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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第五章 ヴリトラ大砂漠
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5‐4 異変と露呈

 ロウが異変に気が付いたのは、砂漠の放浪を始めてから三日目に入った頃だった。


(……? そういえば砂漠に入ってから、サルガスたちが全く喋ってないな)


 夜間警戒中に遭遇した、人骨や獣骨が寄り集まってできた奇怪なアンデッドとの交戦中に、曲刀たちから一切念話が届かないことに気が付いたのである。


(ウィルムに念話を聞かれるから黙ってるのか? ……今更そんなこと気にするたまじゃないか、こいつらは)


 などと少年が思考を逸らしていると、対するアンデッドが猛然と反撃。球体のような状態から(さそり)の様な形態に変化し、大鋏(おおばさみ)や長い尾部、闇の魔法を叩きつける!


「ギギ……ギッ!?」


 鋏は大きく削り、尾撃は地面に大穴を穿つ。球状の闇を爆発させる魔法に至っては、小山の様な砂丘を吹き飛ぶほどの攻撃だったが──相手は魔神。


 超越者たる存在を前に、一介のアンデッドが敵う目などなかった。


「くどいぜ、お前!」


 砂塵(さじん)舞う中無傷で躍り出たロウは、魔力を込めた掌底を一発。大蠍の胴体部分を突き上げ、骨の体を粉砕した。


 その傍らで、少年は曲刀たちが沈黙している理由を考える。


(おーい、サルガス? ギルタブー? ……呼びかけにも応答なし、か。調子が悪そうだった訳でもないし、激しい戦闘があったわけでもないし。まさか、寝てるのか? 武器は睡眠が要らないとかなんとか言ってた気がするけど……)


 体の大部分を粉微塵にされ、亜竜のように巨大な姿から人の頭部ほどにまで小さくなってしまったアンデッドを、氷の巨腕で握り潰し少年は唸る。


 相棒二振りのどちらからも返事が無いため、彼は今までにない不安に駆られていた。とはいえ、それも戦闘に支障が出ない程度の小さなものではあるが。


「うひゃあー……ロウ君、凄いねえ。今のアンデッド、多分亜竜より強い魔物だったよ。闇属性の魔法もバンバン使ってたし」


「その上しぶとかったですもんねえ。胴体を粉砕しても生き残るとは思わなかったですよ」

「すぐに氷の腕で止めを刺しておいてそのセリフ、全く説得力無いと思うなー」


 共に警戒にあたっていたアムールから白い目を向けられるも、ロウは素知らぬ顔で倒したアンデッドの有する魔石の回収を行う。


「あちゃー、やっぱ砕けてますね。アンデッドって素材も微妙だし魔石も回収しづらいしで、いいとこないですね」

「魔石が弱点でもあるから、倒しやすい魔物ではあるんだけどね。確かに冒険者的には微妙な相手かも?」


 氷腕の手の平を広げたロウが魔石も骨も等しく粉砕された様に嘆くと、少女も同調するように言葉を繋ぐ。


「何より、アンデッドは血がないし! ゾンビなんかは残ってるけど、腐ってるし、最悪だよー」

「吸血鬼トークっすね。そういえば、しばらく普通の料理しか食べてませんけど、血の面では大丈夫なんですか?」


 肩をすくめアンデッドたちにダメだしをする少女を見て、そういえばこの少女は吸血鬼だったなと思い出した少年は、興味本位で質問を投げる。


「うん、大丈夫。元々隔週で飲むくらいだったし、ロウ君の血をもらってからはそんなに日が経ってないし。……もしかしたら、帰る時にお願いしちゃうかもだけど」

「俺の血は劇物みたいなもんですからねー。この砂漠にも幾らか生き物がいますし、小動物でも捕まえて、それの血でどうにか凌いでください」


「ぐぅー。でも確かに、劇物みたいではあるかも。凄く依存性がありそうな、お酒なんて目じゃないくらいに(とろ)ける味だったもん」

「じゃあ尚更飲ませる訳にはいかないですね。ほら、戻りますよ」


 血が飲みたいのか、単にからかっているだけなのか。ベタベタとやたらにスキンシップを図るアムールを引きはがしたロウは、彼女の色香で動揺したことを誤魔化すように、足早に休息所へと戻っていく。


「むー、ロウ君ってば、いけずだなあ。……それにしても、凄いなあロウ君。目印の石柱みたいに大きな氷の腕を、無造作に構築して放つなんて。むむむ、ロウ君の謎は深まるばかりだよ」


