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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第五章 ヴリトラ大砂漠
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5-21 超高高度での共同作業

 空間魔法を駆使すること数十回。ロウは塵埃(じんあい)も届かぬ高度50,000メートル、成層圏(せいそうけん)上層に到達した。


 この星にも地球同様に酸素があり、酸素と紫外線の反応物であるオゾン層も存在している。


 そこでは1,200THz(テラヘルツ)を超える強力な紫外線により絶えず酸素分子が破壊されてオゾンが生成され、そのオゾンが可視光線の赤色光のおよそ半分の波長、900THzの紫外線を吸収して再び酸素分子へと戻っていたりした。


 酸素分子とオゾンの破壊と生成──光解離(ひかりかいり)現象。その真っ只中にある成層圏上層は、太陽が眩しい。


 周囲は夜空のように暗いものの、大気が薄いために陽光の輝きが増しているのだ。


 いや、この場は眩しいのみならず、強烈な紫外線により人体が直接加熱、並びに破壊されてしまう。更にはオゾンの強い酸化作用により人体の細胞が酸化していき、細胞組織や粘膜が破壊されていく始末である。


 その上、超高高度のこの領域は大気圧が低く、地上での大気圧で調整されている人体には重い減圧症(げんあつしょう)が生じてしまう。内外の圧力差により細胞内のガスが膨張し、体内で生じた気泡が細胞を破壊したり血液中で生まれた気泡が血管を閉塞(へいそく)させてしまうのだ。


 細胞が破壊されれば肉体は機能不全に(おちい)るし、血管の閉塞など大脳で起きれば生命維持さえ危うくなる。


 このように多くの問題を持つこの領域は、およそ生命体が立ち入る環境ではないと言えよう。


「──おぎゃー! まぶしッ! 痛いッ! 臭いッ!? ちょっと目が開けられないんですけど!」


〈やかましい奴だ。身体強化の度合いを強化しつつ部分的に引き下げ、視力を落とせばよかろう〉

「……なるほど、その手がありましたか。おお、相当マシになった。まだ眩しいし臭いけど……」


 そんな成層圏にて騒ぎ立てているのは、幼き魔神と知恵の女神。


 人体にとって有毒なオゾンに(さら)され、単波長光照射による直火焼きを受けてなお、眩しい臭い程度で済むあたり、やはり彼は人外であった。


「うん? 上空って気温が低い印象があったんですけど、ここはそうでもないんですね」


〈天の陽光がより強烈であるからな。とはいえ、これより上部は大気の密度が()となる故、陽光が一層強力となろうとも、感じられる気温は低くなろうな〉

「ほぇー。そういうことなんですか。こんな上空のことまで知っているなんて、ミネルヴァはやっぱり知恵の女神なんですねえ。……なんだか初めて知恵の女神らしい一面を見た気がする」


〈失敬な奴よ。しかし汝も変わり者だな? 神であれ魔神であれ、絶大な力を持つものは己の司る領分以外の事柄には、(およ)そ興味を示さぬものだが〉

「俺はまだまだお子様ですからね。好奇心が強いお年頃なんですよ」


 知恵の女神から成層圏の特性を聞いている内に妖精神や暴風神も集合し、ロウたちは塵埃(じんあい)無力化作戦を話し合う。


〈きたか。うぬはあの琥珀竜(こはくりゅう)の魔力を(はら)うことが出来ると耳にしたが、真か?〉

「量にもよりますけど、可能ですね。下の方で溜まっている砂嵐の辺りで、軽く実験しましょうか?」


〈実験といわずどんどんと浄化していってください。ここまで集めるのは骨でしたし、わたしはもう休みたい気分です〉

〈かの塵埃を地上へ下ろす行程が残る故、汝にはまだまだ働いてもらわねばならんぞ? イルマタルよ〉

〈あら、働いていないのに随分なもの言いね? ミネルヴァ。あなたの神域でこの塵埃を引き取るというのなら、わたしももう少し頑張る気にもなるのですが〉

〈ふっ、やってみるがいい。その時はこの星に住まう妖精族の全てを(くび)り殺してくれよう〉


〈……(かしま)しい女神どもだ。ロウとやら、あれらは放っておいて砂嵐の下へ()くぞ〉


 つるつるの頭頂部を陽光で輝かせながら嘆息した暴風神に頷きを返し、ロウは彼と共に集められた砂嵐の下──20,000メートルほど下った位置へ降下する。


「うはー。こりゃまた、凄いですね……冷気と雷も帯びて、ちょっと手の付けられないことになってるじゃないですか」


 風魔法で減速しながら降下してきた少年の眼下には、零下五十度という極冷状態で渦巻き、旋風の摩擦によって紫電が(ほとばし)る、星を覆う壁のような砂嵐が存在していた。


 神たちが引き起こした風魔法で渦巻くそれは、もはや竜巻というより台風に近い規模。事実成層圏内はこの砂嵐の影響で、数百キロメートル先まで猛烈な気流が発生している。


 その成層圏の気流変化により、地上では急激な温度変化や異常気象が引き起こされていたが……残念ながら、この場の誰もが砂嵐に気をとられ気付かなかった。


〈我らは“渇き”の影響を避けるため高高度より塵埃を集めたが、その影響で多少魔法が大雑把になり、気温が低い箇所の大気も巻き込んだようだからな。それによりかの砂嵐も冷え、冷気を帯びるに至ったのだろう〉


