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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第五章 ヴリトラ大砂漠
152/318

5-6 銀嶺墨華

 ロウがヤームルから異世界の記憶持ちだということを看破された、その日の夜。


「──大砂漠でかけ流しの湯に浸かる……風情があるんだかないんだか分からなくなりますね」


 土魔術で創り上げた簡易大浴槽に肩まで浸かりながら、そのヤームルがしみじみと零した。


「セルケトさんのおかげでお湯がドバドバ出ますもんね~。おかげさまで寒空の下でもあったかい! これだけ湯水のように魔力を使っても負担のふの字も無い感じですし、相当魔力量が多いんじゃないですか? ロウ君と同じくらい規格外かもです」


 栗色の少女に返事をするのは、この世界では珍しい黒髪の少女、アムール。


 彼女は勢いよく湯を生成し続ける魔道具の近くでへりにもたれかかっている、肉感的な竜胆色(りんどういろ)の美女を見ながら言葉を続ける。


「恐ろしく強くて、精霊魔法も使えて、その上同性でも見惚れちゃうくらいの美人! 噂になっていないのが不思議なくらいですよー」

「ふむ? 我は活動を始めたのがごく最近であるからな。たとえ噂が広がろうとも隣国にまでは届くまいよ」


「あ、そういえばセルケトさんも公国から来たんでしたっけ」

「ヤームルさんやロウ君と一緒に来たという話でしたね。護衛として付き添ったということでしたが……ヤームルさんは、セルケトさんやロウ君とどのようにして知り合ったのですか?」


 湯船に浸かりきり頭だけを出している黒髪少女の言葉を補足したヘレナは、興味津々と言った様子でヤームルに質問を投げかける。


 かの栗色の美少女の交友関係の狭さは魔術大学内でも有名であり、研究員であるヘレナも知るところだ。


 ──入学当時、十歳という若さで最優秀成績を叩き出した彼女は、その可憐な容姿も相まって、非常に多くの注目を集めていた。


 魔導国でも急激に規模を大きくしている有力な豪商の娘であり、本人自体も才色兼備。魔術大学に在籍していた貴族の子弟や商家の息子たちは、こぞって彼女へとアプローチを行ったものだ。


 しかし、地球での成人女性の知識や記憶を持ち精神が成熟していて、且つこの世界の知識歴史を学ぼうという決意に燃えていたのが彼女である。そのため、気の合うごくごく少数の者を除いて、表面的な付き合いしか行わなかった。


 礼を失しない程度に深入りするなと示した彼女に対し、中には強引に迫るような学生もいた。


 大学の規模が大きいだけに、たとえ少ない割合でも絶対数は多くなるものだ。


 やんわりと断った後もしつこくモーションをかける者たちに辟易(へきえき)した彼女は、自身の力を、というより武力を示すため、大学で開かれるとある大会に出場することを決意する。


 その名も「ヘロン魔術大会」。数百年もの歴史ある大学で最も()えある場とも言われるこの大会は、魔術による戦闘技能を実戦形式で競い合うというものだ。


 誰が使っても同じ効果となる魔術による戦闘は、意外なことに奥深い。


 魔術そのものの構築速度や、事前に準備しておく遅延魔術の種類。

 その遅延魔術を解放するタイミングに、魔力、体力といった基本的な能力など。


 個人の純粋な能力から駆け引きに至るまで、様々な要素が勝敗に絡む。実戦形式ではあれど、一種競技的な側面も(あわ)せ持つのだ。


 大会では魔術触媒である杖や防具にあたる服の生地などについても、出場者の公平を期すべく細かく指定されているため、装備や道具による差異は生まれない。実力のみがものを言うこの大会は、王侯貴族が多く在籍する魔術大学において異色であった。


 そんな大会でヤームルは、時には上級魔術──一般学生であれば切り札として一つか二つ忍ばせるもの──を、数十発同時解放して相手を蹂躙(じゅうりん)していった。


 更には、転生者としての並外れた身体能力と老執事アルデスから仕込まれた身体技能を生かしたり。


 それどころか、複数人でしか運用不可能とされている儀式魔術を解き放ち、相手を場外へと吹き飛ばしたり。


 圧倒的な武力をもって勝ち進んだ彼女は、見事歴代最年少での優勝を飾ったのだ。


 こうして絶大なる力を示した彼女には、大会以降強引に迫る者は居なくなった。が、あまりにも桁違いな強さであったがために、今度は別の問題が発生してしまう。


 それは彼女の下へとやってくるのが、およそ対等な友人とはなり得ない者ばかりとなってしまったというもの。大会で見せた彼女の実力があまりにも逸脱していたために、教えを乞うものや陣営に取り込もうとする者ばかり寄ってくるようになってしまったのだ。


