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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第三章 波乱の道中
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3-22 早朝の湖畔にて

 サン・サヴァン魔導国の都市オレイユに、ロウたちが逗留(とうりゅう)を始めてから四日目。その未明。


 ロウは自身が創り出した異空間にて、人の身へと変じた竜──ウィルムと共に、夜食となるパスタを食べていた。


「──熱っ! ……ぬぅ……むぐっ……なるほど。悪くはないな」

「そりゃようござんした。俺は調理が上手くないから、ちゃんとした専門家が調理したらもっと美味しいぞ」


「ほう? 貴様のことは人の世をふらつく変わり者と断じていたが。美食の探求というのも、一興やもしれん」


 少年の眷属(けんぞく)たちと共に土魔法の卓を囲んで食事を行う彼女が、大皿に盛られたパスタをトングを打ち鳴らしながら取り皿に移し、トマトのソースをかけてするすると食べ進む。そうやって舌鼓を打ちながら零した言葉だった。


「流石竜だ。食べ方が雑過ぎる。綺麗な服が台無しじゃないか」

「ぬっ?」


 他方、ロウは異形の魔物であるセルケト以上の豪快な食事振りに、驚き呆れていた。


 人へと変じた彼女は、宝石が散りばめられた金のティアラを頂き、そこから流れ落ちるように腰まで伸びた深い青色の長髪が波打っている。


 髪と同色の神秘的な布を巻きつけ胸や局部を隠すスタイルの衣服は、彼女の尋常ならざる美しさと見事に調和し、天上の美を(かも)していたが……。


 その美しき衣服も、今やトマトソースにより汚されてしまっていたのだ。


「はっ。何かと思えばこの汚れの事か。この程度、魔法で取り除くなど造作もない」


 指先についたソースを舐めとりながらロウの言葉を一蹴(いっしゅう)したウィルムは、そのまま魔法を構築し汚れた箇所のみを瞬間凍結。


 服についた汚れを鼻息一つで粉微塵にしてしまった。


「おお~。器用なことするもんだな」

「当然だ。妾は『青玉竜(せいぎょくりゅう)』なるぞ? このくらいは児戯(じぎ)に等しい」


 軽く褒められるとガーネットの瞳を細め、ほんのりと幼さの残る美しい顔に満面の笑みを浮かべるウィルム。


 握りこぶし程の大きさである胸を反らして言ってのけた彼女を見て、セルケト同様の“雑に扱ってもいい奴”にカテゴライズする少年。そうして脳内のフォルダ分けをしていてふと、彼は己が未だ名乗っていないことに思い当たった。


「そういえば、俺ってまだ名乗ってなかったよな? 俺はロウだ。ついでにゴーレムたちの紹介をしておくと、青い女の子がシアンで茶色い男の子がコルク、厳つい野郎がテラコッタだ」


「ロウ、か。やはり知らん名だな。まあ妾に危害を加えるつもりがないなら些末なことか。ロウとその眷属たちよ、よきに(はか)らえ」

「偉そうにふんぞり返りやがって……」

[[[……]]]


 パスタを手づかみで(むさぼ)るウィルムを眺めながら、ロウは面倒な荷物を背負いこんでしまったかと思い悩むのだった。


◇◆◇◆


 食後。


 ロウは異空間の拡張やウィルムへの異空間内でのルール説明、彼女の食事の世話、彼女の排泄物(はいせつぶつ)の処理当を眷属たちに説明し任せた後、異空間を後にした。


(排泄物をゴーレムに食わせる、か。お前さんの発想も凄まじいが、了承するウィルムも大概ぶっ飛んでるな。処理役のテラコッタが(あわ)れ過ぎる)


「だから食わせるわけじゃないって言っただろ! あくまで溶岩状態で焼却炭化処理してもらうだけだって」

(彼女自身に凍結粉砕してもらっても良かったと思うのですが)


