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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第三章 波乱の道中
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3-21 青玉竜の処遇

 カルラの母ミュラの営む魔道具店で、思い思いに買い物をしたロウたち。そこから衣料品店や小物販売店を数件はしごして、彼らはオレイユを遊び倒していく。


「──“はしご”というものは、かように心躍るものだったのか。目的もなく出歩いた経験は無かったが、中々どうして良いものだな」

「あたしちょっと、お金を使いすぎちゃったかも」

「ふふ。アイラ、大学のある首都に着いたら、もっと色々なものが溢れているからね? お金を使い込んで帰ることも出来ない、なんてことにならないように、今からしっかりと引き締めることを覚えないとね」


 そんなやり取りを経ながら夕食、入浴と済ませ、就寝する一行。


 明日からは再び馬車の旅となるため、早めに床へ着いたのだ。だが──。


「──さて。(うれ)いは先に断っておくか」


 草木も眠る深夜。曲刀にローブにと完全武装した褐色少年が、誰もいない室内で独り言つ。


(本当にやるのか? 寝ているあいつをどこかに放置すればいいだけじゃないのか?)


「それじゃあまた襲われる可能性があるだろ。俺だけが襲われるなら許容できないことも無いけど、あいつの魔法やブレスは範囲が広すぎる。町に居るときにでも襲われたら最悪だ」

(ロウ、サルガスはあなたのことが心配なのですよ。彼女は伝説に語られているような竜ですから、たとえ一度は打倒していてもあなたの身が万全でない以上、戦いを回避するよう進言するのは当然のことなのです)


「心配してくれるのは有難いけど、これは避けては通れないことだしなあ。相手が翼を持たず『竜眼』も具えていないなら、そこらに放り投げても良かったんだけどな」


 独り言改め曲刀たちへの説明を終えたロウは、異空間の門を構築する。


 もはや一秒ほどで自身が通れる門を創ることが可能となったロウだが、「青玉竜(せいぎょくりゅう)」ウィルムに比べるとその制御力は大きく劣っている。


 天震わせる魔力の流れに、都市を一飲みにする極大魔法。純粋な力関係でかの竜に分があることは、彼も身をもって知っていた。


「今回は俺のホームともいえる異空間だし、殴り合いに強いコルクや属性で優位のあるテラコッタがいるし、前よりはましだと思うぞ? 多分。最悪、暴れそうな気配出した瞬間ボッコボコにすれば良かろう」


((……))


 問答無用で拉致(らち)した上に、相手の言い分に取り合わずに暴行を加え要求を飲ませようとする。


 まさに外道。これぞ魔神であると言えよう。曲刀たちもロウの方針には流石に引いているようだ。


 事情の説明を終え、ロウは異空間へと踏み込んだ。


 彼の眼前に広がるは、相も変わらず白一色の奇怪な空間。


 そこで不定形となりだらけている空色の眷属(けんぞく)や、大陸拳法の套路を見せる茶色の美少年に、興味深そうに彼を眺める煉瓦色(れんがいろ)の美青年。


 そして、未だ眠りこけている青白い竜。


 気合を入れてロウが踏み込めば、何とも間の抜けた光景であった。


(……誰だ? あいつは。またゴーレムを創ったのか?)


「ああ、お前らは見てないんだっけ? 水属性のシアン、土属性のコルクときて、溶岩属性のゴーレムのテラコッタ君だ。男になれーって念じながら創ったら、予想外にムキムキになった新人だよ」

[──]


 ロウがざっくばらんな説明をしている内に眷属たちも集まり、ロウの周りが賑やか(しかしロウ以外無言)となる。


 彼は集まった眷属たちに先ほど曲刀たちに話した内容を伝え、スヤスヤと寝息を立てるウィルムの四方に待機させた。


「準備が整ったはいいが……どうやって起こしたものか。魔法使っても起きる気配ないし、こいつらの寝首って案外簡単に掻けそうだよな」


(絶大な力や長い生を持つが故でしょうね。ウィルムの場合は、ロウが瀕死に追い込んだことで深い眠りについているのかもしれませんが)

「刃物も魔法も一切合切通さない竜鱗に守られてるからか。……とりあえず鼻の呼吸でも塞ぐか?」

(お前さんの発想は大体えげつないものばかりだよな)


