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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第四章 魔導国首都ヘレネス
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4-17 降魔について

「──『降魔(ごうま)』とは、魔神の(つかさど)る権能を解放し、魔神として真なる姿になることを言います。力を解き放つわけですから、人型の状態とは比べ物にならない強大な力を振るうことになりますね」


「ほぇ~。確かにエスリウ様の魔法は、竜と同等なんじゃないかってくらいに凄まじかったですもんね」


 魔術大学の学生寮。


 隣国の公爵令嬢であるエスリウに割り当てられた部屋で、ロウは魔神として先輩にあたる彼女から、魔神に関する知識の教示を(あお)いでいた。


 魔を降ろす、魔神としてこの世に顕現するが故に、「降魔」。


 三眼四手の魔神となったエスリウがロウを魔力面で圧倒したのも、自身が司る破壊と暴力の権能を解放したからに他ならない。


 この降魔は、その魔神の司る権能によって、姿形や能力の傾向が異なる。


 魔神の持つ権能は様々であり、似通った力を司っていてもその振るい方は一つとして同じものはない。魔神ごとに特色があるのだ。


 故に、降魔状態となればロウがどのような魔神であるのか、その一端が表れるであろう……という話だったのだが──。


「まずもって、俺自身が何を司る魔神なのか分かりませんからねー」


 ──彼の場合、降魔状態となる大前提が成立していない現状であった。


 権能を解放するのに、その権能がどういうものかを知らなければ、解放するイメージの持ちようがないのである。


「それも妙な話に思えるのですよね。ワタクシは魔神であるお母様から育てて頂きましたが、自身の司る権能については教えられるまでもなく理解していましたもの」

「魔神にとっては人型は仮の姿であり、権能を解放した状態こそが真なる姿ですから。それをおのずから理解するというのは道理だと言えます」


「そんなこと言われましても。さっぱり思い当たらないんですよね、権能。大体なんでもできるし……」


 ロウが頭を掻きながら白状すると、向かい合う主従は頭痛に悩まされるかの如く表情を(ゆが)める。


 この少年の異常さ、とりわけ彼の扱う魔法が極めて多彩であることは、彼女らも知るところであった。


 とはいえ、当人の口から「なんでも出来る」などという言葉が出るのは、やはり衝撃的なものである。


 たとえ魔神であっても、得手不得手(えてふえて)は存在する。


 魔神エスリウであれば、灼熱は操れども相克(そうこく)関係にある水魔法は不得意である。


 先ほどマルトが触れていた上位魔神ルキフグスなどは、火風水土に闇や空間の魔法までも使いこなすが、光魔法は全く操れない魔神だった。


「なんでも、ですか。基本的な属性魔法に空間魔法、回復魔法を操れることは戦いの中で見ましたが。光魔法や時魔法のような特殊なものも、ロウさんには扱えるのでしょうか?」

「光の方は何度か試したことがありますが、時間に関わるものはやったことが無いですね。……ちょっとやってみようかな」


 言うが早いか、紅の魔力を集束させるロウ。


 ギョッと目を見開くエスリウと静かに溜息をつくマルトを無視して思い描いた魔法は、物体の静止。手の平に凝縮した魔力を解き放ち、少年は手に持った紅茶入りのコップへと魔法を打ち込んだ。


「おぉ……? あれ?」


 恐る恐る持ち手を放してみると、コップは宙へと浮かんだまま──とはならず、重力に引かれて落下。


 しかし、テーブルに落ちても中に入っていた紅茶は零れることなく、コップの底で固形物のように静止していた。


 ロウの想定とは若干異なるものの、見事に「時間停止」の成功である。


 ──彼の想定では、停止した物体は空中で静止し続けるはずだったが、現実にはこれは難しい。


 通常の魔法のように魔力によって座標を固定することや、エスリウの持つ「(ぎょう)の魔眼」のように周囲の空間ごと凝結(ぎょうけつ)させることは可能である。


 しかし彼の想定は対象のみ時間を停止させるのだから、その場に浮かんでいられるはずが無いのだ。


 仮にその対象の座標を固定させるために、その対象の受ける重力や引力斥力(せきりょく)などの物理的な力の一切を無効化しようとすれば、固定した瞬間に尋常ならざる速度ですっ飛んでいってしまう。


