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二人の覚悟



 エヴァンは寝静まった頃、むくりと体を起こした。


 今日は沢山のことがあった。

 伯父であるジェフリーが迎えに来たり、母であるルーシェがクリスに告白したり。

 どちらもようやくという思いもある。


 そっと寝台を抜け出すと、裸足の足に室内履きを引っ掻けて扉の方へと向かう。扉を開けようと手を伸ばしたとき、静かに扉が開いた。


「エヴァン、起きている?」

「ジョルダン」


 二人は顔を見合わせると声を殺して笑った。考えていることは同じだと、嬉しくなる。今日はジェフリーの連れてきた使用人たちもこの屋敷に滞在しているので、気がつかれないようにひそひそと話す。


「これからのことを相談したくて」

「うん。僕もジョルダンと話し合いたかった」


 エヴァンの寝台の中に二人で潜り込んだ。二人で並んで寝台に横になると、二人は内緒話を始めた。幾つになってもこうやって相談することはやめられない。特に一人では決められないことはよく二人で話していた。


「ねえ、エヴァンはどうするつもり?」

「もちろん国に帰る。僕たちの王位継承権はなくなっていないみたいだから、ここにいたら迷惑だ」

「そうだよね。でも、僕はここの生活の方が楽しくて好きなんだ」

「確かに楽しいよね。お祖母さまにお願いして留学という手もあるよ」


 一番頼りになる王妃である祖母を思いつつ、エヴァンは言った。ジョルダンは気が進まないのか、しかめっ面をした。


 まだ祖国で暮らしていた時、二人は双子であるため平等に教育されていたがジョルダンにしたらエヴァンの方が国王に向いていると思っていた。そして自分は騎士になって兄を支えていけばいいと。


 だから父親に運命の相手が現れた時、父親が自分たちを切り捨てたことは悲しかったが、王位継承権が取り消されると告げられてとても喜んだ。ジョルダンにとって王位は荷が重すぎた。


「ねえ、王位継承権放棄じゃダメなのかな?」

「多分無理だ。父上が母上ではない別の女性と結婚すればあり得るかもしれないけど」

「偽物の運命の相手はどうするんだろう?」


 どうしてそんなことをしたのかと、恨みたくなるが今から過去は変えられない。相手も悪いかもしれないが、父親も同情できないのでそれなりの対応をして貰いたいと思う。


「偽物なのだから、罪人になると思うよ」

「あんなに執着していたのに? 最悪」


 二人して沈黙した。父親のことを思えば、とても苦い思いが二人の胸に広がる。ジョルダンはエヴァンに抱きついた。言葉にしなくてもエヴァンが国に戻って自分の役割を果たすだろうことはわかっていた。ジョルダンはここでの生活に未練があった。


「ジョルダン?」

「エヴァンは大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないけど、僕はお兄ちゃんだからね。頑張るよ」

「じゃあ、僕も戻る」


 二人はお互いを支え合うように、しばらくくっついていた。大きくなったのにこんな風にくっついているのを恥ずかしいと思っていたけど、今はお互いに何かを支えにしたかった。


「父上、僕たちを見てどう感じるんだろう」

「さあ? どうでもいいかな」


 ジョルダンが不安そうに呟けば、エヴァンはそっけなく答えた。ジョルダンは思わず体を起こして横になっているエヴァンの顔をそっと覗き込む。月明かりであるがエヴァンの表情を見ることができた。言葉とは違って、どこか傷ついた辛そうなしかめっ面。


「エヴァン」

「何?」

「ずっと怒っていたんだね」

「……」


 エヴァンはむっと唇を尖らせた。それでもいい返す言葉が出てこないところをみれば、やはり怒っていたのだろう。それぐらい衝撃的なことだった。仲の良い家族が簡単に壊れてしまったのは、父親の迂闊さのせいだ。それをどうしようもなかった、と謝られて元に戻るわけがない。


