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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第四章 魔導国首都ヘレネス
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4-31 眷属の作成と魔力の変質

 ロウが魔導国首都ヘレネスについてから七日目、その昼下がり。


 破壊されたテラスの修繕、並びにテーブルや調度品の弁償を終えたロウは、魔神バロールからの使者と自室で意見交換を行っていた。


「──大地竜ティアマトに、月白竜(げっぱくりゅう)シュガールですか……。こう言っては何ですが、ロウ様、良く生き延びることが出来ましたね」


「いやー、二回くらい死ぬ思いをしましたよ。どこぞのアホ竜のおかげで」


 胸を反らし高笑いするサファイアブルーの美女を思い浮かべながら少年が語れば、少年と同じく珍しい黒髪を持つ男性が、白い瞳を伏せ眉間にしわを寄せて嘆息する。


「それは青玉竜(せいぎょくりゅう)ウィルムのことでしょうか? かの竜を阿呆呼ばわりするのも、流石と言いますか、何と言いますか」


「あれはそのくらいの扱いが丁度いい気がするもので。ああ、そういえば、そのウィルムがしばらく俺から技術を学ぶとか言って、一緒に行動することになっちゃったんですよね。なので、当分はバロール様に会えないと思いますよ。会いに行ったことがバレたら竜たちから敵対者認定されて、都市ごとぶっ飛ばされそうな気がしますし」


「青玉竜がこの地に居座る、ということでしょうか。眷属(けんぞく)如きである私には、生きた心地がしませんよ……」

「なんか色々気苦労掛けちゃってすみませんね」


 竜という口実により、魔神バロールとの面談を先延ばしにすることが出来たロウは、肩を落として項垂(うなだ)れる使者を送り返した。


 使者を送り出すと大きく伸びをして、少年は巨大な寝台へと倒れ込み盛大に息を吐く。


「あ゛~。どっと疲れたー。バロールの時の倍くらい消耗したぞ」


(お疲れ様です、ロウ。シュガールが卓を破壊した時は、もうダメかと思いましたよ)

(その後のティアマトの魔樹もな。それにしても、あの圧力……神をも凌ぐ竜の一柱というのは、誇張でも何でもなかったな。最強の一柱というものは、伊達ではない)


「だなー。幾らこっちが空間魔法が使えると言っても、生きた心地が……ん? 神を凌ぐ一柱ってことは、ひょっとして、もう何柱か居たりする?」


 寝台の脇へと置いた曲刀の語る言葉に引っ掛かった少年が問うてみれば、彼にとって望ましくない返答がなされた。


(私が知る限り、そして広く知られてもいるものは、もう二柱存在しますね)

(その内の一柱は、ロウが今度向かう砂漠の名にもなっている琥珀竜(こはくりゅう)ヴリトラだぞ。まあ、この竜は相当に気まぐれらしく、大陸にいないことも多いそうだが)


「マジかー。ウィルム相手にするくらいの軽い気持ちで考えてたけど、ティアマトと同格って言われると、会った瞬間消し飛ばされそうだわ。……例の砂漠、行きたくなくなってきたぞ」


 曲刀たちの言葉の中に金貨の名称にもなっているヴリトラの名が出ると、仰向(あおむ)け状態からうつ伏せ状態へ移行して寝台に沈み込むロウ。


 褐色少年は絶賛現実逃避中である。


(まあ琥珀竜の目撃例なんて云百年無いらしいし、遭遇することはまずないだろ)


「サルガス。そういうのは『フラグ』って言うんだぞ。大体、今朝だってウィルムのやつが『同族が人の街にくることなどまずない』とか言ってたのに、ティアマトたちが来襲したんだぞ。楽観的な考えは絶対的に崩れ落ちる、これがどこの世界でも真理ってもんだ」


(んなこと熱弁すんなよ……)

(しかし、琥珀竜と遭遇することを考えると、ロウはどうするのですか? ティアマトやシュガールのように話が通じればいいですが、ウィルムやドレイクのような好戦的な性格であれば、魔神である貴方が戦いを避けるのは難しそうですよ?)