 戦闘跡地で墓標のように突き立つ氷腕を眺めるアムールが、頭を悩ませる一夜だった。


◇◆◇◆


 翌朝。


 前日までと同じように身体強化状態で砂漠の中心地へと向かう一行だったが、今日はいつもと若干異なる隊列、進行速度だった。


「──うぅ。これ、結構恥ずかしいですね」


「お姫様抱っこですもんね。やっぱり、セルケトかウィルムに代わりますか?」


 ロウの細腕に抱えられ身を縮こまらせているのは、栗色の長髪をゆったりとした三つ編みで後ろに流している少女、ヤームルである。


 本職は魔術にあるとはいえ、魔力が豊富であり身体強化に自信を持っていたアインハルトら研究者組。


 しかし、非研究者組の身体能力があまりにも逸脱していたため、自分たちは彼らに運んでもらった方が早いのではないか、と試しに運んでもらうことにしたのだ。


 その結果が、現在の高速移動である。


 悪路をものともしない彼らの移動速度は、速度を研究者組に合わせていた時の倍以上。時速にして五十キロメートルを超えるオフロードランニングであった。


「はん。何故妾が小娘なんぞを横抱きせねばならんのだ? 貴様が抱いたままで良かろうが」


「はいはい。お前は荷物も持ってないんだし、魔物が出た時はしっかり働いてくれよ?」

「フフ、ロウ君はウィルムさん相手だと、強く出られないようだね」


 蒼髪を(なび)かせ我を通すウィルムにロウが応じていると、セルケトから抱きかかえられているアインハルトも会話に加わる。


「ロウさんの場合は、美人であれば誰にでも鼻の下を伸ばして言いなりになる感じ、ですけどね」

「いやいや、そこまでじゃないですって」

「こやつは外見からは考えられぬほど、内に色欲を宿しておるからな。もっとも、手は出さぬ小心者故に、実害はないがな」


「お? あれなんですかね? 何だか遺跡っぽいですけど」

(((露骨に話を逸らした……)))


 ヤームルにアインハルト、更にはセルケトも加わってしまったため、ロウはこれ以上この話題を続けるのは百害あって一利なしと素早く話を逸らす。彼の得意とするところ、中島太郎(なかじまたろう)流処世術之三であった。


 少年の視線の先にあったのは、大部分が赤き砂に侵食された、石造りの堅固な建造物。


 そこは琥珀竜(こはくりゅう)ヴリトラによって滅ぼされることとなった、フェルガナと呼ばれていた国の主要砦である。


 五百年という長い時間の中で風と砂に外壁を削られ、土砂と歴史に埋もれたこの砦は、しかし未だ崩れずその身を残している。


 この砦が重要拠点として堅牢な造りをしていたこと、そして“爆心地”からやや離れていたこと。それらが幸いして今もなお廃墟とならず形を残しているのだと、またも生き字引と化しているヤームルは説明する。


「──なるほど、それで昔の砦が今もこうして残っているんですね。内部が意外なほど綺麗なのは、ここにやってくる人たちが拠点として利用しているから、ということですか?」


「そうなるね。この一帯はアンデッドが良く出没するし、頻繁にやってくるということは無いだろうけれど、豊富な鉱物資源が埋蔵されているからね。私たちのように調査というよりは、資源を求めてやってくるのさ」

「しかし、強力なアンデッドと過酷な環境に阻まれるがために、安定した輸送路を開拓できない、と」


(おっしゃ)る通りです。私たちのように全員が戦闘員で比較的規模の小さい集団であれば、それほどアンデッドの目を引かないのですが。資源を運び出す様な大部隊となると、生命に惹かれたアンデッドたちが大挙し、部隊が壊滅してしまうこともあるそうです」


 砦の食堂にあたる区画で昼食をとりつつ、ロウはヴリトラ大砂漠のよもやま話を聞いていく。


 亡国フェルガナの領土は豊かな鉱物資源に恵まれており、“天地渇魃(てんちかつばつ)”以降もその資源を求め、この砂漠へと足を踏み入れる者が多い。


 全てが砂と化した中心地とは異なり、この領域は鉱山資源の埋まる岩山や谷底は砂に埋没しただけであり、資源そのものが失われたわけではなかったのだ。


 多様な金属鉱石に、工業では欠かせない硫酸(りゅうさん)の作成や殺菌、酸化防止、硫黄燻蒸(いおうくんじょう)など様々な用途のある硫黄(いおう)。さらには生物に必要不可欠な塩分を多く含んだ岩塩など。竜の災禍を逃れた者たちにとっては、復興や産業の成長に欠かせない垂涎(すいぜん)の資源である。


 しかしながら、それらを得るにあたって大きな障害となるのが、ロウやヘレナの指摘した過酷な環境やアンデッドの存在だ。


 この砂漠に出没するアンデッドは一般の街道や森に現れるそれと異なり、いずれも極めて強力な個体である。


 昨夜ロウが戦った個体や、ロウとアシエラが討伐した亜竜の進化個体などは、その代表格。国の精鋭たる騎士がアンデッドに有効な武器や道具を備え万全を期し、その上で十数人という小隊規模で挑まなければ撃退できない、非常に強力なアンデッドだった。


 ロウたちの場合は苦戦の気配など毛ほども無かったが、通常は遭遇すれば死を覚悟せねばならない相手だったのだ。


「国家事業として軍隊を出して開拓、なんてことはやらないんですかね?」


「前に泊った大都市のミナレットが主導して、時に軍を動かすこともありますが。人の軍に呼応してアンデッドも大群で現れて、それの前に幾度となく潰走(かいそう)しています。その責任を追及されて都市の首長が権力の座を退(しりぞ)く、なんてこともあるくらいですね」

