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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第一章 異世界転生と新天地への旅立ち
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1-17 青年とエルフ

 草木も眠る夜半(やはん)。竜の()()()()で起きた火災が、遥か地平を赤々と照らす。


 そんな中で見張りをするのは二人の女性。森人族(エルフ)の美女レアに、小人族(ドワーフ)の混血児アルバだ。


「ロウ君は寝たみたいね~」

「うん。あれだけ精霊を行使したなら当然」


 まだ余力がありそうだったけど、とアルバは続ける。


 かの少年は壁屋根付きの氷の小島を溶岩の上で一時間以上維持したのだ。消費される魔力など儀式魔術の比ではない。


 それにもかかわらず、ロウには魔力枯渇の症状はおろか、消耗した雰囲気さえなかったのだ。異常と形容するほかないとアルバは感じていた。


「アルバちゃん、めっ、だよ? ロウ君は私たちの命の恩人なんだから。妙な詮索や勘ぐりしちゃ駄目なんだからね~」


 そんなアルバの心境を見透かしたのか、レアは彼女をたしなめる。


 レアとてロウが只者ではないことは重々に理解していたが、かの少年が話さない以上それは知られたくない事柄であり、無理にそれを探るのは不誠実だと考えていた。


「それに、仲良くなったら話してくれるかもだよ?」


 と、彼女は付け加える。

 非常に濃い時間を過ごしたとはいえまだ二回目、ほんの数時間顔を合わせた間柄でしかない。


 目的地が同じであれば、そこで親交を深めればいいだろうという思惑もある。


「ん。精霊について聞きたいことがあるし、話してみたい」


 彼女の提案に対し、アルバも素直に頷き返す。腕利きのドワーフの鍛冶師たちの中には単に鍛冶道具を使うだけでなく、精霊の力を利用して高度な加工を行う者もいる。


 ドワーフの血を引きその存在を知るアルバが、尋常ではない器用さを見せた精霊に興味を惹かれるのも当然ともいえた。


「あ、ロウ君のあの精霊は私も気になるわ~。私が知る限りじゃあ、あんなに器用に並行して魔法を行使できる精霊なんて、上位精霊くらいしか知らないもの」


 食事の際にロウは自身の契約精霊を披露したのだが、その姿は氷の核を持った大人の頭部ほどの大きさの水球という形をとっていた。


 外界に満ちる魔力たるマナが形を成し自我を持った存在が精霊であり、その姿は様々だ。が、あまりにも下位精霊的だったため、レアは肩透かしな印象を受けた。


 もっとも、精霊は自然な状態としての形は決まっていても、意識することで自在に形を変えることができる。そのため、あの姿は何かしらの意図があって用意した仮の物だと彼女は考えていた。


 実際には、ロウが適当に魔法で創り上げた精霊()()()でしかないのだが……。彼女は知る(よし)もない。


「アルバ、交代の時間だ」


 そんな話をしていると、見張り交代の時間がきたようだ。二人が見張り一人が休む、典型的な見張り番である。


「ん。休めた?」

「流石にいつも通りとはいかないが、しっかり休息をとれたぞ」


 言葉少なく問うアルバに対し、土壁の中から現れたアルベルトは頭を()き、苦笑を浮かべながら返す。


「それじゃ、よろしく」

「おやすみ~」


 レアがアルバを送り出し、見張りを行う二人の間にはしばし無言の時間が流れていく。


 その沈黙は重苦しいものではないが、穏やかなものかと言えばそうとも言えない。両者の間は、なんとも形容しがたい微妙な空気感に支配されていた。


 レアは微笑を浮かべそんな空気を楽しんでいるようで、アルベルトは考え込むように目を閉じている。


 やがて考えが纏まったのか、彼は目を開け言葉を口にした。


「──レア」


「うん?」

「ボルドーで一稼ぎしたら、パーティーを解散しようと考えてるんだ」

「……」


「急な上に無責任な話だが──」

「──あの竜を見て、もう戦えなくなった?」


 僅かにためらいを見せつつ語るアルベルトに対し、レアが(さえぎ)るように問う。いつもの彼女のような柔らかく包み込む雰囲気はなく、神秘的で透明感のある姿がそこにあった。


