1-13 枯色竜との遭遇
時は前後し、ロウが竜を発見する直前。冒険者と馬車の護衛隊が魔物を討伐した直後。
護衛達は状態の良いオーク死体を切り分け、解体作業を行っている。
そんな作業を眺めながら、豪商ムスターファは見事にオークの王を圧倒して見せた冒険者──アルベルトを褒め称えていた。
「実に見事だった! 『竜殺し』の通り名は伊達ではないのう」
「いえ、差し出がましい真似をしました。お孫さんの儀式魔術なら苦も無く打ち倒すことができたと思います」
「でも、私がやったら木っ端微塵になると思ったんですよねー? むぅ」
手放しで褒められている青年をジト目で睨みながら、孫娘は可愛らしく頬を膨らませている。とはいえ、オークの軍勢をただの一撃で半壊させてしまう魔術を見た後に、それ以外の結末を予測するのは難しいだろう。
「ハハハ。ヤームルよ、どうか拗ねないでおくれ。彼は儂の意向を汲んでオークキングを倒してくれたんだよ。死体の状態が良いほうが価値が高いだろうという考えを見抜いて、な」
「単純に活躍の場が無くて働きたかっただけですって」
みなまで言われて恥かしかったのか、照れながらかぶりを振るアルベルト。
そうこうしている内に解体した部位を馬車に回収し終え、弛緩した空気が流れたその時──咆哮が轟いた。
「「「──っッ!?」」」
肉体がすくみ上り精神が凍り付き、魂も震え上がるような恐ろしい咆哮。存在を確認するまでもなく、絶対的な恐怖を刻みつける絶望の響き。
その場にいた全員が動きを止め、しかるのち弾かれたように音の発生源へ目を向け──木々の間から悠然と向かってくる王者を見た。
蛇と獅子がかけ合わせた様な、威厳と邪悪さを内包する頭部。そこから流れるように突き出る四本の角。大樹の幹を思わせるような太く強固な首。巌のような胴体にそれを支える強靭な四肢。
前肢の肩口から腕の様に突き出る巨大な翼、大蛇のように長くうねる尾……。そして、それら全てを覆う、鈍く輝く枯色の鱗。
枯色竜ドレイク。首を天高く伸ばし威風堂々と歩む姿は、正しく生態系の頂点たるもの。この世の王者そのものだ。
「ド……ドラ、ゴン……」
ワイバーンやサウルスのような亜竜とは異なる、正真正銘の竜。その生物が放つ圧倒的な力感、存在感に打ちのめされ、護衛隊の誰かが呆けたように呟いた。
その呟きを拾ったのか、灼熱を宿したガーネットの如き瞳が眼下の生き物を睥睨する。
【……ハッ】
一瞥をくれた後、ドレイクは嘲笑するように鼻を鳴らしたかと思うと──大きく体を反らす様に息を吸い込み始めた。
「……あ? あれは、まさかッ!?」
いの一番に正気に戻ったのは亜竜と何度も戦闘経験があるアルベルト。
ドレイクのとった行動が亜竜を含む竜たちに共通して見られる、ある攻撃の予備動作だと気が付いたのだ。
「全員散開しろォ! 全力で身を守れッ!」
指令系統を一切無視した声が森に響く。
その声で正気を取り戻し、覇気にあてられていた者たちが辛うじて体勢を整えた──直後。
アルベルトたちの視界が、白い輝きで満たされた。