 サルガスの楽観論をひっくり返したロウだったが、ギルタブからの対策についての問いに関しては、うつ伏せ状態で足をバタバタと動かすのみ。言葉による反論を行わなかった。


(何も考えていないのですね)

(まあ、最上位の一柱だしな。出会った瞬間に異空間へ逃げ込むくらいが関の山だろう)


「う゛~。マジでそれくらいしか対策ないぞ。大砂漠を創るくらいの大魔法って、ドレイクの『炎獄(えんごく)』以上ってことだろ? ヤバすぎて理解が及ばんし、防ぐのも避けるのも無理だろ」

(戦って勝つことが目的ではないわけですから、異空間に逃げ込むという戦略も立派なものだと思うのです)


「そうなんだけど、今回は依頼で他人と一緒に向かうからなー。俺ひとりなら幾らでも使うんだけど……うごごご」

(お? 依頼人たちの身の安全も考えていたのか。いつぞやは魔物に襲われる馬車を見捨てようとしていたのに、随分と真っ当になったな。ククッ)


 先ほどの意趣返(いしゅがえ)しなのか、サルガスは少年の過去の行いを掘り返した。


 実際には割って入り助けてはいるものの、少年の心の動きとしては見捨てる選択肢も上がっていたのだ。そういった心理を読み取られる間柄というのは、中々どうして難儀なものである。


「そんなこともありましたねーっと。色々あって疲れたし、今日は一風呂浴びてもう寝ようかな」


(それはいいが、外で昼食が食べたいといっていたウィルムが、そのまま異空間から出しっぱなしだろ? 異空間に戻さなくて大丈夫か?)

「お金は渡してるしセルケトもイルもいるし、大丈……夫じゃなさそうな面子だわー。でも、あいつの分の宿の代金は支払ってるし、もう眠いし、知らん」


(お疲れですね)(今回ばかりは仕方がないか)


「そんじゃあぱっぱかぱーっと浴びてくる」


 うつ伏せ状態から四つ這いに転じて寝台から這い出たロウは、浴室で疲れや冷や汗を洗い流した後、夕食もとらずに寝台へと沈み込んでしまったのだった。


◇◆◇◆


 翌日の未明。


 前日深夜に起床し、異空間で日課の鍛錬を終えたロウは、かねてより構想のあった新たな眷属の創生に着手する。


 変幻自在の流体であり、任意の部位を思うままに硬質化させることが出来る、シアンらロウの眷属たち。


 しかし彼女たちは、ロウ由来の近接格闘はこなせても魔法を扱うことが出来ない為、高い戦闘能力を持ちながらも、その力を十全に振るうことが出来ないでいる。


 少年とウィルムが異空間で戦った時など、肉体的な能力は創造主と大きく差があるわけではないのに、彼と違い逃げ惑うことしかできなかったくらいである。


 そういった状況に対応すべく創造主が創り出すのが、今回の眷属だ。


「──とは言うものの、どんな感じにしたもんかなー。何となくだけど、属性被りは避けたいところだし……」


[[[──]]]


 鍛錬を終えて人型から不定形に変じた三色の眷属を眺めながら、幼い魔神は首を捻りつつ唸る。


「遠距離攻撃できそうで、且つ被らないのと言えば、風か光か雷だけど……こいつらは流体じゃなくて現象に近いし、実体を持てない気がするんだよな。……うん? 考えてみれば、持てなくてもいいのか? とりあえずやってみよう」


 実体を持たないのならばかえって行動しやすいかと考えた少年は、昨日見たシュガールの紫電蒼雷を思い描きながら膨大な魔力を操作した。


 その魔力は次男坊のテラコッタを生み出した時よりも、なお多い。


 魔神エスリウとの戦いで魔力を使い切って以降、魔力の総量と濃さが増し、操作技術も加速度的に上達していたロウだったが、多少の違和感は抱きつつも自身の変化には気が付いていなかった。


 ──この現象は、彼が“表層の”魔力を使い切ったことで、彼の内にある深奥(しんおう)の魔力が漏れ出したことに起因している。


 元々、ロウは生まれた当初より、父親である魔神から魔力や権能に制限をかけられていた。


 母となるローラが人間族であり、息子を魔界に連れていく気もなかった彼は、己の子に能力的な制限を課すことで人族社会に馴染むよう画策したのだ。


 (おおむ)ね彼の目論見通りことは進み、多少人から外れてはいたものの、彼の子供は健やかに成長していった。生まれた次の日に這って歩き回っただとか、ひと月経つ頃には単語を発し二足歩行する様になっていただとか、そんなことは些細なことだ。


