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息子たちの希望



「ねえ、母上。今日クリスと会ったんでしょう? クリスから結婚してほしいって言われた?」


 夕食を子供たちと食べた後、ぼんやりと座ってお茶を飲んでいれば、ジョルダンに聞かれた。あまりに不意打ちに、飲んでいたお茶が変なところに入って、咽てしまう。


 ごほごほと咳をすれば、隣に座っていたエヴァンがルーシェの背中をさすった。


「なんで急にそんな風に聞くんだよ。もっとさり気なく聞かないと駄目だろう?」

「そうかな。色々考えたけど、遠回しに聞いても母上は鈍感だからわからないかなと思って」


 ジョルダンがへらりと笑って言い訳をする。エヴァンは大きくため息をついた。


「母上はまだ父上を思って屋敷に引きこもっているからな。はっきり聞いたらクリスからの申し込みを断ってしまう」

「え? 母上、そうなの?」


 エヴァンの言い分に、驚いたようなジョルダン。ジョルダンの問いはルーシェに向けられていた。二人に視線を向けられて、ルーシェは慌てて否定する。


「別に引きこもっていないわよ」

「聞きたいところはそこじゃないよ。母上、父上のことまだ好きなの?」

「……」


 二人の息子がルーシェの気持ちを読もうと前のめりに見つめてくる。心の底を見透かすような強い眼差しに、思わずたじろいだ。視線を逸らしたいが、未だにウェンセスラスを好きだと肯定しているようで我慢する。


「僕、この国に来て知ったんだけど、父上のような行動をとる男ってクズ中のクズなんだって。だから父上を思うよりもクリスと結婚した方がいいよ。クリス、すごくいい人だよ?」

「運命だか何だか知らないけど、一目ぼれしたからってあれはない。人間としてどうかと思う」

「どうしたの、あなた達」


 二人の父親に対する冷ややかな態度に、ただただ驚くばかりだ。

 フォルティア国を出てくるときは息子たちは確かにウェンセスラス――父親が大好きだったはずだ。だから、あの心無い仕打ちに傷ついて泣いた。


 国を出るまで、どうして父上は僕たちを見てくれないのだと訴えていたのに。

 あまりにも悲痛な叫びに、王妃をはじめ城にいた文官、騎士、それに使用人たちが涙したというのに。


 どうしてこんな冷めた感じになってしまったのだろうか。


「母上、誤魔化さないでよ。まだ父上のことを愛しているの?」


 愛しているのかと突き付けられて胸が苦しくなる。ルーシェ自身、見ないように考えないようにしてきたことなのに、どうしてこうも表に出そうとするのか。


「……ずっと悩んではいるわ。わたしのどこがいけなかったのだろうって」


 好きとか愛しているとかそういう単純な感情ではない。言葉にならないぐちゃぐちゃの思いを感じたのか、二人は顔を合わせた。


「母上は少しも悪くないよ」

「でも、あの時はこれが一番いいと思っていたけど、わたしの勝手な思いであなたたちから祖国も未来も父親さえも取り上げることになってしまったわ」


 冷静になればなるほど、宰相が勧めたように国に残って我慢した方がよかったのではないかという気持ちも出てくる。ウェンセスラスの愛情がルーシェと子供たちに与えられなくても、3人を大切にしてくれる人は国王夫妻をはじめ、あの城の中には沢山いたのだから。


