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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第四章 魔導国首都ヘレネス
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4-28 武術指導・斧刃脚

 竜や女神を連れての朝食後。


 もはや恒例となったアイラとカルラからの猛烈な質問攻めに対し、イルマタルはただの友達だと強弁することでやり過ごした。


 妖精の血が流れている種族──森人族のカルラは、妖精神イルマタルと話す時にどこか恐縮した雰囲気だったが……。やはり相手が自分たちの祖先を創造した神であるということを、本能的に感じ取っていたのかもしれない。


 ともあれ、彼女たちの追及からは逃れた。お次はレルヒ少年の体術指導である。


 彼は朝食が終わった時間にはもうこの宿へとやってきていたため、自由に利用できる宿の庭園(ただし破壊はNG)へと移動し、鍛錬を始めることとなった。


 高級宿というだけあって、宿の庭園は非常に広い。


 しかしあくまで庭であるため、武術の鍛錬を行えるような場所は多くない。どこもかしこも美しい木々や彫像(ちょうぞう)、装飾柱があるため、大きな広場というものが少ないのだ。


 そんな中でも比較的開けた場所を発見し、近くにあったテラスに曲刀たちを置いて、少年+ウィルムの指導を始める。


 とはいえ、いきなり教えていくわけにもいかない。まずは準備運動やレルヒの身体能力の確認から取り掛からなくてはならないだろう。


 というわけで、準備運動開始である。


「ほぉ~。レルヒは身体が柔らかいのな。良きかな良きかな」

「大学でも実技の授業では柔軟って結構やるんだぜー。去年はそれで、散々な目にあったからな」

「やい、ロウ。妾に関節の慣らしなど不要だ。早う始めるが良い」


 言うことを素直に聞いてくれる少年に対し、高飛車トカゲは勝手気ままだ。これで物覚えが良く戦闘センスもあるのだから、何とも指導者泣かせの存在である。


「ははっ、ロウのやつめ、ウィルムの指導に難儀しているぞ」

「ふふっ、ウィルムはよほど待ち遠しいのでしょうね。竜の姿であれば尻尾をぶんぶんと振っていたことでしょう」


 そしてギャラリーのセルケトとイルマタルは、暢気にもお喋りしている。他人事極まれりである。


 ……というかイル。レルヒが聞いているかもしれない状況で、竜だのなんだのって言うのは止めて欲しい。人の世に関心がないからって、適当が過ぎるぞ妖精神。


 多少ごたつきながらも準備運動を終え、指導へ移る。


 といっても、短い時間で教えられることなどたかが知れている。


 本格的に大陸拳法を教え込むなら、両足を開いて腰を落とす馬歩站椿(まほたんとう)から始めることになるが……。ただただ姿勢を保つだけの鍛錬を子供にやらせるのは(こく)であるし、退屈であろう。


 俺も前世において道場に入門した当初は、その退屈な鍛錬に幾度も根を上げたものだ。


 であれば、教えるのは上達の実感が伴うものであり、複雑な動きを要しない平易なものであるのが望ましい。


 更に言うなら、教える技は重大事故へとつながる可能性が少ないもの、というのが理想的だ。教えるのはあくまで護身。身を護るためのものであって、命を奪うために教えるのではない。


