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クリスタルタワーの魔将軍 ~最凶の魔物の復讐劇~  作者: 鹿竜天世
第三章 主なき番人と世界の守護者
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武士との戦い

 ――何階ほど上がっただろうか。


 戦闘の疲労も相まって、自分が何階にいるのかも定かではなくなってきた。


 キャルルは相変わらず、援護してくれる様子もなく飛び回るだけだ。


 今しがた上がってきたフロアは、少し開けた空間が広がっていた。


「なんか一区切りって感じだねー」


 能天気なキャルルをよそに、周囲を警戒する。


 ここまで来て、休憩のための時間が用意されているとは考え難い。恐らく、さらに上層を守る何者かがいるだろう。


「よくぞ、おいでなさいました」


 古風な口調で奥の扉から現れたのは、これまた古風な武者装束に身を包んだ男だった。


「手前、このような格好をいたしておりますが、決して人間なぞではございませぬ」


 ・・・とすると魔物か。それにしては礼儀正しいというか――。


「貴殿らは我が主の居城を踏み荒らす賊の類かとお見受けします。なれば小生、主様より頂いたクザンの名の下に、貴殿らを一網打尽に致す所存」


 詰まるところが、戦うということか。


「ねぇねぇ、下らない口上言ってないでさ、とっととかかってきたらどう?」


 キャルルが横槍を入れる。


「クザン。あなたに一つ聞きたいことがあります」


 剣を構える前に、グランは問いかけた。


 クザンは黙ってうなずく。


「あなたの主の名を教えてください」


「・・・ヘイト様でございます」


 腰に携えた刀に手を伸ばし、クザンは静かに答えた。


 グランも手に持った大剣を両手で持ち、前に構える。


「ちゃっちゃと終わらせちゃってよ」


 キャルルはそう言うが、曲がりなりにも相手は名をもらうほどの実力の持ち主だ。


 本来、名前など持たない魔物にしてみれば異例の快挙ともいえる。


 これまでの相手とは格が違うことくらい、目に見えてわかる。


 そうなってくると、相手との間合いは途端に深い意味を持つ。


 武器を構えた瞬間から、戦いは始まっているのだ。


 無論、疲労がなければなどという言い訳は、戦において通用しない。


 命のやり取りは、いつだって不条理に行われる。


「覚悟!」


 刀を引き抜くことのないまま、クザンは抜き足で迫ってきた。


 あの重そうな鎧がほとんど音を立てず、それでいて並外れたスピードだ。


 居合い・・・という単語は耳にしたことがあるが、実際にどういう技を使ってくるのかまで、グランは把握していたわけではなかった。


「せぇッ!!」


 引き抜かれた鋭い刃――というより、クザン自身の気迫にグランは気圧された。


 一瞬、体が硬直し、次の瞬間には自衛のために動かなければという本能が働く。


 刀が引き抜かれるならば、横一閃が定石だろうと、グランは大剣を立てて防御態勢をとった。


 が、手ごたえはない。


 クザンはすでに刀を鞘に納めている。


 ふと、左肩に違和感を覚えたグランは目を落とした。


 ・・・血?


 白く輝く鎧の隙間から、血が滴っている。


「いったい、何が・・・?」


「ご武人よ、影抜きという技をご存知か?」


 鞘に納めた刀に手を添えたまま、クザンは静かに言う。


「心、技、体。この三つを揃えてこそ、最強の武士(もののふ)であると、私は思う。そして(まこと)の武士とは、意志のある者のこと。貴殿にそれが、果たしておありかな?」


