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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第四章 魔導国首都ヘレネス
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4-26 神魔竜会談

 ジラール公爵家別邸の応接室にて、ロウが震脚による威嚇(いかく)(被害は大魔法級)を行った十分後。


「──はい。それでは神魔竜の会談を始めたいと思います」


「「「……」」」


 突然の激震に驚き現場へと飛んできた使用人たちをエスリウやバロールが(なだ)め退散させたところで──土魔法で応接室を簡易修繕し、魔法で用意した椅子に着いたロウが、白々しくも宣言した。


「ロウさん? 他に何か言うことがあるのではないですか?」


「はい! すんませんでしたァ!」

「全く。こやつは一体どうなっておるのだ」

「セルケトよ、考えるだけ無駄だ。竜鱗すら打ち抜く拳を持つ魔神など、道理の通るはずが無い」

「何がどうなってこんなことに……」


 呆れと諦めにより場へ順応しているウィルムとセルケトに比べ、妖精神イルマタルの適応は遅い。


 (いにしえ)より存在する妖精神も、宿怨(しゅくえん)積る相手の唐突な出現には理解が追い付かなかったのだ。


「エスリウを打ち負かした魔神がどんな子かと待ってみれば、まさか竜と神を引き連れて現れるとは。完全にしてやられましたね」


「連れてきた身で言うのもなんですけど、別に仲良しこよしって訳じゃないですからね。事情を知っているウィルムはともかく、イルなんて事情説明なしに連れてきただけですし」


 額を押さえ息を吐く魔神バロールに、いけしゃあしゃあと告げるロウ。


 妖精神を愛称で呼んでおきながら仲良しではないと言うあたり、彼には客観的視点が欠如していると言えよう。


「あらあら、“イル”ですか。ロウさんは本っ当っに、見境が無いのですね。以前話していた友達だという眷属(けんぞく)の主神が、妖精神イルマタルであるということでしょうか?」

「いえ、その神とはまた別口ですね。その神の盟友? がこのイルになります」

「おい貴様、イルマタル以外にも神の知己(ちき)がいるのか? 妾は聞いていないぞ」

「そりゃそうだろ。言ってないし、言い触らすもんでもないし」


 開示された情報を聞きじろりと少年を睨んだウィルムだったが、彼はまるで堪えた様子なく居直ってしまう。


「ふぅ。これ以上ロウの妄言に付き合っていたら(らち)があきませんし、話を進めましょうか。この集まりは、そもそも何が目的だったのですか?」


 ウィルムたちの不毛なやり取りを見て嘆息したイルマタルは、まずはこの奇怪な状況が何故発生したのかをテーブルに着く者たちに問いかけた。


「理性的で助かりますよ、イルマタル。かつては殺し合った間柄で言うのもなんですけれど……。今回の会談は本来、ワタクシとロウ君とが顔合わせついでに、互いの持つ情報を交換し合う、その程度のものなはずでした」


「らしいぞ? ロウ」

「いやー、そんなこと言われましも。こっちは娘さんのエスリウ様を半殺しにしちゃってましたからね。言葉通り受け取れなかったといいますか、万が一の場合に報復を避けるための手段が欲しかったといいますか」

「娘さん……なるほど。やはり、そちらの子はバロールの……」


「それで妾を連れ出した訳か。……ならばあの時、妾を殴り飛ばして止める必要などなかったのではないか?」

「いやいや、予定を取り付けた日じゃなかったし、異空間を出たらそのまますっ飛んでいきそうだっただろ。あの時止めてなかったら、確実にここいら一帯が廃墟になってたわ」


(((この部屋を半壊させておいて、どの口が……)))