 この世界に魔力による身体強化という技法があるため、子供であっても高い身体能力を持つ。


 使い方を誤ってしまうことがある子供だからこそ、教える技というのはよくよく考えなければならないのだ。 


「──というわけで、今回は蹴り技の基本、下段への前蹴りを練習していきます」


「蹴りかあ。あの時のパンチかと思ったけど。まあでも、あのぐるんッ! って足を蹴るのは格好良かったし、いいか。どんな風にやるんだ?」

「期待してるところ悪いが、あの回し蹴りじゃないぞ。あれも技の一つだから、その内教えるかもだけど」


「前蹴りというと、妾の首をへし折ったあれか? 守りが薄い箇所とはいえ、凄まじい一撃だったが」

「あれでもねーよ。あれは上段に打ち込む前蹴りだし。とりあえず実演するから、見といてくれ」


 そんなわけでチョイスしたのは下段前蹴り。相手の(すね)や膝を蹴り込み足を封じる、極めて有効な手立てである。


 他にも肘打ちや中段突きというのも考えたが、これらは上半身の急所付近へ当たることもあるため、適切ではなかろうと判断した。


 かつて打ち込まれた太極拳の蹴りを思い出したのか首をさするウィルムと、興味深そうにこちらを見つめるレルヒ。二人から見えやすいよう正面に移動し、いざ実演。


 ほんのりと前傾姿勢をとり、軽く膝を曲げて左足を前に出し半身のように構える、大陸拳法の弓歩(きゅうほ)の姿勢で動きを止める。


「──フッ!」


 数瞬の間を置き、歩くようにして前方へ振った逆の脚による下段前蹴り。


 上体を反らさず腰も捻らず、シンプルに打ち出す下半身への攻撃である。


「お~……?」「ほう」


 おや? と首を捻る少年に感心したように頷く美女。受講者の反応は実に対照的だ。


「今ので終わりか? すっごい地味だな……。というか、わざわざ教えてもらわなくても出来そうな気がするぞ」

「はっ。レルヒと言ったか? 試しにやってみると良い。まるで違う蹴りとなるだろうからな」


「えー本当か? まあ、ウィルム姉ちゃんがやってみろって言うなら、やってみるけどさー」


 俺が何か言う前に実践しだす二人。


 積極的なのは良いことだ。放っておかれて少し寂しいけども。


「──やッ! ……出来てるよな?」


「ふっ。案の定出来ていない」「それじゃあフニャフニャだなあ」

「えー? 本当かよ? しっかり真似たつもりなんだけど」


 レルヒの前蹴りは極めてシンプルな、脚を上げながら曲げた膝を伸ばす蹴りだった。いわゆるヤクザキックに近い蹴りだろう。


 対して、俺が先ほど放った蹴り──八極拳・斧刃脚(ふじんきゃく)は、内容が異なっている。


 曲げた膝を伸ばす際に蹴り脚の付け根である股関節を外旋(がいせん)、すなわち外側へと回し、(かかと)を突き刺す様に対象へとうちこむのだ。


 足裏全体で蹴るというよりは、踵の一点で打ち抜く蹴りなのである。


 そんな解説を、ゆっくりとした動作の斧刃脚を見せながら、二人へ伝えていく。


「──とまあ、そんな感じなんだけど、ウィルムはよく分かったな? 普通は見ただけで分かるものじゃないんだけど」


「へぇ~。踵で蹴るのか……意外と難しい?」

「はんっ。見抜けるのは当然だ。妾は青玉(せいぎょく)──」

「──あーはいはい。そうでしたね。それじゃあちょっと、ただ蹴るのと斧刃脚でどのくらい差が出るのか、実演しようか。ウィルム、適当に氷の柱を出してくれ」


 己は竜だと宣言しそうになるトカゲの言葉を(さえぎ)り、役目を放り投げる。


 軽く褒めるとこれである。こいつには人の世での生活なんて無理だな……。


「良かろう。……こんなものでどうだ?」


 こちらが竜の人型生活について思い巡らせる間もなく、彼女は氷柱の用意を終えていた。実務に関しては非常に仕事の早い女性である。正体が竜でなければ、恐ろしく有能な女性なのだが……。


 そんな彼女の手によって生み出されたのは、一般的な家屋ほどもありそうな巨大氷塊だった。


 でけーよ!


「……まあ折角用意してくれたわけだし、これでいいか」

「うおおお!? ウィルム姉ちゃん水の精霊使いだったのか!?」

「そのようなものだ。ロウよ、妾の氷柱は言わずもがな、特別製だ。先日見せた妾の剣翼と同程度の硬度故に、全力で蹴るがよい。まあ、全力でも砕けぬかもしれんがな! はははっ!」


 よほど自信があるのか、やれるものならやってみろと高笑いと共に挑発するウィルム氏。


 剣翼と同程度って、竜鱗級の硬さってことか? 本気出しすぎだろこいつ。


「あれくらい硬いのなら全力で行くぞ。まずはレルヒがやったような、普通の前蹴りからだな」


 宣言と同時に身体強化を全開。


 力を(みなぎ)らせ魔力を(ほとばし)らせ、左足を踏み込んで氷柱を蹴り込む!