 クザンはそう言うと、ゆっくりと後ずさっていく。


「あなたの力量なら、今の私など容易く倒せるはず・・・。なぜ止めを刺さないのです」


 グランが訊ねると、クザンは足を止めた。


「相手への敬意を忘れぬことが、私の信条だからです」


 史実、小説、映画、ゲーム。ありとあらゆる創作物の中で、侍とはそういうものとして描かれている。


 そして、目の前のクザンと名乗る魔物は、間違いなくそれらを忠実に再現しようとした産物なのだとグランは感じていた。


 だが、頭ではそう理解していても、現実を目の前にすれば感服せずにはいられない。


 彼の信念を曲げない姿勢と、武術の練度の高さ。


 ただのコンピューターには、作られなかったものだろう。ましてや、この私を相手取ってなど。


「なにやってんの、グラン! さっさとぶっ潰すんだよ! お前の仕事だろうが!」


 高みの見物を決め込んでいたキャルルは、グランが一太刀浴びたことで頭に血が昇っているようだ。


 が、ここに至るまでの戦闘で体力を消耗しているグランからしてみれば、下の階の魔物とは一線を画す相手との戦いは、下手をすれば命を落とす危険性まではらんでいる。


 それはさっきのクザンの一撃を考えても明白だ。


 グランは剣の柄を握り直した。


 肩に傷を負ったが、分厚い鎧のおかげで、そこまで深手でもない。


 とはいえ、あの小さな体躯と細身の刀身でいとも簡単に鎧を引き裂いたあたり、油断は禁物だといえる。


 ふと、クザンの気配が変わる。


 一瞬の内に殺気を纏った敵を前に、グランは息を呑んだ。


 正々堂々。勝っても負けても、決して言い逃れなどできない。


 グランの決意を感じたのか、クザンは地を滑るように迫ってきた。


 いくら自分の持っている獲物が大きくとも、先ほどのような防御方法では相手にとっては棒立ち同然だ。


 ――ここだ!


 リーチで比較するならば、グランの大剣はクザンの刀を軽く凌駕する。


 渾身の力を込めてグランは聖剣を振り抜いた。


 しかし、その一撃を外したと気づくまで、そう時間はかからない。


 クザンは側面からの攻撃を身を低くしてかわし、前への勢いを殺すことなくグランの懐奥深くへと潜り込んだ。


 一連の動きに対応できたのはグランの視線ただ一つだ。


「ええいッ!」


 気迫のこもった声で引き抜かれたクザンの刀は、グランの厚い胴当てにぶつかってカキンと高い音を立てた。


 それでも、クザンは止まらなかった。


「でえええええいやあッ!!」


 掛け声の勢いのまま、クザンはグランの体を圧し切らんばかりに押していく。


 実際、今にも金属の板は切り裂かれようとしていた。


 動きの止まったクザンに対し、思考がようやく追いついてきたグランは歯を食いしばった。


 ここでやられてなるものか。


「はあああああッ!!」


 クザンに負けじと、グランは声を張り上げる。


 大剣は一撃の重さとリーチの範囲には長けているが、懐に入り込まれたのでは用をなさない。


 剣をかなぐり捨て、クザンの両肩をがっしりと掴んだグランは彼を体から引き剥がした。


 力の差でいえば、グランに軍配が上がる。真っ向勝負ともなればなおさらだ。


 自由を失ったクザンの体をグランは思い切り放り投げた。


 それまで物音一つ立てなかったクザンの鎧がガシャガシャと喧しい音を立てる。


 すかさず聖剣グラントを拾ったグランは、立ち上がろうとするクザンの前に立ちふさがった。


「これで、終わりです!」


 よたよたと足取りのおぼつかないクザンに、剣を振り上げる。


「迷いを捨てなさったな・・・」


 勝負は決したかに思われた。


 グランが剣を振り下ろす瞬間、クザンの目の色が変わった。


 床を破壊するほどの威力で叩きつけられたグラントだったが、クザンはそれを紙一重のところで回避する。


 が、集中状態にあったグランの動体視力はその動きを見逃さなかった。


 奥歯が砕けるほど歯を食いしばったグランは、今しがた振り下ろしたばかりの大剣をそのまま横に薙ぎ払った。


 その厚みも他に類を見ないほど巨大なサイズのグラントは、当然ながら尋常ならざる面積を持つ。


 自分の身長を超える跳躍力でもなければ、さすがのクザンも避ける術を持ち合わせていなかった。


 面による一撃は威力こそ落ちるものの、正確無比にクザンを襲った。


 全身の鎧が砕けるほどの一撃だ。


 クザンは軽く二メートルほど吹き飛ばされ、倒れて動かなくなった。


「バカが! なにやってんだよ! やられたらどうするつもりだったんだよ!」


 肩で息をするグランに、キャルルが罵声を浴びせる。


 今の彼女に、キャルルの相手をしている余裕などなかった。

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