 臆面(おくめん)もなく言い放たれた少年の言葉に神と魔神と魔物の心が一つとなるが、その想いが口に出ることは無かったために、少年へと伝わることもまた無かった。


「思い返すだけではらわたが煮えくり返る思いだが、今は棚に上げておく。妾をここへ連れた理由は分かったが、この妖精神はどういう意図で連れてきた?」

「ああん? お前だってさっきのやり取りを見てただろ。イルが俺を監視するってついてくるから、仕方がなくそのまま来たんだよ」


「そのような表面上のことを聞いているのではない。魔神の下へ出向くのに神を連れるなど、闘争を見越していたとしか考えられんだろうが。貴様の姦計(かんけい)に嵌るのは業腹だが、バロールを討ち滅ぼせるなら良い機会だ。乗ってやらんこともな──」


 竜の宿敵である魔神バロールを討つ機会だと、ウィルムがガーネットの瞳を燃え上がらせ冷気を(ほとばし)らせた、その瞬間。


「──はいはーい。君は少し黙っていましょうねー」


「「「っ!?」」」


 隣にいたロウが空間魔法の「断絶空間」と空間変質魔法「常闇(とこやみ)」を構築し、彼女の座る場を魔法で閉ざした上、漆黒で塗りつぶした。


 彼女に対する彼の扱いは、凄まじくおざなりなものである。


「──ぬあっ!? ロウ、貴様! 何をするか!」


「お前の垂れ流す魔力は寒いんだよ。話が終わるまで大人しくしてなさい」


 常闇の中から空間魔法の壁を叩くウィルムだったが、魔神の魔法を破壊すること叶わず。


 ロウがそれなりの強度で構築していたこと、そしてイルマタルやバロールがいる状況で全力を出すことに抵抗があったことにより、断絶空間の破壊は失敗に終わってしまう。


 他方、いきなり空間魔法が構築されたことに、少年の「常闇」を見たことが無かったエスリウたちは動揺する。


「……一応彼女は無事? のようですね。ロウさん、それも空間魔法なのですか?」

「光と魔力を吸い尽くす空間魔法ですね。肉体の内にある魔力には影響しないので、攻撃的な意味合いは薄い魔法ですよ」


「これは、ルキフグスの……いえ、あれは肉体をも食らい尽くすはず」

「バロールも『影食らい』を想起しましたか。人としての姿もかの魔神の面影がありますし、アレの近縁にあるものなのでしょうか?」

「そうそう、そもそもそういうことを聞きに来たんですよ。イルにバロール様、そのルキフグスだったり、俺に似た魔神だったり、子供がいるだとか親戚がいるだとか、詳しいことをご存じありませんか?」


 空間魔法を操るという魔神の名が出たところで、これ幸いとロウは話の流れを自身にとっての本題へと切り替えた。


「バロールのことは敬称をつけるのですか? ロウの基準は変わっていますね」

「人の世の貴族様ですからね。そりゃもうガッツリ敬称ですよ。ともかく、どうですか?」

「何故知りたがっているのかは分かりませんが、良いでしょう。わたしが知る限りアレに妻子はいなかったはずですよ。血縁は幾らかいますが、ロウに似ているような者は覚えがありませんね。といっても、あなたの『降魔(ごうま)』状態を見ていない現状では、確実なことなど言えませんが」


「そうでしたか……ありがとうございます。こうして聞いている理由ですが、単純に自分の出生が知りたいからですね。何分父親不明で、人間族の母親に人間族として育てられていたもので」


 古い神ならばと期待を寄せていたロウだったが、イルマタルからは既に判明している以上の情報を得ることが出来ず、消沈してしまう。


「その話は、何度聞いても信じられんな。人として育てられておいて、何故妾を打ちのめすほどの力を持っている? 高々数年生きただけの魔神が竜属を打倒するなど、荒唐(こうとう)に過ぎるぞ」


