4-15 教授と助手の実力は
なななんと、今回の話で連載が100話となりました。
ここまでこれたのも見に来て下さる、そして応援して下さる読者様のおかげです。ありがとうございます。
これからもお付き合いのほど、よろしくお願いします。
※分割作業で話数が増え、訳の分からない前がきとなっています。
昔はここが100話だったんだなあ……。
戦闘開始を告げる合図と同時に、ロウと対峙した両者は動く。
「──まずは小手調べかな」「術式、解放っ!」
事前に構築していた遅延術式を解放し、教授と助手は少年目掛け数十もの魔術を殺到させた。
彼らが放った魔術は各種属性の基礎的な攻撃魔術である。
火球や氷槍、土塊に風刃。一般的な魔術師が身体強化を行って身を固めれば、どれも十分な傷を与えるには不十分といえる魔術ではあるものの、相手の行動を害するにはうってつけのものだ。
加えて、彼らの持つ短杖や長杖といった魔術触媒により、それら魔術の威力は増大している。そんな強化魔術が数十も展開されたとなれば、小手調べとは名ばかりの殲滅攻撃となる。
回避先すらも埋め尽くすような、津波の如き魔術の弾幕。
それは並みの冒険者たちであれば、パーティー丸ごと粉砕される攻撃だったが──彼とて人外である。
それも、とびっきりの。
「──ふんッ!」
力の集約点である下丹田に溜めた力を、喉から響かせるような鼻の呼気と一緒に爆発させ、少年は模擬剣一刀を振り下ろす。
弾幕の到達寸前に空へ向けて放たれたその一撃は、しかし巨人が両開き扉をこじ開けたかの如く、迫りくる魔術を縦に割って切り開いた。
「「っッ!?」」
対峙していた両者は、精霊使いが精霊魔法も使わずに状況を切り抜けたことに驚愕し──直後に打ち込まれたさらなる連撃で愕然とすることになった。
面打ちは、一度では終わらない。
「えぃやッ!」
「──不味いッ!?」「『飛刃』!? 強化魔術をかき消すほどの!?」
一回目に踏み出した足の下へと身体を引き込んだロウによる、連続面打ち。
独特な呼気と、いっそ儀式的でさえある所作で打ち出された斬撃が魔力を纏い空を駆け──鈍色の刃となってアインハルトたちを襲う!
飛翔した刃は転がるようにして退避した両者の間を通過し、展開されていた物理障壁に激突。
爆発でも起きたかのような衝撃風が吹き荒れ、金属をすり合わせた様な甲高い音が実験場に響き渡る。
「ぐッ……」「くぅ──!?」
左右へ飛んで斬撃を回避した二人は、その爆風によって吹き飛ばされ、分断。
そこを逃さず距離を詰め、ロウは体勢を崩すヘレナに襲い掛かる!
「れいやッ!」「っ!」
初撃。
槍のように突き出された長杖の先端と模擬剣の切っ先が触れあった瞬間繰り出される、紫電のような払い小手──槍の持ち手を滑らせるように動かし回避。
刹那の二段目。
柄を模擬剣で打たれたことで更に体勢を崩したヘレナに対し、上段から畑を耕すかの如き烈火の打ち込み──片膝立ちになり長杖を掲げるように受け止め、彼女が辛うじて防ぐ。
瞬きも許さぬ三段目。
上段打ち下ろしの防御によって曝け出された水月への左前蹴り。足の中でも特に硬い踵を使った蹴りが彼女の展開した物理障壁を突き破り、胸部へと突き刺さ──らない。
杖を掲げた状態で器用に上体を反らした彼女は、鋭い蹴りで服が裂かれる音を聞きながらも、すんでのことでこれを回避。
物理障壁が僅かに稼いだ時間を使っての早業であった。
「させんッ!」「!」
一撃必殺の蹴り──八極拳・蝎子脚を躱されたロウが、ヘレナに追撃を仕掛けるその直前。間合いを詰めたアインハルトが背後から強襲。
模擬剣と杖との二刀流に火風水土の魔術を交えた連続攻撃で、奇襲一閃を避けた少年に更なる追撃を仕掛ける。
「──教授って割には、魔法剣士みたいな戦い方ですよね」
「はははッ! 我々大学教授陣は、皆接近戦も得意なのさ!」
魔力で刃を形成した杖と模擬剣を躍らせながらも、魔術大学の教授らしく攻撃の合間を縫うように、意識の隙間を突くように、巧みに魔術をさしていくアインハルト。
純粋な剣技は一流冒険者に譲るものの、その手数の多さ、攻撃の多彩さで人外たるロウと切り結んで見せる。
「私も、まだ戦えますよ!」
そうこうする間に立て直したヘレナも攻めに加わり、攻撃の穴を埋めるように魔術を挟み込む。
教授と助手の息の合った連携は勢いを増し、絶え間ない炸裂爆撃の音が実験場に響く。
それはもはや試験などではなく、強力な魔物や亜竜と対するかのような戦闘音だった。
しかれども、やはり相手は魔神である。
四方八方に魔法陣が浮かび間断なく射出される魔術を、ロウは模擬剣で叩き落し、裏拳で弾き飛ばし、肘打ちで砕き割る。
日々魔力操作技術が強化されていく彼の身体強化は、既に基礎魔術など障害とならぬものとなっていた。
「──ッ! 君の方こそ、精霊使いなんじゃなかったのかな? どう見ても戦士じゃないか」
「ご所望とあらば、お見せします、よッ!」
「くッ!」「っ!?」
構築した魔術を悉く打ち砕かれたことに動じたアインハルトを、ついにロウの剣が捉える。
杖と剣の十字構えを横一文字の薙ぎ払いで吹き飛ばした少年は、間髪入れずに水の魔法を構築。
堤防の水門を開放したかのような激流を、虚空より発生させた。
生み出された鉄砲水は指向性をもって突き進み──吹き飛ばされて体勢を崩すアインハルトと、そのフォローへ向かったヘレナに急迫する!