 そんな理由で、本来のロウはうっすら赤い魔力、すなわち最下級の魔神の眷属程度の力しか持っていなかったのだが……。異世界の存在、中島太郎(なかじまたろう)と混じりあい変質したことで、その力を大きく増してしまうことになった。


 異世界の存在と混じりあうことで起きる変化は、身体能力や魔力、免疫能力の向上といった肉体機能面では一様だが、自我や意識といった内面では多様である。


 ロウの場合は、中島太郎としての記憶や意識とロウとしてのそれを、互いに保ちながら融合させるというものだった。


 しかし、電車脱線事故により異世界へと渡ってしまい、この世界の存在と混じりあった者たちの中にはそうでない者もいた。自己の意識を完全に上書きし混じる前の意識が消失してしまった者や、意識や記憶が薄れ混じりあった者の糧となった者もいたのだ。


 少年が今まで経験してきた難局を考えれば、中島太郎としての記憶があったのは彼にとって幸運だったと言えよう。意識については、災いに進んで首を突っ込む面もあるため、いかんとも言い難いが。


 そのように様々なケースのある内面変化と違い、身体的機能の変化は分かりやすいものである。


 人族の場合は大人顔負けの筋力を有していたり、一般的な魔術師の数百倍もの魔力を有していたり。具体的に測ることの出来る指標で、その異常性が示されるのだ。


 人族でさえそれほどに逸脱してしまうのだから、魔神であればどうなるかなど語るべくもない。


 人間族との間の子であるロウが、その力を制限されながらも竜や神から魔神と断定されたのは、(ひとえ)に存在が変質してしまっていたからなのだ。


 ──そして現在。


 自身を縛っていた(かせ)(ほころ)びがでたことで力を増大させたロウが、その力をあらん限りに注ぎ込んで眷属を創っていた。


[──?][──、──][──]


 少年が全力操作で濃い紅の魔力を(ほとばし)らせる一方、先輩にあたるシアンたちは、閃光(ほとばし)り雷鳴轟く眷属創生現場を遠巻きで眺める。新たに生まれる後輩が男か女かを予測しあっているのだ。


 創造主の魔力が自分たちを創り出した時よりも増していることに気が付いていない為、暢気(のんき)なものである。


「……流石に、単なる現象に意志を持たせるは、無理か?」


 そうやって眷属たちに観察されているロウはといえば、(かんば)しくない現状を打破せんと苦心していた。


 鼓膜が破れるほどの爆音や、網膜も焼けるような雷光は走れど、未だ魔力は形作らず。目を閉じて感知力を頼りに魔力を操作していた少年は、作業を一時中断して発想の転換を図る。


「ふー。雷をそのまま眷属にするのは、ちょっと無理だな。ん~。シュガールみたく雷を操るような存在を生み出すか?」


 直接意思ある雷を創り出せないのなら、雷を操る存在ならばどうだと、ロウは宙に浮かぶ球体が雷光を纏う様を思い描き、魔力を集中させる。


「お、出来た出来た──どわッ!?」


[[[!?]]]


 結果は成功──と思ったのもつかの間、ロウは己の魔力が凝縮されることで宙に現れた鈍色(にびいろ)の球体に、近寄るなと言わんばかりの雷撃を放たれてしまった。


「あぶねッ! 無差別かよ。なんてやつだ」

[──……]


「うん? しょんぼり顔……? 雷飛ばしたのは本意じゃなかったってことか?」

[──!]


