表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第五章 ヴリトラ大砂漠
168/318

5-22 救世神話の影で

 時は前後し、ロウとミネルヴァが成層圏(せいそうけん)へと向かった頃。大砂漠南側に位置する砂丘では。


「はぁ……ふぅ……。ここまできたら、大丈夫、ですよね」

「ぜぇ……はぁ……。そう思いたい、ところだが。如何せん竜だ、どれほど距離をおいても、足りないということは無いだろうね。いやまさか、竜の大魔法を生きている内に、拝むことが出来ようとは……」


 魔術大学の教授とその助手が、呼吸荒く水分補給を行っていた。


 ロウが彼らの下を去ってからというもの、天変地異級の大魔法の乱舞である。


 桁違いの魔法の余波は当然彼らにも及んだが、辛うじて難を逃れていた。時にアシエラ姉妹が中位吸血鬼としての身体能力を存分に発揮し、時にヤームルや教授と助手のペアが儀式魔術を構築したおかげである。


 ひたすら南下を繰り返した彼らは、既に琥珀竜(こはくりゅう)の大魔法「金砂蓋世(きんさがいせい)」が創り出した夜の空間を抜けている。夕刻となった現在は、魔法で剥き出しとなった土壌の中でも見晴らしの良い場所を選び、休憩しているのだ。


「竜……。教授、やはりあの、大砂漠そのものが持ち上がったかのような、現在も北の空で黒い塊となっている砂の大魔法は、琥珀竜ヴリトラのものだった、ということでしょうか?」


「恐らくはね。そしてその対象はきっとウィルムさん……『青玉竜(せいぎょくりゅう)』ウィルムだったのだろう」

「青玉竜っ! ウィルムさんの名前どこかで聞いたことがあると思ったら、王都スーサを氷漬けにした、あの青玉竜だったの!?」


 研究者組の中では息の切れていない方であるヤームル汗を拭いながら尋ね、それにアインハルトが応じる。すると、荷物を背負い周囲を警戒していたアムールが寝耳に水とばかりに反応した。


 元々大陸東部の王族だったアムールは、大陸の東端にあるエラム王国が竜によって滅ぼされた話は、嫌というほど聞かされて育ってきた。


 しかし、吸血鬼となってからは人としての尊厳を踏みにじられ、また吸血行為により魔物である意識を徹底して植え付けられることとなる。そんな状況下では人であった頃の温かな記憶など、思い返しても辛いばかりであった。


 それ故に彼女は、その記憶を忘れるよう努め、思い返さぬよう封印していた。ウィルムの名前に引っ掛かりを覚えつつも、今の今まで気が付かなかった理由である。


 それは彼女の姉であるアシエラも同様であり、妹の驚きに満ちた声を聞いた彼女も懐かしそうに目を細めた。


「エラム王国の王都スーサ。古い国だね……今まで忘れていたよ」


「二百年ほど前に滅んだ国ですからね。ですが、竜の伝説の中でも比較的最近の出来事であり、そして規模も相当なものです」

「竜と一緒に旅をしてたなんて……あばばば。粗相してたらやばいかも──っていうか! そんな竜と前から一緒にいたロウ君って、一体どういう存在なの?」


「「「……」」」


 ピカっ! と魔道具の照明が灯るように褐色少年のことを思い出したアムール。

 その問いかけはこの場にいる誰もが疑問に思っていたことであり、誰もが答えを持っていない問題でもあった。


 しかしそれでも、推測する材料は幾らか有しているものである。


「そうですね……。まずロウ君がウィルムさんと同格の存在であることは、疑いようがないでしょう。竜は気まぐれな存在ではありますが、誇り高い生物でもあります。弱き者を気まぐれで助けることはあっても、行動を共にすることはあり得ないでしょうね」


