4-30 竜たちへの釈明
日は真上にあれど、新涼の風を感じる秋の昼。
そんな素晴らしい天気に恵まれておきながら、胃がキリキリと痛むような会議に出席する俺。皆さま如何お過ごしでしょうか? 魔神のロウです。
(突然どうしたんだ? 現実逃避か?)
(きっと、セルケトとウィルムのやり取りを見て精神的に疲弊してしまったのでしょう。ただでさえ竜と神とに囲まれているのですから、消耗が倍増なのです)
目の前の現実から目を背けていると、曲刀たちから現実を突きつけられてしまった。本当に血も涙もないやつらだな。
「ほう。気にしている風には見えなんだが、悪いことをしたな、ロウよ。今のところ我らに、ぬしを滅ぼそうなどという考えは無い。ウィルムが世話になっているようである故にな」
「ふんっ」
頭の中でじゃれ合っていると、曲刀たちの念話を傍受したらしいシュガールが意思表明をしてくれた。“今のところ”という但し書きが付いているが。
「セルケトのことで話が逸れていたか。シュガールの言の通り、我も汝をどうこうしようとい意は無い。魔神とはいえ、汝は特殊な立ち位置にあるようだからな」
「左様ですか。とりあえずはホッと──」
「──ただ、我ら竜属の怨敵、『不滅の巨神』バロールと関係があれば別だ。ロウよ、汝がバロールと酷似した魔力を持つ存在と一戦交えたことは、我らにとっても既知の事実。我らがここに来た目的は、その戦いの後に件の存在がどうなったのか、それを知るためでもあるのだよ」
ホッと胸を撫で下ろそうとしたそのタイミングで、ティアマトが爆弾発言をぶっこんできた。
発言主である燃え上がる炎髪の佳人を見るも、そのガーネットの瞳には感情の色が窺えない。ただただこちらを観察するという、その一念があるのみだ。
彼女の言う怨敵とは、正に昨日会ってきたばかりだが……さて、どうするか。
事実を隠そうにも、昨日会談に出向いたのはウィルムにイルマタルにセルケトにとたんまりである。隠しようがない。
誤魔化そうにも、突発的に発生したこの状況のための口裏合わせなどしていない。一瞬でぼろが出ることだろう。
ものの見事に八方塞がり。ここは順を追って話すしかなかろう、か。
いきなりバロールと面識ありまーすと言うよりは万倍マシだろう、と考えたところで──。
「はん。こやつは昨日そのバロールと会っているぞ。妾も、そしてそこの妖精神もな」
──あろうことか、順序をぶっ飛ばして青トカゲがぶっちゃけてしまった。
「「「──っッ!」」」
((!?))
間髪を入れず、卓が爆ぜる。
巨大で頑丈な木製のダイニングテーブルが、文字通り爆ぜたのだ。
拳で粉砕したでもなく、脚で蹴り上げたでもなく。閃光と鋭い破砕音を伴って。
「……どういうことだ? ウィルム」
いつもは落ち着き払った深みのある声に険を乗せるは、銀髪のナイスミドル。シュガールである。
赤熱する様に輝くガーネットの瞳と、身体から溢れる金の魔力に紫電蒼雷。雷纏うその様は、竜というより猛る雷神の如き様相だ。
話せる系竜属筆頭の彼をここまで変貌させるとは、バロールのやつは一体何をやってきたんだ。
立ち込める白煙と異臭から察するに、テーブルは彼の雷撃で爆ぜたようだ。
あぶねーよ! 火事になったらどうすんだよ。
(……竜ならば、消火するくらいわけないと思いますが)
ギルタブから「突っ込むのはそこなのか?」という疑問を浴びせられていると、鋭い表情ながらも比較的冷静であったティアマトが口を挟む。
「逸るでない、シュガール。ウィルムも妖精神も、ただバロールと会ったのならば、こうも悠長に構えてはおるまいよ」
「流石ティアマトさん! 話が分か──」
「──とはいえ、内容次第では、汝にこの都市ごと滅んでもらうことになるがのう」
びぎりっ、と。硬質な金属塊を無理矢理せん断したかのような音が響き、空間が金色に塗り替えられる。
空間変質魔法と勘違いしてしまう程の金の濁流の正体は、ティアマトの身より迸る魔力。
物理的な質量を伴いテラスに満ちた金色は、魔力の圧によってひびの入っていた壁面床面に奇怪な植物を芽吹かせ、瞬く間に赤錆色の樹皮と灰色の鋭い葉がテラス全体を覆い尽くした。
──要するに、閉じ込められてしまったでござる。
ギョエアー!
