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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第五章 ヴリトラ大砂漠
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5-16 真紅の逆鱗

【──ッ!?】


(ロウっ!?)(これは、「降魔(ごうま)」か!?)


 大砂漠に吹き荒れる、上位魔神の力の奔流。


 真紅の魔力を吹き散らす少年は、元の姿とは似つかぬ異形となった。


 人の倍近い身の丈に山羊(やぎ)の頭を頂くその魔神は、まるで真っ黒な(みの)を被ったかのように黒一色。(あで)やかな黒毛に覆われる全身は、薄暗い周囲との境が判別できないほどだ。


 しかし、その巨体を形作るのは人ではなく獣の部位。特徴的な山羊頭に猿のように長い腕、二股の(ひづめ)を持つ脚と、黒毛に覆われたしなやかな尾。獣の特徴を幾つも備える姿は、魔神というに相応しい異形である。


〈……〉


 殊更(ことさら)異形と言えるのはその陰部。


 通常生殖器が存在する部位には、頭部とは異なる第二の口部がゆっくりと息づく。股から腹部まで縦に裂けたそれには舌や消化器官が存在せず、食らったあらゆるものを魔力へ変換する虚無と、食らったものを絶対に逃さぬ(おぞ)ましい牙とがあるのみ。


 それは彼の魔神としての本質──食らったものは(ずい)まで食らい尽くす、凶悪なまでの貪欲(どんよく)さが具現化された口部であった。


 万物の裏である“影”が異世界の存在と混じり変質し、森羅万象の生滅変化(しょうめつへんか)が曖昧となる“虚無”へと至る。


 その“虚無”を(つかさど)り、人である母親とも魔神である父親とも似つかぬ異形へ変容した存在。それが魔神ロウだった。


【──きさん、まだ生きとったんか? それに降魔とは……いたらん真似しくさりおって!】


 突如顕現(けんげん)した(おぞ)ましき魔神。それに動じたのは曲刀だけではなく、琥珀竜(こはくりゅう)も同様だった。


 それでも、彼は顕れた魔神が始末したはずの幼き魔神であると判断するや即座に攻撃。


 二対四枚の大翼を(ひらめ)かせ、“渇き”を帯びた衝撃波を乱れ撃つ!


〈──〉


【!?】


 対し、漆黒の魔神は「空間歪曲(わいきょく)」を発動。自身の周りにある空間を自在に捻じ曲げ、迫る衝撃波を巧みに逸らす。


 空間魔法を貫通する渇きの烈風なれど、正面から受けなければどうということはない。レールを敷くように軌道を誘導することで、彼は着弾地点をずらしてみせたのだ。


【きさん──】


〈少し黙っとけ。屑野郎が〉


 攻撃をいなされいきり立つ琥珀竜の隙を突き、今度は魔神が攻勢反転。烈風の只中に空間魔法の抜け道を創り、相手の懐へと雷霆(らいてい)の如く接近!


【ッ!?】


 勢いそのまま跳び上がったロウは、空中で震脚、からの中段突き。


 空間を(ひず)ませる踏み込みでもって、極限の拳──陳式太極拳小架砲捶(しょうかほうすい)掩手肱拳(あんしゅこうけん)を、巨竜の胸部へ叩き込む!


()ァッ!〉


【グッ、ウ゛ッ──ッ!?】


 “渇き”を帯びた竜鱗との接触で腕が(ちり)となるも、無くなった腕を問答無用で振り抜き、漆黒の魔神は巨竜を遠方まで吹き飛ばした。


〈……〉


 怒りのままに琥珀竜を殴り飛ばした彼は、しばし変わり果てた仲間を眺め……“渇き”で消し飛んだ自身の腕も治療せずに沈黙する。


〈……セルケト、ウィルム。いや、これは──!〉


【──グァァアアッ!】


 沈黙を挟んだことで、(かす)かな心音を感知した魔神が顔を上げると同時。


 天と地が竜の怒りで鳴動し、金の魔力が世を覆う。


〈大魔法か。こいつらを治すにも、まずは退避だな〉


 遠方よりの怒声を耳に入れつつ腕を再生させた魔神は、仲間の生存を確かめたことで冷静になった思考で回避を選択。


 襲い来る衝撃波とは真逆の方向へと、仲間をひっつかんで転移した。


(え、あっ? 早い!?)