「ほぇー」


 ロウがヤームルの言葉に感嘆の声を上げたところで、昼食が終わり休憩時間となる。


 食器類を片付け思い思いに時間を過ごす中、ロウは食堂に残り、少女から話の続きを聞いていた。


「──それにしても、ヤームルさんは本当に物知りですね。公国やその隣国どころか、大陸北部の地理や内情もご存じとは」


「ふふ。商人であるお父様とお母様が、公国ではなく魔導国を中心に活動していますからね。比較的距離も近く様々な資源や産業を持っている北部地方は、重要な取引相手なんですよ」

「なるほどと納得しますけど、子供にあるまじき発言ですね」


 十一歳の少女の口から出たビジネスマン的な言葉に、ロウは親指の腹で眉間をもみ、呆れとも感心ともつかない言葉を漏らす。


「ロウさんだって似たようなものでしょうに。私を抱えて荷物も背負った状態で数時間走って、まるで堪えてないじゃないですか」

「そこはまあアレですよ。鍛えてますから」

「鍛えてどうにかなるレベルじゃないでしょ……」


 そういう自分はどうなのだと問われると、ロウは雑に話題を逸らしにかかった。


「ヤームルさんのご両親といえば、あのムスターファさんの息子か娘さんということになるんですよね? とってもやり手な商人なんでしょうね」


「……はぁ。そうですね、私の母親が、ロウさんも知るお爺様の娘です。でも、商家の娘といった雰囲気ではありませんよ。どちらかと言うと、お父様の方がお爺様に似た気質だと言えるくらいです」

「ほうほう。ヤームルさんはお父さん似ってことなんですね。……いや、ムスターファさんに育てられたのなら、お爺さん似?」


「お爺様に似ているかは分かりませんが。大学へ入るまではボルドーで過ごすことが多かったので、両親よりはお爺様と共に過ごした時間が長いことは確かですね」


 柔らかく口元を(ほころ)ばせ優しい表情を作るヤームル。彼女の家族への愛が窺える美しい表情に見惚れていたロウだったが、誤魔化すように咳払いをして出発前の確認をとった。


「こほん。もうすぐ時間ですし、外に出ますか。ヤームルさん、お姫様抱っこで腰やら膝やら痛かった箇所ってあります?」

「いえ、無いですね。無いですが……ロウさんに二つほど聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「どうぞどうぞ、なんなりと」


「では。ロウさんが私を抱きかかえていた時、“お姫様抱っこ”と言いましたが、それは誰かから教えてもらったり、本で読んだりして知ったんですか?」


 改まった様子で発せられた問いは、得も言われぬ奇妙なものだった。


 ロウは彼女の言いたいことがつかめず、首を捻りながら回答する。


「んん? 質問の意図がよく分かりませんが……普通に言いませんか? ごく自然に覚えた言葉だったと思いますけど」


「そうでしたか。実は、ロウさんの言う“お姫様抱っこ”は、一般には花嫁抱き、もしくは、ウィルムさんが言ったように横抱きと呼ばれていて、お姫様抱っことは呼ばないんですよ」

「……へ?」


 ヤームルが言い放った言葉は、このレムリア大陸西部での一般常識だった。


 そして、異世界──()()()()()()()()にとっては、知る機会が限定的な事柄でもあった。


「これは私自身の“お姫様抱っこ”という言葉が通じなかった実体験に基づいて、我が家の使用人に聞いたり、魔術大学で資料を調べて分かったことです。ですから、“この世界”では、“お姫様抱っこ”なんていう人はまずいないわけです。ここでは普通花嫁抱きって言いますからね。ロウさんの住んでいた公国にはお姫様なんていませんし、最近になって流行り出した言葉ということもないでしょう」


「……!?」


 混乱するロウを待ちはしないと、ヤームルは言葉を続けていく。


 数秒後に彼女の言わんとすることを理解し、何度か口を開閉させた少年だったが、喉は震えど声にはならず。意味のない音が出るばかりだった。


「何となくそうじゃないかって気はしていましたが……。二つ目の質問です。ロウさん、貴方には、異なる世界の記憶や知識があるのではないですか?」


 大いに狼狽(うろた)え冷や汗を流す褐色少年を見て確信を強めた少女が、少年の瞳を真っ直ぐ見つめ、ついに決定的な言葉を口にする。


 この言葉の裏を返せば、彼女自身が“異なる世界の記憶か知識”を有しているということになる。荒唐無稽(こうとうむけい)な話であるだけに、彼女にとっては踏み込んだ発言だと言えた。


「……マジかー」


 鼻先が触れ合う距離で灰色の瞳に射貫かれたロウは短く呻く。彼は現状を、すなわち彼女が異世界人であり、こちらを異世界人であると看破した、ということを正しく認識した。


 ──二人の転生者が互いにそうだと確証を得るに至ったのは、“お姫様抱っこ”という思いもよらない切っ掛けによるものだったのだ。

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