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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第五章 ヴリトラ大砂漠
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5-19 乱入者たち

 烈風と共に砂原へ降り立つ、野球ドーム並みにスーパーサイズな赤き巨竜。俺なんぞ降魔(ごうま)状態であっても親指と変わらない大きさだ。


【──ティアマトか!?】


〈うひょーマジでけー〉

〈汝は降魔でも雰囲気が変わらないな。その異形の姿にしてその言動、実に奇妙だ〉


 琥珀竜(こはくりゅう)の倍ほどありそうな超巨大赤竜の出現に呆けていると、いつの間にか俺の近くにいた、銀髪黒メッシュが印象深い肉感的な美女から声を掛けられた。


 見覚えのあるこの美女は、魔導国の首都で会った知恵の女神ミネルヴァだろう。


 今の彼女は以前会った時に身に着けていた衣服の上から、光り輝く鎧を纏っている。金と銀色の光を放つその威容は、薄暗がりにある大砂漠を照らす太陽のようにも感じる。


〈お久しぶりです、女神ミネルヴァ。今あのヴリトラ関連で取り込み中だったんですけど……ティアマトさんが一緒にいるってことは、仲裁のために顕れた的な感じですかね?〉


〈そうではあるが……その魔力にその姿。汝のことは、あるいはここで始末しておいた方が良いかもしれないな〉

〈ちょ!?〉


 降魔状態の俺と同じくらいの長さを持つ巨大な両刃斧を肩に置く、美しき知恵の女神。


 そんな彼女からの死の宣告を受け、もう逃げるっきゃないと決意を秘めた直後。再び銀の魔力が近くで集束し──小さなシルエットが顕れる。


[──女神ミネルヴァよ、己が主神よ。ロウはかの竜との戦いで疲弊(ひへい)している身で、そのような黒い冗句を受け入れる、心のゆとりなど持っていないよ]


〈のわッ。グラウクスじゃないですか。どうもこんにちは、ご無沙汰してます〉


 銀光と共に姿を見せたのは、我が友人にして青白黒の奇怪な生物、グラウクスだった。


〈我が眷属(けんぞく)から魔神についての処遇で小言をもらうとはな。縁とは分からないものだ〉

〈ちょっと、脅かさないで下さいよ。物騒な得物持ってたら全然笑えない冗談ですからね、さっきの〉


[君はそう言うけれど。ロウよ、光を呑むような黒々とした蛇を、無数に生やすその悍ましい姿も、己が主神の持つ両刃斧、アカイアに比肩する威を感じるよ]

〈ああ、失礼しました。ウツボたちを出しっぱなしでしたね〉


 遠方で何やら騒いでいる巨竜たちを見て身の危険は去ったと判断し、励起(れいき)状態だった触腕と権能を引っ込める。


〈……〉


[ウツボ。海の岩礁(がんしょう)に住む、あの生き物かな? 黒々とした蛇と判断していたけれど、よもや海の生き物だったとは。ロウに所縁のある生き物、ということなのかな?]


 触腕がうぞうぞと背中の毛へと戻っていく様を見たミネルヴァは、片眉を上げて口元をへの字にする妙ちくりんな表情をうかべた。が、それを無視して友人に返答する。


〈そういう訳でもなさそうですよ。単に俺の破壊衝動を具現化しているというか、暴力性の発露というか、そんな感じかも?〉

[暴力性に破壊衝動。それはそれで、どうなのだろう?]


 ぐりんぐりんと瑠璃色(るりいろ)の一つ目を回し、疑問を呈する神の眷属。


 ヴリトラとの戦いで荒んでいた精神が浄化される、とても可愛らしい反応だ。一家に一人(一匹?)欲しくなる愛らしさである。


 友との談笑で琥珀竜との戦いでささくれ立った精神を平衡状態に戻していると、新たに白銀の魔力が顕れる。まあ予測はつくけどな……。


〈──はぁ。まさかヴリトラを相手取って生き残るとは……。おかげで周囲に住んでいたわたしの子らは、相当な被害に晒されていますよ、ロウ〉


 甘い芳香(ほうこう)を伴って顕れるは、案の定腹黒美少女こと妖精神イルマタル。今回は背中に金の薄翅を生やす女神状態でご光臨されたようだ。


〈のっけから酷い言いようですね、イル。ブレスで地平まで抉ったのも、陽光を(さえぎ)る砂嵐を巻き起こしたのも、全部あっちで暴れてるヴリトラの仕業ですからね〉


〈知っていますよ、魔力感知で把握していましたからね。そうは言っても、あなたがヴリトラの初撃で消し飛んでいれば、被害も随分抑えられたのですが〉

〈ふっ、確かにな。よもやあのヴリトラが至大魔法級の事象を幾つも放つことになり、それを放たれてなお魔神が生存するなどとはな。我ら神にとって慮外(りょがい)なことだ〉


〈……滅茶苦茶言いよる。流石神だわ〉


 金の薄翅をパタパタと鳴らし嘆息する銀髪ショートヘアの女神は、被害が出る前にさっさと死んで欲しかったらしい。とんでもねえ腹黒女だぜこいつ!


