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運命とは残酷なもの


 長男エヴァン、次男ジョルダンは双子で7歳になる。


 二人とも父であるウェンセスラスによく似ている。どちらも柔らかな栗色の髪に濃い緑の瞳をしていた。それでもエヴァンは生真面目で少し潔癖なところがあり、ジョルダンはいい加減で甘え上手だ。双子で見た目はそっくりであったが、性格は面白いほど似ていない。


 二人とも王族としての教育を等しく受けていた。色々考えた結果、二人がきちんと現実を受け止められるだろうと期待をして、父親であるウェンセスラスに運命の相手が見つかったとそのまま伝えた。


「おとぎ話ではなかったんだ」

「運命の相手って、本当に神様の祝福なの? 何かいいことがあるの?」


 エヴァンは茫然として呟き、ジョルダンは不安そうな視線をルーシェに向ける。


 神の祝福と言われている「運命の相手」との出会い。

 150年前、最後に確認されるまではすべての国王は「運命の相手」と出会っている。運命の相手を伴侶にした国王は国を安定させ、豊かにすると言い伝えられてきた。


 そのため身分に関係なく参加できる夜会が月に一度は催され、未婚の王族は期限までに沢山の女性と顔を合わせる。何でも顔を見ただけで運命の相手はお互いにわかるのだそうだ。


 その運命の相手と出会うのはとても大変で、いつ出会うかわからない。そのためルーシェは幼いころから仮の婚約者だった。慣例に従いウェンセスラスは10歳になってから沢山の適齢期の女性と顔合わせをしたが19歳になっても見つけることができず、ルーシェが15歳になると打ち切りになった。仮の婚約者であったルーシェが正式に婚約者となり、1年後、結婚することが決まった。


「宰相には結婚したら運命の相手は現れないって聞いたよ?」


 だから間違いではないのかと、遠回しにジョルダンが聞いてくる。


「そうね、わたしもそう聞いていたわ。だけど、殿下の様子を見ればその話は間違いだったみたい」


 結婚した王族には「運命の相手」が現れないと聞かされていたので安心していた。でもウェンセスラスには運命の相手が見つかった。きっと長い年月の間に伝わっていた内容が変化してしまったのだろう。


 悲しいけど、現実だ。


 あれほどの執着を見せつけられてしまえば、たとえ心から愛していたとしても無理に入ろうとは思わない。心を捕らわれたウェンセスラスに縋っても惨めなだけだ。王太子妃である自分がそんな無様な姿を見せるわけにはいかなかった。