 サルガスに呆れられつつ水球を生成したロウは、ふよふよと浮かぶそれをウィルムの鼻へと突っ込んだ。


 彼の小さな手では覆い隠せなかったための凶行である。


【すぴー……ごぼ……ごぶっ!? ごばぁっ!?】


 鼻孔(びこう)から侵入した水が鼻腔内(びくうない)を満たし、内鼻孔、喉頭(こうとう)を通り気道へ差し掛かったところで──ウィルムが盛大にむせた。


「おう、起きたか。鼻から水って、人に限らず有効なんだな」

((外道すぎる……))


【がはっ、げほっ、ごほっ……ぐっ、一体、何……は!? 貴様はっ!?】


 全力で気道から水分を出そうとするウィルムは、十秒ほど咳き込んだ後、ロウの存在に気付き体を起こして身構える。


「どうもどうも。お前がいきなり襲い掛かった魔神ですよー。暴れる気配見せたらまた半殺しにするんでよろしくな!」


【! この妙ちくりんな空間は、貴様の創り出した空間か!】

「ああ。出るも出すも自由自在、お前が餓死するまで閉じ込めておくことだって出来るぞ」


【……妾の『竜眼』をもってしても、外界との繋がりは見出せんか。良かろう、煮るなり焼くなり好きにするが良い。……だが、ゆめゆめ忘れるな。妾やドレイクの仇は、必ず同胞たちがとるであろうことをな】


 左右後方を固めるロウの眷属たちの存在にも気付いたのか、ウィルムは翼をたたみ諦観の滲む言葉を発する。もはや覆しようのない状況と判断したようだ。


【殺るならさっさと殺ればよい。何を躊躇(ちゅうちょ)している?】

「……いや、意外と(いさぎよ)いなってな。というか、何度も言ってるけど別にドレイクは殺してないぞ。お前だって殺すつもりもないし。大体、殺すならわざわざお前の首の治療なんてしないっての」


【ぬ? ……貴様、妾の首を治療したのか? 確かに治っているようだが……自分で蹴り砕いておきながら、何故そんな真似をする?】

「お前が話も聞かずに襲い掛かってくるからだろうが。いいか? 俺がドレイクを知っているのは、あいつにブレスや大魔法を放たれたことがあるからだ。だけど、それは向こうが一方的にぶっ放しただけで、俺はそれを防いだだけなんだよ。戦闘すらしてないし、当然殺してなんかない」


 ロウの言葉で自身が首をへし折られたことを思い出したのか、しなやかな首の調子を確かめるように動かし疑問を零すウィルム。


 しかし彼女は、少年から苛立たし気な色の滲む反論で(まく)し立てられてしまう。


「あのシュガールさんとだってそういう話をしてたってのに、お前ときたらこっちの話を全く聞かずに、殺意全開で突撃してきやがったからな。そりゃ半殺しにもするってもんですわ」

【ぬっ……ぐ……ぬぬ】

「大体、何が『魔神など見つければ即座にブレス』だよ。いきなり喧嘩吹っ掛けてくんじゃねーよ、このタコ。その上返り討ちにあってりゃ世話ねーな。すかたんが!」


【ぐぐ……! い……言わせておけば!】

「あん? やるか? やんのか? 今度は前みたいに治療してやんねーぞ? 全身をくまなく砕いて、無様に這いつくばらせてやろうか」


 話している内に苛立ちがぶり返してきたのか段々と口調が荒くなっていき、ぎらりと金の瞳を輝かせたロウの身から紅の嵐が吹き荒れる。


 それを合図に三体の眷属も同調し、硬質化させた拳を構えて魔力を解放。臨戦の構えで威圧を強めた。


 四方から迫る圧力はみるみる強まり、もはや一触即発。病み上がりのウィルムは流石に恐怖を感じたのか、慌てたように待ったをかける。


【待て! ……貴様は、妾を殺すつもりはないと、そう言っただろうが。それなのに何故、妾が貴様に(なぶ)られねばならんのだ】


「お前がいつまでたっても俺に謝らないからだろうが! ドレイクが俺に殺されたとお前が勘違いして襲ってきたから、こんなことになってんだぞ。ボコられたくなかったらさっさと謝罪しな」