 様々な神話伝説から竜の気質性質を知るヘレナが口火を切ると。


「確かに、彼らは仲の良い雰囲気でしたね。時折口論をしていましたが、ロウ君は彼女を畏れ(うやま)っているというよりは、対等に接しているように見えました」


 アシエラが言葉を引継ぎ、(とど)めにアインハルトが付け加える。


「そして何より、あの念話、恐らく琥珀竜のものだったと思うが、『()()』、という言葉が確かにあったはずだ。……竜の瞳は万事一切を見通すと言われているし、ロウ君が“そう”だとしたら、ウィルムさんと同程度の実力を持つことは頷ける。竜と魔神とが何故、行動を共にしているかは分からないがね」


「「「……」」」


 再び沈黙が場を支配する。


 魔神といえば、遠い昔このレムリア大陸を支配し人族たちを虐げていた魔族たちの首魁(しゅかい)である。それは絶対的な悪の象徴であり、決して相容(あいい)れる存在ではない。それが人族一般の認識だ。


「……まさか、そんな。ではあの子は、人の世を乱したり破壊をもたらしたり、そのような目的を持っているということですか?」


「伝えられている書物を考えるに、魔神はそういう性質の存在だと考えられるが……。ヘレナも私も、彼のことをよく知らないからね。君たちはどう考えているかな?」


 なまじ魔神の脅威を書物で学んでいる研究者だけに、青い表情で震えるヘレナ。そんな彼女を落ち着かせるように背をさすったアインハルトは、沈黙を続けていた者たちへ水を向ける。


「う~ん。私も長い付き合いって訳じゃないですから、大きなことは言えないです。でも、ロウ君に秘密があるーってのは何となく分かってて、それを抜きにしたら少し変わった男の子、ってだけに思いました」

「私も妹と似たような感想ですね。まさかあの子が魔神などとは、夢にも思いませんでしたが」


「私は……ロウさんに何度も助けられていますから、彼が人に仇成(あだな)すような考えを持っているとは、思えないです」


 ヤームルが意を決したようにロウを擁護すると、ヘレナが魔神の性質を踏まえ質問を投げかけた。


「ですが、貴女を助けたのは豪商の娘に取り入り、根を回すためかもしれませんよ? 魔神には奸智(かんち)に長けている者もいるといいますし、ロウ君も短絡的というよりは思慮深いように見えました。あるいは、今まで見せてきた行動の全てが、人々を(あざむ)くための演技だったのかもしれません」


「そうかもしれませんが……竜と渡り合え、友人のように接している存在が、王族でもないような人族に取り入るような真似をするでしょうか? その絶大な力をもって王なり公爵なりを脅し傀儡(かいらい)とするのは、容易いことだと思います。先の大魔法一つとっても、都市どころか国一つ消し去りそうな破壊力ですし、人を従わせるのに策謀は不要でしょう」


 竜と同等の力を持つ存在が回りくどい真似をするのか、とヤームルが疑問を呈すれば、ヘレナは唸りながらも納得の意を示す。


「うっ、言われてみれば、そうかもしれません。しかし、あれほどの力をもって、あの子は何がしたいのでしょう?」


「案外ぷらぷら旅してるだけだったりして?」

「アムール、流石にそれはないと思うよ。ウィルムさんを連れているし、目的は分からないけど、竜に会って回っていたりするんじゃないかな」

「しかし、琥珀竜には出会い頭に恐るべき大魔法を放たれた……。謎は深まるばかりだね」


 アムールが核心を突くも周囲に流され、彼女の発言で重苦しい空気が漂っていた場の空気も少し和らいだ、ところで──。


「「──っ!」」


 地中奥深くで、死者が(うごめ)いた。


「皆さん、戦闘準備を!」「魔物だよ!」


 いち早く魔力を感知した吸血鬼姉妹が荷物を置いて長剣を抜き放ったタイミングで、人間族組も気配を感じ取り──爆発!