 今までもよりもなおそういった傾向が顕著(けんちょ)となると、打算的な関係性を疎ましく思っていた彼女はますます排他的となる。


 結果、入学から一年経つ頃にはほぼほぼボッチ、もとい高嶺(たかね)の花となっていたのだ。


 ──そんなヤームルが友人を、しかも同年代の男の子を連れて帰ってきたのだ。学内での彼女を知るヘレナがその関係性に興味惹かれるのも、当然の成り行きと言えよう。


「ロウさんは危ない場面を何度も助けてもらって、それから私の家庭教師のようなものをやってもらうことになって。セルケトさんはそのロウさんの親戚ということで紹介されましたね」


「おおー!? 危ないところを助けてもらったって、とっても素敵じゃないですか。ヤームルちゃん、ちょっと詳しくお願いします」

「ヤームルさんが危うくなるような場面ですか……想像も出来ませんね」

「そういえばヤームルとロウの馴れ初めは、我も聞いていなかったな。どのような状況だったのだ?」


「馴れ初めなんかじゃないですって……ですが、そうですね。こほん。ロウさんと出会ったのは、夏の日差しがじりじりと照り付ける、そんな日でした──」


(((意外とノリノリで話し始めた……)))


 軽い説明で終わるかと思いきや長くなりそうな語り口に、軽く引いてしまう三人衆。


 ヤームルの語る少々脚色されたエピソードに、アムールとヘレナは普段の落ち着いた様子とは異なる一面に驚き、セルケトがふむふむと興味深げに頷く。そんな和やかな入浴時間だった。


◇◆◇◆


「──ぶぇっくしょいッ!」


「ちょっとロウ君、大丈夫? 身体冷やしちゃった?」


 星明りの美しい夜に派手なくしゃみを奏でるのは、入浴中の女性たちの話題に上っている褐色少年ロウである。


「失礼しました、アシエラさん。急にむずむずっときたので、身体を冷やした訳じゃないと思います」


 どこかで噂でもされたのだろうと考えながら、ロウは共に周囲警戒をしているアシエラに応じた。


「そう? 調子が悪かったら早めに教えてね。大分中心に近づいたからか、アンデッドの数も増えてきたし……」

「はい。その時はお任せしちゃいますね。今回は本当に平気なので、見回りを続けますけども」


 自身の細腕に力こぶを作るような動きをしつつ問題が無い事を伝えたロウは、ぐるりと周囲を見回した。


 大砂漠の中心地に近づいたことで僅かにあった動植物もいよいよ姿を消し、砂丘ばかりとなっている現在の休息地周辺。しかし周辺は、巨大な石柱が幾つも突き刺さっていたり、亜竜すら(くび)れそうな氷の腕が砂から生え出ていたりと、荒れに荒れている。


 これはアシエラの言葉にあったように、今までは一晩に二、三体だったアンデッドの襲撃が、今晩から一気に増えたことに起因する。


 それらを撃退するためのロウの魔法とアシエラの魔術により、自然が創り出した優美な曲線を描く砂丘は(ことごと)く破壊されてしまったのだ。


 少年はその様を確認し少しやり過ぎたかと反省すると、意識を切り替え日課である自己鍛錬を開始した。


 アシエラからじっくりと観察されたり、アンデッドの襲撃により中断させられたりしている内に時間が過ぎていき……鍛錬が終わるころには、丁度見張りを交代する時間となっていた。


 休憩時間となったロウとアシエラはかわるがわる入浴を済ませ、土魔術で創られた簡易住居で就寝したのだった。


◇◆◇◆


「──おいロウ、起きてくれ」


 夜明け前。


 穏やかな寝息をたてていたロウは、見知らぬ人物より安眠を妨げられてしまった。


「うにゃ……ん? ……どちら様?」


 前日にヤームルと前世の話をしたからか、講義に出て学食に行き親友や門下生たちと鍛錬をする、そんな大学時代の他愛ない夢にまどろんでいたロウ。


 しかし、どこか聞き覚えのあるような声で現実に引き戻されると、眼前には全く見覚えのない、濃灰色の礼服を纏った銀髪の男性が覗き込むようにして立っていたのだ。少年が目を点にして思考を止めてしまうのも仕方がないことである。


