現在人化した曲刀たちから剣術指導を受けている真っ最中である。


 魔神の魔力によって変質した彼らは人化状態にあると身体強化も使えるらしく、高位の冒険者と同じくらいの動きを見せる。


 一方で、降魔(ごうま)を経て人型状態の肉体も変質したのか、我が身体能力の強化も(いちじる)しい。今なら素の状態でも、ボルドーで最強格の冒険者だったヴィクターと斬り合えるかもしれない。そう思えるほどの身体能力となっていた。


 とはいうものの、それはあくまで肉体強度基準であり、技量は含まない。現に身体能力を同程度にしているサルガスには手玉に取られているし、あの虚実入り乱れた剣技盾技を切り崩すのは難しいだろう。


「隙ありだッ」「あッ」


 気のいい赤髪のあんちゃんを懐かしんでいると、空を切った我が小手打ちの戻しを得物で押さえつけられ、そのまま滑るような薙ぎ払いを腕へと打ち込まれてしまった。


「ほべぶッ」


 硬質な石棒が二の腕を打ち、こちらがよろけるとすかさず反対側の鎖骨へ振り下ろし。両側からの痛みに(もだ)えたところで、丸まっている背に止めを打ち込む。サルガスの見事な鬼畜コンビネーションである。


 石の棒で全力出すって、こいつ割と容赦ねえな。


「なんだ、やる気ないのか? お前さんから言い出したことだろうに」


「いってて……ちょっと気が逸れたんだよ。にしても、お前って強かったのな。お兄ちゃんびっくりだよ」

「ククッ。先にお前さんとギルタブとの訓練を見たことや、ハダルの剣術を継承しているというのもあるが。それ以上にお前さんの戦いを散々見てきたってのがあるからな。今の今まで鍛錬を傍で見守り共に戦ってきた以上、そっちの動きはほとんど把握してるんだよ」


「マジかよ。俺だけ不利じゃん」


 機嫌良く笑う銀刀に憤慨(ふんがい)しつつ打たれた箇所をさすっていると、昨日放った大魔法で生まれた氷河の上に、ちょこんと座っていたギルタブが近付いてきた。


「そろそろ戻った方が良いかもしれませんね」

「もうそんな時間か? なんだか先にやったギルタブの方が、ロウとの訓練時間が長かった気がするが」

「ふふふ、気のせいではないですか? ではロウ、お願いします」

「ほいほいっと」


 曲刀へと姿を戻した二人を装着し、異空間を開門。


 意気揚々(いきようよう)と白い空間へ戻るも、まだ誰も活動していないのか人の気配はない。昨日の今日だし疲れが取れないのだろう。


 誰か起きていれば朝食にしようかと考えていたが、誰もいないのならば予定変更。放置していた作業に取り掛かるとしよう。ヴリトラの置き土産である膨大な量の砂を廃棄(はいき)だ。


 高温状態で白熱していた砂も、時間が経った今は冷えきり黒変している。


 あの厄介な“渇き”を帯びているわけではないので、このまま放っておいても問題ないといえば問題ないが……。あいつの砂だと思うと落ち着かないのでサヨウナラだ。


 処理方法はいたって簡単。昨日の排水と同じく、空間魔法で砂漠に放り捨てるのである。


 量が量の為普通の場所では出来ないが、幸か不幸かここは大砂漠の真っただ中。砂を打ち捨てて何の問題があろうか。


「そいそいそぉーいっと」


 そんなこんなで空間魔法と風魔法を構築、廃棄開始。


 上昇気流で砂を巻き上げ、開いた異空間の門へと流し込んでいく。豪風による騒音が激しいものの風魔法で防音処理してるし、就寝組の石の家はそれなりに防音機能があるし平気だろう、多分。


