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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第四章 魔導国首都ヘレネス
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4-4 精霊と魔物

あけましておめでとうございます。今年もお付き合いのほど、よろしくお願いします。

 ヤームルたちと合流したロウたちは、試験を受けるカルラやアイラ、そして彼女たちを補佐する使用人アイシャとフュンと別れて、大学の構内を見て回り時間を潰すこととなった。


「──いきなり試験なんですね? てっきり期日があって、そこで志願者をまとめて試験を行うものかと思っていました」


 校舎を離れ手入れの行き届いた並木が美しい遊歩道を歩いている時、ロウがふと思い出したかのように試験のことについて触れた。


「一般の学生はその形式で入学しますが、カルラさんもアイラも私たちの推薦状がありますからね。最低限の読み書き計算が出来るかどうかと、個人の能力による実技試験。二人とも学術系ではないので、殆ど実技の内容で決まると言ってもいいでしょうね」


「へぇ~。何だか面白いですねえ。ヤームルさんやエスリウ様は、やっぱり一般の方式ではなくてアイラたちのような試験だったんですか?」

「あまり大声では言えないのですが……ワタクシは少々特殊な事情がありますから、実は無試験での入学なのですよ」

「ああ……それもそうですよね」


 試験の話を振られたエスリウが妖しい笑みを浮かべて答えれば、ロウは彼女の正体を脳裏に浮かべ疲れた表情となりながら、さもありなんと納得する。


 何せ、彼女は破壊を(つかさど)る正真正銘の魔神である。


 魔力の検査でもしようものなら、一発でその茜色(あかねいろ)の魔力が露見した事だろう。


 ロウがそんなことを考えていると、彼女の正体を知らぬヤームルも頷きながら会話を引き継ぐ。


「エスリウさんは公国の大貴族、ジラール公爵家の御息女様ですからね。友好国の有力貴族に対しそういった配慮があるのも、当然といえば当然です。とはいえ、エスリウさんは入学後も様々な実績を残していますから、変な言いがかりなんてつけようがない状態です。それでも、やっかむ人はいるみたいですが」


「あら、ありがとう。でもそういうヤームルも凄いでしょう? 入学試験の時に最優秀成績だったり、校内の魔術による戦闘技術を競う大会で最年少優勝を飾ったり……。ワタクシよりもよほど人の目を集めていますよ、貴女は」

「ほぇー。流石ヤームルさんですね」「もう、私のことはいいんですよ」


 などと、ロウがヤームルたちと話す一方──。


「──ほう。マルトは剣術のみならず、精霊魔法も得意なのか」

「はい。といっても、ロウやお嬢様ほどの事象は操れませんが」


 彼らの後方、少し距離を置いたところで、付き添いの二人が意見交換を行っていた。


 元々ロウを通しての接点しか持たない二人ではあったが、一週間ほど前の一件でお互いが人外だと知ったために、彼女たちの間には奇妙な親近感とも言えるものが芽生えている。


 上位精霊のマルトは従者として主人の傍に控えておく必要があるし、そもそも積極的に他者と関係を構築するという経験に欠ける。彼女は自分から機会を創るということがないのだ。


 他方、セルケトも彼女のことは気になっていたものの、自分たちの正体に関する話をするなら人前で話すわけにはいかなかった。


 既に正体について話しているエスリウに対しても、ロウからあまり自身のことを喋るなと釘を刺されていた。そのため、彼女の傍にいたマルトと個人的な話をする機会がなかったのだ。


 それ故に、今回のような二人で話せる機会というものは、互いにとって願ってもない事だったといえる。


「あやつらは魔神であるし、如何に上位精霊とて並べる存在ではないだろうさ。……ふむ? であれば、ロウに接近戦闘に限れば優位に立てる我は、相当高位の存在なのか?」

「セルケトさん、あのロウに優位をとれるのですか? 尋常ではない技量だとは思っていましたが」

「魔法を交えるといいように転がされてしまうがな。だが、魔法を使えぬあやつの眷属(けんぞく)たちに対しては、我が勝っていると断言できるぞ」


 豊かな胸を反らし得意げに言い放つセルケト。こうしてマルトと話す機会に恵まれたことで、その様子は少しばかり興奮を帯びている。


 そんな彼女に対して、ロウの眷属(けんぞく)たちの異様さを思い出したマルトは、軽く身震いして感心した。


「シアンたちに勝る実力、ですか。彼女たちは魔神の眷属というに相応しい実力でしたが……。それを上回るとなると、セルケトさんの力は一般に知られている魔物から大きく逸脱しているのですね」


「我は生まれが特殊であるからな。元々は人から大きく外れた姿をしておったし、今の姿をとる人化の術を覚えたのも偶然の産物だ。マルトが我の本来の姿を見れば、我の力に納得するかもしれんな」


 自身の異形の姿を思い浮かべたのか、セルケトは懐かしそうに語った。


 それを受けてマルトは考え込み、情報を整理する様に言葉を繋げていく。


「特殊な生まれに異形の姿、ですか。てっきり私は、ヴァンパイアや猩々(しょうじょう)のように、元より人型をとる魔族に近しい存在かと思っていました」

「それらは魔物の内で上位の存在であったか? 我は獣や虫型の魔物の変異種であろうし、そういった連中は混じってはおらぬだろうな」

「獣や虫……今のセルケトさんの姿からは、全く想像できませんね」


 マルトが挙げた魔物たちは、魔族と同一視されることもある上位存在である。


 “吸血鬼”として知られるヴァンパイアは、魔物ともアンデッドの一種とも言われる存在だ。


 外見上は丸っきり人族と同様の姿であるものの、その肉体や魔力は変質しているため、人族とは比べ物にならないほど強靭強大。その上、高い肉体の再生能力に加えて、血に由来する強力な魔法をも操るため、戦闘能力は亜竜すら凌ぐとされている。


 もう一方の猩々はといえば、人化の術を使いこなす、赤い体毛を持つ猿のような魔物である。


 人化の術を使い人里へ下りてくるこの風変わりな魔物は、人の作る料理の匂いに誘われて飯処や宿に出没し、豪快に飯を食らい、底なしに酒を食らい、泥のように眠りこける。


 主人や女将は傍若無人といった態度の猩々を(とが)めるが、咎められた猩々は酒や飯の返礼にと奇怪な舞を披露するばかりで、銅貨の一つも出しはしない。


 当然である。魔物故に銭など持っているはずもなし。


 この魔物は恐るべき食い逃げ犯なのである。


 そんな猩々も相手が実力行使にうったえると豹変し、食事の恩義を忘れて暴れまわり、怪力と土や風の魔法で周囲を破壊しつくしてしまう。その被害は時に町全体に及ぶこともあり、宿場町が壊滅した事例さえあった。


 魔物の食い逃げ犯というものは、かくも恐ろしいものなのだ。


 マルトがセルケトの健啖(けんたん)ぶりから想像した魔物であるが、彼女が普段どのような目でセルケトを見ているのかが(うかが)い知れる推測である。


「──おーい? 二人ともー? 置いていくぞー」


 セルケトが猩々でなかったことに対し、マルトが僅かにショックを受けたという表情をしていると、前を歩いていたロウから声が掛かる。


 いつの間にか話し込んでしまい、彼らから大幅に遅れていたのだ。


「ふむ、潮合いか。続きはまた機会に恵まれた時とでもすべきよな」

「そうですね。色々お話しできて、楽しいひと時でした。またお話ししましょう」


 そう頷き合った二人は、ロウたちの待つ巨大な図書館へと早足で向かったのだった。

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