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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第四章 魔導国首都ヘレネス
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4-14 魔術大学、研究塔

 ウィルムたちとの人外デートを終え、時刻はお昼過ぎ。現在地は冒険者組合である。


 ここに来るまでの間に、彼女たちは既に異空間へお帰り願っている。一緒にいられたらトラブルが起きるのは目に見えているし。


 組合へと足を向けたのは依頼を受けるためだ。受けるのは例の「ヴリトラ大砂漠での竜の痕跡探し」、これである。


 一日検討してみたが、やはり報酬が魅力的だった。


 セルケトのお小遣い事件や今回の買い物で金貨が消えていっているし、幾ら金貨1,000枚以上の資産があっても、やはり支出だけでは精神衛生上よろしくない。


 無ければ別のを見繕うか──と掲示板を見れば、まだ(くだん)の依頼票が残っていた。


 現在もいるかどうかは定かではないが、かつて竜の住処であった場所への調査など、冒険者でも簡単には引き受けないのだろう。命あっての物種(ものだね)というやつだ。


(そんな場所へ(おもむ)く割には、ロウは随分と軽い調子ですよね)


 何分、魔神ですので! ガハハハ。


 呆れた様なギルタブからの念話に高笑いを返しつつ、依頼票片手に受付へと向かう。


「お、ロウちゃん。いらっしゃ~い」

「こんにちは、パルマさん。依頼の手続きをお願いします」


 昨日組合員章の拠点切り替え手続きをしてもらった受付嬢に、依頼票を提出する。


 彼女からは反対されていたから、あまりいい反応はされないだろうが……。


「はいはーい。……ん~、やっぱりこの依頼、受けちゃうんだね~。そんな気はしてたけど」

「心配してもらってるのに無下にするような真似をして、すみません」

「そう思うならお姉さんの言うこと聞いてほしかったなー? 精霊使いだって、魔力が切れたらただの人なんだからね」

「肝に銘じておきます」


 頬の片方を膨らませて不満を表しつつも手続きを行ってくれた彼女に感謝しつつ、俺は依頼主の元──魔術大学研究塔へ向かった。


◇◆◇◆


 魔術大学の研究塔は、文字通りの塔だった。


 敷地外からも存在を確認できる白く巨大な外観は、ある種(みさき)佇立(ちょりつ)する灯台のようにも見える。


 しかし、近寄ってみれば灯台などという印象は吹き飛ばされてしまう。


 なにせ、ひたすら巨大だからだ。


 まずもって、一階部分の幅がとんでもなく広い。翼を全開に広げたウィルムが二柱分か、それ以上? 百メートル近くあるのではないだろうか。


 そして、高さ。これは百メートルを優に超えている。


 現状の魔力操作限界距離でも頂上に届かないその全高は、近くで見上げると首が痛くなるような高さである。


 それに、形状も奇怪である。


 底面から中心付近までは軽く傾斜のついた四角柱という風だが、その上部は何故か四角柱から多角柱へと形が変わり、頂上付近では円柱のような形状となっている。


 有り体に言って、ヘタクソが積んだ積み木のようだ。建築家の美的センスというものは全くもって理解しがたいものである。


 人目を無視できれば魔力感知だけではなく、空間魔法を使って測量紛いなことをしてみたいが……流石に大学構内では難しい。残念だ。


(お前さんなら「透明化」でも使って、好き勝手に観察するかと思ったが……)


 サルガスが適当なことを抜かしているが、魔術大学みたいな研究施設で空間魔法を使うなんて、リスクが高すぎる。


 透明化なんて視認できないだけで魔力的にはバレバレだし、魔力を検知するような魔道具でもあれば一発でおじゃんとなる。いくら何でも無茶という奴だろう。


 依頼票と組合員章を塔の警備員に見せ、入り口の大門へと向かう。


 大建造物だけあって巨大な扉だな──と思いながら、高さ三メートルはあろうかという木製の扉を押し開け、エントランスホールへ踏み入った。


「ぉお……」


 研究塔と銘打つ建物だけに、エントランスからして研究施設的だった。


 光量を落とされた魔道具の照明に、くすんで輝きを失った大理石の壁と床。装飾の無い建物内部の案内板や、大仰な説明が書かれている展示物。それらの周りを、早足で歩きまわる白衣の研究者たち。