「──うひゃー。それって風の精霊魔法……じゃなくて、風の魔法?」


 砂の竜巻が天井に突き刺さる様に一人頷いていると、吸血鬼美少女ことアムールが現れた。


「おはようございます、アムールさん。うるさくしちゃってすみません」


「いやいや、あの家ってあんまり外の音が聞こえないし、眠れないってことはなかったよ。ちょっと気になったから起きて見にきたんだけど……凄いねーこれは」


 呆れたように漏らす黒髪少女は俺の衣服を着ている。異空間に置いてあったセルケトやシアンの衣服では大きすぎたらしい。


 彼女たちの持ち物は逃走中に(ほとん)ど捨てたようだ。最低限の食事と調査の成果物だけしか持たない状況であり、服の持ち合わせなど当然ない。


「ん~? ロウ君、どうかしたのかな? むふふ」

「いや、俺の服なのに、着る人が違えば印象が変わるなあと。よく似合ってます……って、男物でそういうのも変ですか」


 愉悦を滲ませた表情で寄ってくる少女をまじまじと見る。


 彼女は以前アーリア商店で購入した赤銅色(しゃくどういろ)の貴族服を着ているが、元が王族だからだろうか、(みやび)やかに着こなし天与(てんよ)の気品を振り撒いている。


 それでいて、いつもの天真爛漫(てんしんらんまん)な空気感も同居しているので不思議なものだ。ある種、あの妖精神イルマタルに近い気質なのかもしれない。あの腹黒に比べると、ずっといい子だけども。


「あはっ、ありがとう。ロウ君ってば、結構いい服持ってるよね。こういうのって魔神としてのお付き合いで着てるの?」


「まさか。魔導国にくる前はヤームルさんの家によく足を運んでいたので、それ用に買ったんですよ。あの人の家は物凄く大きくて、普通の服装だと浮いちゃうんですよね」

「ほうほう、既にお家に遊びに行くような関係だったと……」


 ごく自然に距離を詰め、しなだれかかってくる黒髪の美少女。


 これには思わず色々な場所の血の巡りが良くなる、と言いたいところだが──。


(……)


 腰に()いている黒刀から殺気に近い念話がビシビシ飛んでくるため、甘い空気に至らない。悲しい。


「アムールさん、大変色っぽくて眼福役得なんですけど、血が欲しいだけですよねそれ」

「あはっ、バレちゃった?」


 互いの息がかかる距離でちろりと舌を出し、あだめいた表情から一転悪戯っぽい表情を作る少女。吸血じゃないのなら大歓迎なのに、どうして俺が出会う美少女は皆こうなのか。


「前に言った通り、血を飲むのは無しですよ? 理由は言うまでもなく魔神だからです」

「う~ん。でもロウ君、私もお姉ちゃんも、ロウ君の血を一回飲んじゃってるからねー。その時に“腕”も生えちゃったし……」


 肩を掴んで押し返している内に話の逸らせそうな単語を見つけ、これ幸いと話題を変える。


「ああ、その“腕”ですけど、ひょっとしたらヴァンパイア本来の力とは無関係かもしれませんね」

「どういうこと?」

「俺が魔神本来の姿……『降魔(ごうま)』って言うんですけど、その状態になった時にアムールさんたちみたいな“腕”が、わんさか生えてたんですよ。一つ一つが自由に変形するところまで一緒で、明らかに関連性のありそうな感じでした」


 話していて思い出されるのは漆黒の触腕、そして権能を励起(れいき)した状態のウツボたちである。


 通常状態の触腕は色と強度を除けば、アシエラたちのモノと変わらない性質を持っていたように見えた。あるいは俺の魔力を含んだ血を飲んだことで、それによって本来の在り方から変質しつつも、彼女たちの吸血鬼としての力が開花したのかもしれない。


「そうだったんだ。私は昔見た吸血鬼の貴族と同じものだと思ってたけど……言われてみたら、ちょっと性質が違うかも? アレは腕じゃなくて外套(がいとう)みたいだったし、固形っぽくなくて液体っぽかったし」


 考え込んでいたアムールが見解を述べ終えたあたりで残量を確認すべく、砂の方を見やる。


 砂色の旋風は相も変わらず空間魔法へと突き刺さっているが、砂の山も文字通り山ほど残っている。


 つまり処理が全然進んでいない。


(なあ、ロウ。風魔法で上空に巻き上げて空間魔法で回収ってより、異空間の地面に空間魔法を設置した方が早いんじゃないか? 手間もかからないだろうし)


 竜巻を増やして一気に吸引するか? と考えていると、そんな助言が銀刀より飛んできた。


 こいつ──やはり天才かッ!