「──ハッ!」


「おおッ!?」「ふん」


 ごく近い位置への落雷にも似た炸裂音が響き、氷柱を構成する氷が幾らか欠片となり散りはしたものの──その氷塊には、目だった傷もヒビもない。


 正に竜鱗を彷彿とさせる硬度。ほとんど無傷である。


「……すげー音がしたぞ、ロウ。というか、衝撃で地面も揺れたし、ひょっとして、お前って物凄く強かったりする?」


「割と強いけど、それでもこの氷柱が砕けない程度の強さだな。じゃあウィルム、今のと同じやつを創ってくれ」

「傷もないようであるし、それで試しても構わんと思うがな」

「外側はそうだけど内側は結構脆くなってるかもしれないし、純粋な比較にならないし。そんなわけで頼んます」


 俺の言葉を受けて、ウィルムは再び氷柱を構築してくれた。


 金の魔力を纏った特別製の氷は連続で創れないらしいため、ひとまずこれで打ち止めとのこと。なれば全身全霊で蹴り砕いて見せようぞ。


「……」

「ごく……」「むぅ……」


 氷柱の近く、およそ足一本分の距離にまで近付き、構える。

 膝を軽く曲げ若干右半身を引いた姿勢は、一番最初に実演してみせた時と変わらない。


 呼吸を整えていざ実践。


 左足を踏み込み、右足を振るようにして蹴り上げ、膝を伸ばし踵を打ち出すと同時に、股関節を外旋。


 当たる瞬間股関節から踵までが伸びきり一本の棒と化した脚部を、更なる勢いを上乗せすべく尻の筋肉を使い加速ッ! 


「──()ッ!」


 鋭く吐いた呼気と共に打ち出された踵は、氷柱に突き刺さり──(くさび)を打ち込むが如く氷塊に亀裂を入れ、鈍く重い衝突音を響かせた。


 結果は一目瞭然(いちもくりょうぜん)


 氷塊の中心ではなく下段への蹴りだったため、完全な破壊とはいかなかったが……傷一つ付かなかった先ほどとは大違いである。


 それにしても……やはり、身体能力が以前より上昇しているような気がする。


 この感覚はウィルムやエスリウと戦った後から感じられているものだが……。魔力をすっからかんになるまで使い切ったことが原因なのか、あるいは単に死にかけたことに起因するのか。


 いずれにしても、簡単に試すことは出来ない。魔力量は膨大で使い切るのは困難だし、わざわざ瀕死になるのは論外であろう。


 そうやって自身の変化についてぼんやり考えていると、快活な声で現実に引き戻される。悪い変化でもないし、この問題は棚上げしておこう。


「おおおッ!? さっきより音がショボいと思ったのに、亀裂が入ってる!?」

「……はんっ」


 竜鱗と同程度だと豪語した氷柱が砕かれご機嫌斜めとなったウィルムを脇に置き、興奮冷めやらぬ様子のレルヒに説明を加える。


「とまあ、普通に蹴るのと、この“斧刃脚”だとかなり威力が変わるわけだ。この踵の蹴りが相手の脛や膝に当たれば、まず立ち上がれなくなる。地味な蹴りだけど必殺技なんだぞ」


「いや、地味とか言って悪かった! あんなに凄い威力とは思って無かったし、普通の蹴りと全然違うなんて知らなかったし。なあ、練習するにはさっきのを素振りしたらいいのか?」

「いんや、慣れないうちは関節を痛めるかもしれないし、物を蹴った方が良いかな。骨に衝撃を与えたら、骨も強くなるし。石の人形を作るから、それを相手に身体強化状態で練習しようか」


 目を輝かせる少年用に石人形を用意した俺は、時に彼の前で実演してみせ、時にウィルムからもっと構えとごねられつつ、二人の指導をしていくのだった。

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[一言] いつも楽しく拝読させて頂いております。 大変図々しい要望ではございますが、人物紹介の一覧を作っていただけると とても嬉しいです。
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