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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第四章 魔導国首都ヘレネス
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4-21 お宅訪問(人外)

「「「あっッ」」」


 ぶらりとやってきた人物を前にして、三人の口から同じ音が出る。


 まさに正しく異口同音(いくどうおん)。その発声者は俺とアムール、そして新たに現れた黒髪美女、アシエラだ。


「お姉ちゃんおかえり! 実はこの人たちと食事に行くことになったんだ! ついでだしお姉ちゃんもどうかな!?」


 俺を視界に収めたアシエラが自身の右手を剣の握りに届かせる寸前──機先を制すようにアムールが大声を上げ、これを(さえぎ)る。


「これはこれは、冒険者のアシエラ様、ですよね? 高名な冒険者である貴女が、アムール様と姉妹でいらしたとは」

「うはーすげえ! 本物のアシエラさんだ!」


 俺が大陸拳法における攻撃姿勢──弓歩(きゅうほ)の構えで前方へ寄せた重心を戻すのと同時に、今度は灰色髪の姉弟がアシエラの出現に気付き声を上げる。


 二人の反応から察するに、アシエラはここヘレネスにおいて名のある冒険者のようだ。


 熊人族の冒険者と話をした時は、腕は立つが独特な冒険者だということで名が通っているという話だったが……同業者とそれ以外とでは、印象も変わるのかもしれない。


 しかし、先ほどのアムールとアシエラの反応は……。


(二人の間には、ロウに対する認識の差があるようですね)

(アシエラは明らかに攻撃の意思をのぞかせていたが、アムールは必死になってそれを止めようとしていたな。魔物ということを見抜かれてロウの実力を直接見たのはアシエラの方だから、反応としては逆になりそうなもんだが)


(ロウの実力と魔物を見抜く力を見たからこそ、攻撃しようとしたのかもしれませんよ? 今この場にはアムールも居たわけですから、二人掛かりならとでも考えたのでしょう)


 曲刀たちの会話に耳を傾けながら、彼女たちの動向を注視する。


 アムールの提案はレルヒとイサラ両方に(こころよ)く受け入れられ、彼女も夕食を共にすることとなった。


 最初に見せた動きを除けば妙な行動の無いアシエラだが、時折こちらを観察するように視線を向けることがある。こちらのことを相当警戒しているようだ。


 対照的に、妹だというアムールは分かりやすいくらいに狼狽(うろた)えて、冷や汗を滝のように流していた。俺とアシエラの一挙手(いっきょしゅ)一投足(いっとうそく)が気になり、気が気ではないのかもしれない。


 そうやって彼女たちを観察している内に、イサラおすすめだという落ち着いた雰囲気の店に到着し、店内のテーブル席に着いたところで料理の注文が始まる。


 彼女の(おご)りだということで思い思いの品を頼んでいき、全員の注文が済んだところで、彼女の弟であるレルヒが口を開いた。


「──アムール姉ちゃん、凄く強いと思ってたけど、アシエラさんの妹さんだったんだなあ。あの強さにも納得だぜ」


「あはっ。でもでも、私はお姉ちゃんほど強くはないですよ。お姉ちゃんから手ほどきを受けてるので、それなりに戦えるつもりではありますけど」

「ご謙遜(けんそん)を。先ほどのお手前、それなりなどというものではありませんでしたよ」


 テーブルを挟んで向かいに座る姉弟たちから口々に褒められ、恥ずかし気に髪を()く少女。彼女の隣に座る姉のアシエラも優し気な笑みを浮かべている。


 姉妹の関係は良好のようだが……とりあえずは話の流れに乗っかり、俺も質問をぶっこんでみよう。


「俺はヘレネスに来て間もないのでその辺りの事情には(うと)いんですが、アシエラさんは有名な冒険者なんですか? レルヒやイサラさんの驚きようから見て、相当な実力者ということは何となく分かりますけど」

「えー? ロウって確か冒険者だったよな? それなのにアシエラさんのことを知らないとか、モグリだぜ」


「はあ……。レルヒ、ロウ様はヘレネスへは来たばかりで、こちらの情報に疎いと言っていたでしょう? こほん。アシエラ様はここ魔導国首都ヘレネスでも指折りの冒険者です。ですがそれ以上に、困っている市民や子供たちの依頼を、たとえ報酬額が少ない場合でも、率先して受ける冒険者として知られていますね」

