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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第一章 異世界転生と新天地への旅立ち
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1-11 リマージュ街道事情

 魔法実験から一夜明けて翌日。ロウは空が白みだすのと同時に目を覚ました。


(おはようさん)

(おはようございます)


「おはよう。取り立てて言うことは無いって感じか」

(野犬が岩の周りを少しの間うろついていましたが、諦めたのかすぐに去りましたね)


 ギルタブがそんな報告をロウへとしているが、犬に十メートル近い高さの巨岩へ登れというのも無理難題であろう。


 寝具をしまい身支度を整えた後、少年は前世の日課だった武術の套路(とうろ)を行う。


「──()ッ!」


 呼気を鋭く発して拳を撃ちだし、同時に脚で地を打ち鳴らす。手足の揃った豪快な動きは、彼の学んでいた拳法「八極拳(はっきょくけん)」である。


 その基礎にしてよい鍛錬方法にもなる八大架式(はちだいかしき)から始まり、同じく基本の金剛八式(こんごうはっしき)


 蹴りに肘打ち、足の運びなどが加わった小八極(しょうはっきょく)に、投げ技への対処や攻撃に対する反撃などを含む大八極(だいはっきょく)、そして実戦要素の色が強い六大開(ろくたいかい)


 鋭くキレよく姿勢よく。拳の風切り音と震脚の反響音が、河原にからりと木霊(こだま)する。


「ふぃ~……よし」


 八極拳の套路が終わり、ロウの鍛錬は次へと移る。陳式(ちんしき)太極拳(たいきょくけん)だ。


 力の伝達を養う老架式(ろうかしき)に、より円なる動きの増える小架式(しょうかしき)。動きの殆どが直線的で剛猛(ごうもう)だった先の八極拳とは対照的に、今の動きは曲線的で滑らかである。


(面白い動きだな。何かの体術なのか?)


「面白いだろ。歴史ある武術なんだぜこれ。ゆらゆらとした動きだけど、理があるんだよ」

(武術ですか……見ている分にはゆっくりと動く踊りのようなのです)


 曲刀たちとコミュニケーションをとりつつ鍛錬を終えた少年は、川で汗を洗い流した後、朝食の準備を始めた。といっても、簡素極まる保存食のため並べるだけで完了である。


 酸味が強く固いパンをモリモリと食べ、塩辛く臭みのある干し肉をむしゃむしゃと咀嚼(そしゃく)していく少年。日本にいたころの食事と比べると簡素極まるものだが、保存食故に致し方あるまいと己に言い聞かせ、彼はわびしい食事を終えた。


 朝食を済ま食器類を片付けバックパックを背負えば、それで出発準備も完了。一人旅とは気楽なものだ。


 着地点を確認したロウは岩を駆け下り河原に降り立つ。そのまま周囲の索敵(さくてき)を行うが、まだ薄暗いからか反応はない。


「この大岩を放置していくのも忍びないけど」


 街道上に出さなくて良かったと心底思うも、突如として路上に巨岩が現れたら、街道を行く商人たちがどう反応するのか見てみたい気もしてきたロウ。


 直径十メートル以上、重さも二千トンを超える巨岩を路上に放置するなど、凄まじい悪行であるはずなのだが、彼の中では軽い悪戯(いたずら)に分類されているようだ。


(ろく)でもないこと考えていそうだな)

「はて? なんのことだかさっぱりですなあ」


 サルガスの指摘に対し誤魔化すように荷物を背負いなおしたロウは、南へ向けて走り出す。


 まだ夜が明けてから間もないため、街道には人っ子一人いない。この時間帯は魔物や動物にとっても隙間時間なのか、そういったものの気配もない。


 そんな街道を少年は疾走する。昨日から走り続けているのには理由があり、距離を稼ぐのは人目につかない時間帯に絞ろうと考えているからだ。


 今の彼は鉄紺(てつこん)色のローブを目深く被り、自身の身長よりも巨大なバックパックを背負って、腰には曲刀二振りを下げる、怪しさ爆発中の姿だ。


 そのうえ駿馬(しゅんめ)もかくやという速さで駆けているのだ。目撃されれば間違いなく噂になってしまうことだろう。


 そうなれば、あの襲撃者フードやその依頼主の耳にも入ってしまう可能性があり、逃げた先にも追手がかかってしまうかもしれない。


「──というわけで、昨日からひたすら走ってるのさ」


(なるほどなあ。でも、街道沿いの草原や森なら走っていても人目につかないと思うぞ)

「それも考えたけど、ぶらぶら歩くのも悪くないかなってな。一応疲れは溜まって無いけど、足場の悪い森でまで走ってりゃ流石に消耗しそうだし」


 太陽が山肌から顔を出してきたので、ロウは歩きに切り替えながら話を続ける。


(よく考えたら独り言も控えなきゃならんな。面倒くせえ!)