激流は二人が守りとして発動させた石壁の魔術を一息で破壊し、なおも侵攻。
壁では防げぬと跳躍して水流の側面へと逃げていた両者に対し、ロウは蛇のように流れをうねらせ周囲を塞ぎにかかる。
「こうも、自在かッ!」
僅か数秒で周囲を塞がれてしまったアインハルトが、あまりにも圧倒的な力を前に吐き捨てる。
魔術と異なり自由度の高い精霊魔法ではあるが、反面その操作には高い集中力が要求されるものなのだ。
であるのに、かの褐色少年はそれが片手間だとでもいうように水流を巧みに操り、異なる場所にいる自分と助手を同時に追い詰めている。
それも、上級魔術に匹敵するような規模で、だ。
(これ程の精霊魔法で二人同時に相手取れるほどの技量であれば、接近戦の方がまだマシ──! あの部分は水の層が薄い? 流石に両方同時の包囲は無理がかかっているのか? ならば、まずは一点突破だ!)
周囲に視線を走らせ水流が他よりくびれている箇所を発見したアインハルトは、そこを突き破るべく杖より魔術を解放。石槍氷槍を集中させ、水の包囲網を食い破った。
──が、しかし。
「──ヘレナ!?」
「教授っ!?」
彼が水流を破り脱出してみれば、“同じようにして”包囲を抜け出した助手の姿。
そして眼前には、二階建ての家屋にも迫る背丈の、床から上半身だけを生やした石の巨人。
つまりは──。
((──誘い出されたっッ!?))
──そういうことだった。
両者が同時に思い至るが、時すでに遅し。
「ごッ!?」「がっ!?」
低い姿勢で待ち構えていた巨人からの両腕掌底打ちで同時に吹き飛ばされた二人は、水流に呑まれ──突如その水流が氷河へと相変化した事で、身動きすら出来なくなった。
水に込められた魔力を解放したことによる、水の強制相変化魔法「氷瀑」。
その中に閉ざされたものは、隙間なく閉じ込められるが故に指一本動かせない。
すなわちロウが相手の拘束が完了したということであり、戦闘が終結したということでもあった。
◇◆◇◆
戦闘終了後。
氷瀑を解除し水を一纏めにしたロウは、依頼主からやや呆れの混じった賞賛を受けていた。
「──侮っていたわけではないんだが。手も足も出ないとは思いもしなかったよ」
「まさか、教授との二人掛かりでこうも圧倒されるとは。ロウ君、君は一体……?」
「こんなナリでも冒険者ですからね。実戦経験のなせる業ってやつですよ」
「……とても経験を積める年齢には見えないのだがね」
ロウの適当な誤魔化しに白い目を向けるアインハルトだったが、まるで話す気のなさそうな少年の顔を見て追及を諦めた。
一方、ロウに裂かれた服を着替えた助手のヘレナは、思案顔で少年への質問を続けていく。
「経験ですか。ロウ君は人間族ということでしたが、長命種の血でも流れているのですか?」
「ああいえ、三年くらい前から実戦を経験しているもので」
「そんな幼い時から……。しかし、末恐ろしいものです。これほどの力を持ちながら、ロウ君には驕りも見えませんし」
「上には上がいると知る機会がありましたからね。おかげで増長せずに済みました」
「うちの学生たちにも、ロウ君を見習ってもらいたいものです」
圧倒的な実力差で戦闘を終え、しかし礼儀を失しないロウに、ヘレナは感心した様子で呟きを漏らす。
アインハルトの助手を務める彼女は、この魔術大学の卒業生でもあった。
学生時代も研究者となってからも様々な才能ある者たちを見てきた彼女だが、若くして高い能力を持ったものは必ずと言っていいほど、その万能感から驕り高ぶりが滲んでいたと振り返る。
また、彼女自身フラウィア家という魔導国の名家出身であり、更には秀でた才能を持っていたため、いくらか増長した時期があった。ロウくらいの時分など、己よりはるかに劣る周囲を見下し馬鹿にしていたものだ。
それだけに、そんな自分よりも遥かに上回る才を持つ少年の態度には、彼女も大きく驚かされたのだった。
そうやって感心するヘレナが、ロウへ今回の依頼の内容を説明していく。
