5-7 妖精神と大地竜
ところ変わってサン・サヴァン魔導国首都ヘレネスの商業区域。創造主からお留守番を仰せつかっているシアンたちはというと。
[──、──]
「よし、大分上達したぞ! うん? ……まだまだだって? そりゃあシアン姉ちゃんに比べたらなー」
ロウから大陸拳法を学ぶことになっていた少年レルヒに対し、言いつけ通り体術指導を引き継ぎ訓練を行っていた。
期間は魔術大学が始まるまでの数日間と短いものの、指導者や実戦相手に恵まれた少年はめきめきと実力を上げていた。
今日も朝から昼食を挟み昼下がりまで、型稽古に組手稽古にとシアンからみっちりしごかれ、当人は額の汗を袖で拭いながら満足げな表情を浮かべている。
「人の幼子は元気一杯ですね。このように暑い日だと、活力あふれる妖精でも日陰で涼むものですが」
「ふぁ……ふぅむ。長命種を除けば、人の生涯は短いからのう。ああして動き回り跳ねまわるのも、短き一生を謳歌せんという切実なる本能からきているのやもしれん」
[──?][──……]
そんな少年と魔神の眷属の鍛錬をテラスから眺め、人外トークに耽る女性が二人。
大理石の卓で突っ伏し頬をべったりと接地させる銀髪の美少女と、腰掛けた椅子の背もたれに身体を預け、口元を隠さぬ大欠伸で突風を発生させる赤髪の美女。人型へと変じている妖精神イルマタルと大地竜ティアマトである。
絶大なる力を持つ二柱に首を傾げたり硬直したりしているのは、ロウの眷属たちだ。
淡青色のツインテールが可愛らしい末っ子のサルビアと、赤茶色の短髪が凛々しく引き締まった印象を与える美丈夫のテラコッタ。彼らも神や竜の寛ぐテラスで涼んでいるが、その様子はどちらかというとかしこまっている風だ。
「しかし、こやつらもまっこと変わっておるのう。半ば精霊のような眷属など、神にしか生み出せぬと思っておったが」
[──]
「そうですね。しかもこのサルビアなどは、ロウがごく短い時間で創り出したものですから。あの子は色々と異常ですよ」
「前日まではいなかったのに翌日にはいた、だったか? 短い時間で眷属を生むとは、あれで多産の魔神なのやもしれんな」
[……]
己の話題が出ると擬態を解除し金属球となってはしゃぐ妹に、その様を見て頭を痛める兄。何も知らないレルヒが見ていなかったのは幸運だったのかもしれない。
そんな四人の下に、一人姿の見えなかったふわふわとした茶色の天然パーマが特徴的な美少年が、アイスティーとお茶菓子を持って現れた。薄っすらと日焼けしたような肌のこの少年は、眷属たちの長男にあたるコルクである。
[──、──]
「あら、気が利きますねコルク。流石はお兄さんね」
「紅茶か。よもや竜たる我が、魔神の眷属のもてなしを受ける日がこようとはのう。分からんものだ」
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「うん……? あ、コルク兄ちゃん! お菓子があるなら俺も休憩しようっと」
菓子類の気配を察知したシアンが指導を中断しテラスへ移動すると、レルヒもそれに追従して人外だらけのお茶会が始まった。
大理石の卓に並べられた紅茶や菓子類はしっかり人数分用意されていたため、普段は光学擬態で過ごしているサルビアも、お茶を楽しむべく魔力で肉体を構築し参加している。
「──あ~……今日は暑かったから、冷たいお茶が美味しく感じるー。コルク兄ちゃん、ありがと」
[──]
「ふぅむ。今日はアイラやカルラはおらんのだな。あれら幼子の話を聞くのも、中々に面白いものだったのだが、残念だ」
「アイラたちなら今日から学生寮の方に移動したみたいです。フュンさんやアイシャさんが午前中荷造り手伝ってたし、今頃は向こうで荷解きしてるかも」
そうしてしばらく紅茶を飲み焼き菓子に舌鼓を打った後。