 不意の雷撃に(おのの)いた創造主が愚痴れば、球体の纏う雷光が、器用にも眉をハの字にした人の顔のようなものを宙に描き出す。


 それを見た少年が推測を口に出せば人の顔が霧散し、球体が首肯でもするように上下運動を行った。


「おお、器用なことするもんだな。しかし、これはまた、自爆でもしそうな……」


 意思疎通も出来るらしい、電荷を帯びた人の頭部ほどの金属球を前にして、創造主は()めつ(すが)めつ観察しながら独り言つ。


「意思疎通できるし、一応成功……なのか? 雷もしっかり操れるみたいだけど。しかし、浮遊する金属球体か……外出するときは荷物入れだな、これは」

[──、──]


「ん、なに? もっと魔力があれば人の身体も創れそう? 本当かよ」


 その独り言を拾った新たなる眷属が、電撃によるジェスチャーで自身の可能性について示すと、少年は(いぶか)しみながらも魔力を受け渡していく。


[……]


「おお~? 魔力が人型に……なったけど、そこからどうするんだ?」

[──!]


「ほわッ!? 目がァ!」


 受け渡された膨大な魔力を人型に押し込めた眷属は、突如として発光。


 強烈な閃光を放つ球体に、ロウは間の抜けた声を上げて手をかざし目を保護する。


「──いきなり、なんだって……って、おお!?」

[──]


 (まぶた)を閉じた状態でも目が眩むほどの発光現象が収まり、少年が目を開ければ─見慣れぬ美少女が立っていた。


 ほんのりとくすんだ様な淡青色(たんせいしょく)の長髪を両側でまとめツインテールとした少女は、身長が少年よりも少し高いくらい。淡黄色(たんこうしょく)の目を(しばた)かせ、眼前の創造主にあどけない微笑みを向けている。


 その姿を確認したロウは、彼女の美しさに見惚れつつも疑問を口にした。


「凄いな、どうやったんだ? 雷を身体の状態に押し止めるなんて、俺のイメージじゃ出来なかったんだけど」

[──、──]


 問われた眷属は頷いた後に種明かし。電荷を帯びた魔力による可視光反射を利用した幻──光学擬態(ぎたい)を解除し、今までの姿が見せかけであることを提示した。


「あれ? さっきの球体のまま……?」

[──]


「おおうッ!? 凄く早い変身……じゃないって? どういうことだ?」

[──、──]


 とはいえ、生身にしか見えないほどの高度な擬態であったために、ただ解除するだけでは創造主には伝わらない。眷属は擬態を行った状態で地面に沈み込んだり平行移動したりすることで、己の肉体が幻影であることを示してみせる。


「ほげぇ~。あれか、実は肉体じゃなくて立体映像だった、的な感じか」

[──、──]


「うん? 光ってるんじゃなくて反射してるだけ? ああ、俺の『透明化』を逆転させたような感じか。にしても、面白いなこれは……光を反射させるイメージを使えば、幻術魔法的なものも……」


 生み出した眷属の擬態技術から着想を得て、一人頷きながら新たなる魔法アイディアを膨らませていくロウ。


 しかし、異空間に木霊(こだま)した破裂音のような雷鳴で思考を中断させられてしまった。


「おうッ。いきなり発雷して、どうした? ……ああ、名前ね。すまん忘れてた」

[──っ!]


「ひょえッ」


 再び雷撃。創造主に対し、意外と遠慮のない眷属である。


「悪かったって。う~ん、色名にするなら青系統だけど、しっくりくる感じの名前がない。……ん。雷は青っぽくもあるし紫っぽくもあるし、どっちの色もある花のサルビアでいくか? 目の色の黄も、確かサルビアにはあったような気がするし」


 母親であるローラの手伝いをしている間に覚えた薬草知識を引っ張り出し、ロウはこの眷属に花の名前を授けることにした。


[──♪]


[──][──?][──]


 当人や他の眷属たちの反応は上々である。先輩眷属たちも人型へと変身し、歓迎する様に笑みを(たた)えていた。


 「やはり女ではないか」「いやいや、本体は金属球体だし性別は無効だ」などという眷属たちのやり取りに和みつつ、少年は鍛錬や魔力制御でかいた汗を流すべく異空間を後にする。


「──もう日が昇る時間か。明日からは長旅だし、今日中にいろいろ買い揃えておくかね。さてさて、ヴリトラ大砂漠への長旅……どうなることやら」


 自室に戻って浴室で汗を洗い流し窓から差し込む朝日を浴びたロウは、期待と不安を滲ませながら予定を立てていくのだった。

今回の話で第四章が終了となります。お付き合いありがとうございました。

次話に人物紹介を挟み、いよいよ第五章・大砂漠編が始まります。

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