 大地が裂け、奇怪な骨の巨人が舞い上がった砂塵を裂いて現れる。


 蜘蛛(くも)のように這ってはいるものの、その姿は間違いなく人型、しかし長大な腕部は三対六本。肋骨を持たず背骨以外は直線ばかりのその巨人には頭部がなく、首の先端に巨大な魔石が露出しているのみである。


「骨の蜘蛛、いや巨人!?」

「この奇怪な姿……ノリグラフか!? 魔法を使う相手だ! 気をつけろ!」


 アインハルトがそう呼びかけた次の瞬間、骨の巨人は多腕と足を使ったバックステップ。腕部へ攻撃を仕掛けようとしていたアシエラ姉妹たちをするりと躱し、同時に魔法を構築!


「──!」「やばっ!?」


 二足で着地したノリグラフが繰り出したのは、魔力を纏わせた六腕を使っての闇魔法。


 手刀の形で撃ち出された斬撃が掃射炮のように姉妹へと襲い掛かり──勢いそのまま、巨人は全ての腕を使った叩きつけで追撃。姉妹や研究者組を纏めて吹き飛ばす、大衝撃波を発生させた。


「……いっつぅ~、お姉ちゃん、大丈夫?」


「うん、平気だよ。教授たちも距離があったから、障壁が間に合ったみたい」


 至近距離で衝撃波に直撃し、仲良く数十メートル吹き飛ばされた彼女たち。


 さりとて、彼女たちも人外。魔術による障壁と触腕による防御で致命傷を(まぬが)れていた。


「アレは中々に強敵だね。時間を掛けていたら他のアンデッドも寄ってきそうだし」

「だよねえ。ヤームルちゃんに儀式魔術撃ってもらう?」


「それがいいかもしれない。私が引き付けてみるから、伝えてきて」


 大火力で焼き尽くす作戦に決めたアシエラは、会話の途中に構築していた魔術を一気に解放、巨人へ砲撃。その巨体を埋め尽くすほどの火球を撃ち込み、主力を担うヤームルたちのために時間を稼ぐ。


「……そう簡単にはいかないか。前に戦った亜竜のアンデッドよりも、ずっと強いのかな?」


 更なる遅延魔術を仕込みながら漏らした彼女の言葉通り、ノリグラフは無傷。魔力を纏わせた腕を払い、攻撃魔術の全てを叩き落していた。


 魔術の切れ目が訪れた刹那、巨人はまたも攻勢転換。まずは眼前の敵だと拳を握り、六本腕による連続突き、鉄槌打ち、手刀にラリアットと、竜巻の如き猛攻撃を仕掛ける。


「ぐぅ……っ!」


 人外たる身体能力を十全に使い地形も利用し、なんとか肉弾攻撃を躱し続けたアシエラだったが──魔法までは回避しきれず。


 闇の魔法でしたたかうちのめされ、巨人に握りこまれたアシエラは──。


「──えいやぁっ!」「『飛竜の息吹』!」


 ──すんでのことで間に合った仲間に、救出された。


 アシエラを捕えていた腕を断ち切ったのは妹のアムール。更に、槍のような長杖を構えたヘレナの火の上級魔術が、骨の巨体を吹き飛ばす。


「そのまま、じっとしてもらえるかな?」


 のみならず、吹き飛んだ先にはアインハルトが魔術を展開済み。


 宙を舞う巨人の自由を奪うのは、その巨体に等しい大氷塊。水属性上級魔術「氷棺(ひょうかん)」が、手足の(かせ)となり拘束を成す。


「とどめ、いきます!」


 魔術連撃の締めは当然ヤームル。


 もがく相手へ水属性の儀式魔術を解き放ち、長杖の先から純白の閃光を撃ち込み──瞬間、その巨体全てを覆う氷河が直線状に出現。相手どころか砂丘丸ごと凍結させる冷気でもって、魔物の活動を停止させた。


 前衛が時間を稼ぎ、後衛が薙ぎ払う。戦いの場における魔術師の面目躍如(めんもくやくじょ)である。


「うわっひゃあ~。これが『芽吹(めぶ)く氷河』? 初めて見たけど、物凄いね」


 術者から対象までを貫く直線状の氷河に、姉を(かつ)いで退避していたアムールは感嘆の声を上げる。


「この儀式魔術は強力ですが、貫通力が無い欠点があります。今回のように魔石が剥き出しとなっている魔物なら相性はいいですが、内に隠されているような魔物相手だと、氷で閉じ込めることしか出来ないんですよね」