「あのー? ここ、人族の街なんですけど。これ、明らかに常軌を逸した現象だと思うんですけども?」
「なに、気にすることは無い。我らが納得するような事情があれば、すぐにこの魔樹は取り払おう。……単純に汝がバロールと関係のある魔神だというのなら、汝やこの地は魔樹の養分となってもらうがな」
魔力を一旦緩めた大地竜がそう言うと、周囲を覆う樹木が鋭い葉を擦り合わせ同意するような音を発した。
こいつら生きてんのかよ。
魔樹とやらに囲まれた現状は、さしずめ虎穴か剣が峰か、あるいは竜の口内か。
正に窮地、絶体絶命である。異空間に帰っていいですかね?
他の面子に目を走らせれば、冷や汗を流し慄く者、素知らぬ顔で紅茶を含む者、同族の怒りなど知ったことかとそっくり返っている者、様々だ。
様々ではあるが、どいつもこいつも説明する気は無さそうだ。ウィルムの馬鹿はともかく、イルマタルまで知らん顔とは酷すぎる。
「えーっとですね。ウィルムが結論だけ述べちゃいましたけど、そこに至るまでは紆余曲折、実に色々な出来事や誤解勘違いがあったわけです。その辺りを説明していきたいわけですけど、聞いていただけますかね?」
「うむ」「聞こう」「ふん。もったいをつけずさっさと話せば良かろう」
「お前のせいで話が拗れてんだぞ……」
トサカにくる言動をする青トカゲを睨みつけつつ、事情を説明していく。
シュガールと出会いウィルムに襲われた話から始まり、魔神エスリウとの死闘。
戦闘後に判明した向こうの手違いという事実や、捕えていたウィルムへの事情説明に、魔神エスリウと魔神バロールとの親族関係など。
数十分ほどかけて、一連の流れをつまびらかにした。
「──それで、昨日の面談となったのですが……いきなりこのイルが顕れまして、一気に拗れちゃったんですよね」
「妖精神は汝の動向を監視していたということか? この神は、ドレイクと共に溶岩地帯が拡大せぬよう、あの場を注視していたはずなのだが」
「あの役目なら水神ヴァルナに代わって頂きましたよ。彼と亜竜たちならば、そう時間もかからず事態を収束させることができることでしょうからね。わたしよりずっと適任でしょう」
「……汝のことだ、“魅惑”で転がし誑かし押し付けたのだろう。変わらんな、全く」
「あら! 心外だわ。ヴァルナが進んでやりたいというから、泣く泣く代わったというのに」
シュガールが嘆息すると、紅茶を飲む手を止めて片頬を膨らませるイルマタル。外見も仕草もすべてが愛らしく美しい彼女だが、その内面は可憐さの欠片もないようだ。
内心で妖精神にドン引きしていると、俺が話している内にすっかり魔力を引っ込めてしまったティアマトが、思案顔で言葉を紡ぐ。
「ふぅむ。妖精神とウィルムの反応を見るに、虚偽ということはない、か。しかし、ここ数十年動きの無かったバロールに、人族との間の娘がいようとは……。あの破壊の権化が、一体どのような心変わりがあったのやら。分からんものだのう」
「そういえばロウよ、ぬしはバロールの娘、『降魔』状態のエスリウと一戦交えたのだろう? やはり姿は、巌のようなものだったのか?」
「んー。やたらと筋肉質だったのは確かだな。バロール様の『降魔』を見たことないから、比較はできないけど」
三眼四手の魔神が持っていた色気が微塵もない浅紫色の肌や、はちきれんばかりの筋肉が詰まった五体。それを思い出しながら、問いかけてきたウィルムに返答する。
「くははは。やはりそうか。権能のみならずあれの外見を継承するとは、不憫なことだ」
答えを聞いた彼女は愉悦一色といった様子の高笑いに転じた。不憫と言いつつゲラゲラと笑うのは如何なものか。
(そういうお前さんも、エスリウと対峙していた時は酷いもんだったぞ。やれ女装が趣味だとか、やれムキムキマッチョだとか……散々罵倒していただろう)
内心でエスリウに同情していると、サルガスから過去の行いを掘り返されてしまった。
あの時はまあ、おもっくそ敵対してたし、出来れば隙を引き出したかったし……。
「あのエスリウにそれほどの暴言を吐いたのか? ロウよ、その時は敵対していたとはいえ、褒められた行いではないぞ」