「粉砕されて微細になったあいつのう〇こが、異空間中に漂うってことだぞ、それ。身の毛がよだつわ」


 そんな他愛のない(?)話をしながら異空間の門を潜り自室に戻ると、窓の外では既に朝日が昇り始めていた。


 深夜に始めたウィルムとの対談は食事も含めておよそ三時間ほどだったが、外では倍以上の時間が経っていたのである。


 彼は改めて外界と異空間の異なる時間経過に唸りながらも、竜との対峙で滲んでいた冷や汗を流すべく共用浴場に向かった。


 例の如く水魔法で大胆かつ繊細に身体を洗い流し浴場を後にした少年は、自室に戻り曲刀たちを装着して外出。


 日課である武術の鍛錬を行うべく手頃な場所を求めて早朝の街中を散策していく。


「う~む。中々いい場所が無いな。日も昇っちゃってるから防音魔法も使えないし、困った」

(病み上がりですし、今日くらい休んでもいいのでは?)


「もう動けるくらいには回復したし、むしろ調子を確かめるために鍛錬しておきたいんだよなー。対人鍛錬はないにしても、うずうずするというか」

(闘争心の塊みたいな奴だな)


 そうやって曲刀たちと談笑しながら、軒先を掃除する住人や露店の準備をする商人を眺め歩き回ること十数分。


 ロウは外周二キロメートルほどの大きな湖と、石畳が見事に敷かれた歩道のある湖畔に出会う。


「おぉ~。朝は空気が綺麗だからか、湖面が映えるな。良きかな良きかな」

(良い景色だとは思うが、早く鍛錬を済ませないと人が増えそうだぞ? 結構時間が掛かるだろあれは)

「へいへい。物取りにあってもなんだし、今日は君らを着けたまま始めるか」


 美しい景色に感動するも即座に現実へと引き戻され、ロウは陳式太極拳の套路(とうろ)を開始した。


 緩慢(かんまん)な動作で足裏からの力を全身を通して腕まで伝え、その力の伝達を肉体に馴染ませる老架式。


 その緩やかな動きは、穏やかさとは裏腹に全身の筋肉を酷使するため、少年の額には汗が滲み肌着の袖が腕に張り付いていく。


「──フッ!」


 二十分ほどかけて老架式を終えると、彼は力の伝達方法を変える。始まったのは身体の中心──正中線(せいちゅうせん)から力を勢いよく打ち出す様な、激しい動作の套路だ。


 緩慢に対する敏捷(びんしょう)、減速運動に対する加速運動。


 小架二路、小架砲捶(しょうかほうすい)と呼ばれるそれは、先ほどまでの老架式とはうってかわって力強く、そして猛々しい。


 鋭い上段突きが虚空を穿(うが)ち、引き手を利用し身体の捻れで加速した前蹴りが空を割り……天へと蹴り上げた脚が振り下ろされ、豪快な震脚が石畳を砕く。


 ──そう、砕いてしまった。


「──あ、やべ。またやっちまったか」


(なんて傍迷惑(はためいわく)な……)

「魔法で修復するしセーフってことでどうか一つ。……ん~どうにも身体の調子がおかしいな」


(病み上がりだろ? 無理せずに切り上げておけって)

「ああいや、悪いって意味じゃなくて逆だな。力が(みなぎ)る感じがするんだよ。今だって身体強化してないのに、前より動きがキレてるし」


 曲刀たちに違和感を説明しながら石畳の修復を行って、今度は八極拳の套路を始めたロウだったが……。


 やはり先ほどと同じく身体が良く動き、力が伸びるような感覚を覚えていた。


(傍目には分からないが……調子が良いのならそれに越したことはないんじゃないか?)