 青年の持つ黒の瞳とエルフの有する瑠璃(るり)の視線が絡みあう。


 またも無言の時が続き……ややあって、アルベルトは溜息を一つ吐いて首を振った。


「わざわざ挑発をしなくても、(くじ)けてなんかいないさ。俺、そんなひどい顔してたか?」


「してたわ~。何だかね、(まぶ)しいものを見たような、それでいて諦めが混じったような……そんな感じ?」


 アルベルトの戦意が()えていないことを確かめると、レアは普段通りの微笑みを浮かべ柔らかい雰囲気に戻った。


「冒険者を辞める気はないさ。ただ……あの竜を見た以上、今までみたいにはやっていけないと思ってな」


 今まで相手取ってきた亜竜とは違う、真なる竜。


 その眼に野性を宿す亜竜とは異なり、知性を(たた)えた瞳を持つ王者。圧倒的な力を振るうのみならず、人知及ばぬ魔法をも操る賢者。


 その存在を認識した時、アルベルトは死を悟った。(あらが)いようのない巨大な力を前にして、抵抗は無駄だと思い知らされたのだ。


「あんな相手、そうそう出会うことなんてないと思うけど」

「人間族が治める国に現れたんだぞ? 二度目が無いとは限らないし、今のままあんな存在に会えば、何もできずに終わるだけだ」


 対策を立て事前準備を怠らず事に(のぞ)むのが冒険者である。魔物や未知の環境へ挑む以上絶対ということはないが、万全を期すのは命が懸かっている以上当然だ。


 それはたとえ竜であっても変わらず、あの絶対者に対しても何の手立てもなしには居られない。相手は勝手気ままな竜であり人の道理など通じぬ(やから)、何時何処へ現れるかなど予測不能なのだ。


 だから──とアルベルトは続ける。


「鍛えなおそうと思うんだ。技も体も。次はあんな醜態(しゅうたい)さらさねえ」


 その瞳は怒りに燃えていた。同じ依頼を受けた傭兵たちを救えなかった自分への、そして少年に頼らなければ仲間すら護れなかった己の身への。


 故に、アルベルトはその怒りを力に変えると決意した。不運を嘆くでもなく、絶望を知り自棄(やけ)になるでもなく、己の不甲斐なさへの怒りを(まき)として心にくべ、ひたすら克己(こっき)を成すのだと。


「それでパーティーを解散したいって訳なのね~。結論だけ聞いちゃったから、もう辞めちゃうのかと思った」


 ホッと息を吐き安堵の色を浮かべるレア。彼女はアルベルトの実力を疑っていなかったが、内面がまだまだ成長しきれていない、手のかかる弟のように思っていた。


 それ故に、ドレイクの天災の如き力を目の当たりにして、立ち直れなくなったのではないかと危惧していたのだ。


(アルもいつの間にか成長してたのね~……ふふっ。これも友達のロウ君のおかげかな? 自分を認めてくれている子があれだけ凄いと、自分も頑張るぞ~ってなるだろうし。む、ちょっと寂しいかも?)


 アルベルトの考えを聞き一人思考の海へ沈むレア。

 それを見て彼女が自分の言葉で機嫌を悪くしてしまったのではと勘違いした青年が、少し慌てたように謝罪の言葉を告げる。


「悪い、余計な心配かけた」


「竜と鉢合わせたんだから、動揺するのは当然よ。私としては、パーティーの解散って考えてる方が不満かな~」


 彼女はじっとりとした目で青年を睨み、ぷぅと頬を膨らませ不愉快アピールをし始めた。謝罪相手のそんな様子に、彼はたじろぎながら己の言い分を伝えようとする。


「そうは言っても相手は竜だし、お前まで巻き込むのも──」

「──私たち、パーティーを組んでるんだよ? このままじゃ駄目だ~って思ったのはアルだけじゃないんだから、独りで鍛えるなんて言わずに皆で頑張ろう! って相談してくれても良かったのに」

「いや、でも──」

「──そ・れ・に! たった一人であんなのと戦うって想定するのは、現実的じゃないでしょ? 今回の溶岩の上でだって、ロウ君が氷で島を作って、私が追い風を吹かせて、ヤームルちゃんが巻き上げられた溶岩を防いで、みんなで協力して安全地帯まで辿り着けたんだから。一人より二人、二人より三人だよ。まあ、アルバちゃんがどう考えるかは、まだ分からないけど」