(まあまあ。町で暮らすとなれば念話や脳内会話を強いられることも少なくないでしょうし、今のうちに練習するといいのです)

(それもそうか。でも思考が読まれるのって落ち着かないんだよなあ)


 そんな脳内会話を繰り広げながら、ロウはのんびりと街道を進んでいった。


◇◆◇◆


 天は南中、候は快晴。


 商隊と思わしき馬車の連なりや旅人達と何度かすれ違ったものの、特筆すべきことは無く、ロウは順調に南へと進んでいる。


「平和だ」


 思わず呟く褐色少年。子供一人での旅となると絡まれるのが常だと考えていただけに、何事もなくすれ違えることに驚きを隠せなかったのだ。


(一人旅となると珍しいが、出で立ち自体はそんなに目立つもんじゃないぞ。縦幅だけ考えれば成人のドワーフはもっと低いはずだしな)


 サルガスの言葉を受け、ロウは冒険者の少女アルバのことを思い出す。彼女はもうじき成人である十五歳になると言っていたが、十歳の自分より少し低いくらいの身長だった。


 彼女は人間族たるヒューマンと小人族であるドワーフの混血らしく、成人したドワーフより背が高いようだった。それでも自身より低いなら、この世界では自分くらいの背格好でも大して目立たないのだろうなと少年は納得した。


「それにしても、日中は魔物も動物もおとなしいもんだな。遭遇ゼロだぞ」


 街道を歩き始めてからかれこれ六時間以上経過しているが、人とすれ違うだけで危険な生き物とのエンカウントは無いのだ。


(リマージュは交易都市として成り立たせるために、街道整備に力を入れているようですからね。何度か巡回の騎士らしき人物もいましたし、彼らが安寧(あんねい)を担っているのでしょう)

(そういや休憩は大丈夫か? 夏なんだし水分補給はこまめにするんだぞ)


「大丈夫だって。さっきデカい水の球を作ったろ? あの時に飲んだんだよ」


 折角のんびり歩いているのだからと、ロウは移動中も魔法の練習を行っていたのだ。


 人目があるところでは控えるが、宿場町から離れれば人気など皆無。つまり練習し放題である。


 あれこれと実験を行っていくうちに、ロウは魔法に関して様々な規則性や法則性を発見していく。


 一つは単一の属性──火や風といったものよりも、複合属性──火と土の複合である溶岩や風と水の複合である雷光などの方が、魔力の消費量が多くなる、というものだ。


 この複合属性という概念は、魔術や精霊魔法の定義から引っ張ってきたものである。脳内で想像する分には単一も複合も差異は無いが、魔法として世界へ干渉する際には消費量が倍以上変わってくるのだ。


「溶岩の魔法を試したときは複合属性だったことに救われたなー」


 実験の過程でロウは溶岩の魔法を使用した。地球時代の知識で溶岩の温度は千度前後と知っていたので、それくらいの温度なら直ぐ冷えて問題は無いだろう、と軽く考えて実験を行ってしまったのだ。


(いきなり溶岩を生成して放り投げた時は正気を疑いましたよ)


「外気ですぐに冷え固まると思ってたんだよ」


 そう、しばらく創り出した溶岩が一向に冷えなかったのだ。結果、周囲の地面を熱で変形させ、一時的に溶岩溜まりが出来る惨事になった。


 自然発生したものと異なり、魔術や魔法で生まれた溶岩は魔力を熱量に変換し続けて発動した温度を保つ性質を持つ。内部に込められた魔力がある限り冷えないのだ。


 氷魔法を連発することで溶岩溜まりの拡大を防げたが、これにはさしもの少年も肝が冷えた。


 つまり二つ目の法則性は、魔法により発生した事象は通常の物理現象とは少々事情が異なる、というものだ。


 考えてみれば、火の魔法にしても可燃物が無いにもかかわらず燃焼し続けていたし、今更だったのかもしれないとロウは振り返る。


 三つ目もこの溶岩魔法暴発事件で判明したことに関連している。それは魔法によって現象を発生させるのに必要なコストより、発生した現象を消滅させるのに必要なコストの方が遥かに高くなる、というものだった。


 魔法による溶岩が自然冷却されないものだと判断したロウは、昨日の着火魔法のように魔法による事態収束を試みた。


 しかし、己の制御できる最大魔力を込めた冷却イメージをもってしても、溶岩を沈黙させることは出来なかった。溶岩自体は最大制御魔力の半分にも満たないはずなのに、だ。


 正確に言えば、魔法による部分的な冷却には成功した。しかしそれは、溶岩の熱によって溶けた地面が冷えて固まっただけで、中心の魔法によって発生した溶岩は冷やすことが出来なかったのだ。


「魔法について色々なことが分かったし、災い転じて福をなすってな」


(災いを自分で起こしてちゃ世話ねーぞ!)


