クシフォス
その男は、部屋の真ん中にぼんやりとした光を纏って現れた。
いきなりの出来事だというのに、ヘイトにはそれが自然であり、必然であるように感じられた。疑いもなく、受け入れられたのだ。
男は白銀の甲冑で身を包んでいて、顔は兜をかぶっていて判別できない。
ただ、その声色から男だと思ったのだ。
「薔薇の魔将軍、ヘイトか」
見た目とは裏腹に若く爽やかささえ感じさせる声だ。
「あんたは?」
相対するヘイトは問いかけた。
「俺はクシフォス。システムを統制する者。エラーを排除する者だ」
「調停者なのか?」
「調停者ではない。彼らは俺を創った主だ」
「どうしてここへ来た?」
「俺が現れても、お前は不思議がらなかったな。知っていたんじゃないのか? 俺がここに来ることを」
「予感はしていた」
「ならば、理由も知っているはず」
「異物を取り除きに来たってわけか」
「・・・当初の目的はそうだった」
「今は違うのか?」
「俺の創り主について、お前はどれくらい知っている?」
ヘイトは知っている人物の名前を並べ立て、調停者という存在の何たるかを知っている限り洗いざらい話した。
「その解釈で間違いない」
クシフォスは答える。
「調停者は、その名の通り世界を調停する者。やることといえば、さっきお前が言ったような異物の排除というわけだが・・・。俺は、彼らを手助けするために創られた存在だ。主にクウィストの手によってな。世界全体を常に監視し、矮小なエラーをしらみつぶしに根絶する。人の手では、大きな問題は見つけ出せても、各所に点在する小さな欠陥を見落としてしまいがちだからな」
「それで? ついに俺にも根絶される番が来たと?」
ヘイトはせせら笑った。
「今までは俺のような些細な問題など、取るに足りなかったと、そういうことか?」
クシフォスは反論する。
「いいや、違う。俺は長い間、眠らされていた」
「・・・誰に?」
「俺を管理する者。グラン・イージスだ」
「なぜ?」
「今日は、それをお前に伝えるために来た」
クシフォスはそう言って、とある話を始めた。
調停者を纏め上げる存在であるグランは、クウィストが仲間のもとを去った後も彼と逢瀬を重ねていた。
彼女は密かに、クウィストに思いを寄せていたのだ。
仲間割れを是としなかったグランはクウィストにどうにか仲間のもとへ帰るよう説得を試みるが、それは幾度となく拒まれた。
その理由を問うたグランに、クウィストはこう答えた。
「お前は、まず理解しようとしない。世の中を正義か悪かに二分しなければ気が済まない性質なのだろう? だが、この世はそんなに単純じゃない」
グランは言葉の意味を考えた。そして、クウィストの考えを理解しようと努めた。
やがて彼女は、一つの結論に至る。
――クウィストはこの世界を破壊しようとしている。
調停者を消し去り、世界を崩壊させようと画策しているのではと考えたのだ。
そこから、長きにわたる対立が始まった。
「クウィストから意志を託されたフェガリと調停者たちとの争いの一部は、お前も見てきた通りだ」
クシフォスはそう付け足し、続きを話した。
人知れず旅を続けていたクウィストが死んだのを受けて、グランはかつて自分が出した結論に疑念を抱き始める。
クウィストが世界を破滅へ導こうとしていたとして、その動機は何か。
全く見当がつかなかったのだ。
「そこで彼女は、俺の機能を停止させた。俺が不用意にフェガリやお前に手出ししてしまわないようにな」
「――それで?」
「俺は長きにわたって彼女の祈りを聞いてきた。誰にも打ち明けられず思い悩む彼女は、なんとかクウィストのことを理解しようとしていた。今もそうだ。彼女は迷っている。お前を、殺すべきかどうか」
「俺を・・・?」
「お前はフェガリの意志を継いだのだろう? であれば、それはクウィストの意志を継いだことと同義。今やお前は、世界の行く末を左右する存在だと言っても過言ではない」
「あんたには理解できているのか? そのクウィストの意志が」
「俺を創ったときと死ぬ間際とでは、クウィストの考えはずいぶんと違うだろうな。俺はもう、必要とされない存在だ」
「なぜそう言い切れる?」
「クウィストは・・・、お前たちのための世界を創ろうとしていたからだ」
俺たちの、ため・・・?
「俺が創られたときや、遡ればそれよりもずっと以前――世界そのものが創られようとしていたとき、クウィストを含め調停者たちは自分たちのための世界を創ろうとしていた。自分たちの生きやすい、都合のいい世界だ」
もし、自分に世界を意のままに作り替える力があるのなら、彼らと同じような理想を目指すだろう。
それがなぜ、俺たちのために・・・?
「不思議に思って当然だ。いつでも施される側は、施す側の思惑など知りもしない。ただ享受するだけだ。クウィストが急に方向転換したのは他の誰にも知り得ない、ある感情があったからだと俺は思っている」
「感情・・・?」
「・・・愛だ」
「愛?」
「まあ、これはあくまでも俺の推測だ。ただのシステムの一部に過ぎない、心すら持たないヤツの戯言だと思ってくれ」
兜の奥で、クシフォスは自嘲気味に笑う。
「とにかく、俺はそのことを伝えに来た。幾年かぶりに、目覚めることを許されたのでな。だが、俺の創造主の意を推し量ってもなお、俺はお前をエラーと認めることができない。正真正銘の欠陥品さ」
「どうする気だ?」
「消えるさ。大人しく。もうこの世界に、俺の存在意義はないからな」
「ま、待て。そう簡単に決めつけるのは――」
クシフォスの体が、白く霞んでいく。
「グランに会ったら伝えてくれ。自分の気持ちに、正直になれ、と」
白い光に包まれて消えゆくクシフォスを、ヘイトはなす統べなく見つめた。
その最期の瞬間、彼の透けた兜の奥の素顔が垣間見えた気がした。
美しい少年の顔をした彼の笑顔には、涙が光っていた。