 これは星の自転、そして恒星に対する星の公転速度、並びに星を含む銀河全体の重力による相互運動、果ては銀河を含む銀河団、大銀河団同士の重力による運動等々……。それらが重なり合ったことで発生している莫大なる運動速度から、停止した対象が解き放たれる故の結果である。


 いわば、猛スピードで走行中の馬車の室内で、目には見えない鉄柱を地面に向けて突き刺し、乗客がそれに掴まるようなものだ。


 そんなことをすれば、地面に突き立った鉄柱と、走行中の馬車と同じ速度で迫る座席によって、乗客は無残にも挟まれてしまう。走っている馬車の御者からすれば、乗客がいきなり座席へとすっ飛んで()き肉になったように見えるのだ。


 もしロウが空間を丸ごと完全停止させるような魔法を思い描いたならば、超音速で手元を離れたコップが室内を無惨に破壊していたことだろう。想定通りとならなかったことで、その実彼は幸運を拾っていた。


 ──話は戻り、少年の時魔法を見た周囲の反応である。


「……その場での新たな魔法構築。そんな、馬鹿なことが」

「確かに、何でもアリのようですね、ロウさんは」


 愕然とするマルトに、乾いた笑みを浮かべるエスリウ。


 時魔法を扱うことが出来るという事実もさることながら、瞬時に魔法を構築して見せるその開発力に、両者は大いに呆れていたのだ。


 しかしながら、時魔法を構築した本人は不満気である。


「うーん? 時間を止めたら空中で静止すると思ったんだけどなあ。中身の紅茶自体は完全に静止してるみたいだけど……おお!? ズルっと出てきた?」


 テーブルの上で横倒しになったコップを持ち上げたロウが、持ち手を返して逆さにすると、固形物となった紅茶がずるりと落ちる。


 どすりと石のような音をたてた固形の紅茶はコップの底の形のまま卓上で沈黙。落下後も広がる気配はない。


「面白いものですね。状態の完全保存ですか」

「それなりの負荷を加えると普通に変形しちゃうみたいですね。……空気を停止させて壁に使えるかもと思ったけど、これじゃあ無理そうだ」


 身体強化状態で固形物に指を突き入れながらロウが分析し、魔術大学の現役学生であり学者畑のエスリウもそれを興味深そうに眺める。


 そこで、一人本題を覚えていたマルトが咳ばらいを一つして話を戻した。


「……こほん。ロウが魔神の中でも規格外ということは十二分に理解できたよ。それはそれとして、君が得意とする魔法は何かないだろうか? 得意とするものがあれば、それを足掛かりに君の司る権能を解明することが出来るかもしれない」


「そういえばそういう話だったか。得意な魔法な~……使い慣れているといえば、空間魔法や土と水魔法なんだけど、これは単純に使う機会が多いからだしなあ。逆に苦手というか効率が(いちじる)しく悪いのは、回復魔法があるな」

「回復魔法が不得意ということですか。確かに、マルトを治療した際は魔力欠乏の症状が出ていましたね。ワタクシは可もなく不可もなくといったところですが、他の魔神はどうなのでしょうか?」


「そうですね……私が知る限りどの魔神も、極めて高い生命力を持ち、魔力を使って肉体の再生する術を有しています。魔力を用いた再生が回復魔法と言えるかは分かりませんが、それが不得意であるというのなら、ロウの分かりやすい特徴と言えるかもしれません」