 ジョルダンはルーシェに抱きついてきた。息子のまだ小さな体を優しく抱きしめた。


「母上、これからどうするの?」

「法に従って離縁してこの国を出ることにしたの。ごめんなさいね。貴方たちには辛い思いをさせるわ」

「僕たちは母上について行きます」

「いいの? 王妃様にあなた達のことをお願いもできるわ」

「ここに残っても、父上にいない子供として扱われるのなら王族などに残らなくてもいい」


 エヴァンはそっけない態度でそう答える。対照的にジョルダンは現状を受け入れながらも、納得していないのか、むくれた顔をしていた。


「父上はどうして母上を無視してそんなことができるの?」

「それが神の祝福だそうよ。わたしにとっては呪いでしかいないけど」

「もし……父上が残ってほしいと言ったら残る?」


 ジョルダンはエヴァンと違ってこちらに残りたいようだ。母親であるルーシェの気持ちを気にしながらも、恐る恐る聞いてくる。

 エヴァンは咎めるようにジョルダンをきつく睨みつけた。


「お前はここに残りたいのか?」

「僕はただ今まで通りに家族で一緒に暮らしたいんだ。エヴァンは違うの?」


 ジョルダンの目が少しだけ潤んだ。ウェンセスラスは王太子であったが、家族だけの時間をとても大切にしていた。もちろん二人の息子のこともとても可愛がってくれていた。

 だからこそ、ジョルダンにはまだ信じられないのかもしれない。


 運命の相手に会っても家族は壊れない。それだけの確かな年月と毎日の積み重ねは本物だから。


 ジョルダンのその気持ちは痛いほど理解できた。 


 ルーシェ自身、目の前で濃厚なキスをしているところを見ていなかったら変わらない家族でいられると考えたかもしれない。宰相の言うように離縁を決断しなかった。

 幸か不幸か、ルーシェは夫の変化を見てしまった。運命の相手しか目に入らない態度に少しの希望も持てなかった。


 ウェンセスラスがルーシェを思いやる気持ちをほんの少しでも見せてくれたのなら、苦い思いを抱えながらも残る選択をしたかもしれない。


「こうなることをご先祖様は知っていて、色々とわたしたちに優しい取り決めをしてくださっているのよ。ただ、この国には二度と戻ることはできないでしょうけど……」

「どの国に行くの?」


 ジョルダンは少しだけ興味をひかれたのか、聞いてきた。


「イーリック国へ行くわ。今よりも少しは生活の質が落ちるかもしれないけど、十分すぎる生活ができるはずよ」

「イーリック国? ケイトリン様の国?」

「そうよ」


 イーリック国は隣接した国で、長い間、同盟関係にある。イーリック国の女王であるケイトリンはルーシェにとって年の離れた友人であり、親密な交流を持っていた。ルーシェが婚約者となった時、万が一の場合は受け入れてもらえるように事前に根回しが行われていた。


「母上、僕は学校に行ってみたい」

「エヴァンは昔から学校に興味があったわね。ゆっくりとでいいから、やりたいことを見つけていきましょう?」


 エヴァンが前向きな言葉を聞いて、思わず微笑んだ。王子という立場だと色々と制限されていたが、これからは王子ではないのだからやりたいことをすればいい。


 イーリック国へ行く手配はできているが、国を出れば爵位のない移住者となる。これから先、子供たちは身分を持たずに自分の力で生きてかなくてはいけない。学校に行くのはとてもいい案のように思えた。


 先のことをあれこれと色々と話しているうちに、二人の思いつめたような空気がなくなっていった。できる限り前を向いて国を出て行きたいから、ほっとする。


「父上に最後の挨拶がしたい」


 ジョルダンは言いにくそうにしながらも希望した。ウェンセスラスと言葉を交わすのはこれが最後かもしれないので、叶えてあげたい。


 子どもたちを連れて、宰相の執務室に戻った。宰相は驚きながらも、部屋に通してくれた。挨拶もそこそこに、要望を伝える。


「この子たちが殿下に最後の挨拶をしたいと」


 そう伝えれば、彼は優しく表情を緩めた。


「では、これから参りましょうか」

「父上、会ってくれるかな?」

「殿下にとって、お二人は大切な存在であることはかわりありません」

「そうかな?」


 ジョルダンは自信を持てたのか、何度も頷いた。


 だけどこの行動は結果的には、子供たちの心をひどく傷つけた。

 運命の相手に気持ちを持っていかれているウェンセスラスは話しかけようと部屋の隅で待っていた子供たちに一瞥もくれることなく、宰相に簡単な指示をして去ってしまった。


 どんなに忙しくとも子供たちの姿を見つければ一言二言、言葉を必ずかけていたが、今日は見ることもしなかった。もしかしたら子供たちに気がついていなかったのかもしれない。


 この現実に二人の子供たちは茫然としていた。きっと家族としてずっと暮らしたいという気持ちを砕くには十分な行いだった。


「大丈夫よ。お母さまがお父さまの分も二人を愛しているわ」

「母上」


 ジョルダンはルーシェに縋りつくと、小さな声ですすり泣いた。エヴァンは泣かなかったけど、唇をきつく噛みしめて俯いた。

 優しく抱きしめて息子たちの頬にキスをする。


「ルーシェ様、それから殿下方、誠に申し訳ありません」


 宰相が沈痛な面持ちで頭を下げる。

 ざわつく気持ちを落ち着かせようと、ふうっと大きく息を吐いた。


 確かにあった愛情が簡単に壊れてしまうのは辛いけれど、悲しんでいる場合でも、嘆いている場合でもない。

 ルーシェが一番優先すべきは子供たちだ。


「こうなることは分かっていました。すぐにでもこの国を出ます。後はお願いね」


 宰相に離縁の手続きを願う事がルーシェの王太子妃としての最後の仕事となった。



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