「……母上、知らないの?」

「何が?」

「あの運命の相手、普通は結婚した時にある儀式をすることで封じることができるんだ」

「封じる?」


 聞いてはいけないと、頭の中に警鐘が鳴り響いた。

 ジョルダンがぎゅっとルーシェの首に抱きついてきた。

 反射的に彼の小さな体を抱きしめる。まだまだ小さくて、大人の庇護が必要な子供たち。それなのに、縋っているのはルーシェの方だった。


「母上、知らなかったんだね。あんな呪いのような祝福、不幸しかないから結婚したら儀式をして封印するんだ。僕もここに来てから知ったんだ」

「僕たちはあんな祝福いらないから、結婚に関係なく成人したら封印するつもりだよ」


 二人は確信しているようで、しかも将来のことをもう決めてしまっている。


 ルーシェの知らないことを何故二人が知っているのか。

 城を出る前は知らなかったはずだ。

 教えるとしたら一人しかいない。


「……クリスから聞いたの?」

「聞いたのはクリスからだけど、クリスも宰相に問い合わせて知ったんだ」


 訳が分からなくて、エヴァンを途方に暮れたように見つめた。ルーシェの放心した顔を見て、エヴァンは辛そうに表情を歪めた。


「クリスが教えてくれたわけじゃないんだ。たまたま会いに行った日にクリスが手紙を読んで凄く怒っていて」


 どうやらクリスは「運命の相手」について納得ができなくて、宰相に問い合わせをしたようだ。その問い合わせ内容が封印の話で、手紙を読んだクリスが激怒した。その時がちょうど二人が訪問した日だった。学校についての相談がしたいと、先触れも出さず思い付きで立ち寄ったのだという。


 すべてが偶然であったが、二人が聞いてしまったということでクリスは話さなくてはならなくなったのだろう。


 王族には「運命の人」と言われる何よりも惹かれる相手がいる。それが神の祝福だと言われているのは、「運命の人」と巡り合った王は国を繁栄させると言い伝えられていたからだ。


 「運命の人」の話は今ではおとぎ話のようなもので、後継者の問題から王族は成人したらすぐに結婚をする。その時に「運命の人」に乱されないよう、結婚した王族はすべて封じる儀式を受ける。


 これが当たり前であったが、ウェンセスラスはルーシェと結婚し子供を作りながらも、「運命の人」に出会った。


 ――苦しい。


 事実はとても辛くて、胸が押しつぶされそうだ。


 ウェンセスラスは優しく家族のふりをしながら、ルーシェたちのことなど、どうでもよかったのだ。

 

「母上。勝手なことを言ってごめん。だからこそ、ずっと母上のことを愛しているクリスと一緒になってほしいんだ」

「クリスはとてもいい人だよ。僕たちも彼なら受け入れられるし」


 二人ともクリスに懐柔され過ぎでは?


 二人の熱心な様子にルーシェは突然冷静になった。受けた仕打ちのひどさをとりあえず横において背筋を伸ばした。


「ちょっとお待ちなさい。貴方たち、他に何か隠しているわね?」

「そんなこと、ないよ?」


 ジョルダンは焦りながら甘えたように否定してくる。エヴァンはそっぽを向いた。

 その態度にエヴァンのほっぺをぎゅっと摘まむ。


「お母さまに隠し事とはいい度胸です。さあ、吐いてしまいなさい」

「いたたたた! 母上、痛い!」


 エヴァンの頬をぎゅうぎゅうにつまめば、ジョルダンはそっと母親から距離をとる。完全に逃げられる前に、左腕をジョルダンの首に回した。慌てて暴れるが、逃がさない。ジョルダンの鼻を容赦なくつまむ。


「ひゃひゃうえ!」


 二人が知っていることを白状するのは数分後だった。


「なるほど。貴方たちにも殿下から戻ってくるようにと手紙が来たのね」


 エヴァンは痛む頬を撫でながら、ジョルダンは鼻を押さえながら頷いた。ジョルダンはえぐえぐと泣きながら、訴える。


「母上がいないのに僕たちを国に戻そうとしているんだ。父上、おかしいよ」

「しかも運命の相手が父上と結婚して、いずれ王妃になるんだ。二人の間に子供ができたら、僕たちは捨てられる」


 二人がクリスとの結婚を勧める理由がわかって、ため息をついた。二人をぎゅっと抱きしめる。


「二人の気持ちはよく分かったわ。少し考えるわね」

「母上、お願い。クリスと結婚して」


 ジョルダンはしつこく言ってくるので、苦笑した。体を離すとジョルダンと目を合わせた。


「それはクリスに申し訳ないわ。彼がわたしと結婚したって何の利点もないのだから」

「そんなことないよ。クリスは母上が小さい時から好きだったんだって。26歳になっても初恋を拗らせているんだよ。あんなにかっこよくて頼りになるのに、可哀想なんだ」


 クリスは一体どこまで話しているのか。

 自信満々に言うジョルダンに頭が痛くなってきた。


 心の中でクリスに文句を言いながら、自分自身の思いも含めてこれからのことを考えなければと強く意識した。




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