「そこはほら、アレだよ。実はお前が大したことなかった──」

「何だと貴様ぁっ!」

「──ごめんごめん、冗談だってば。お前に勝てたのは相性だよ、多分。真っ向からの力比べなら、俺よりお前の方が余程上だよ」


 漆黒の立方体の中でがなるウィルムとそれを(なだ)めるロウとを、恐々としていたり呆れを滲ませたり諦観の息を吐いたりと、様々な表情で眺める一同。


 そんな中、静かに考え込んでいたバロールが、おもむろに開口した。


「貴方の事情は(おおむ)ね把握しました。エスリウからも聞いていましたが、先ほどの力やウィルムとの話を見ても、やはり幼い魔神というのは信じられない思いです」

「すみませんね。とはいえ、先ほどウィルムに説明した通りなので置いておいときましょう。バロール様は何かご存じありませんか?」


 嘆息しながら語るバロールに対し、ロウは変わらず問いかける。


 それは一見、太い態度のままに見えるが──。


(あ゛あ゛あ゛。イルもそうだけど、バロール相手に聞きだすのは胃に穴があきそうだ。聞くだけ聞いてさっさと帰りたい)


 ──その内面では大いに狼狽(うろた)え、弱音が渦巻いていた。


 図太さに定評のある褐色少年も、自身より遥かに上位であろう存在の前では、流石に精神が疲弊(ひへい)するようだ。


(お前さんって、相当器用だよな。その感情を表に一切出さないあたり)

(サルガス、ウィルムに念話を傍受されてしまいます。私たちは黙っておくべきなのです)


 心の内をおくびにも出さない様子に、呆れとも感心ともつかぬ念話を零すサルガス。


 そんな彼の感想を聞き流しつつ、ロウはバロールの言葉を待つ。


「ワタクシが知る限りでは、彼──ルキフグスには、強大な力を持つ娘が一柱います。丁度ロウ君と同じくらいの年頃だったはずですが、息子がいるという話は彼からもその娘からも、聞いたことはありませんでしたね」


「ありがとうございます。ということは、俺はその魔神ルキフグスとは無関係なんでしょうね」

「いいえ、そうとも言い切れません。イルマタルも言っていましたが、ロウ君の容姿は彼によく似ていますし、貴方が先ほど見せた魔力の色も、どこか彼と似ているように思えますから」


「うーむ。そうなると、隠し子か、それとも認知していない子供ということでしょうか? ……俺は父親に会ったことないし、後者のような気がしてきたぞ。最低だなルキフグス」


 話していく内に、まさかの不貞(ふてい)の子疑惑が持ち上がり、少年の表情が大いに歪む。


「さて、どうでしょうか? ワタクシの印象では、彼は異性にさほど興味を持っていないように見えましたね。長くの時を過ごした生涯でも、結局伴侶を持ちませんでしたし」

「うん? その魔神って、娘さんがいるんですよね?」


「ええ。彼女は紛れもなく彼が生み出した魔神です。魔神も神同様に、子を生す際必ずしも(つがい)を作る必要はありませんからね」

「……ああ、それもそうですよね」


 補足するようなバロールの言葉で、ロウはすとんと納得がいく。


 人の形をとっているため忘れがちではあるが、魔神は紛れもなく人外であり、絶大な力を有している存在だ。彼は自分がシアンら眷属を創り出したことを思い出し、生殖行為などしなくとも生命を創り出せるのだったと頷いた。


 他方、神が把握していない魔神の、それも上位魔神に連なる存在が明らかになったことで、イルマタルはローテーブルへ突っ伏す様に倒れ込んでしまった。


「ルキフグスに、娘ですか……。いつの間にかバロールも娘が出来ていますし、神にとっては悪夢のような話ですね」

「うふふっ、ワタクシもエスリウも、人の世を掻き回すことには興味がありませんので、ご安心を。そうはいっても、貴女はワタクシの言葉など鵜呑みには出来ないでしょうけれど」