「一撃で勝負が決まるような相性の良い魔術を選んでもらえて助かったよ、ヤームル君。私の『氷棺』は私が離脱する間際、もう破壊される寸前だったからね」


「あのアンデッド……この長杖で威力を増幅させている火の上級魔術でも、大した傷を与えられませんでした。弱点である魔石を狙ったのは流石の判断力でしたね。……アシエラさん、先ほどは援護が遅くなってしまい、申し訳ありません」


 ヤームルがアムールに言葉を返していると、研究者組の二人も彼女の下へと集まる。


「あの闇魔法は障壁越しでしたから、戦闘行動に支障はありません。荷物も持つことが出来ると思うのでご安心を」

「いや、無理は禁物だ。ひとまず、今日のところはここで拠点を創り休むことにしよう。既に日も落ちる寸前となれば、アンデッドも活発に行動を──!?」


 開始するだろう──そうアインハルトが繋げようとした丁度その時、遠雷にも似た轟音とともに地上を揺らし始めた。


 天から瀑布の如く落ちる砂。その現実離れした現象に、ヤームルが遅延魔術を仕込む手を止め呻き声を上げる。


「……あれは、竜の大魔法ですよね? なんて、滅茶苦茶な」


「間違いないと思います。となれば、ここにも長居は……! これは──!?」

「──っ! またアンデッド!?」


 彼方で発生している砂の大瀑流が呼び水となったのか、再び土の中から姿を現すアンデッド。


 しかし先の襲撃とは異なり、今度は複数である。


 鋭い爪牙を持つ魔獣型。翼は持たないが屈強な四肢を持つ亜竜型。更には数分前に撃退した巨人型。


 それら肉を持たぬものたちは、地面から体を引き抜くとそのまま攻撃体制に移行。


 生者たちを休ませも逃がしもしないと襲い掛かる!


「くぅ!」「わっ!?」


 死者たちの第一波。


 複数の魔獣型がアシエラ姉妹へ攻撃を集中し、後衛の研究者組と分断。上位アンデッド特有の狡猾(こうかつ)さでチームワークを搔き乱す。


「うぅっ!」「不味いか……ッ!」


 畳み掛ける第二波。


 巨人の魔法が崩れた陣形へ殺到。魔獣型ごと巻き込む弾幕が、アインハルトとヘレナの展開した物理障壁を打ち砕く。


「こんのぉ、吹っ、きっ、飛べっ──!?」


 王手をかける第三波。


 ヤームルの展開した風属性儀式魔術──自身の周囲を塵旋風で覆って内側を守り、同時に外側の一切を巻き上げ破壊する魔術──に対し、亜竜型も風属性で対応。


 逆巻く風と死臭を帯びた亜竜の息吹が激突し、拮抗。


 両者はしばし暴風のぶつかり合いを演じたが──数の利を持っていた亜竜型たちが均衡を崩し、押し勝つ。


「ぐぅ……」

「がはッ!?」「うぅ!?」


 結果、術者はもちろん内側にいた仲間たちにも息吹が直撃し、彼らは散り散りに吹き飛ばされる。魔術で威力が減じていても複数体のブレス、その破壊力は強烈だった。


「ぅっ……」


 儀式魔術で創り出されていた氷塊へと打ち付けられた少女は、つらら状の柱を幾らか折った(のち)に静止。全身の打撲裂傷からくる痛みをかみ殺し、震える身体を叱咤して身体を起こす。


「ぁ……」


 しかし、立ち上がろうとした彼女の眼前には、拳を構えた首のない巨人。


 濃い闇を纏った拳は、少女の諦観の呟きと同時に打ち出され──氷塊を丸ごと爆砕した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