「アシエラさんは俺たちの味方なんだぜ! それに滅茶苦茶強いし、凄いきれーだし! ロウも冒険者なら、ちゃんとこの人のこと(うやま)うんだぞー」


 妹に引き続き、姉のアシエラも姉弟たちの褒め殺しで照れる羽目となった。しかし、レルヒが俺との比較を持ち出すと、その整った顔が引きつってしまう。


「──ロウも腕には自信があるみたいだけど、アシエラさんは単独でアンデッド化した亜竜をぶっ倒したこともあるんだぜ。何匹も亜竜を狩ってるっていう、あの『竜殺し』と同じくらい強いって言われてるくらいだ。喧嘩売ったりしたらだめだぜー?」


「「……」」

「ほぇ~」


 配膳が済んでからも続くレルヒの話を聞いていくと、聞き覚えのある懐かしい通り名がでてきた。


 彼の口から出た「竜殺し」といえば、今はボルドーで活動をしているあのアルベルトのことだろう。拠点の異なる魔導国にまでその名が轟くというのは流石である。本人が聞いたらドヤ顔を浮かべそうだ。


 レルヒの語るアシエラ武勇伝に感心していると、向かい側に座る姉妹は何とも言えない表情で居心地悪そうにしていた。


(沢山褒められたところで、お前さんに返り討ちにされた事実は消えないしな)

(むしろ、褒められるたびに虚しさが増していく気さえするのです)


 彼女らの様子を的確に表す、切れ味鋭い辛口評論家の曲刀たち。君らって結構容赦ないよね。


「そういえば、ロウはなんか武勇伝みたいなのってないのか?」


 曲刀たちとアシエラ姉妹の内面予想をしていると、灰色髪の少年が川魚の串焼きを食べながら、そんなことを聞いてきた。


「う~ん。俺がやってきた依頼って薬草採取ばかりだからなあ」


 まさか都市崩壊級の魔物や、都市を丸ごと氷河に閉ざす様な竜を打ち倒したなどとは言えるはずもなく。表向きこなしてきている薬草採取の話でお茶を濁し、野菜スープとバゲットを胃へと流し込んでいく。


「なんでえ、つまんねーの。それなら魔術大学の学生の方がよっぽど冒険してる気がするぞー」

「冒険者なんてごく一部の、それこそアシエラさんみたいな一握りを除けば、地味~なもんだよ」


「何か夢が無いなー。まあいいや、ロウって姉ちゃんの勤めてるところに泊ってるんだろ? 明日顔を出すから、例のアレ教えてくれよ!」


 俺の口から名前が出た時にびくりと震える黒髪美女の反応を楽しみつつ、隣に座る灰色髪の少年に世の現実について(さと)す。が、まるで効果が出ずさらりと流されてしまった。


(お前さんって時々説教臭くなるよな)

(ロウは子供の為を想って言っているのでしょうが……ふふっ、当人にはなかなか伝わりませんね)


 じじ臭いとの念話攻撃を受けながらレルヒの言葉を検討したが、明日は魔神バロールとの面談があるので難しいだろう。……そもそも、面談で終わるかどうか分からんし。


「明日は人と会う約束があるから、難しいな。それも、時間がどれくらい掛かるか分からないし。二日後なら多分大丈夫だけど、どう?」

「そういうことなら明後日で大丈夫だぜ。人と会うって、友達?」

「う~ん。友達のお母さん……なんていう表現が正しい……のか?」


 友達(勘違いの末俺の首を斬り落とし、あげく焼き殺そうとしたクレイジーな女)のお母さん(不滅とまで言われる伝説級の上位魔神)だもんなあ。


 というか、エスリウは友達でいいんだろうか。


(随分言葉を交わしたし、そう呼べないこともないんじゃないか?)

(はん。知人で十分でしょう)


 頼れる相棒たちの意見は真っ二つであった。


◇◆◇◆


 食事を頂いた後。


 レルヒたち姉弟を見送って、人外姉妹へと向き直る。とっぷりと日が暮れたため、もはや路地では街灯がなければ真っ暗だ。


「少し待ってほしいということでしたが、何かお話があるのでしょうか?」


 店を出る直前、アシエラから時間が欲しいと言われたため、俺と彼女たちはこの場に残っている。


 今更襲ってくるとは思っていないが……さてさて。


「まずは君を襲ったことに関する謝罪を。夜道で襲うような真似をして、ごめんなさい」


「こちらは怪我した訳でもありませんし、むしろアシエラさんを肘で打っちゃいましたし、実はもう手打ちって気分だったんですよね」

「うわー。ロウ君って、何というか、結構ざっくりとした性格なんだねー。というか、本当にお姉ちゃんを返り討ちにしたんだ……しかも無傷……」

「アシエラさんにも言いましたが、こう見えて凄く強いんですよ。自分で言うのもなんですけど」


 そう言いながら冗談めかして力こぶを作るも、乾いた笑いしか返ってこなかった。


 その後、どこに耳があるか分からないということで、彼女たちの住んでいる家へと案内されることになる。


 バザールからそう離れていない好立地の家屋は、土魔術で創られた住居のようだ。木製の家屋とは異なり、白一色の外壁には得も言われぬ情緒がある。


 考えてみれば、人生二度目の女子ルームである。


 ただし、いずれも人外。俺も人外だし、人外の縁しかないのだろうか?