「それもそうか。それとは別に後で身体強化時の状態も試しておかないと、何かあった時に加減し損ねそうだ」


 サルガスの言葉に同意して違和感の究明を放り投げた少年は、閑散(かんさん)としている湖畔で鍛錬に勤しむのだった。


◇◆◇◆


 一時間後。


 ロウがやや駆け足で八極拳の套路を終えると、人気のなかった湖畔にも人影がちらほらと見て取れるようになっていた。


「ふぃー。時間的にはぎりぎりだったか。さっさと帰ろう──ん?」


「──!」「──、──」


 噴き出た汗を拭い宿へ戻ろうと身を(ひるがえ)したロウは、遊歩道の先から争いの気配を感じ取った。


 方向は丁度宿への帰り道であったため、彼は野次馬根性を発揮して声のする方へと向かう。


 一分もしないうちに現場へ辿り着いた褐色少年は身体強化で聴覚を強化して、遊歩道の脇から生える木立ちから首を伸ばし、様子を(うかが)った。


「──放せ! このー!」

「手間取らせやがって。おい、大丈夫か?」

「ああ、逸らしたから平気だ。にしても、風魔術ぶっ放すなんてとんでもねえガキだぜ。どう落とし前つけてもらおうか」


 そこに居たのは二人組の男と、彼らに羽交い絞めにされたロウと同年代と思わしき少年。小規模な戦闘でもあったのか、石畳が砕け街路樹が倒れている。


(うーん。喧嘩……という感じではないか? トラブルは起きたみたいだけど)


(不穏な空気だな。暴力沙汰になりそうだし、割って入った方が良いんじゃないか?)

(あの少年が悪戯を仕掛けたのかもしれませんし、まだ様子を見るべきだと思うのです)


 木の陰からひょっこりと顔を出して様子を見るロウと、そのロウと視覚情報を共有している曲刀たち。まだ朝の早い時間帯だからか、付近には野次馬の影もない。


「あんたらがぶつかってきたんだろ!? なのに──ぅぐ」


 地に足がつかない状態でもがく身なりの良い少年は、拘束している男から後頭部を圧迫されて、苦しそうに(うめ)き声をあげる。


「とりあえず落として身包み剥ぐか? このナリだ、金目のもんもあるだろ」

「だな。暴れんなよ」


(いたずらに対する罰としちゃ異常だし、止めるか)


 男が拘束を一段と強め少年の意識を奪おうとしたところで、介入を決意したロウが木の陰より躍り出る。


「あいや、待たれよ。方々は何故(なにゆえ)に、かほど幼き子を折檻(せっかん)し給うや」


(……なんだ? その喋り方)(古き竜の真似事でしょうか?)


 一度はやってみたかったと、歌舞伎(かぶき)風の口上で見得を切り男たちの前へと登場したロウだったが、曲刀たちからは不評に終わってしまう。


「なんだ? この変なガキは」

「こいつの連れか? 一丁前に帯剣してやがるし、助けにでもきたのか」


 その上、少年を拘束している男たちからは、少年の仲間と認定されてしまった。


「いや、違いますって。朝からこんな場所で、何を騒いでいるのかなと──」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーぞ!」


 咄嗟に釈明しようとするも、時すでに遅し。


 ロウを敵と断じた二人組の片割れが、武器を抜かせまいと掴み掛る!


「──」


 ──が、しかし。


 ここ最近は、常に強者と手合わせや殺し合いをしてきたロウである。


 一般的な成人男性の飛び掛かりなど、たとえ身体強化で速度が増していても、彼にとっては欠伸が出るほど(のろ)い動きだ。


「──は、あ!?」


 故にロウは掴み掛ろうとする男の腕を逆に捕え、そこから柔道技の大内刈のように足を刈り取った。


「せいやッ!」


 そのうえ大きく体勢を崩し倒れようとする相手の頸部(けいぶ)に、更なる追撃の掌打!


 相手を蛇のように絡め捕り一息に攻め立てるこの技は、八極拳小八極・白蛇吐信(はくじゃとしん)