 内部に満ちている埃と薬品の入り混じった様な臭いも相まって、ザ・研究所という印象である。


「こんにちは。塔内の見学ですか?」

「どうも、こんにちは。冒険者組合でここ魔術大学からの依頼を受けて、依頼主であるアインハルト教授と会いに来ました」


 依頼主に会いに来たと伝えると、受付の女性は目を見開いて驚きを表した。


 我が幼い外見へのいつも通りの反応に対し、組合員章と依頼票を提示して証明を行い、話を進めていく。


「失礼いたしました、ロウ様。アインハルト教授は現在自身の研究室……十五階の魔的変質物研究所で、自身の研究を行っております」

「十五階ですね。そちらへ行く際、許可証のようなものは必要でしょうか?」

「いえ、特には必要ありません。ただ、ロウ様は少々外見が、その、幼く可愛らしいので……こちらの通行証を下げて頂いた方が、説明の手間が省けるかもしれません」


 頬を軽く染めた女性事務員から通行証を受け取り、首から下げる。


 気分は研究員というより、テーマパークへやってきたお子様だろうか。こういうところを歩くのはワクワクとしてくるし、あながち間違ってもいないかもしれない……。


 女性事務員に別れを告げて、階段をのぼり上層を目指していく。


 壁側に配置された階段は螺旋(らせん)状で、何とも言えない雰囲気を感じる。高層建築のロマンとも言えば良いのだろうか?


 そんな階段を、時折ある窓から外の景色を眺めつつぐるぐると昇っていき、ついに十五階へ到着した。


 階段から繋がる環状の廊下は、これまでの階と同様だ。“15階”の吊り札以外には、特徴的なものは何もない。


 天井が高くアーチ構造の美しい環状廊下を歩いていき、目的の研究室前へと辿り着く。


「こんにちはー。アインハルト教授はいらっしゃいますかー? 冒険者組合で依頼を受け、お伺いしましたー」


 頑丈な木製扉をノックして、部屋の中へ呼びかける。


 声が廊下を反響していき、ちょっぴり恥ずかしい思いをしながら待つことしばし。


「──失礼、お待たせした……かな?」

「どうも、初めまして。依頼を受けたロウです」


 扉を開けて挨拶をする途中、こちらの姿を見て目を丸くした灰色ミディアムのツーブロックな男性に、すかさず通行証と組合員章を提示しつつ挨拶を返す。


「驚いたな。私の息子くらいの子が、依頼を受けてやってくるとは……依頼内容は確認しているね?」

「勿論です。こちらの実力を測るための試験があることも把握しています」


「ふむ……ならば話は早いが。ヴリトラ大砂漠は危険地帯である以上、試験内容も過酷なもの……君も怪我を負うようなことがあるかもしれないが、大丈夫かな?」

委細承知(いさいしょうち)しております」


 子持ちの父親らしく、灰色の眉根を寄せて心配そうな視線を向けるアインハルト氏。


 そんな彼に何も問題はないと告げ、砂漠へ向かう際に同行するという助手の研究員を伴い、螺旋階段を下りていく。


 研究塔に併設されている実験施設へと向かう道中、アインハルトから彼が行っているという研究内容について聞いてみた。


「──つまり私が行っている研究は、竜の持つ鱗の特異性……極めて高い魔力伝導率を解明・模倣することなのだよ」


「ほぇ~」


 すると出るわ出るわのよもやま話。


 彼の気質なのか、それとも普段誰にも話す機会がなく、溜まりに溜まっていたのか。饒舌(じょうぜつ)となった彼は喉も枯れよとばかりに話し続ける。


「──教授。もう大実験場に到着していますよ」

「おっと! これは失礼した。いやはや、久しぶりに私の研究について尋ねられたものだから、ついつい舌が滑らかになってしまったよ」

「いえいえ、竜鱗についてのお話はとても興味深かったですよ」


 広々とした屋内施設を見回しながら頭をかいて自省するアインハルトに、フォローを入れる。


 実際、彼の話は興味を掻き立てられるものだった。


 竜の魔力を通す事で尋常ならざる硬度を獲得する竜鱗は、魔力伝導率の高い金属であるマナタイトやミスリルさえも上回る、魔力との高い親和性をもつ物質なのだという。


 竜鱗の組織を解析しその高い伝導率を人工物へ転用することが出来れば、今までとは比べ物にならない強度を誇る建材や、頑丈な武器防具も生まれることだろう。実に革新的なことである──ということだそうだ。


 その竜の組織を求めて、今回砂漠へと向かうらしいが……俺がウィルムから鱗をちょろまかせば、それだけで終わりそうな話だな。


「竜は今砂漠にいるかどうか分からないようですけど、今は住んでいないとしたら、昔の竜鱗って風化せずに残ってるものなんですか?」


「竜が長く住んでいないのなら、もう中心地以外には残っていないだろうね。ただ、中心地だけは住んでいなくとも残っていることだろう。かの地には未だ竜の魔力が残存していて、その魔力を浴びることで竜鱗の組織の摩耗(まもう)が防がれるからね。加えてあの極限環境であれば、微生物による分解もあり得ない。竜の一部だからこそ、竜が生み出した環境に残存するというわけさ」