〈そんなこと言いつつも、あなただってヴリトラの竜鱗を貫通するような大魔法を放ったでしょう? あの漆黒の閃光も大陸の端まで届いていましたし、衝撃波で吹き飛ばされた範囲も相当なものです。あなたの魔法の影響も甚大なのですよ?〉

〈いや、アレはぶっ放さないとヴリトラから殺されそうでしたし……〉


〈それならば、諦めて死ねば良かったのですよ。それで全て丸く収まったはずですから〉

〈一理あるな。ロウが死ねばグラウクスが悲しむが、大事を避けるためには小さな犠牲も必要だろう〉

〈お前ら性根が腐り過ぎだろ。更生させんぞコラ〉


 あまりにも傍若無人な言動に、背部の触腕を励起させたい衝動に駆られてしまう。


 いつぞや月白竜(げっぱくりゅう)シュガールがイルのことを「竜より奔放」と評していたが、こんなところで痛感する羽目になるとは。


 ──などと理不尽に(いきどお)っていると、今度は銀灰色(ぎんかいしょく)の魔力が渦を巻く。


 白き雷と共に顕れしは、筋肉質な蛸入道(たこにゅうどう)。出現方法も(みなぎ)る覇気も、あの月白竜と相違ない尋常ならざるものだ。


 色々やってきすぎだろ!


〈ほう? これが例の魔神か。降魔状態にはなれんと耳にしていたが、どう見ても降魔だぞ、これは〉


 黒々とした瞳を細めて上空からこちらを見下ろし、会話に乱入してくるハゲ男。


 日に焼けたような褐色肌を金の刺繍(ししゅう)が施された壮麗な衣服で覆い、艶のある黒い(ひげ)を蓄える大男。


 女神たち以上の圧力を発散するその男は、王者を超えた神聖なる存在であることを窺わせる。


 ……というか、銀系統の魔力の時点で神に類する存在なのは判明しているけども。


〈遅かったですね、エンリル。それほどまでに被害が深刻だったということでしょうか?〉


〈直接的な被害は最初と最後の息吹くらいのものだが、間接的なものは(はなは)だしい。大陸の北部に近い地域は全て、あの“たわけ”が巻き上げた塵埃(じんあい)で日が(かげ)っている。放っておけば動植物の営みに多大な影響が出るだろうな〉

〈はぁ……全く。上空に行って落とすにしても、彼の魔力を帯びた砂を地上に落とすのは避けたいところですし。弱りましたね〉


〈汝らの得意とする大気や暴風でかき集めれば良い。我は琥珀竜と大地竜のじゃれ合い……もとい説得を見守っている故、心配りは不要だ〉

〈働かぬとは腹立たしい奴よ。しかし確かに、うぬがいても空間魔法くらいしか役に立つまいな。()くぞ、イルマタル〉


 神々の会談を眺めることしばし。


 話が纏まったらしく、褐色禿頭(とくとう)系ムキムキ大男ことエンリルと腹黒暴言美少女、もといイルマタルが空へと飛翔していった。


〈女神ミネルヴァはお留守番なんですね。もう顔合わせも済みましたし、俺帰っていいですか?〉

〈本気で言っているのなら、このアカイアの刃をその山羊頭(やぎあたま)に突き立てるぞ〉

〈すんませんでした……〉


 帰ったら駄目だったらしい。


 デモンストレーションだと軽く振られた両刃斧は大地を割り、その切れ味を雄弁に語っていた。知恵の女神っていうより戦神の方がしっくりくるわ。


〈あいつらの状態、早く見に行きたいんだけどな──ッ!?〉


 上の口から溜息を吐くと──ふいに、砂丘が崩れるほどの地震が発生。


 何事だと周囲を見回せば、口論から取っ組み合いに発展した巨竜たちの姿が飛び込んできた。


()ねい、婆がッ!】


【お゛ご……こんの、ばかちんがぁっ!】


 琥珀竜の拳が大地竜の腹部に突き刺さり、茶色い吐しゃ物をぶち撒かせた──かと思えば、怒り狂った大地竜が相手の首へ噛みつき拘束。五十メートル級の巨体をジャイアントスイングの如く振り回し、大砂海へと叩きつけ大爆発を引き起こす。


【グルゥアアァァッ!】

【グゥオオォォォッ!】


 そのまま止めを刺さんと大地竜が拳を振り上げるも──琥珀竜のしなやかな尻尾が相手の両脚を払い。


 逆に横倒しで浮いてしまった大地竜の脊柱(せきちゅう)に向かって、ヴリトラの天を打ち抜く昇竜パンチが炸裂。母なる巨竜が血反吐や竜鱗を撒き散らし、空の彼方へすっ飛んでいく。


 ──といった具合に、竜の巨体の数倍するクレーターが次々と生まれ落ちる大怪獣大戦であった。そりゃ大地震も起こるわ。


 つーかヴリトラ、まだまだ元気じゃねーか。


〈あれって放っておいても大丈夫なんですか? 地震が起きたり大地が抉れたりしてますけど〉


〈じゃれ合いの内は問題ないだろう。本気のヴリトラと戦った汝なら理解できようが、あれらは全力の魔力を込めているわけではない。説得というよりは鬱憤(うっぷん)を晴らす面が大きいのだろうな〉

〈物騒すぎる……大砂漠じゃなかったら国が幾つか滅びますよ〉


[……。ロウよ、己が友よ。先ほどまでその巨竜と全力で殺し合っていた、その当人の発言とは思えないのだけれど]


 ミネルヴァの言葉に唸っていると、青き神の眷属から突っ込まれてしまった。


 それを言われると、ぐうの音も出ないですよ。

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