「はぁ。活動の気配が見られないと思ったら、まさか子供を生しているとはね。以前のあなたでは考えられない行動です。そちらのエスリウという子は、人間族との間の?」

「ええ。ですが、ワタクシの力を存分に受け継いでいるので、真に魔神としての力を持っています。なので、闇討ちは考えない方が良いですよ?」

「あなたじゃあるまいし、考えませんよ」


「「「……」」」


 神と魔神の物騒なやり取りで場が冷え込んだその時、見計らったかのように応接室の扉が開き、使用人が紅茶と菓子を運んできた。


「お待たせしてしまい申し訳ありません。皆様、どうぞこちらを。オレイユ産の茶葉を使用した紅茶と、砂糖を使用した甘い焼き菓子でございます」


「やい、ロウ。妾も茶が飲みたいぞ。早うここから出せ」

「へいへい。……断絶空間は解除できても、常闇は無理か。う~ん」

「おい、これを解除できぬならそっちへずれろ。如何に壁が無くなろうとも、あのような闇の中で茶を楽しむなど不可能だ」

「注文の多い奴だな。セルケト、ちょっとずれてくれ」


 男性使用人が給仕台から手早く配膳していき、あっという間にお茶の準備が整う。


 そこからしばし、各自が紅茶と焼き菓子を楽しむ時間となった。


「──どうやらウィルムは、ロウ君の下で完全に飼いならされてしまったようですね」


「何だと?」


 ゆったりとした時間が過ぎる中。ウィルムがもっと焼き菓子を寄こせと、隣にいるロウからせびろうとしている様を見て、バロールが微笑まし気な表情で零す。


「自分では気付いていませんでしたか? 今の貴女はとても愉快そうに笑っていましたよ。人のような衣服を纏い、人のようにお茶菓子に舌鼓を打つ。とても良い変化だと思います」

「はっ! (たわ)けめが。この衣服はこの阿呆に服を焼き尽くされた故に、仕方なしに着ているのだぞ? 妾が好んで人の服を纏うなど、あるはずが無かろうが」


「そういえば、俺が燃やしちゃったのか。すみませんね。でもその服も、お前によく似合ってるぞ。ブラウスとスカートだけでも上品だし、お忍びの王侯貴族みたいに見える」

「……そうだろう。妾は『青玉竜(せいぎょくりゅう)』だからな。当然だ」


 バロールといがみ合っていたウィルムだったが、ロウが謝罪ついでに衣服についての感想を告げると、満更でもない顔つきでそっくり返る。


 それを見た神や魔神たちは、内心で「やはり完全に飼いならされてるのでは?」と(いぶか)しんだが、指摘をして彼女の感情を逆撫でするような真似はしなかった。


 その後も、時に場が凍り付くようなやり取りを挟みながらも会談は進んでいき、ロウとバロールは互いが聞きたかった内容を消化し終えた。


「──う~ん。依然として正体不明って感じですよね、俺って」


「自身の(つかさど)る権能も曖昧で『降魔(ごうま)』も出来ないとなると、確実なことは言えませんからね」

「そんな曖昧な状態の魔神が、魔神や竜を打ちのめすというのも、空恐ろしいものです。ロウが自身の権能を解放した時、一体どれほどの力となるのか……やはり監視を決めたのは正解でした」