「今冷静になってみればそう思うけど、あの時は首斬り落とされた直後だったし、お前を殺すとも言ってたんだぞ? 状況を考えれば、やっぱりああいう言動にはなると思うけどな」
「……ふむ? そうか。そういうことであるなら、まあ良かろう」
銀刀の念話が聞こえていたらしいセルケトが咎めてきたので反論すると、すんなり矛を収められてしまった。よく分からんところで素直な奴だ。
「というか、イル。全ての事情を知っている神の貴女が説明した方が、魔神である俺が説明するより信憑性が増したような気がするんですが」
「ふふっ、そうかもしれませんね。ですがわたしにとっては、魔神と竜とが睨み合おうが、この街が両者の戦いより灰燼に帰そうが、どちらでもよいことですから。妖精の子供たちの保護など、僅かな時間で終わるものですし」
「ぶっちゃけましたね。でも戦いが起これば、友人である女神ミネルヴァの図書館もぶっ飛ぶと思いますけど?」
「あのミネルヴァなら、たとえ魔神と竜との全力闘争が起きようとも、自衛くらいは容易いですよ。彼女も力ある神の一柱ですからね。よって、この件に関しわたしが気にするところなど、一切ないわけです」
傍観を決め込んでいた妖精神に問えば、したり顔で言い切られてしまった。
腐れ外道だろこいつ。魔神もビックリですわ。
「ロウよ、諦めろ。これは昔からこうなのだ。我ら竜属も奔放気ままであると自認しているが、こやつほど身勝手には振る舞わん」
「思い返してみれば、女神ミネルヴァも身勝手な面がありましたし、神って皆こうなんですかね」
「あら。他人事のように言っているけれど、ロウだって昨日バロールの屋敷を半壊させたじゃない? 実際にことを起こすのは、やはり魔神の方が多いですよ」
「我から見れば、どれもそう変わらず気随で気儘だ」
イルマタルとぎゃいぎゃい言い合っていると、絵に描いたような気ままさのセルケトにそう評されてしまった。解せぬ。
◇◆◇◆
俺の話を聞き魔神バロールと関係を持っていないということが分かったようで、ティアマトはテラスを覆っていた魔樹を引っ込めてくれた。やれやれだぜ。
「!?」「木々が消滅したぞ!?」「な、なんなんだ、一体」
しかし。魔樹が無くなってみれば、外には人だかりができていた。
魔樹の発する強力な魔力で囲まれていたため、魔力感知でも外の様子を窺い知ることは出来なかったが……あんな訳の分からん植物がテラスに生えればさもありなん、か。
「注目を浴びるのは本意ではない故に、今日のところは退いておこう。しかしロウよ、今後もバロールと関係を持つというのならば、汝は我ら竜属の敵となる。肝に銘じておくがいい」
あんだけ派手に魔力解放しといて騒ぎ起こす気なかったんかーい、と突っ込む間もなく、背部より灰色の樹木で出来た大翼を生やすティアマト。勢いよく跳んだ彼女は天を翔け、秋の空へと消えていった。
当然周囲にいた人族の皆さんは、顎が外れんばかりに驚愕している。どうすんだよこれ。
「あれで注目浴びるのが本意じゃないとか、絶対嘘だろ」
「ティアマトは面倒臭がりであるからな。してまたウィルムよ、汝は今後如何にする?」
「……妾はコレから学ぶところがある故に、しばしこやつと行動を共にする」
「クックック、そうか。ならば存分に学ぶが良かろうさ。ではな、ロウ。ウィルムの世話、汝に任せよう」
「あのー、シュガールさん? 引き取ってもらいたいんですけど……」
俺が言葉をかけるも虚しく、空気が爆ぜるような音と蒼き稲光を残して消え去るシュガール氏。
僅かに残像が見えたため、空間魔法ではなく純粋な物理移動のようだが……それはそれで凄まじいな。 宙へとぶっ飛んでいったティアマトと同様、とんでもなく目立つ立ち去り方である。
(竜の規格外さはこの際置いておこうぜ。問題は、この騒ぎにどう収拾をつけるかだろう)
そうやって逃避していると、銀刀が現実を突きつけてきた。
テラスの破壊に、天を翔ける絶世の美女、そして雷光と共に消えるナイスガイ。最初のやつはともかく、後者二つは説明しようがないな。だって竜だし。
人だかりの中から現れた宿の従業員に対し、俺はテラスを破壊したことを平謝りしつつ、竜たちについて知らぬ存ぜぬを貫き通すのだった。