「ぎぇー。これを落としたら大砂漠が極点状態になりそうだ」


 砂嵐から琥珀竜の影響を除去しても問題が残りそうだと感じたロウだったが、そこは己の管轄外だと見て見ぬふり。まずは己が仕事を全うすべく、空間変質魔法を構築していく。


 空間変質魔法「常闇(とこやみ)」があらゆる魔力を吸収することは、少年も知るところである。この性質を生かせば、金の魔力が持つ“渇き”を無効化することが出来るのではないか──彼はそう考えていた。


 同様に“渇き”を無効化できる己の権能“虚無”を用いて浄化する、というのも考えたロウだったが、何分規模が規模である。


 一つ纏めにされていても直径数十キロメートル、高さも十キロメートル近い出鱈目な容積を持つのがこの砂嵐だ。その前では漆黒の魔力を全開にしても大海の一滴であり、とても現実的ではないと判断せざるを得なかった。


「──ふぅ。まずはこれくらいで……よしよし、通過した砂はちゃんと魔力が消失してるな」


 長大な長方形型の常闇を砂嵐の最上部へ構築した少年は、その漆黒を通過した砂が魔力を失っている様を「魔眼」で観察すると、安堵したように緊張を解く。


〈ほう、空間変質魔法か? 確かにヴリトラの魔力も濾過(ろか)できたようだが……その規模であれば、全てを濾過し尽くすには時間が掛かるか〉


「ええ。ですから、これから降魔(ごうま)状態となって大規模なものを構築しようと考えてます。勿論、これ全てを覆い尽くす事なんて不可能なので、暴風神エンリルやイルに砂嵐を操作してもらうことになりますけど」

〈良かろう。具体的にはどの辺りに魔法を構築する予定だ?〉


「ついでに落下させたら楽かなーと思ったので、砂嵐の最下層に創ろうかなと考えてますね」

〈フッ、工程を短縮するとは、イルマタルに配慮したのか? あれは怠惰(たいだ)であるから、無理矢理働かせるくらいが丁度良いのだがな〉


 白い歯を見せて笑う暴風神に苦笑いを返したロウは、一人砂嵐の下方──高度20,000メートル付近へと移動し、人の姿から外れた降魔状態となる。


〈それじゃあギルタブ、憑依をお願いできるか?〉


(出来ますが……念のために、私の魔力は温存しておいた方が良いのではないですか? 女神ミネルヴァから約束を取り付けているとはいえ、あくまで口約束ですし、万が一のことを考えると……)


 異形の魔神となったロウから助力を求められると、言いよどむギルタブ。


 彼女の言う通り、ロウと女神との間で交わされた約束は効力を持たぬ口約束だった。光や契約を司る天則(てんそく)の神ミトラスでもなければ、言葉に神さえも縛る強制力を持たせることは難しい。


〈確かになー。でも、一応女神の名の下に誓っているわけだから、そこまで心配しなくても大丈夫だとも思うんだよな。……とりあえずは保険をかけて、温存の方向で行っとくか〉


 黒刀の言葉も一理あると考えた山羊頭(やぎあたま)の魔神は、今の状態のまま作業を行うことを決め、魔力の構築を開始した。


 真紅の魔力を辺りに満たして想起するのは、眼下に広がる黒い大地を覆う漆黒。全ての光を食らい、あらゆる魔力を(むさぼ)る闇の空間。


 かつて自分の空間を創り出した時の五十倍近い魔力を十分程かけてつぎ込んだロウは、ドレイクの「炎獄(えんごく)」の直径と変わらぬ十キロメートルにもなる、超巨大な(とつ)レンズ状の漆黒を創り上げた。


〈ぜぇ……はぁ……。ふぃ~、こんなもんだろう〉


(恐ろしいほどの範囲だ。範囲内の下界は完全に光が閉ざされているだろうな)

(もはや神の所業……いえ、魔神でしたね)