「一発ぐらい殴っても許されると思う」

「――暴力反対」

「男なら拳で語り合った方がすっきりするって聞いた」


 エヴァンはジョルダンの交友範囲がとても心配になってきた。自分とよく似た顔を見上げれば、彼はにこにこしている。


「考え過ぎもよくない。エヴァンも一発殴ってみたらいいよ」

「……僕は喧嘩が強くない」


 小さな声で告げれば、ジョルダンは首を傾げた。


「父上は背が高いし体格もいいけど、不意打ちなら大丈夫じゃない? 心配なら道具を使っても」


 拳で語り合う気満々のジョルダンを不安に思いつつ、それでわだかまりがなくなるのならいいのかもしれないとエヴァンも真剣に考え始めた。



******


 翌朝、遅くに起きた二人は慌てて身支度をする。誰も文句を言いに来ないところを見ると、大人たちはまだ誰も起きていないのかもしれない。


 二人はまずはジェフリーに自分たちの気持ちを伝えようと、急いで階下に降りる。朝食をとるダイニングではなく、サロンの方へと入った。


「うわ、くっさ」


 ジョルダンは慌てて鼻を手で覆う。閉ざされた部屋の中はアルコールの匂いで充満していた。部屋をよく見れば、何本もの瓶が転がっており、どれもこれも銘柄が違う。違うためにそれぞれの匂いが混ざって気持ちが悪いほど空気が淀んでいた。


 エヴァンも顔をしかめて、窓の所へと向かった。勢いよく、テラスへ続く窓を開け放つ。すべての窓を開ければ、部屋に漂うアルコールの匂いが少しマシになった。


「伯父上、飲み過ぎです」


 エヴァンがだらしなく長椅子に片足を乗せて目を瞑っているジェフリーに小言を言う。ジェフリーはちらりと瞼を上げて、エヴァンを見た。


「親友と酒を飲んだんだ。今日は大目に見てくれ」

「クリスも! 起きて!」


 ジョルダンは床の上に転がっている瓶を注意深く避けながら、同じく床に転がって丸くなって寝ているクリスの体を揺らした。


「あ……れ。二人ともおはよう」


 ぼんやりした目でクリスが二人を見た。ボケボケの様子に二人は呆れた目を向ける。ジェフリーの方も体を起こし、あくびをしながら髪をかき混ぜている。貴公子然としているのが嘘みたいな態度に二人は口元を歪めた。


「伯父上、お酒は外で飲まない方がいいね。一目で幻滅する」

「ああん? 外では限界を超えないから大丈夫だ。昨夜はちょっとクリスと張り合い過ぎた」


 ジョルダンは目は開いているものの、まだぐったりと横になっているクリスの顔を覗き込んだ。


「クリスも凄い格好だね。母上に見せられないよ」

「ルーシェには内緒で」


 内緒になるわけがないと思いつつ、頷いた。クリスは嬉しそうにふわりと笑う。


「うんうん。いい子だ」

「それでお前たちはこんなに朝早くどうした?」


 クリスよりも比較的しゃんとしているジェフリーはテーブル上にあったグラスに水を注いだ。エヴァンはその様子を見守りながら、ジョルダンと決めたことをお願いした。


「ああそうだった。伯父上、僕たちを国に連れて行ってもらいたいんだ」

「え?!」


 驚きの声を上げたのはクリスの方だ。クリスはぱちりと目を開けると飛び起きた。ジョルダンは茫然とするクリスに安心させるように笑った。


「母上は別だよ。母上はクリスと結婚した方が幸せになれると思う。僕たちは迷惑になるから国に帰るよ」


 ジェフリーとクリスはお互いに顔を見合わせる。二人も昨夜何かしら方針を決めていたのだろう。


「……二人で決めたんだ。だから母上は自由にしてあげて」

「ルーシェにも聞いてからだ」

「どうして?」


 ルーシェに言えば絶対に反対されるか、自分も国に帰ると言いかねない。エヴァンとジョルダンはお互いに顔を見合わせた。


「ルーシェは母親だ。お前たちを愛している。それを勝手に幸せを決められたら怒るはずだ」


 冷静なジェフリーの言葉に二人は頷いた。

 

 

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