「なるほど……。竜以外は存在できない環境だからこそ、なんですね」


 興味本位で鱗があるのか聞いてみれば、思いのほか専門的な答えが返ってきた。


 竜が創り出す極限環境……リーヨン公国南部でドレイクが創り上げたあの「炎獄(えんごく)」も、やはり竜の鱗が落ちていたりするのだろうか。仮にあったとしても、溶岩地獄の中を回収できる気はしないが。


 果たして竜鱗は溶岩に浮かぶのか、それとも沈むのか?


 今度ウィルムから竜鱗を拝借(はいしゃく)して試してみるか──そんなことを考えつつ、アインハルトの言葉を聞いていく。


「試験内容というのはごく単純だ。私と助手のヘレナ・フラウィアを相手取り、負かすことが出来れば合格となる」

「試験で見るのは戦闘能力だけ、ということですか?」


「そうなるかな。私たちのどちらも砂漠で旅をする際に必要となる魔術は修めているからね。後は荷物持ち兼戦闘員がいれば、万全となるわけさ。ちなみに、君の他に行動を共にする冒険者は非常に高い戦闘能力を示している。その冒険者より沢山荷物を持ちたくなければ、しっかりと戦力を示してほしい」


「ロウ君は精霊使いとのことですが、今回の試験では精霊魔法以外の点、身のこなしや接近戦闘も含まれます。どうかご了承ください」

「承知しました」


 小麦色の髪をアップスタイルですっきりと纏めた女性──ヘレナの補足に頷きを返し、用意された模擬剣の握りを確かめる。


 屋内施設の床面は強固な石材。ドーム状の天井は一番低いところでも三階建ての建物並み、広さも野外球場ほどはあろうか? 戦闘をするには十分な空間であり、今は丁度ギャラリーもいない。余計なことに気をとられることは無さそうだ。


 それに、既に壁や床を保護するような物理障壁も張り巡らされている。元が魔術的に強化されている石材に、追加の障壁。これならちょっとやそっとの事では壊れないだろう。


「致命傷となる首や心臓、重大事故になりやすい頭部以外へは、加減なしで攻撃を行う。壁も床も儀式魔術級実験に耐えられる強度であるし、万が一破壊してしまっても君に補修費用を求めることはない。治療に関しては魔法薬で行うので、骨折程度なら数日で治ってしまうだろう。説明は以上だが、何か質問はあるかな?」


「魔法薬での治療ということは、大学側で治療費を負担していただける、ということでいいのでしょうか?」

「はい。完治するまでの期間を含めて、こちらが負担します。その分、試験の際には加減は出来ませんが……」

「詳しい説明、ありがとうございました。こちらの質問は以上です」


 治療費の負担がないのならば、神経質に加減する必要は無さそうだな。ガハハハ。


(……やり過ぎるなよ?)(相手は竜のように硬くないのですからね?)


 流石に全力強化じゃ戦わないよと否定を返しつつ、曲刀たちを脇に置いて準備万端。


 かつて冒険者組合の地下訓練場で見たものと同質の模擬剣を正眼に構え、開始の合図を待ちながら相手を観察していく。


 アインハルトはやや刀身の短い模擬剣と短杖を二刀流のように構えている。魔法剣士っぽくて非常に格好いい。それが白衣の壮年男性というのは、何とも言えないが。


 対し、助手のヘレナは彼女の身長よりも長い杖を中段構えのように構えている。棒術か槍術か……いずれにしても単なる魔術師ではなく、接近戦闘もこなせるのだろう。


 両者とも、魔術師でありながら接近戦にも対応しているようだ。


 この世界では魔力を持っている≒魔力による身体強化が出来るということだし、魔術師であっても遠距離専門という方が少ないのかもしれない。


「……その年で、(どう)()った構えをする」

「雰囲気が一変しましたね……開始の合図は、こちらに浮かべた火球の魔術が爆ぜた時ということで、如何でしょうか?」

「はい、問題ありません」


 俺の構えを見て髪と同色の目を細め、警戒感を強めたヘレナが出した提案に、頷きを返す。


 魔法陣が虚空に浮かび、そこから生まれた人の頭部程の火球は、彼女の手元を離れてゆらゆらと上昇していき──ドームの中ほどまで浮き上がって破裂。


 乾いた音の反響。


 すなわち、戦闘開始を告げる合図である。

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