4-2 竜たちの動き
ところ変わって、サン・サヴァン魔導国の南西部に広がるカマルグ大湿原。
「──ふ~む。やはりこの辺りは、あやつの魔力は魔神たちの魔力によって、すっかりと上書きされてしまっているようだ」
白竜と、その背に乗る燃え上がる様な赤髪を持つ美女とが、魔神同士の戦闘によって変わり果てた光景を見て唸り声をあげていた。
【ぬう。汝の目をもってしてもか。周辺に残る氷からは我でも感じ取れていたが、中心とみられるここで見つからぬのは、やはり……】
戦闘跡地上空を旋回しながら唸るは、月白竜シュガール。
彼はリーヨン公国南部で起こった一件を、ことをしでかした張本人に収拾をつけさせる形で決着させた後、一度火山にいる大地竜ティアマトの下へ戻った。そこで報告したのは主にドレイクのことだったが、当然ロウの一件も含んでいた。
眩暈のするような報告を聞いたティアマトは、若きウィルムのじゃじゃ馬ぶりに嘆息。ことの真相を確かめるために重い腰を上げ、シュガールと共に件の戦闘跡地へと向かったのだ。
そうして目的地までやってきた竜の二柱だったが……ウィルムの残滓は余波とみられる場所には残るものの、中心付近には残っていない。
これを見た彼女たちの言葉が、冒頭で語られたものだった。
「いや、魔神によって殺されたというのは考えづらい。おぬしの話ではウィルムは敗北を喫したようだが、その後は魔神同士の争いがあったのだろう? であれば、竜を跡形もなく消し去る暇など無かろうさ」
【そうであれば良いが……。まあ、我らの竜鱗を痕跡なく消し去るのはおよそ不可能であろうし、なれば隙を見て逃げ果せ、息を潜めておると考えるのが妥当か】
「あるいは、いずれかの魔神に囚われでもしたか。大の魔神嫌いで気性の荒いアレを飼いならせるとは、寸毫も思えんがのう」
人の身へと変じていたティアマトが、自身が乗っているシュガールに対し憂いを払うように告げると、白竜も安堵する様に紫電迸る息を吐く。
白竜の様子に優し気な笑みを浮かべた彼女だったが、懸案事項を思い出すと慈母のような微笑みから一転し、表情を曇らせてしまった。
「問題は魔神どもの魔力よな。片方は我ら竜の怨敵たるバロールのものに酷似しておるし、もう片方に至っては、我が見てきた魔神に一致する者がおらん。……『暴食』や『影食らい』に似ているところもあるが」
【バロールに酷似するという輩は見ておらぬ故に分からぬが。我があった魔神は、あやつらの眷属というには、些か力を持ちすぎているように思う。それに、あの幼き魔神は水や火の魔法を操っていた故に、あの悍ましき者たちとは関係のないように感じられたぞ】
「ふぅむ……」
シュガールが大翼をたたみ空中で静止しながら伝えると、彼の背に乗るティアマトは自身の持つ知識と場に残る魔力、そして今得られた情報を精査していく。
「確かに『暴食』であれば風雨雷霆の延長で氷雪をも操ることは出来ようが、火は扱うまいな。『影食らい』であればどちらも扱い得るが……本来“影”を司るあやつであれば、それらの属性で我ら竜鱗を通すほどの破壊とはならんか。おぬしの言によれば、『影食らい』の得意とする空間変質魔法の気配は無かったというしのう」
【高位の空間魔法を使った気配は終ぞ確認できなんだ。果たしてあの者どもと所縁有る者なのか、我らの知らぬ魔神なのか。戦ったウィルムからも詳しく印象を聞かねばなるまいな。尤も、バロールに似た魔神との争いで死んでいないとも限らんが】
「いずれも放置しておくには大きすぎる力であるしなあ。とはいえ、バロールに似た魔力を持つ魔神というには、正体についておおよその見当はついておるがな」
彼女が三眼四つ腕の魔神を思い浮かべながら言うと、白竜もまた彼女と同じ考えに至ったかのように一つ頷いた。
【ああ、あやつはここ数十年動きや気配というものが無かったのだったな。例の如く肉体が滅んだ後に復活を果たしていたのか? 『不滅』というのはつくづく厄介な性質よな】
「であろうと、我は考えている。なれば、ここで魔神同士が争っていたことも説明がつく。バロールを滅した魔神かその血族か、あるいはその企てに応じたものだったか。その魔力を感じ取ったあやつが、幼き魔神を誅殺せんとしたのだろうさ」
【なるほど、筋は通るか。結果的に魔神同士の争いを惹起するとは、ウィルムも妙な因果を持ったものよな】
などと、竜たちはどんどんと事実からズレた認識を強めていった。
滅ばされても時間を置くことで復活を遂げる魔神バロールの能力を知っていたこと、そしてバロールの娘たる魔神エスリウの存在を知らなかったことによる悲劇である。それとも喜劇だろうか?
「しかしこうなると、ウィルムだけではなく、かの幼き魔神も探した方が良いかもしれんな。あやつやドレイクが襲い掛かった故に、竜に対して良い感情は持っておらぬかもしれんが、バロールの敵対者であるならば、魔神とはいえ我らに協調する目もあるやもしれん。生きていれば、であるが」
【であるな。以前ドレイクが会った位置とこの場の位置関係を察するに、徐々に北へ移動しているようだが……】
「ふぅむ。確か、ここより北には比較的規模の大きい人族の街があったのう。まずはそこへ向かいながら『竜眼』でウィルムの残滓を捜索し、街ではシュガールの見た魔神の姿形を聞き込むとするか」
【心得た。人の街で調べるとなると人型での活動か。人の身へとやつすのも随分と久しぶりであるな。案外、良き息抜きとなるやもしれん】
「おぬしは肩肘張ってばかりだからのう。阿呆のヴリトラやドレイクを見習えとまでは言わんが、こうして人の世を見聞して回るのも悪くはなかろうて。人は寿命が短い分、世の移り変わりというものが早く変化に富んでおる故に、思いもよらぬ発見があるものだ」
ウィルムと魔神の行方を捜すことで話が纏まり、赤き美女を乗せた白竜は、ここより北方の街──オレイユを目指す。その道すがら。
「──そういえばシュガールよ、おぬしは妖精神に会ったのだったな? あの口煩い神は、我らのことに関して何か言うておったか?」
【さてな。溶岩魔法を収束させる手段についてなにやら文句がありそうだったが、聞き役にドレイクを置いてきた故、問題は起こるまいよ】
「左様か。あやつは面倒事など途中で放り出しそうな気もするが……。そこは妖精神の拘束力に期待しておくかの」
ひとり残してきたドレイクの話題で盛り上がりつつ、竜たちは北へと進む。
彼らは数日かけてオレイユや近隣の宿場町を経由し首都ヘレネスに辿り着き、それからほどなく、件の魔神と出会うことになるが……。
その時に先ほど話題に上がった口煩い神が、それも神の敵対者である魔神と共にいようとは、流石の竜たちも思ってもみない事だった。
今年もいよいよ今日で最後です。お付き合いありがとうございました。
年末でも更新継続中ですが、折角なので(?)正月も土日以外は更新していこうと思います。





