ターニャ
分厚く、重厚な扉。
その向こうから現れたのは、いつぞやの天使と、自分ほど大きな体躯を持つ一人の女性だった。
「やー、また会ったね、ヘイト」
ひらひらと天井付近を舞いながら、天使はそう言った。
「ターニャ。久しぶりだな」
上を見上げてヘイトはそう返した。
「あ、そっか。あの時はターニャって名乗ってたんだね。ごめんごめん。キャルルっていうんだ、あたしのホントの名前」
「そうか」
扉の奥から調停者を連れて現れたのが彼女だとして、今さら何も驚くまい。
あの天使の正体が知れて、むしろ気が晴れたと言ってもいい。
「その様子だと、随分と余裕って感じだねぇ」
キャルルがニヤリと笑う。
何か勝算でもあるのだろうか。それとも、連れてきた仲間に余程の自信があるか。
「余裕・・・、というほどでもない。それより、そっちの名前を聞きたい」
大剣を携えた女性は一歩前に踏み出すと、丁寧にお辞儀をした。
「グラン・イージスといいます。調停者にして、その頂に立つ者です」
彼女は自己紹介をした後、小さく「肩書きは、ですが」と呟いた。
「あんたがグラン・・・」
「あなたが薔薇の魔将軍、ヘイトですね」
左腕のシルバは、二人の様子を黙って見守っている。
「あんたとは話したいことがたくさんある。・・・そうだな、よければ、茶でもどうだ」
「えっ・・・?」
予想外の展開に面食らったといった表情のグラン。
「グーニャ・・・じゃなくてキャルルも、いつかのように一緒に茶を――」
「っざけんじゃねぇよッ!!」
和みかけた雰囲気をキャルルは一言だけでぶち壊した。
「ここまで来て、誰がのんびり茶ぁしばくんだよ! 頭わいてんのか!? それでゆっくり話し合いでもして、手を取り合って生きていきましょうってか!? 今さらおせぇんだよ! 今までどんだけの血が流れたと思ってんだ! お前のせいで全部メチャクチャなんだよ! 自覚あんのかよ!?」
「キャルル――」
「すっこんでろ、クソが!」
諫めようとしたグランも即座に押し黙ってしまった。
正直、キャルルの人の変わりようには驚いた。
あれが本来の姿なのかもしれないが、あのターニャときとは雲泥の差だ。
人とはあそこまで猫を被れるものなのだろうか。疑心暗鬼にさえなってしまう。
「話し合う気はない、と・・・」
「ったりめぇだろ!」
噛みつきそうな勢いで答えるキャルル。
「ちょっと待ってください・・・!」
グランはそう言うが、キャルルから鋭い視線を向けられて口をつぐんだ。
「ヘイト様・・・」
シルバが声を潜めて言う。
「ああ、シルバ。厄介なのはキャルルだ。あれを黙らせればグランとは話す場を設けれそうだが・・・」
「かといって、キャルルさんを倒してしまっていいものでしょうか・・・。グランさんの反感を買わなければいいのですけど・・・」
「確かに、いい気はしないだろうな」
あんな物言いをするとはいえど、曲がりなりにもここまで連れ添ってきた仲間だろう。
ましてや調停者の長ともあろう者が、キャルルの一言で黙り込んでしまうのだ。
何か裏があると思うのが道理かもしれない。
「さあ、ほら、やっちまえよ、グラン! 裏切ったりしたら承知しねぇからな!」
キャルルに触発されて、グランはおずおずと剣を構えた。
「・・・すみません、ヘイトさん。私たちは戦わなければならない定めのようです」
ヘイトは静かにグランを見据えた。