 エスリウに問われ、少し間を置いた後に見解を語ったマルト。


 ロウにはしっかりとした見解のように思えたが──。


「それで、思い当たる魔神はいるのですか?」

「……いえ。分かりかねます」


 ──つまるところ、詳細不明であった。


「権能が分からなくて『降魔』が出来そうにないってのはちょっと残念ですけど。回復魔法が苦手な魔神を調べていけば俺のことが何かわかるかもしれないって考えれば、結構大きな発見ですよね。エスリウ様は魔神について詳しく知っているような方だったり、魔神についての資料だったり、そういうものをご存じありませんか?」


 ロウは項垂(うなだ)れるマルトを哀れに思い、フォローついでにエスリウへと質問を投げかける。


「ワタクシは人の世に溶け込むことに砕身していましたから、逆に魔神に関する情報は疎いのです。シャノワール……公爵家の使用人をしている魔神の眷属(けんぞく)ですね。この子やお母様に聞けば、あるいは何か判明するかもしれません」

「使用人の方はともかく、バロール様に会うのは(はばか)られますねー……仮にもエスリウ様を殺しかけましたし」


「あら。そのことでしたら、もうお母様の耳に入っていますよ?」

「!?」((!?))


 さも当然のように、抜からぬ顔で言ってのけたエスリウに、ロウと曲刀たちは大いに動揺する。


(ちょ、マジかよ。上位魔神っぽいバロールと全面戦争突入ですか? もう異空間に引きこもろうかな……)

(魔眼の魔神バロールか……「不滅の巨神」、「死と破滅の邪眼」、「(あまね)く焼き尽くす悪鬼」。異名を上げたらきりがない、伝説中の伝説たる魔神だな。まあ、諦めろ。俺はそう悪くない刃生だったぞ)

(私も悔いなどありません。この身が焼け落ち融解するまで、ロウの刃として添い遂げましょう)


(……おう。君らって、結構愛が重いよな)


 などと、脳内会話で盛り上がっていた彼らだったが──。


「うふふ、ご安心ください。争いの元がワタクシの過失であることは伝えてありますし、お母様も生きているなら問題ない、むしろワタクシにとって良い経験になったと喜んでいましたから」


「……凄いお母様ですね」

((……流石魔神))


 ──エスリウの言葉に水を差され、奇妙な気恥ずかしい思いに駆られるのだった。


 曲刀たちと妄想で盛り上がっていたことを誤魔化すため、ロウは話を面会の件へと戻した。


禍根(かこん)が残らなかったなら幸いです。もう報告が済んでいるということは、バロール様はこの都市にいるということでしょうか?」

「ええ、長く滞在する予定はありませんが。うふふ、面会の約束を取り付けましょうか? お母様もロウさんのことは、とても興味深い子だと仰っていましたから」


「はい、是非ともお願いします。……そういえば、竜を捕えてあることって、バロール様には伝わってますか?」

「一応、ワタクシとロウさんが争ったという話の流れの一環で、その話もしていますね。こちらの都合で話をしてしまい、申し訳ありません」

「いえいえ、大丈夫ですよ。面会の日程に関してですけど、実は五日後から魔術大学の教授と一緒に大砂漠へ向かうことになっていて、そこから三週間くらいこの街を離れるんですよね──」


 バロールにウィルムの件が伝わっているかどうかを確認したロウは、エスリウと面会日の調整を行いながらも上位魔神との面談に向けて作戦を練っていく。


(──ウィルムの件が伝わってたのは僥倖(ぎょうこう)だったな。これなら、いきなりぶっ殺されるってことも無いだろう)


(伝説の魔神に、ましてやその娘に手を出してるのに、そいつに会いに行くって聞いた時は正気を疑ったが。なにか考えがあるのか?)