 開き直るロウにすかさず突っ込みを入れるサルガス。それを少し羨望(せんぼう)が滲む雰囲気で見守るギルタブ。この三人(?)もすっかり馴染んだものである。


 そんな風に魔法の実験を行いながら南へ進んでいき、「今日の寝床は昨日よりずっと快適にできそうだ」とロウが考えているとき、巡回中の騎士団と出くわした。


 ロウが街道の脇に避けすれ違おうとしていると、騎士の一人が少年に話しかける。


「君、一人旅かい? 連れ合いがいないならば、馬車を利用することをお勧めするよ」


 背格好が子供にしか見えないロウが心配になったのか、そんな忠告をする騎士。少年がその格好を観察すると、戦闘があったのか土汚れや返り血が見て取れた。


「やっぱり、今は南の方で魔物被害が多いんですか?」

「そうだ。最近は特に被害が増してきていて南の都市ボルドーもピリピリしている。魔物に襲われずとも余計なトラブルに巻き込まれるかもしれないから、子供が向かうのはお勧めできないぞ」


「ありがとうございます。この先にある宿場町で馬車を頼もうと思います」


 無難な回答で会話を切り、その場を後にした。善意を踏みにじるようなもので良心が痛まないこともなかったが、彼は自身の目的──真っ当に生きるための資金調達を諦めるつもりもない。


 ここから先は街道から外れた進路を選んだ方が良いかもしれないなと考えながら、ロウは再び南へと進んでいった。


◇◆◇◆


 更に日が進み、リマージュを発ってから四日目、その早朝。

 二日目以降は日中は歩き日が落ちてからは疾走するスタイルで距離を稼いだロウ。


 昨夜は遅くまで街道を走っていたため距離をずいぶん稼げたはずだ。道なき道を駆け抜ければ、日が落ちるまでにはボルドーへ到着できるだろう。


 少年はそう考えながら、魔法で作った巨大水球に服を脱いで突入する。身体強化で水の冷たさは緩和しているので、快適な風呂代わりであった。


(道中で散々魔法を使ったのに枯渇する気配すらなかったな。無尽蔵かっての)


 サルガスの言う通り、ここ数日の間に魔法の実験を繰り返し身体強化で駆け続けたにもかかわらず、ロウの魔力が尽きることは無かった。


(魔族の祖たる魔神は莫大な魔力を持ち、天を裂き地を割るような大魔法を幾度となく行使したと伝わっています。ロウはその魔神の血が濃く出た覚醒種なのかもしれません)


「覚醒種ねえ」


 幼い頃のロウは確かに優れた魔力量や制御技術を持っていた。


 それでも今ほど膨大な魔力ではなかったし、開錠術の修練中は総量が半分以下にまで減ったと感じたこともあった。


 しかし今では、開錠術の百倍以上魔力を消費する魔法を連発しても尽きることは無い。明らかに異常だと言ってもいいだろう。


 この原因は転生したとき──中島太郎(なかじまたろう)としての記憶を頭に叩き込まれたとき、肉体や存在そのものが変質してしまったからではないか。ロウはそう考えていた。


「ふむん。まあ、分からんことは分からんな」


 いつものようにあっさり流し、少年は魔法によって火球を浮かべ体や髪を乾かしていく。


 道中に修練を重ね、魔法を空中に固定することや自身に追従させることも出来るようになったのだ。


(もはや下位精霊以上に魔法の扱いが上手いぞ、お前さん。数日でこの制御力は異次元だ)

(遠くないうちに上位精霊すら凌駕するでしょうね。末恐ろしいのです)


 曲刀の二人がドン引きしているような気がしたが、ロウは快適な生活をやめるつもりはない。


「よく考えたら、魔法を使ったら理想の家作りも出来そうだな。改築も増築も望むままだし。魔物狩りで金稼いだら、しばらく引きこもろうかなー」


 我が家。マイホーム。何と甘美な響きだろうか。虫の湧くような学生寮暮らしの大学生だった中島太郎や、宿を借り受けていたロウにとっては夢のような話だ。


(なんとまあ、平和的というか野心が無いというか。考えが駄々洩れだぞロウよ)

(居城を構え力を蓄える。素晴らしい考えだと思うのです)


 ギルタブが勘違いしているが、我が家でしばらく魔法の研究や曲刀の戦闘術を磨くのも良いかもしれないと思うロウ。自身の持つ戦闘技能は盗賊として学んだ短剣や体術、そして前世で学んだ剣道や大陸拳法であるため、曲刀の扱い方など殆ど知らなかったのだ。


 妄想を垂れ流しつつも身だしなみを整え、準備万端。魔法で創り上げた石の住居を爆破して処分する。たった数日で随分加減が上手くなったものだと、彼は自画自賛する。


 思わぬ形で新たなモチベーションの種を得た後、褐色少年は南の都市ボルドーへ向けて道なき道を駆け抜けていった。

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