「あまり物がない家で恥ずかしいですけど……はい、お茶ですよー」


「どうもどうも。そんなこと言いつつ、可愛らしい猫の置物とか、切れば血の出そうなオーガの彫り物とか、色々と凝ったものがあるじゃないですか。部屋に馴染んでていいと思いますけどね」

「あはは、そうですか? 恥ずかしながら、自作なんですよね、それって」

「滅茶苦茶凄いじゃないですか……」


 収納棚の上にあった金属工芸品や、1/2? 1/3? スケールの木の彫り物が目に留まったため話を振ってみれば、まさかの自作という返答が。器用なんてもんじゃねーぞ!


(ククッ、お前さんの土魔法よりも出来が精緻(せいち)かもな?)


 サルガスの言葉に反論したいところだが……香箱(こうばこ)座りの猫と腕を組んで仁王立ちするオーガ、どちらも瞬きすらしそうな生命感があるし、確かに負けているかもしれない。


 土魔法というワードで、ボルドー冒険者組合に放置してきた双龍のことを思い出し、懐かしい気持ちとなりながらお茶を口に含む。はぁ旨い。


(なご)んでいるところ悪いけど……どうして私が魔物ということが分かったの? バレた身で言うのもなんだけど、正体が露見しないように注意深く生きてきたつもりだし」


「う~ん……なんといいますかねー」


 思い悩むような表情で話を切り出したアシエラに、どう答えたものかと頭を絞る。


 魔力を見たら分かるという極めて単純な事実ではあるものの、通常国家機関の精密な検査設備でもない限りは、その事実が判明することは無い。


 つまり現状は異常事態であるし、そのことを話せば俺が異常な存在であることを示すことになってしまう。


 とはいうものの、既に人外たるアシエラを圧倒している時点で、おかしな存在ということは伝わっている気がしないでもない。


 そうやって思考の海に沈んでいると、アシエラが少し焦れたように言葉を重ねてきた。


「君は正体について触れて回るつもりがないみたいだし、どうこうしようなんて気はないけど、君の得た情報源については、対処しないといけないかもしれない。私にとっては死活問題なんだ」

「そりゃあまあ、そうでしょうね。うーん、ぶっちゃけますと、情報源なんて無いんですよね」


「……どういう意味? まさか、かまをかけたの!?」

「見ず知らずの人に、それも証拠もなしに魔物だなんて言いませんよ……俺もまあ、あなた方と同じく少々特殊でして、相手を見るだけでどんな存在か、なんとなーく判別できるんですよね」


 結局、上手くこの場をやり過ごせそうなでっち上げを思いつかなかったため、一部情報を開示することにした。


 竜、そして一部の神や魔神が持つという魔力を見極める力。


 人が持つというのは見たことも聞いたこともないが、人外であればどうなのだろうか?


「見ただけで、正体が分かる? そんなことが……」

「あなた方ってことは、やっぱり私もバレてたんだねー……見るだけで分かるって、凄い力だなあ。私も結構生きてるけど、そんな話は聞いたことないかも」


 期待を込めて返答を待つも、やはり彼女たちにとっても聞かぬ能力であるようだった。


 まあ、彼女らが人ならぬ存在のことをどの程度知っているのか分からないから、個人の意見くらいにしかならんけども。


 いつの間にか俺の話になっていたので、忘れる前に聞くべきことを聞かねばとアシエラが襲撃した理由を尋ねることにした。


「こっちの事情はそういうわけなんですが、俺に襲い掛かってきた事情を教えてもらいたいんですけど、話せます?」


「……そうか、君は大まかに私たちのことを魔物ということは判別できても、どういった魔物なのかまでは分からないんだね」

「そういう感じですね。暮らしぶりを見るに、頻繁(ひんぱん)に人を襲ってる訳ではないということは分かりましたけど」

「えっと、お姉ちゃんが襲っちゃったから、信じるのは難しいかもだけど……私もお姉ちゃんも、生きた人族を襲ってたのは、ずうっと昔の一時期しかないんだよ」


 ショートヘアの毛先をねじねじと(いじ)り眉根を寄せながら、アムールは事情を話し始めたのだった。

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