(むしろお前さんが……いや、何でもない)


 呆れを含んだ念話が届いた気がするが、気のせいだと斬って捨てて魔法構築を開始する。


 といっても、砂の山直下にそのまま空間魔法を構築することは出来ない。転移門や異空間のような空間魔法はその特性上、物理的な空きがないと魔法が成立しないのだ。


 という訳で山の近くに移動し、地面に異空間の門・特大版を創り出す。大きさはどこぞの国際総合競技場がすっぽり入りそうなほどで、楕円形(だえんけい)である。


「おぉ~……凄く大きい穴だけど、どうするの?」

「砂をどばーっと流し込みます。危ないですから離れていてくださいねー」


 上空から巨大な門を確認し、今度は砂の操作に移行する。アムールへ説明しつつ砂の山へと魔力を浸透させれば、準備万端だ。


 ヴリトラのように(あまね)く操ることは出来ずとも、転移門の直径分くらいなら俺でもかつがつ操れる。一度にこれくらい動かせるならばそう時間もかからないことだろう。


 それでは気合を入れまして。云百万トンもの砂の大移動、開始!


「わはーっ!?」


 下から聞こえてくるほんわかするような少女の声を環境音に、砂の海をうねらせ波打たせる。


 流体のように滑らかに動く砂の山は、砂の粒子同士が互いに削り合う不協和音を奏でて地面に空いた穴へと向かう。自分で操作しているというのに、背筋に嫌な汗をかくような光景だ。


「動く砂の山もびっくりだけど、ぞりぞりぞりって音も凄いんだね……ちょっと不気味かも?」

「物凄く削れてそうな音ですよね」


 魔術を足場に空中へとやってきたアムールとの会話を挟みつつ、砂山をずりずり動かすこと数度。ヴリトラの置き土産を異空間から締め出すことに成功した。


 地面や空中に残っている砂もあるものの、この辺りはまで魔法でどうこうするのは手間だし、もう仕方がない。ぶっちゃけ処理が面倒臭いのである。


「……砂が全部無くなっちゃった。何度目か分からないけど、ロウ君って本当に魔神なんだねー」

「そりゃあもう、バリバリの魔神ですよ──ん、皆も起きたみたいですね? ご飯にしましょうか」

「マイペースだなあ、もう」


 (なじ)るような視線を感じたがまるっと無視して石の家へ向かう。


 起きた面々に物音や消失した砂について説明をした後、俺は乾麺や米を使って朝食を振る舞ったのだった。


◇◆◇◆


 食後。


 お風呂を済ませて気分一新、さあ皆で異空間を出るぞ──というところで、ふと思い立つ。


「──思ったんですけど、皆で移動する必要なかったです」


「「「え?」」」


「この異空間って俺が自由に操作出来て、俺の魔力操作範囲内ならどこでも構築できるんですよね。つまり足並みを揃えて移動せずとも、俺が単独で移動した先で皆さんを呼び出すことが出来るわけです」


 動じる十の瞳に対し空間魔法と異空間の特性を説明し、考えを打ち明ける。


 要は皆さん休んでいてください、というやつだ。見知らぬ奇怪な空間では、そう休めたもんじゃないかもしれないけど。


 ちなみに、ウィルムとセルケトは未だに目が覚めていない。二人とも寝息が穏やかだし問題はないと思うが……。


「ど、どこでも○ア……?」「そんなの、ありなんですか」「流石は空間魔法だ」「ロウ君の負担にならない?」


「休んで魔力もそれなりに回復しましたし、平気ですよ。竜や神と殴り合いでもしなければ、負担なんて無いですし」


「「「……」」」


 返ってきた感想に対して黒い冗談をぶん投げると、引き潮のように空気が盛り下がった。魔神的冗句は人間族にとって受け入れがたいものらしい。


「そういう訳で、皆さんはこの空間で休んでてください。食事に風呂にトイレは石の家にありますんで。あ、もしウィルムやセルケトが起きてきたら、事情の説明をしてもらえると助かります」