〈魔法構築した自分でも結構ビビってるんだけど、意外に平常運転だよな、君ら。さてさて、創ったはいいがどうやって伝えるか……いや、気が付いたみたいだな〉


 ロウが魔力欠乏症を引き起こしていると、上空の砂嵐が更なる集束を始める。


〈避難しとかないと巻き込まれそうだ──って、言ってる傍からこっち来た!?〉


 あわや直撃、どっこい転移で回避。


 空中に新たな足場を創り着地した山羊頭の魔神は、横に裂けた瞳孔を縦に広げて嘆声を漏らす。


〈おほー! 凄いな、『常闇』に壁みたいな竜巻がぶっ刺さってるぞ。ちょっと下の方を見てみるか〉


(……さっきまでアレに飲み込まれる寸前だったのに、暢気だよなお前さん)

〈俺は前のめりに生きてるからな。過去の行いはたまに思い出すくらいでいいんだよ〉

(危機感の欠片も無いですね……)


 曲刀たちから扱き下ろされるも、それをまるっと聞き流すロウ。反省の色を毛ほども見せない彼は、成層圏と対流圏(たいりゅうけん)(さかい)を突っ切り常闇の下へと踊り出た。


〈──おぉ~……〉


 天から大瀑布の如く落下するは、大気中に残る僅かな水分を吸収して氷結した砂嵐。


 薄暗い闇の中で徐々に砂の山が出来上がっていく超自然的光景に、しばしの間見入るロウ。


 しかし、ふと黒刀が漏らした言葉で彼の鑑賞も中断となる。


(凄まじい砂の量なのです。ですが、これではヤームルたちが生きていたとしても生き埋めになってしまいそうですね)


〈あ? ……あッ! あ゛ー!〉


 そう。


 この山羊頭の魔神は竜との戦いや神への対応、そして仲間たちの治療に追われていたため、調査のためにやってきていた面々のことを完全に失念していたのだ。


〈やべーじゃん!? ちょっと探す……にしてもこの恰好じゃあれか。ギルタブ、人型に戻ったら憑依を頼む!〉


(はぁ……。彼女たちのことを一切考えていなかったのは、単純に忘れていただけですか)

(あの琥珀竜を前にすれば無理もないだろうさ。神たちはあの「常闇」があれば問題なく作業を進めるだろうし、さっさと動かないとだな)


「分かってるって!」


 素早く降魔を解き少年状態へと戻ったロウは、ほんのりと髪を伸ばした黒と金のオッドアイへと姿を変えつつ、連続転移で地上へ着地。


 間髪入れずに魔力探知を行い、少年は彼女たちの魔力を探る──が。


「ッ!? アンデッドが!?」


 一体今までどこに居たのか──思わずロウが声を上げてしまうほど、地上の至る所にアンデッドがひしめいていた。


 ヴリトラが大魔法で彼らのいる地下を掘り返したこと、そしてその魔法が陽光を(さえぎ)ったこと、そしてこの地にやってきていた神の魔力が上空へと遠ざかったこと。複数の要因が重なり、彼らは夜を前にして活動を開始していたのだ。


「邪魔を──」

(──! ロウ、待ってください!)


 暗闇で群れる大群に対し燃え(たぎ)る溶岩を構築したロウだったが、それを放つ前に憑依している黒刀から静止されてしまった。


「何だってんだ!?」


(うぐ、そんなに怒鳴らなくても……。とにかく、ここで全てのアンデッドを吹き飛ばしてしまうのは得策ではありません。この者たちは生者に惹かれる特性がありますから、彼らが目指す方向へ向かえば──)

「──ヤームルたちがいるってことか。そうだな……怒鳴って悪かった、ギルタブ。教えてくれてありがとな」


(やれやれ。一人で突っ走りがちなのが、お前さんの悪いところだぞ。そうやって反省できるところは美点だがな)

「へいへい、気を付けますよっと!」


 構築した魔法を地面に叩きつけた少年は、ひとまず上空へと転移。魔力感知で人族の魔力とアンデッドの侵攻方向を探る。


「──……砂が落下中のところには群がっていないみたいだけど。単純に砂と冷気を避けてるだけかもしれないし、あの場所にいないとは言い切れないか。……! 動き始めたか」


 最初の内はロウの残り香でも追っていたのか、少年がいた位置である溶岩魔法の爆心地を目指していたアンデッドたち。


 しかしある時ぴたりと静止し、反転。ロウたちが出発したオアシス都市ミナレットの方角へと動き始めた。


「あっちにいるのか、それとも都市があるから向かっているのか……。いずれにしても行ってみないとな。もう日が沈むし、アンデッドたちの嫌う日光も隠れてしまう。そうなったらアシエラたちでも対処しきれないかもしれない。急がないと」


 目的地を定めた少年は空間魔法を駆使し、上空からの高速移動で先を急ぐのだった。

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