「ふん。案外、この状態が『降魔』状態なのやもしれんぞ? 瞬間的なものだけに限れば、バロール、こやつは貴様に近い馬鹿げた力を持っているからな」


 魔神バステトの眷属シャノワールが三度目の給仕を終えた頃に、話を終えた一同は解散の流れとなった。


 そんな中で話がロウの力についてになると、魔眼の上位魔神は茜色(あかねいろ)の瞳を細め、銀色の妖精神や蒼色の竜の言葉を吟味する。


「ワタクシ並みの力、ですか。興味深いですね。今度機会があれば見せて頂けませんか? ロウ君」

「えッ!? それはちょっと……。俺にも予定がありますし、バロール様も多忙で、ヘレネスから移動するんでしたよね?」

「確かにその通りですが、ワタクシにも『空間跳躍』がありますから。その気になればいつでも会うことが出来ますよ? うふふっ」


 娘のエスリウとよく似た嫣然(えんぜん)とした表情を作り、白く美しい指で唇をなぞるその妙なる仕草に、ロウはしどろもどろとなりながら距離をとる。


「いやー、ちょっと人に物を教える予定やら、砂漠に行く予定やらがありますし、厳しいですね、はい」


「はははっ、ざまあないなバロール! ロウは貴様のような()()()()()女など、御免だということだ」

「……。そこのトカゲは死にたいようですね。いいでしょう。望み通り(くび)って差し上げますよ」

「うちの馬鹿がすみませんねーバロール様。ほら、ちゃっちゃと帰るぞ」


 高笑いするウィルムと焼き菓子を(むさぼ)っていたセルケトの腕を引いて、撤退の機を見出したロウは素早く転進した。


 嵐のような三人が消えた後、一人紅茶を飲んでいたイルマタルもこれ以上用は無いと立ちあがる。


「中々良いお茶でしたよバロール。ウィルムの言う通り、飲めるなら泥水でも血でもよいという、以前のあなたからは考えられない(たしな)みです」


「最も荒れていた時期のワタクシでも、そこまで豪放ではありませんでしたが」

「例えですよ、例え。それでは、わたしもお(いとま)しますが……妙な気など起こさないで下さいね? ロウを取り込み竜を手勢に加えよう、などと」

「先ほども触れましたが、ワタクシにはもう人の世をどうこうしようという気は無いのですよ。土台、蛇蝎(だかつ)の如くワタクシを嫌っている竜が(くつわ)を並べるなど、あり得ないでしょう」


「それもそうね。では、ごきげんよう」


 不敵な笑みを浮かべるバロールにちくりと釘を刺したイルマタルは、白銀の魔力を振り撒き、甘い芳香を伴う風となって姿を消したのだった。


◇◆◇◆


 妖精神が去った後、しばし沈黙が流れる応接室。


 ややあって、バロールの隣に座っていたエスリウが溜めていた息を吐いた。


「──ふぅ。生きた心地がしませんでしたよ、お母様」


「うふふっ。ごめんなさいね、エスリウ。イルマタルはワタクシと直接しのぎを削り合った人の神ではありませんし、数回殺り合っただけですから。神にしては怨恨が薄い方です。どこまでが許容範囲なのか、確かめておきたかったのですよ」


 ジト目で母親をなじるエスリウは、早くなっていた鼓動を落ち着かせるように深呼吸を繰り返し、母の言葉を反芻(はんすう)する。


「許容範囲……ロウさんへの干渉がどこまで可能か、ということですか?」


「ええ。ワタクシがロウ君の力を見たいと言った時に、僅かに殺気が漏れ出ましたし、あの辺りが限度なのでしょうね。裏を返せば、表面上の付き合い程度なら、彼女の機嫌を窺う必要もないということです。彼女がロウ君に近づこうとしている節がある以上、こちらも黙って見ているというわけにはいきませんし、少なくとも敵対されない仲になっておく必要があるのですよ」


「魔神としてではなく、人としてということですね。……先ほどの妖精神の殺気は、一瞬とはいえ悍ましいものでした。恥ずかしながら、今も腰が抜けて立ち上がれません」

「あら、情けないわね? ロウ君に打ち負かされて、少しはそういうものへの抵抗が出来たと思っていたのだけれど」


 形の良い白眉をハの字にしてローテーブルへ突っ伏す娘を酷評するバロール。微笑ましい(?)母娘のやり取りではあったが──。


「……ところでバロール様。この惨状、如何なさいますか?」


 ──ロウの登場から妖精神の退場まで、物言わぬ彫像のように佇立(ちょりつ)していた上位精霊マルトが、容赦なく現状を報告した。


 かの少年がこの場を離脱したがっていたのは、魔神たちから離れたがっていたこともあるが、何より自分が派手に破壊した諸々(もろもろ)が、見るに堪えなかったからである。


 人様の家を破壊しておいて無責任にもとんずらこく。


 正に悪辣非道(あくらつひどう)なロウであるが、彼はその行いの報いを受けることとなった。


「……そうね。あの子が旅行の用事を済ませた後にでも、これを口実にまたここへ呼ぶというのはどうかしら?」


 すなわち、魔神バロールからのお呼び出し其之二である。凄絶な笑みを浮かべる彼女は、一体何をロウに求めるのか?


 他方、自身の問いかけに対する答えが、案の定竜と妖精神とを刺激しそうなものだったことで、マルトは再び物言わぬ石像のように沈黙してしまうのだった。

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