異形の襲来
「ヘイト様、また冒険者のようです」
そうクザンが報告してきたのは、日も暮れかかった夕刻のことだった。
「そうか。ご苦労。もし手に負えないようなら、ここまで通してくれてかまわない」
「いえ、そんな滅相もない。我々だけで、凌いで見せます。ただ——」
「ただ?」
「少し気がかりなことがございまして。なんでも、相手は一人のようなのですが、様子がおかしいみたいなのです」
「どうおかしいんだ?」
「はい、それが、人の姿をしていないとか」
「・・・魔物、ということか?」
「いえ、魔物であれば、警鐘が鳴ることはございません。それに、我々魔物に対して襲い掛かってくるところを見ても、ヒトなのではないかと」
人ならざる人、ということか。
——もしかすると、調停者ということもあり得る。
「クザン、十分に用心してくれ。そいつはただ者じゃない気がする」
「承知しました」
クザンは深々と一礼すると、下の階へと降りていった。
フェガリの手記にあった者か、はたまた俺たちが知りようのない者か・・・。
いずれにせよ、下の魔物たちでは歯が立たないだろう。
「シルバ」
ヘイトが呼ぶと、皿洗いをしていたシルバが文字通り一瞬で駆け寄ってきた。
「なんでしょう、ヘイト様」
「嫌な予感がする。念のため、俺の傍にいてくれ」
「はい。お望みでしたら、いつでも傍にいます」
シルバはヘイトの足元に擦り寄った。
いつもなら、そういう意味じゃないだとか言って茶化すところだが、今回はそうは言っていられない。
調停者ともなると、そこそこの激戦が予想される。
俺もシルバも長らく張り合いのある戦いはご無沙汰だ。
身体が鈍っていないといいが・・・。
ヘイトとシルバは身を寄せ合って部屋の中央に立ち、階下で暴れる異形の人なるものが来るのを待った。
やがて、騒ぎの音がヘイトたちのいる階まで聞こえるようになってくると、確かにそれが人の発する声ではないことに気がついた。
まるで、獣の呻き声のようだ。
しゃがれたような、低い唸り声らしき音を発しながら、確実に近づいている。
いよいよ扉の向こうにまでそれが迫って来た気配を感じたとき、ヘイトはシルバに左腕になるよう促した。
下半身からわき腹を伝って、シルバは左肩へと移動し、腕を形成していく。
この感覚も久しぶりだ。うまく機能するだろうか・・・。
ドンッ。
石でできた両開きの門が勢いよく開き、奥から呻き声の正体が姿を現した。
——こいつは!
記憶に焼き付ている姿だ。
「悪魔——ッ!」
シルバがヒッと息を吸う。
長い爪。全身を覆う鱗。そして黒く艶めく翼と、細くうねる尻尾。頭には雄牛のような角を生やし、収まりきらない牙が口から突き出している。
間違いない。こいつとは以前にも戦った。
・・・クーパーだ!
「オレノコト、オボエテルカ・・・」
幾人かの人間の声が混ざったかのような雑音で、彼は喋り始めた。
「オマエガ、オレヲコロシタ・・・」
クーパーはこちらを指さして言う。
「ツギハ、オレガオマエをコロスバンダ・・・」
「お前を殺した覚えはない。あの時、お前は自分の仲間に救われたはずだ」
「ナカマ・・・? オレニナカマハイナイ。オレハズットヒトリダ・・・」
「記憶までなくしたのか? 人であることもやめて、憐れなヤツだな」
「ウルサイ! オマエニドウジョウ、サレルスジアイハナイ!」
「いや、同情してやるよ。だから、すぐに楽にしてやる」
「グアッアッアッ」
・・・笑ったのか? 薄気味悪いヤツだ。
「キエロ」
その一言ともに、戦いの幕は切って落とされた。
床すれすれを滑るように飛行するクーパーは、その長い爪で引き裂かんと突進してきた。
前は剣を使っていたはずだが、それすらも鬱陶しくなったのか。
とことん人間らしさを失ったクーパーに、ヘイトは剣を振り下ろす。
体を捻るようにして回避したクーパーは、そのまま天井すれすれにまで飛翔した。
「シネェッ!!」
雑音とともに、クーパーは両手それぞれに作り出した火球をバラまいた。
本来なら戦闘をするための部屋であったがゆえに、家具を置いた自分が悪かったのか。
次々と延焼する机や戸棚を見て、ヘイトは頭に血が昇る。
「狙うなら俺を狙え!」
ヘイトの両目が赤く発光し、途端に目から熱線が放たれる。
レーザービームの追撃から逃れるようにして部屋中を飛び回ったクーパーは、壁に爪を立ててそれを切り裂きながらブレーキをかけ、方向転換して再びこちらに向かってきた。
すでにビームを撃ち終えていたヘイトは向かってくる飛翔体に剣を振りかざす。
「グイエッ」
クーパーは気味の悪い呻き声を上げて地面を蹴り、宙返りしてヘイトの後ろに回り込んだ。
「ガアッ!」
爪の一撃はシルバの防壁に阻まれる。
すかさず、ヘイトは回し蹴りを繰り出した。
ヘイトの足はクーパーの横っ腹に命中したかに思われたが、彼はギリギリのところで腕をかませたようだ。
思い一撃で部屋の反対側まで吹き飛んだものの、大したダメージは受けていないようだった。
あの高機動と速度では、大きな剣が返って邪魔になる。
そう感じたヘイトは、邪剣を床に置いた。
「ヘイト様?」
シルバがどうしたのかと心配してくるが、ヘイトの意識はそんなところにはない。
目を離せば、あの忌まわしき男の挙動を見逃すことになる。
次に何かアクションを起こすとき、必ず予兆があるはずだ。
あとはそれに合わせるだけでいい。
クーパーの姿勢がわずかに沈むのを、ヘイトは確認した。
安直な攻撃だ。そのまま床を蹴って突進してくる気なのだろう。
ヘイトは両手に握りこぶしをつくる。
「楽にしていろ、シルバ」
左腕で身を強張らせるシルバに声をかけ、ヘイトは向かってきた化け物に意識を集中した。
「グギァッ!!」
右から来た爪撃を、体をのけ反らせて避け、眼前を通り過ぎていく相手の左腕をヘイトは右手で掴む。
そのまま敵の体を引き寄せると、ヘイトは左手の拳を思い切りクーパーの顔面に叩き込んだ。
「グウェッ!」
相も変わらず気持ちの悪い声を上げるクーパーを、ヘイトは思い切り壁に向かって投げつけた。
異形の男の体は軽々と飛んでいき、派手に壁に激突して床に転がった。
「今日はあの時みたいにはいかなかったな」
ヘイトは横たわる化け物に大股で近づくと、その顔面を思い切り踏みつけた。
「ググ・・・」
まともに声も出ないクーパーを尻目に、ヘイトは床に置いた邪剣を手元に呼び寄せ、それを逆手に持って足元に突き立てた。
言わずもがな、足元に寝転がっていたクーパーの体は真っ二つに引き裂かれる。
最期は、聞くに堪えない唸り声も上げず、男は絶命した。
「まったく、凝りないヤツだ」
ヘイトは剣を引き抜くと、メラメラと燃える家具の数々を見てため息をついた。
「これはまた、新調しないとな」
「ですね・・・」
いつの間にか左腕から分離したシルバが、傍らで呼応する。
「せっかくだし、模様替えしましょう?」
そう言ってシルバは、こちらに笑顔を向けるのだった。




