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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第五章 ヴリトラ大砂漠
154/318

5-8 魔神の眷属、シアンたちの日常

 引き続き魔導国首都。時間は下り、昼下がりである。


 レルヒの訓練やティアマトたちのおもてなしを終えた眷属(けんぞく)たちは、待ちに待った(いこ)いの時間、ヘレネス探索へと繰り出した。


 ──一週間ほど前、創造主から人間族の子供の指導に神や竜の相手などを頼まれた時は、彼らは異空間でだらけていた方がずっと良いと大いに不平不満を垂れた。


 しかし、ロウが仕事の終わった後の自由時間や支給するお小遣いについて触れると態度を急変。石の竜となって諸手を上げたり溶岩流体となって荒れ狂ったりと狂喜乱舞し、嫌がっていた仕事をすぐさま引き受ける……そんな一幕があった。


 普段は面倒事を(いと)う彼らながら、外の世界への好奇心というものは非常に大きい。その性質を突かれた故の出来事だったが、それを見たロウは己の性質を引くということも忘れ、「こんなにチョロくて大丈夫かこいつら」と心配したものだ。


 ──さておき、自由な時間と自由にできる資金を得た彼らは、ロウが旅に出た初日から散策を開始する。


 まずは宿の周りをおっかなびっくり歩いて回ることから始まり、次の日には宿の屋根に上って人の流れや建物の位置を把握することに努め、三日目には周囲の動きに合わせ街の様子を見て回る。


 そうして経験を積み上げていった彼らは、今では感情豊かなジェスチャーを駆使して買い物を行えるほどになっていた。生みの親たるロウが知れば、自分由来の知識を持っているとはいえよくもそこまで積極的に動けたものだと、大いに感心することだろう。


[──♪][──、──][──?][──っ!]


 そして現在。買い物を行えるまでになった彼らは美男美女の集団となり、都市の中央にあるイスファハン広場へと訪れていた。


 ロウが妖精神イルマタルと鉢合わせたこの広場では、魔導国軍の閲兵式(えっぺいしき)や軍の隊列行進を披露したり、市民へ開放して(のみ)の市や武闘大会が開かれたりすることがある。


 シアンたちが訪れたこの日は祭日ではなかったが、ひと月後に控える武闘大会に向けての予選が開催されており、やはり活気にあふれていた。


 そんな人ごみの中を眷属たちはするすると移動する。ロウの持つ隠形術(おんぎょうじゅつ)をそのまま使える彼らにとって、揉め事を起こさず合間を縫うなど容易いことなのだ。


 二分程かけて人垣の最前列へと移動したカラフルな頭たちは、簡易闘技場で闘っている人物が見知っている存在だと気が付く。


[──、──]


「せ、い、やっ! ふぅ……? あ、シアン様! それに、皆さんも」


 対峙する相手の放った模擬剣一刀の振り下ろしを、空手の回し受けで刀身の腹を叩くように捌き、そこから流れるように膝を打ち抜く左前蹴り。更に崩れ落ちる相手の腹部へ左追い突き、ダメ押しに鎖骨へ右掌底。


 華麗に連撃を決め予選を勝ち残ったのは、金のポニーテールが眩しいムスターファ家の使用人、アイシャであった。


 通常のメイド服ではないブラウスとパンツスタイルながら、彼女の動きに陰り無し。


 武器を持つ相手を素手による真っ向勝負で捻じ伏せた彼女は、大会を運営する職員から本選出場を示す証明書を受け取り、シアンたちの下へやってきた。


「皆様お揃いで。もしや、シアン様たちも武闘大会へ参加なされるのですか?」


[──、──]


「見学に来ただけ、でございましたか。それは残念です。もしシアン様たちのいずれかのお方が大会へ出るのなら、それはもうきっと素晴らしい時間を……」


[[[……]]]


 ここ数日の間にシアンやコルクと手合わせを行っていたアイシャは頬を染め、うっとりという度合いを超えた美女にあるまじき締まりのない表情を浮かべ、眷属たちを(おのの)かせる。


[──、──~]