(しかもこれは……相当な距離を移動しているのか。以前の空間魔法とは比べ物にならん)


〈『降魔』状態になって、魔力制御力や操作範囲が一気に引き上げられたみたいだな。自分でもびっくりだぞ〉


(! ロウ……ちゃんと、意識があったのですね。姿が変わって、我を忘れているのかと思いましたよ。いきなりヴリトラを殴り飛ばしていましたし)

〈心配かけてすまんね。意識はしっかりあるから安心してくれ。とりあえず離脱だ!〉


 常の思考を取り戻したロウは異空間を開き、ウィルムたちを担いでそそくさと逃げ込んだのだった。


◇◆◇◆


〈──こりゃあまた……。あの野郎、滅茶苦茶暴れやがったな〉


 異空間へ入るとすぐに門を閉じた山羊頭の魔神は、草食動物の頭部特有の広角な視野を生かして情報収集を行っていく。


 普段は白一色の異空間だが今や別世界。赤く焼けたような砂丘が形成されていたり、白熱する融解物が地を這っていたり、ガラス状となった砂が散乱していたり。荒れに荒れた状態だ。


 そんな中で風や土、水魔法を構築し簡易避難場所を設営したロウは、そこに瀕死状態にあるウィルムたちを横たえる。


(ロウ、このまま異空間で退避しておくということでしょうか?)

(ヴリトラは空間魔法を破る術を持っているようだし、ここにいても安全とは言い切れない気がするが……)


〈だよなあ。まあ、ここに移動したのはセルケトたちの治療が主目的だし、多少時間を稼げたらいいかな〉

(治療、ですか。彼女たちは、無事だったのですね)


 弱り切っている二人を治療せねばと返答を切り上げ、真紅の魔力を(たぎ)らせた魔神は仲間たちの治療を済ませていく。


(……欠損すら再生するような回復魔法を、同時に構築するか。滅茶苦茶だな、お前さん)

(肉体の再生速度も以前とは比べ物にならないのです)


〈何せ魔神だからな、ガハハハ。ちょい毛深くて野性味あふれた感じだけども〉


(確かに、人型状態とは似ても似つかない雰囲気ですね。濃い魔力の気配にその姿、かなり上位の魔神に見えますが……)

(俺の知識には無い姿だな、やはり。異世界の存在と混じったことで変質しているのなら、それも当然かもしれんが。……しっかしお前さん、苦手なはずの回復魔法を使っているのに余裕そうだな)


 サルガスの指摘通り、苦手としていた回復魔法も複数の対象に行使できるほどの熟練を見せるロウ。


 これは彼が人型状態から降魔状態となり魔力操作技術が格段に上昇したこと、己の本来の魔力である真紅の魔力を操れるようになったことに起因している。


 彼自身の経験が不足しているため十全に操るとまではいかないものの、その力は既に若き竜をも凌ぐ水準となっていた。


 それに地球時代に(やしな)った想像力を加えた現在、彼の構築する魔法は正に上位魔神たるに相応しい干渉力であった。


〈──応急処置は終了っと。さて……サルガス、ギルタブ。今人化ってできるか?〉


 僅か十数秒という短時間で両者ともに四肢欠損の治療を終えたロウは、山羊頭の後方から生える曲浦(きょくほ)のように捻れた三本角を、長く細い指で掻きながら問いかける。


(人化ですか? 可能ではありますが、憑依で消耗しているので激しい動きとなると難しいかもしれません)

(俺は問題ないぞ)


〈そうか。ならお願いしていいか? こいつらの様子を見ていて欲しいんだ。一応ガーゼや鎮痛薬の類は石の家に常備してある〉

「むう……。もう私たちは不要ということなのですか?」


〈そういうのじゃないって。あくまで応急処置だから、何かあった時に見てくれる人がいないと不安なんだよ。お前たちなら能力十分で知識豊富だし、安心して任せられるし〉

「……そういうことなら、仕方がないですね」


 不満気な空気を滲ませつつ人化を行う曲刀たちに怪我人のお守を押し付けたロウは、そのまま異空間を出ようとする。が、彼が出口を構築する前に、銀髪青年と化しているサルガスから呼び止められてしまった。


「ギルタブはあっさり流されたが、俺は流さないぞ。その姿じゃあ曲刀として使うことは出来ないだろうが、半霊状態なら変わらず補佐できるはずだ」


〈有難い申し出なんだけど、相手はあの琥珀竜だぞ? お前もあの滅茶苦茶ぶりは見ただろ。それでもついてくるのか?〉


 呼び止めた銀刀の主張は、自分も戦いの場へ連れて行けというものだった。


 肉体が巨大化した今のロウは曲刀を用いて戦うという考えがなかったため、彼は黒色の尾を地面に叩きつけながら難色を示す。


「仮にお前さんが負けたらこの空間だってどうなるか分からないし、危険なのは変わりない。それなら補佐をしてお前さんの勝率を押し上げた方がマシだろうさ」

〈ぐぬぬ。それもそうだな。じゃあよろしく頼むか……。まあ俺の胴体がぶっ飛ばされた時もギルタブは無事だったし、霊体化してる間は大丈夫かな〉


「サルガス、ロウを頼みましたよ」

(フッ、任せとけ)


 異空間の危険性を突かれたロウは瞬時に折れ、半霊体化した銀刀を宿し漆黒の体毛に銀のラインを入れつつ嘆息し、ギルタブに見送られて異空間を去ったのだった。

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