いつもは見学兼お喋りにきている少女たちの姿が見えないとティアマトがぼやけば、彼女たちの先輩であり事情も知っているレルヒが、彼女たちが居ない理由を告げた。
──彼らの交友関係は、ロウたちが出発したその日から始まっている。
大砂漠へと出発するにあたり眷属を異空間から呼び出していたロウは、予めアイラたちにシアンらを親戚として紹介していた。
その親戚だという者たちが宿の庭に集まり何事かをしているというのは、そう間を置かずアイラたちの耳に入ることとなる。シアンたちの容姿が並外れて美しく宿泊客らの耳目を集めたこと、ムスターファ家の使用人でありアイラたちを補佐するフュンが、ロウの親戚ということで関心を持っていたことが重なった結果であった。
そうして噂の中心地である庭へとやってきてみれば、自分たちと同年代の少年をビシバシとしごいている、ロウと親戚だという美女の姿。どういう事情なのか気にするなという方が難しい。
指導が終わったタイミングで事情を聞きにいき、しごかれていた少年レルヒが魔術大学に通う先輩だと知った彼女たちは、すぐに少年と打ち解け友人関係となった。
以降は大学に関する話や共通の友人であるロウの話をしたり、時折やってくるティアマトやイルマタルの話し相手となったりしながら時間が進んでいく。
そして、魔術大学開講初日を五日後に控えているのが現在である。
「──ほう、学生寮か。確かレルヒも寮住まいだったか?」
「うん、はい。学生寮といっても数があるし男女で別れてたりするから、同じ寮にはならないと思うけど」
ティアマトに問われたレルヒは、ほんのりと緊張を滲ませながら答える。
普段は物怖じすることのないこの少年でも、彼女を前にしてはいつもの様には振る舞えない。
破局噴火中の火山を擬人化させたような、恐ろしさを孕む雄大な自然そのものといった空気感。それを自然体で醸しだすのがティアマトである。彼の緊張も当然だった。
「あの子たちがいないと退屈ね。これから大学が始まってレルヒもいなくなることを考えたなら、わたしも砂漠へ向かった方が良かったかしら」
「砂漠? 何の話だ? それは」
「そういえば、あなたにはロウが旅行に行くとしか伝えていませんでしたか。あの子は今、人族の調査員と共に琥珀竜ヴリトラの創り出した砂漠へ向かっているのですよ。今頃は中心地付近でしょうか」
ロウたちの出発時にティアマトが不在だったことを思い出したイルマタルが簡潔に事実を伝えると、それを聞いた美女はお茶請けのスコーンを摘まみながら思案顔となる。
「……ティアマト? 今はあの砂漠に、ヴリトラはいないのですよね?」
「然り。さりとて、あれは竜の中でもなかんずく気紛れであるからのう。不意にかつての己が“しでかし”の様子を見に顕れんとも限らん。不運が重なれば、ロウと鉢合わせるやもしれんぞ」
「……そうですか。まあ、仮にロウと遭遇しても、同族であるウィルムが共に行動していますし、問題は起こらないでしょう。万が一問題が起こっても、まあ魔神が一柱消えるだけでしょうし。それはそれで悪くはありません」
「うん? ウィルム姉ちゃんの同族? 何の話なんだ?」
「レルヒ、おぬしは何も気にすることは無い。今まで通りべんべんだらりと紅茶を飲んでおけば良いのだ」
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子供とはいえ人族がいる中で平然と同族である竜についての話をするティアマトや、不用心にも魔神という単語を言い放つイルマタルを見て、お茶菓子を貪りながらも悄然とする眷属たち。
彼女たちの正体が露見し、自分たちの創造主にまで累が及ぶのではないかと恐々とする彼らは、
「やはり正体を隠す気など無いのでは?」
「常識人のシュガールさんがいないだけでこんなに危うくなるとは……」
「シュガール! はやくきてくれーッ!」
「え? ちょっと待って、イルマタルってお菓子食べ過ぎじゃない?」
などと、内面で愚痴るのだった。