「起きたか。おはよう、ロウ。俺はサルガスだ」


「…………ああ、人化か。そういや、そろそろ出来そうだとか言ってたっけ。にしても、ちょっとイケメンすぎだろ、お前。イメージと違うんだけど?」


 寝起きということも相まって、ロウは服と同色の中折れ帽を被った美青年──サルガスの緑青色の瞳を凝視して十数秒沈黙したが、辛うじて告げられた言葉を消化し軽口を叩く。


「ククッ、そりゃあ悪かったな。人化を成す時に、特段容姿の優れた誰かの姿を模倣しようとした訳でもないんだがな」

「そういうもんなのか。声的なイメージだとひょうきんな三枚目というか、正統派じゃない美形だと思ってたのに。……ところで、お前の後ろにいるのは、ひょっとするとギルタブか?」


「っ!」


 人化しているサルガスの後ろに隠れ自分の方を窺っている、見覚えのない少女の姿を認めたロウは、問いかけに対し小さく飛び上がった少女の反応で確信を深める。


 少年の言葉を受けた青年は、ひょいと肩をすくめながら少年の言葉を肯定した。


「そうなんだが……こいつ、あれだけなんやかんや言って人化したがっていたのに、いざ人の身体を得ると気おくれしたのか、ロウに会うのが怖いとか抜かしてな」

「サルガス! 余計なことを言わないでください!」


「なんじゃそら。恋煩(こいわずら)いの乙女かよ。いいから見せてみんしゃい」

「あっ──」


 話している内に眠気がさめていたロウは、石のベッドから立ち上がって長身の男性の裏へと回り込み、狼狽(うろた)えている少女の前へと立った。


「──……」


 少年よりひと回り身長の高い黒髪の少女は、美人を見慣れていた彼でも言葉を忘れてしまうほどの美貌だった。


 段を入れている真っ直ぐな黒髪は薄暗い室内でも艶やかに光を反射し、夜風に揺られ微かな音を奏で、白の上衣と黒のスカートを着る彼女に神秘的な空気感を与えている。


 後ろ髪は肩にかかるくらい、前髪は横へと流している彼女だが、ロウを視界に入れると髪と同色の目を伏せ俯いてしまった。


「おいロウ。折角ギルタブが人化したんだぞ? 呆けてないで、なにか言う言葉があるだろう」


「……おう。なんというか、アレだな。イメージ通りの美人だけど、予想より大分若くて可愛い感じ? で、驚いた。うん」


「! ふふ、そうですか。ロウにそう言っていただけると、嬉しいですね。……今までは腰から見上げたり、視界を共有するだけでしたが、こうして貴方を見下ろすというのも、新鮮に感じるのです」


 ロウが恥ずかしさを紛らわすように頬を掻きながら告げると、不安げな表情で俯いていたギルタブは愁眉(しゅうび)を開き微笑みを見せる。


 その表情を見上げどぎまぎしつつも、ロウは話を変えた。


「こうやって改めて話すのも、妙に気恥しいな……。とにかく、お前たちが何ともなくてよかったよ。二、三日うんともすんとも言わなかったから、心配してたんだぞ」


「うっ、すみません。私も成長途中に話せない状態になるとは思っていませんでした」

「俺たちは前にも意識が無くなったことがあるって話していただろう? そう心配するもんでもないと思うが……ククク。お前さん、意外なところで寂しがり屋なんだな」

「馬鹿言え。友達の意識が急になくなったら、その身を案じるのは当然だろ」


 茶化すような言葉に少し怒ったように返したロウは、小さく曲刀だけども、と付け加えて言葉尻を濁した。


「ふふっ」「そういうことにしといてやるか」


 そんな少年の様子に顔を綻ばせる少女と、生温かい笑みを一層深める青年。


「なんだその反応……というか、まだ寝てから全然時間経ってないし、もう一回寝るわ。おやすみー」


 ますますいたたまれない心情となったロウは、中断された睡眠を再開するという(てい)で床へと戻り、耳を塞いで不貞寝するのだった。

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