「左様でございますか? おかえりはお気を付けください」


 この場にいては手合わせを願われかねないと感じたシアンはこの場からの撤退を決意し、素早く転進。恐るべき速さで人垣を縫いアイシャの前から離脱した。


 ──しかし、そのあまりにも見事な移動は、かえって厄介者の目を惹くこととなる。


「おや? あのカラフルな頭の集団、只者ではないね。最前列から稲妻のように動きつつ、それでいて周囲の人垣を崩さない……フフフ、強者の匂いがするよ」


 アイシャ同様の難儀な気質、強者との戦いを求めてやまない灰色髪の青年──アルメルが、シアンたちを目敏(めざと)く発見したのだ。


「んー、アレですかい? 確かに並みの動きじゃないようですな。じゃあ旦那、いつもみたいに吹っ掛けますかい?」

「そうしよう。ナターシャ、退路はきちんと塞いでくれよ」


 山で暮らす狩人のような恰好で野暮ったい言動の女性に命を下し、青年はカラフルな頭たちの移動先へ先回り。大会予選で使われている模擬剣を抜いて待ち構える。


(さて。本戦の出場資格を持たない者たちの予選だから、僕のお眼鏡に適う強者はそうそういないと思っていたけど。先ほどの女性は中々の体術だったし、謎の集団の身のこなしは見事だ。フフフ、今大会は期待できるね、これは)


 人垣を縫って迫りくるカラフルな頭部を見据え、アルメルは一人笑みを深める。


 ──冒険者組合で“強者募集”依頼を出すほど戦いに飢えているこの青年は、金で雇われ依頼人の兵となる傭兵である。


 獣や魔物ではなく対人戦闘にのみ快楽を見出す彼は、この魔導国指折りの実力者。極めて優れた魔力を有していたこと、幼少期よりひたすら他者と衝突を繰り返し荒事に身を置いていたことで、類稀(たぐいまれ)なる戦闘能力を得るに至っている。


 その力はヘレネス屈指の冒険者、ロウと共に旅をする吸血鬼のアシエラにも比肩(ひけん)する。荒事を好む冒険者の中で「狂剣」という彼の名を知らない者はいないほどだ。


 かつてロウは依頼票を見た時「周囲から相手にされない人物」と評していたが、彼は一芸を持った実力ある傭兵だったのである。


 ──そのアルメルの前に、ついに人垣の中から脱出したシアンたちが躍り出る。


[[[!?]]]


「初めまして、待っていたよ。僕の名前はアルメル。突然だけど、僕と一回ヤっていかないかい?」


 やっと人垣を抜けたぞと気を抜く間もなく、青年から模擬剣の切っ先を向けられるシアンたち。


 人生経験の乏しい彼女たちは何が起こっているのか把握できなかったものの、なにやら喧嘩を売られているらしいということを理解。突きつけられた切っ先と青年の瞳に宿る闘志を見て、遊びではなさそうだと判断した。


 現状を半分ほど理解したシアンは兄妹たちへ目線で意思疎通を図り、この場からの逃走を画策(かくさく)。頷きが返ってきたところで脱出を試みたが──。


「はいはい、よってらっしゃい見てらっしゃーい。『狂剣』が剣技の披露会だよー、ってな。旦那ー、バッチリですぜー」


「なんだなんだ?」「飛び入り参加、いや野良試合か?」「おい、『狂剣』だぜ」「あー、また腹を空かせた『狂剣』が誰彼構わず挑みかかってんのか」「まあでも、あいつの剣技は金とれるし、見ていくか」


[[[っッ!?]]]


 ──青年の部下が見物人を集めていたことで、既に退路を塞ぐような人だかりが生まれていた。


「フフフ、これだけ人が集まってしまったら、君たちもやる気が出るだろう? まさか尻込みするなどとは言わないでくれよ」

[[[……]]]


 逃がしはしないぞと魔力を解放し剣を構えにじり寄る青年。その気迫を前に押し黙り、再度目配せを行う眷属たち。


 果たして、眷属たちのとった行動は──。


[──っ]


 ──どう見ても戦いに不向きな少女にしか見えない末っ子のサルビアを、青年の相手として選び出すことだった。


「おや、その女の子が僕の相手になるのかい? てっきり青い髪のお姉さんか赤い髪のお兄さんかと思っていたんだけど」


[──、──]


「……君たちが出るまでもない、その女の子で十分だ、と? フフフ、面白いことを言うね」


 青年にサルビアのことを問われたシアンは、身振り手振りで「私たちと戦いたければこの末っ子を倒してからにするんだな」という意を伝え、後の一切を妹に丸投げした。


「そういうことなら早速始めようか。君、得物は何を使う? ……素手かい。まあ先ほどの動きは見事だったし、遠慮はしないけどね」


[──]