【ぬう……くっ……魔神なんぞに……待て、そう睨むな! くぅ……妾の勘違いで、手を出して、すまなかった】

「おう、許してやるよ。もし次があれば半殺しじゃすまないからな」

【貴様のような魔神に手を出すなど、二度とご免だ】


 ウィルムが渋々といった風ながらも頭を垂れて謝罪すると、ロウはようやく高圧的な態度を解除した。


 しかし、その内面は──。


(いや~。冷や汗沢山かいたぞ。殴り合いに発展しなくて良かったー)


(それなら、態度を軟化させればよかっただろうよ。見ているこっちはお前さんの比じゃないくらいにひやひやしたぞ)

(ウィルムは性格的に、下手に出たら図に乗るタイプだろ、どう見ても。こっちの弱気が見えてたらなんやかんや言って謝罪しなかったかもしれないし、そうなったらまた突っ込んできかねなかったんだよ。こういう相手は強気一辺倒こそ最適だ)


(だとしても、今後は竜相手に綱渡りのようなやり取りは避けてほしいのですが……サルガスの言う通り、気が気じゃありませんでしたよ)

(俺だってもう御免だよ……はぁ)


 ──等々、彼女との争いに発展しなかったことへ、大いに安堵していた。


 先ほどまでの魔神そのものとも言える傲岸不遜(ごうがんふそん)な態度は、単なるハッタリに過ぎなかったのである。


 他方、ウィルムは念話で会話をしている少年を恨めしそうにねめつけ愚痴を吐く。


【全く、何故このような人族どもの生活圏で、空間魔法を操る魔神と出会わねばならんのだ】

「こっちは人に(まぎ)れて生活してるもんでな。お前はシュガールさんと何処かに向かってたみたいだけど、どこに向かってたんだ?」


【ふん。ドレイクの馬鹿がしでかした不始末を、妾たちが尻拭いするという話だったのだ。……ん?  貴様、あやつに大魔法を放たれたと言っていたが、それの事か?】

「あー、十中八九それだな……あれでとんでもない範囲が溶岩地帯になったからなあ。パッと見でも端が見えないくらいの大きさだったし……両翼を広げた竜の、百倍くらいは広さがありそうだったぞ」


 ロウはウィルムの言葉でかの枯色竜の「炎獄(えんごく)」を思い出したのか、顔をしかめながら思い出すように語る。


 以前よりも魔法への理解が深まり、様々な属性を使いこなすようになったロウだが、未だあの至大魔法を正面から受けるのは難しいだろうと考えていた。


 なにせ、辺り一面が溶岩地帯と化し、空間魔法で逃げることすら難しくなってしまうのだ。


 ウィルムの創り出す凍土であればそこへ降り立っても、凍結こそすれ死にはしない。が、かの溶岩に落ちてしまえば、もって数十秒だろうと考えていた。


【百倍だと? 馬鹿言え、いくらあやつが力ある竜とはいえ、それほどの事象は成せんはずだぞ】

「んなこと言われてもねえ。まあ、あの時は混乱してたし、実際より規模が大きく見えた可能性はあるけども」


【ぬう。なれば亜竜どもでは対処しきれんか……? ……まあ、シュガールが上手くやれば、妾の(あずか)り知るところではないか】

「押し付けるのかよ。流石竜だな」


 ウィルムがぼやけば、ロウが呆れる。最初の険悪な空気はどこへやら、意外や意外に真っ当な会話が成立する両者である。


 いつの間にやら、ウィルムは白い地面に寝そべって寛ぐ姿勢をとっており、ロウも土魔法で創った椅子に腰かけ休んでいる。臨戦の構えの欠片もない状態だった。


「というか、お前何でいきなり襲ってきたんだよ。魔神に恨みでもあったのか?」

()れ者め。貴様ら魔神と我ら竜とは反目(はんもく)しあっているのだから、特段おかしなことではないだろうが。むしろこの一件も、妾に非は無いと言っても──】


「あ゛?」

【──まあ、非はあったかもしれん。兎も角、魔神など押しなべて敵だ。貴様が他の魔神とどういった関係なのかは知らんが、先頭に立って竜と相対してきた『魔眼』の魔神などは、竜にとっては怨敵(おんてき)と言っても過言ではないのだぞ】


「……『魔眼』ねえ。ちなみに、その魔神の名前は?」

【『不滅の巨神』バロールと言う名だ。古き竜にも比肩する上位魔神故に、幼い貴様でも知っておろう】


 ウィルムから竜と魔神との確執について聞いていく内に、「魔眼」という最近耳にした単語が出てきたため、ロウは彼女に魔神の名を聞いてみたが……。彼女の言う魔神は、彼が予測していた名前とは異なるものだった。