「五日後に大砂漠へと向かう時、ロウ君には私たちの護衛と荷物持ちをしてもらうことになります。食料やテント以外にも調査機材や資料作成のための道具もありますので、相当な重量となることが予想されます。どうかご了承ください」
「大人五人分くらいの荷物なら余裕ですよ……って、痕跡を探すだけではなくて、資料の作成もするんですね」
「はい。大砂漠は未だ解明されていないことだらけですから。折角そこへ赴くというのに、ただ竜の痕跡を探すだけなど、どうしてできましょうか!」
「「いや、できない! ならば可能な限り調査すべき!」」
「あ、はい」
鼻息荒く声を共鳴させるコンビを見て苦笑いするロウを無視し、説明は続く。
調査地までの移動方法や調査に掛かる日数、不測の事態が発生した際の判断などの説明が終わったところで、助手に説明を任せていたアインハルトが口を開く。
「──ロウ君がこの依頼を受けてくれたのは僥倖だったかな。この分なら大砂漠で確認されている、魔族や亜竜のアンデッドのような上位存在と遭遇しても、難なく切り抜けることが出来るだろう」
「げッ。大砂漠ってそんなのまでいるんですか? アンデッドなんて数えるほどしか戦ったことないんですけども」
「姿が不気味だったり身軽だったりする以外は、生きている時とそう変わるものではないですよ。アンデッドになったことで、強力な魔法を使うようになっていたりはしますが……ロウ君なら何も問題はないでしょう」
「ほぇ~」
そうやって、時に雑談を挟みながらも依頼内容を聞き終えた少年は、実験場の片づけ(大量の水を排水溝へ流したり、床から生えたゴーレムを脇へ移動させる作業)を終えたところで解散となった。
依頼中の戦闘は予想されるもののそれが主目的ではない為、互いの実力が把握できていれば十分だろうということだった。ロウはボルドーでの異形の魔物討伐依頼を思い出し、依頼によって随分違うものなのだなあと新たな発見に一人頷く。
(まあ、連中の気質によるところも大きそうだがな)
(そういや冒険者じゃなくて研究者だもんな。強いもんだからすっかりそういう意識が薄れてたけども)
自身の思念を読み取ったサルガスの言葉で、相手が研究者だったことを思い出したロウ。
ここの大学は全員が全員冒険者顔負けのような実力者なのだろうか? などと思い巡らせながら構内を歩いていると、彼は見知った人物に遭遇する。
「──やはりロウさんでしたか。“赤”の魔力を構内で感じて、何事かと身構えましたが」
「げェッ! エスリウ様!?」
「……女性に会って、嫌悪する害虫を見たかのような反応をするのは、どうかと思いますよ。ワタクシの場合は、仕方がない面もあるかもしれませんけれど」
神出鬼没の美少女こと、魔神エスリウの登場である。
大学構内に居た彼女は、実験場から感じられた紅の魔力を確かめるべく、従者のマルトと共にこの場へとやってきていたのだ。
「自覚があるなら放っておいてくださいよ。さよなら!」
しかし、ロウは彼女を苦手としていた。
特に大湿原での殺し合い以降、やたらと距離を詰めようとしてくる彼女には、一種不気味なものを感じていたのだ。
故に、話が長引く前に即撤退である。
勢いよく別れを告げたロウは素早く身を翻し──。
「待って」
──マルトに襟首をつかまれ宙吊りとなってしまった。
「──ぐげ。……マルト、そこ掴む? 止めるなら肩でよくない?」
「君の肩を掴むと、あの妙な動きでこちらを投げ飛ばしそうだからね。これで許してほしい。今日は以前話していた形ある謝罪の件や、私がどういう存在なのか、そういうことについて話したいんだ」
「そういうことか。エスリウ様も、そういうことなら用件を言ってくれてたら、逃げもしなかったんですけど」
「ワタクシが言葉を繋げる前に、ロウさんは身を翻したようですけれど」
じっとりとしたすみれ色の瞳で射貫かれるも、そんなものは知らぬと視線を跳ねのけたロウ。
そのまま親猫が仔猫を運ぶようにして連れられて、少年はエスリウの住まう大学寮へと拉致されたのだった。