 下顎に強烈な掌底を打たれた男は勢いよく飛んでいき、木立ちの奥へと消えていった。


「は!?」「!?」


 相方が吹き飛ばされたことで動揺した男に素早く接近したロウは、下段回し蹴りで男を両足を薙ぎ、拘束していた少年ごと転倒させる。


 そのまま頭の上に陣取り下段突きの構えを突きつけ、ロウは倒れた男に問いかけた。


「動けば打ち抜きますが、どうしますか?」

「つぅ……なにもんだよ、てめえ」

「そっちの男の子とは全く無関係の通行人ですよ。物騒な感じだったので止めに入ったんですが」


「クソッ、なんなんだよ。ふざけやがって……」

「まあまあ。事情説明してもらえたら解放しますんで」


 拳を固めたロウの軽い調子に、男は舌打ちを一つして、事情を語った。


 話を聞いてみれば何のことはなく、ぶつかっただの、そっちがぶつかってきただの、互いに自身の主張を曲げずに平行線となる水掛け論である。


 口論となるうちに血が上った二人組は少年を力ずくで黙らせようとして、少年はこれに魔術で応戦。


 強力な魔術であわや惨事になりかけるも、何とか少年を拘束し、どう落とし前をつけさせるか、といったところで──。


「──俺が出てきたわけですか。う~ん……なんというか、どっちも運が悪かったみたいですね」

「こっちはガキの魔術で危うかったんだぜ? 正当な行為だろ」

「で、でも! 最初はあんたらがぶつかってきたんじゃんか!」


「はいはい、ストップ! どっちも悪いし悪くないような話ですから、サクッと水に流しましょう。あっちの男の人は手当てしとくんで」

「でも──」「はあ? なんで──」

「あんまりうるさいと、拳ぶち込みますよ」


「「……はい」」

(お前さんが一番たちが悪いな)(流石ロウ、実に魔族的なのです)


 そうして強制的に仲裁(?)したロウは、血の泡を吹いて気絶している男に魔法による治療を(ほどこ)し、片割れに背負われて去っていく姿を見送った。


「よし、一件落着。じゃあ君もそろそろ──」

「──なあ兄ちゃん! さっきの、一体何だったんだ!?」

「ギクゥッ!? な、何のことかな」


 栗色の瞳を輝かせ灰色の髪を揺らす少年は、背丈が同じくらいのロウに詰め寄って問いかける。問われたロウはといえば、まさか先ほどの回復魔法を見られていたのか? と戦々恐々(せんせんきょうきょう)である。


「なんか、パンチとキック? すっげー格好良かった! 兄ちゃん、俺に教えてくれよ!」

「ああ、そっちか」


 身なりの良い少年は、同年代のロウが大人を圧倒する姿に憧憬(しょうけい)の念を持ったのか、せがむようにぐいぐいと近づいてくる。


 その勢いに若干気圧されつつも、ロウは難色を示すように言葉を続けた。


「教えてくれって言われても、俺は今日この街を出発しちゃうからなあ。仮に教えるにしても、中途半端に教えるってのは一番危険だし」

「なんで中途半端だと危ないんだ? 知らないより知ってた方が良い気がするけど」


「自分しか知らない知識や技術って、学ぶと誇示(こじ)したくなる……見せびらかしたくなるものだろ? さっきみたいに何かあった時、それをひけらかそうとして、中途半端だからこそ大きな失敗をしてしまう、みたいな感じだよ。君の魔術だって、使ったらあの男たちもいきり立っただろ?」

「う~ん、そういうものかあ。まあ、俺も今日でこの街から首都に出発するし、教えてもらうのは無理かー」


 かつて道場で子供たちを指導していたころの記憶が刺激され、ついロウが説教臭く語る。


 残念ながら灰色の少年は馬耳東風(ばじとうふう)といった様子で、聞く耳を持たなかったが。


「聞いてねえな……って、そっちも首都に行くのか。俺も首都の方に行く予定だから、向こうであった時に都合がつけば教えられるかも」

「お、そうなんだ。俺はレルヒっていうんだ。会った時はよろしくな!」

「俺はロウ。よろしくな、レルヒ。折角会えたわけだし向こうでも会えると良いな」


 互いの紹介を済ませたところで解散し、ロウが宿へと戻る、その道すがら。


(ロウが女性以外と長く話をするなど、珍しいこともあったものです)

「お前は俺を何だと思ってるんだよ……。今までだってタリクやオレグやアルベルトやら、沢山話してきてるだろ」


(それもそうだが。そう言いつつもお前さん、俺たちと出会ってから同年代の男の子とまともに話すのは、今回が初めてじゃないか?)

「……マジか。言われてみれば、滅茶苦茶(かたよ)ってたんだな」


 などと、自身の付き合いの(かたよ)り振りに驚愕するロウ。


 曲刀たちは知らぬことだが、彼はボルドー大図書館で同年代の少年司書、金髪マッシュルームヘアのジーンと何度か話をしていたのだが……。


 彼の頭の中では、付き合いの内にカウントされていなかったようである。


 女性でなければ途端に記憶があやふやになるあたり、やはりロウは女好きだった。

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