(バロールか……ルネでもなくエスリウでもなく。夢で見たあの女性はエスリウにそっくりだったし、彼女が「魔眼」の魔神なのかと思ったんだけどな。……ん? だとしたら、魔眼持ちの魔神がわらわらいるってことか? 厄介すぎるな)


(ごく自然に魔神と敵対前提で思考するお前さんも恐ろしいぞ)

(何せ、記念すべき魔神第一号にいきなり首刈られたからな。想定しておくにこしたことはない)


 魔眼の魔神エスリウに殺されかけたことを思い出しつつ、ロウはウィルムとの会話を続けていく。


「俺は魔神としての自覚が生まれたのがつい最近で、魔神や竜の情勢はさっぱり分からん。だからその有名らしいバロールのことも全く知らんぞ」


(たわ)けめ。ならば、貴様は空間魔法を他の魔神より学ばず独力で構築したというのか? 話にならん、そんなことがあるはずが無かろう。膨大な魔力を操作し精神を集中させて、ようやく成立するのが空間魔法だ。あれ程自在に操っていたのなら貴様には空間魔法の適性があるのだろうが、教えを受けずにそれを成すなど、竜であっても出来ん絵空事だ】


「黙って聞いてりゃ滅茶苦茶言いやがって。なら、今から新しい空間魔法を構築して、俺が独学で魔法を創ってきたことを証明してやろうか?」

【はっ! 出来るものならやってみるがいいさ】


 売り言葉に買い言葉で、何故か新規空間魔法を構築することとなったロウ。


 勢いで行動する彼の頭の中に、もはや竜の解放という用件が残っているのか定かではない。


「といっても、俺が勝手に考えたんじゃ創った証明もしづらいか。お前、なんか知ってる空間魔法ないのか?」

【無いことはないがな。妾は貴様がどの程度まで空間を操れるか知らんのだ。『空間創造』や『空間跳躍』が出来ることは、この空間や先の戦闘で明らかだが……】


「その二つと、空間の障壁、それに空間の結合、後は捻じ曲げる湾曲(わんきょく)だな。結合は門を創って異なる空間同士を結び付ける魔法で、湾曲は空間を(ゆが)めて光や波動の進路を捻じ曲げる魔法。障壁はまあ……壁みたいなもんだよ」

【ほう、『空間連結』や『空間歪曲(わいきょく)』も使えるのか? なれば……ふむ、『空間変質』はどうだ?】


 使用できる空間魔法について聞くとウィルムは感心したように息を吐き、その冷気で地面を凍結させながら少年に案を投げた。


「空間変質?」

【そうだ。一定の空間を支配し、(ほしいまま)に変質させる魔法だ。これならば貴様も使えぬ魔法であろう? 妾も昔、この『空間変質』を操る魔神によって殺されかけたものだ。まあ、力づくで打ち破ってやったがな。はははっ!】


 尻尾を何度も叩きつけ高笑いするウィルムを丸ごと無視したロウは、空間を支配するという「空間変質」について思索を重ねていく。


「……空間の思うがままの変質か。自分の都合の良いように創り変える感じか? イメージしづらいな。ウィルムはどういう風に殺されかけたんだ?」


【あれは周囲の空間そのものを漆黒で塗りつぶしいくような、奇怪な魔法であったぞ。さしずめ、空間の蚕食(さんしょく)か? 闇魔法のように物質を創り出すのではなく空間の性質そのものが変わり、竜鱗さえも(むしば)む領域を創り出す常ならぬ魔法だったが……。ふっ、出来ぬなら出来ぬと言えば良かろうさ】