「あっ、ちょっと!?」「フフ、空間魔法を使われると、呼び止める間もないね──」


 しらっとした空気に耐え切れず、残っていた説明を早口で伝えて異空間より素早く退散。どこでも空間魔法を構築できるというのは、こういう時に便利である。


 ヤームルやアインハルトの声を無視して異空間の門を閉じ、朝焼けで複雑な色合いを見せる砂漠を見回す。


「ん~。前に見たものとは随分変わっちゃったけど、絶景かな絶景かな」


 ヴリトラが魔法で掘り返したため、赤く焼けたような砂丘は全て失われてしまったが。黒っぽい土壌というものも中々に(おもむき)がある。


 地面すらも存在しないように感じる闇色の中に、朝焼けで染まる地平、白む空。


 いつぞやアインハルトと話したように、創世神話の一幕のような景色だ。


「……」


 ──気が付けば、俺の頬は濡れていた。


 変貌しつつもなお雄大な景色に心打たれ、揺らいだ波紋が涙となって溢れ出たのか。


 それとも、この荒涼(こうりょう)とした砂漠と魔神として覚醒した己とを(かさ)ね、もう以前とは違うのだと突きつけられたような気がしたからか。


 きっと後者であろう。


 虚無を(つかさど)山羊(やぎ)の頭部を(いただ)く、異形の魔神。それが俺であり、その姿はまかり間違っても人と評せるものではない。化け物だ。


 いや、姿だけではない。


 人智を超えたこの世の頂点、あの琥珀竜(こはくりゅう)と戦っている時に感じた、血沸き肉躍る高揚感。互いが全存在をかけて殺し合う、一秒後には芥子粒(けしつぶ)となるかもしれない死の領域を前にして、俺は心底(たかぶ)っていた。


 肉を削られ四肢を吹き飛ばされながらも、相手を殺す、ただそれだけのため心と技を研ぎ澄ませ続けた、あの瞬間。俺は間違いなく闘争と殺意に酔い切っていた。


 中島太郎(なかじまたろう)として生きていた頃の俺では考えられない、ロウとしての俺の暴力的・破滅的な思考。魔神としての力や外見ではなくこの精神こそが、今の俺を魔神足らしめる本質なのかもしれない。


 結局のところ、我が身は人外。

 人ではないし、人には成れない。


 俺が人のように暮らしたところで、それは振りをしているに過ぎず……もう二度と、その生活を謳歌(おうか)することはできないのだろう。


 それはこの世界に限った話ではなく、たとえ空間魔法を鍛えに鍛えた俺がこの世界を離れ地球に戻ったとしても同様であろう。


 今まであまり考えないようにしていたが、地球に帰還できたとしても、もう二度とは……──。


「……ふぅ。綺麗な景色だし、どっちでもいいか。美しいものは、ただそれだけで良いのだ」


(いきなり何の話だ?)

(ふふふ。そうですよ、ロウ。美しければ何でも良いのです)


 涙を流れるに任せて感傷におぼれ、曲刀たちの念話を環境音に大地鑑賞。


 見飽きることの無い風景を降魔によって変質した肉体で味わい尽くし、地平から太陽が離れたところで本題を思い出し、行動を開始する。


「それじゃあ皆で帰りますかね!」


 己がための涙が乾いたならば、人のために汗すべし。


 そうとも、我が身は魔神である。

 であれば、魔神として生きていくより他はあるまいさ。


 神なる技法、空間魔法を構築すれば、これより快速移動の始まり始まりーってね。

今回の話で第五章・大砂漠編は終わりとなります。ご愛読ありがとうございました。


次話に登場回数の増えてきた竜や神々の紹介を挟み、次章「大陸震撼」が始まります。

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