 レアはアルベルトが口を挟む暇もないほど一気に(まく)し立てる。完全に言い負かされた形となり、青年は観念したかのように嘆息する。


「あー……うん、悪かった。改めて言うが、魔物討伐の依頼である程度資金を稼いだら、ガイヤルド山脈にある迷宮に挑もうと考えてるんだ」


 ガイヤルド山脈はロウたちが向かっている都市ボルドーの更に南に位置する山脈である。隣国にまで山々が連なっており、氷河から溶け出す豊かな水源や豊富な鉱山資源が埋蔵されている。


 これらの資源と高い冶金(やきん)技術をもって公国は強兵を成し、国力の裏付けの一つとしているのだ。


「迷宮ね~。確かに修練にはもってこいだけど」


 アルベルトの案を聞き、レアは眉を寄せて低い唸り声をあげる。


 迷宮とは数多の魔物が巣食う階層型の領域のことであり、この迷宮は二つに大別できる。


 一つは長い年月を経て魔力の流れが(とどこお)(よど)んだ魔力溜まりが、強烈な意志を持つ人や怨霊(おんりょう)、魔物と反応して生まれる、自然発生的な迷宮。


 もう一つは強大な力を持つ存在が気まぐれで創り出す、人(神)工物としての迷宮である。


 ガイヤルド山脈に存在する迷宮「獣の(うろ)」は前者。この迷宮の苗床(なえどこ)となったのが獣だったからなのか、迷宮で生まれる魔物は(ほとん)どが獣型に類する魔獣であった。


「迷宮は外界よりも魔力が満ちている分、その魔力を取り込んで成長できる可能性が高くなる。言うまでもなく危険だけどな」


 ここでいう成長とは単なる生物の肉体的な変化ではなく、魔力的に変質することと同義である。すなわち、野獣が周囲の魔力を取り込み魔獣になるように、鉄鉱石がマナを溜め込み魔鉱石たるマナタイトになるように……。


 魔物や金属の変化は年月を経ることでの変化であるため、人の行う鍛錬程度では魔物のように肉体が完全に作り変わってしまうことはない。


 しかしそれでも、魔力を取り込むことで肉体が活性化してより強靭なものへ変わるような、環境に適合していく傾向があるのだ。


「なんにしても、三人で話す機会を作ってからだな」


 アルベルトは軽く頭を振って笑う。そこに当初の深刻そうな表情はなかった。


「うん。やっぱりアルはそっちの顔の方が良いよ~」


 人の悪い笑みを浮かべながらアルベルトをからかうレア。


 当初の空気は何処へやら、二人は穏やかな時間を過ごしていった──。


◇◆◇◆


(──甘あぁぁぁあい! 青春かッ!?)


 身体強化により強化された聴覚で、加糖缶コーヒー並みの糖度な二人のやり取りを聞いたロウは、人目(曲刀の目)を(はばか)らずほげぇぇーと悶える。


 浅くまどろんでいた少年は話し声で意識が覚醒していたのだ。至って真面目なやり取りではあるものの、部外者たる少年からすればこっぱずかしさが爆発していた。彼の身もだえもやむなしである。


(イイ雰囲気なのは置いとくとして、あの男も存外強い精神を持っているんだな。あのドレイクの力を見て対策を練ろうなんて、並じゃないぞ)


 と、ロウに比べて幾分真面目なサルガスの評。


(一人では乗り越えられずとも、心を預けられる仲間とならば超えられる。素敵なことなのです)


 そして、感化されているギルタブ。


(とりあえず、あの雰囲気は置いておこう。迷宮がどうだとか、成長がこうだとか話があったけど、二人は何か知ってるか?)