「ああ、何となく分かった。空間そのものを塗りつぶす感じか。それなら──」


 魔法が思い描けたのか、ロウは魔力を一気に解放し、溢れ出た魔力を操作する。


 宙の一点に凝縮された紅の魔力へ念じるは、空間を蝕み食らう黒。領域を侵し蚕食する漆黒。


 少年の想像が固まると、凝縮されていた紅の魔力が闇に変じ──解き放たれた魔法は、たちまち異空間を黒で塗りつぶした。


 漆黒は周囲百メートルほどを飲み込んだため、当然ロウやウィルムも直撃である。


【──!?】

「おおッ!? ……あれ? 暗くなっただけか?」


【貴様っ! いきなり何をするか!?】

「そんなにビビんなって。ただ周りが黒くなっただけだろ……いや、魔力も見えないか。吸収されてるのか?」


 盛大に自爆し自身も動揺したロウだったが、肉体への影響は見られないことを知ると研究モードへ移行。自身の創り出した新たな魔法を調べ上げていく。


「光と魔力、出した傍から吸収されるな。お前が言ってた魔法とは違うけど、まあこれも『空間変質』には違いないな。どうだ、できるもんだろ」

【……そのようだな。『竜眼』でも見通せず、煌めく冷気も輝きが見られん。冷気は出ているようだが】


「異様に冷たいと思ったら、お前の発散する冷気じゃなくて、魔法を使ってたのか。寒いからさっさと消してくれ」

【貴様こそ早くこの空間を解除しろ!】


 そうやって黒一色の空間で(わめ)き合うこと数分。ロウの「空間変質」が解除される。


 ちなみに、ロウが解除しようと魔力を操作するたびに吸収されていったため、効果が切れるまで待つ羽目となっていた。


「『空間変質』……今一つ使い道が分からん。見えないし感知も効かないし、時間稼ぎ用か?」

【妾が見たものとは別物だな。当然と言えば当然だろうが。……まさか本当にその場で構築するとはな】


 曲がりなりにも「空間変質」を構築してのけたことにウィルムが驚愕する一方、ロウは新規魔法の使い道を模索する。


「うーん。空間に相手を閉じ込めて外部情報を遮断(しゃだん)したうえで、外から魔法を撃つか? ……当たってるかどうかこっちも分からないし、そもそも相手が動けば当たらないか。手間の割に微妙だ」


 等々、この空間魔法に使えないという烙印(らくいん)を押すロウは、この魔法の持つ光を吸収するという効果──すなわち、電磁波を取り込む効果を軽視してしまっていた。


 以前の光魔法実験の時も可視光帯域でのみ実験を行い、熱変換効率の良い遠赤外線や、殺傷能力すら持つ超単波長の電磁波による攻撃魔法を見落としていたこの少年。


 今回も同様に、「空間変質」の持つ吸熱性に気が付くことが出来なかったのだ。


 光のみならず赤外線や紫外線を吸収し、果てはガンマ線にも一定の減衰効果を持つこの漆黒は、炎に対する備えとして水魔法による防御や「断絶空間」を上回るものであったが……。


 彼は知識不足ゆえ、この有用性に気付けなかったのである。


「まあ使い道はおいおいでいいか。とにかく、これで俺が独力で空間魔法を創ったっていうのは証明できただろ? 俺には魔神の伝手みたいなのが無いんだよ」

【貴様が空間魔法を自力で構築する程の力を持つことは分かったが……それほどの魔神が、他と関わり合いを持たずにうろついているというのも、(おぞ)ましいものだ】


「徒党組むよりマシだろ? そういうわけだから、俺がお前と敵対する理由は無いし、そっちが襲い掛からないなら、もう解放してもいいんだけど」


 本題を思い出したロウが空間変質の使い道を保留にしてウィルムに解放を提案したが、肝心の彼女の反応は(にぶ)い。


【そのことだが……外に出ても妾には面倒な仕事が待っているし、あのシュガールに合流した際に貴様のことを問われると思うと、出る気にならん】

「お前なあ……」


 意気揚々(いきようよう)と襲い掛かったがあえなく返り討ちにされ、その上突っかかった理由すら自身の勘違いだったのだ。高飛車な性格である彼女がぐずるのも当然と言えた。


【妾は寝ておく故に心配は無用だ。なんなら人の身にやつし食事量を減らしてやっても良いぞ?】


「飯も食うつもりかよ! 面の皮が厚すぎだろお前」

【はっ! 妾を誰と心得る? 『青玉竜(せいぎょくりゅう)』ウィルムなるぞ! さあ、食料を持ってくるがよい】


 霜を撒き散らし居直るウィルムに大きく嘆息したロウだったが、ぶつくさと文句を言いながらも異空間に保存してある食材を漁りに行くあたり、彼も相当な変わり者である。


(捕えた竜に料理を振る舞う魔神か……どこかの神話にありそうな……いや、無いな)

(むしろ、この行いが後世で神話となりそうなのです)


 曲刀たちの他人事といった呟きを聞きながら、ロウは大鍋で乾麺を茹でていくのだった。

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