 武器を取ることなく構えたサルビアを見ておおよその戦闘の型を予測したアルメルは、剣で斬り合うことよりも間合いを強く意識した構え──利き手を前に出して半身とする、突きを重視した構えをとった。


 間断なく突きを見舞い、相手を間合いの内に入れさせまいとする構えである。


[──、──っ]


 対し、気合(みなぎ)る淡青色の少女は、左腕を突き出し体重を前に寄せたやや半身。大陸拳法独特の構え──弓歩(きゅうほ)で不動。


 無手と剣の差はあれど、()しくも青年と鑑写(かがみうつ)しのような構えとなった。


「……」[……]


 青年がにじり寄るも、少女は不動。


 再び迫るも、根が生えたかの如く動かず。


 間合いで劣る無手であるはずなのに、一向に内へと入ろうとする動きが見られない。


(この構え、ただの虚勢とは思えないけど……後の先を狙っているのかな? となればやはり突きで距離を維持すべきだね。いずれにせよ、まずはあの腕を打ち払う!)


 それならば寸刻みにするまでだと意識を切り替えた青年は、剣の間合いに入るや突きの邪魔となるサルビアの左腕を切り払い──。


「──ッ!?」

[っ!]


 ──その動きを待っていたサルビアから、二の太刀も繋げぬ神速で懐に入られてしまうこととなった。


 拳を間合いに入れまいとすれば突き主体、その突きの邪魔になる腕があるならばそれを切り払う。それが半身状態から素早く繰り出されるならば、内側ではなく外側への斬撃、すなわち逆袈裟斬り。


 サルビアは全てを相手と己の構えから導き出していた。


 その正確無比なる予測は、かつて工業都市ボルドーにおいて、無手で都市最強の冒険者と訓練をすることもあった創造主の記憶を生かしたもの。


 強者との戦いで得た経験から相手の動きを想定し、誘導する。ロウの記憶を持つ眷属ならではの戦略である。


「チィッ!」


 攻撃を読まれ瞬く間に肉薄されてしまったアルメルだったが──返す刃が間に合わぬと見るや即座に対応、直ちに前蹴り。


 半身の状態の後ろ足、左足で相手を蹴り上げカウンターを狙う!


[──]


 されども、それすら少女は織り込み済み。


 重心を軸足に寄せる気配を見抜いていた彼女は素早く転身して蹴りを躱し、その上追撃。


 これが本当の前蹴りだと八極拳・斧刃脚(ふじんきゃく)で軸足の膝を蹴り込み、青年を地面に転がした。


「ぐおッ!?──ッ!?」


[──っ!]


 軸足を襲った突然の激痛に顔をしかめながらも地面を転がり、その勢いのまま身を起こそうとしたアルメルだったが──起き上がる前に背後へと回り込んでいたサルビアが拘束、そして背面に下段突き。


「がッ──はッ……」


 横隔膜(おうかくまく)を狙った拳は見事に決まり、彼の肺の空気全て吐きださせて青年の意識を追いやった。


 つまりはこれにて戦闘終了である。


[──……──!]


 気絶したアルメルをペタペタと触り、確かに意識のないことを確認したサルビアは、拳を掲げ天真爛漫(てんしんらんまん)に周囲へとアピールした。


「「「……お、おおおッ!!!」」」


 それを見て、我に返ったかのように沸く群衆。


 向かい合ってから三十秒足らずという劇的な決着は、観客たちの声を忘れさせるには十分だった。


「だ、旦那ぁー!? しっかりしてくだせえ!」


「すげえなお嬢ちゃん!」「おいおいどうなってんだ? 相手はあの『狂剣』だぞ」「素手だぜ、素手」「この子がこれだけ強いってことは、あっちの兄ちゃんたちは計り知れねえな」


 青年を心配する女性の声や観客たちからの声を聞き流したサルビアは、観戦していた兄妹たちとハイタッチして頷き合い、崩れた人垣の中へと消えていく。


「この盛り上がり、何事だろう……?」


 騒動の場に遅れてやってきて呟いたアイシャがこのサルビアとアルメルの一件を知り、「あああっ! そういうことなら私も見たかったのに~!」と泣き伏してしまうのは、これから数日後のことだった。

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