(単純に、竜を武力としてチラつかせることが出来るってだけだよ。お前が下手なことするなら、お前に恨みを持ってる竜を解き放つぞーってな)

((……))


 サルガスに問われ、ロウは自身の考えを明かした。


 何のことはなく、ウィルムを使った恫喝(どうかつ)である。


(……確かに。竜の怨敵たる魔神バロール相手なら、ロウがウィルムという手札を持っていることが、極めて有効なものとなり得るでしょうね)

(不滅と恐れられる上位魔神を、天敵たる竜を使って脅す、か。お前さんの発想は、常軌を逸している。まさかウィルムの御機嫌取りをしているのも、こういうことを見越していたのか?)


(そんなもん偶然に決まってるだろ……。ただ、ウィルムにはどう説明したもんかなー。目の敵にしてるバロールと会うなんて言ったら、下手すりゃ殺されるかもしれん。でも、万が一バロールと争いに発展した時のことを考えたら、何も伝えずにいるってのもなー)


 ああだこうだと言いつつウィルムの心配をするあたり、意外と気を遣う面もあるロウである。


 もっとも、意思確認の前にバロールとぶつける前提で話しているため、外道には違いないが。


 そうやって彼らが脳内で作戦会議を開いている内に調整が進み、面会日が二日後と決まった。


 ジラール公爵の(めかけ)であるバロールは公務に(たずさ)わることが少なく、予定に空きがあること。そしてロウが大砂漠へ向かう前に会う方が都合がつきやすい、ということである。既にエスリウが母親のスケジュールを把握していたため、とんとん拍子で日程が決まったのだ。


「──あら、もう夕方ですか。結構話し込んでしまいましたね」


 予定していた話や面会についても話が纏まったところで、赤く焼けだした空を窓ごしに眺めたエスリウが零す。


「秋口だけに日が短くなってきましたね。今日は色々とお話ししていただき、ありがとうございました」

「うふふ。ロウさんと話していると、時間が過ぎてしまうのが早いものですから、物足りないくらいです。ワタクシとしては二日後の公爵家別邸と言わずとも、逢瀬(おうせ)を重ねて親交を深めたいのですけれど」

「いやーエスリウ様もブレませんね。それじゃ二日後、失礼しますねー」


 すみれ色の目を細め、ちろりと舌なめずりをする美少女の姿に恐怖を覚えたロウは、手早く帰り支度を完了。如何にも適当な別れの言葉を捻り出し、そそくさとその場を退散した。


 神域での一件といい今回の件といい、彼は女性からの逃走に関しては殊更(ことさら)判断が早い。


 女神や魔神と関係を深めることに抵抗があるのか、単に女性経験が乏しい故の苦手意識からくるのか。あるいは、親の仇が美しい女性だったことに由来するのか。


「──あらあら。ロウさんったら、あんなに急いで逃げなくても、ワタクシは襲うつもりなんてないうのに。……少し攻め過ぎたかしら?」

「ロウの言う通り、お嬢様はブレませんね」


 いずれにしても、ここにいる魔神の主従が知るところではなかった。


「あの子の表情はコロコロと変わって、見ていて飽きないのよね。ふふっ、ワタクシがお母様にロウさんのことを話したと言った時の顔なんて、堪らなく弄りたくなるようなものでした」

「彼のことを大層気に入られたようで。……しかし、互いを知らぬ魔神同士の面会など、大丈夫でしょうか?」


「ロウさんがお母様の天敵たる『青玉竜(せいぎょくりゅう)』を捕えているというのは、大きな問題となるかもしれませんね。とはいえ、お母様の方から手を出さなければ、ロウさんがその手札を切ることはないでしょう。彼の話では、『青玉竜』には手を焼いているようでしたし、天敵を前にした竜を御しきれるほどの関係は築けていないようですから」

「……バロール様が、気まぐれを起こさないと良いのですが」


 愉悦(ゆえつ)の色を滲ませて語る主人に、その主人の母親が持つ気質を思い出し、悄然(しょうぜん)とした表情となる従者。


 若葉色の従者の懸念は的中するか、それとも杞憂(きゆう)と終わるか。


 どちらにしても、幼き魔神と不滅の魔神との会合は、こうして決まったのだった。

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