 まだ幼いということもあるが、ロウはあまりにも知識が乏しい。


 彼にとって幸いだったのは無知であることを自覚していること、そして様々な知識を持つ武器たちと出会えたことだ。


(んー、迷宮は一般的な説明しかできないな。成長については生物でもそうでなくとも変わらないと思うが)


(サルガス、恐らくロウはその動物も武器も変わらない成長について聞きたいのだと思います。迷宮については、魔物を生みだし死んだ生き物を養分として取り込む存在、程度でいいと思うのです)


 サルガスがふわっと応じるのに対し、ギルタブは非常に的確な回答をもたらす。


 この二人は双子みたいなものなのに面白いくらいに性格が違うなあと、ロウは改めて感心した。


(ギルタブが言いたいこと全部言ってくれたな。読心術かよ、って思ったら表層心理読まれてるんだった。むしろサルガス、何故分からないんだ)


(いやいや、表層だけ読めても何考えてるかまでは分からないっての!)

(サルガスは精進が足りないのです。それで、成長についてでしたね?)


 締めるところはキッチリと締め、脱線した話を元に戻すギルタブ。頭に響く声も清涼感ある心地よい声なため、勝手に“デキる社長の懐刀(ふところがたな)”的なイメージが少年の中で作り上げられていく。


(先ほどの会話で言うところの成長とは、生物の生命活動における肉体の変化のことではなく、外界に満ちるマナにより対象が魔力的に変質することを指しています)

(魔力での変質……)


 ロウの脳裏によぎるのは、やはり転生直後の魔力の増加だ。


 単に記憶が目覚めたのではなく、中島太郎(なかじまたろう)の魔力とロウの魔力が交じり合い変質してしまったのだろう。少年がそんなことを考えている間も、彼女の解説は続いていく。


(私たちの様な人族や魔族が扱う道具の場合は、マナだけでなくオーラ、所持者が発する魔力でも変質します。原因は、単純にオーラに触れる機会が多くなるからだろうと言われています)


(ほほぉー。何時だったか、俺の魔力を食うことで成長するって言ってたもんな)

(俺たちのような意志ある武器は成長することで魔法を操るようになった例もあるらしい。普通の武器は魔力を帯びて自動修復されるようになったり、火やら冷気やらを纏うようになるようだが。俺たちの場合、自動修復なんかは今でも出来るぜ)


 (いわ)く、通常の装具は魔力で変質するといわゆる魔剣や魔装になるのだという。彼の言によれば成長しても意志ある存在へ昇華することはなく、例外として魔物になった場合だけ自我が芽生えるようだ。


(──しかし魔法か。魔法と言えばドレイクは回復魔法も使えるとか言ってたけど、あれって俺も出来るもんなのかね)


 曲刀の話を聞いていた少年がふと思い出したのは、竜が扱えるという回復魔法のことだ。


 自分で試そうにも、いつぞやの誤爆で受けた傷は一晩休んだだけで癒えてしまったため、機会に恵まれなかった。


(魔力的には十分可能だと思うが、肉体構造への深い理解が必要らしい。すぐには難しいかもな)

(仮に上手くいかないようなら、治癒の奇跡を模倣しそれを魔法に落とし込むという手もありますね。奇跡の使い手に見せてもらう必要がありますし、魔力容量も膨大でなければ不可能な芸当ですが)


(え? 治癒の奇跡って何……?)


 そんな疑問にも答えを返してくれた曲刀たちだったが、またも聞きなれない単語が出てきてしまいロウは動揺してしまう。


(え? 俺、またなんかやっちゃいました? ……じゃなくて世間知らずなんだよな。はぁ)


(よく分からんが、元気出せって)

(奇跡とは人族が使う秘術のことですね。信仰する神へ祈りを捧げ助力を(こいねが)い、その力の一端を借り受けるのです。言ってみれば、精霊魔法の神版でしょうか?)


(へぇ~。まあ精霊から力を借りられるわけだし、神からも借りられる、か? 精霊みたいに契約しないと使えない感じか?)

(確か、神殿や祭壇で正式な契約を結ばなければ奇跡の行使は不可能だったはずです。魔族にはない人族の神達の秘術で、あまり詳しくは分かりませんが)

(魔族の祖たる魔神は信仰に興味が無いらしいからな。人族たちの神とは随分性格が違う)


(……そんな神の奇跡も魔法で模倣できるのか)


 曲刀たちの異世界よもやま話を聞いて、やはり魔法は幅が広く実に様々な現象を可能としているようだと感じたロウ。


 魔法への可能性を肌で感じた彼は決意を新たにし、資金稼ぎ後の魔法研究計画を練っていくのだった。

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