キャルルとの約束
翌日、彼方のクリスタルタワーを見据えながら歩き出したグランは、キャルルが行った敵情視察とやらの成果を聞き出そうとしていた。
「それで、何がわかったのです?」
「んー? なにがー?」
キャルルはヒラヒラと羽ばたく蝶を目で追いながら答える。
「敵の本拠地に乗り込んだのでしょう? 何か収穫はあったのですか?」
「ああ! それね。ま、それなりにねー」
「言わないつもりなのですか?」
「うーん、教えてあげてもいいけど・・・、約束できる?」
キャルルは立ち止まってグランを見上げた。
「約束・・・?」
「そう! グランってさ、ちょっと何考えてるかわかんないとこあるから。クシフォスの件だってそうだったし」
私がクシフォスを起動しなかったことをまだ根に持っているのですか・・・。
「・・・わかりました。どんな約束ですか?」
「それはね・・・。何があっても、あたしを裏切らないってこと」
『あたし』の部分をやたらと強調したその言葉は、少し脅迫のようにも思えた。
「裏切るはずがないでしょう。キャルルは大切な仲間なのですから」
——裏切り。何をもってそれを意味する言動となるのかは定かではないが、今の言葉に嘘偽りはない。
強いて言うならば、キャルルの本心こそ、自分にとっては未知だ。彼女が何を裏切りととるかは、彼女次第でもある。
「ほんとかなー?」
キャルルは再び歩き出した。
少し後ろを、グランもついて行く。
「嘘をついてどうするのです。それとも、キャルルは私のことを信用してくれないのですか?」
「別に、信じてないわけじゃないよ? でも、罪を犯した天使は翼をもがれちゃって、二度と天界には帰れないの。意味、わかるでしょ?」
ますます脅迫じみた言い方だ。
自分がクシフォスを起動させていなかったことを、相当根に持っているのか。
それとも、他に原因があるのだろうか。
「では、私があなたの信用を取り戻すためにはどうすればよいのですか?」
キャルルは立ち止まる。まるでその一言を待っていたかのように。
「ヘイトを殺して」
「・・・ヘイト?」
「魔将軍ヘイト。ほら、クリスタルタワーのてっぺんにいるやつだよ」
魔将軍ヘイトのことなら知っている。ただ、名前を聞き返したのは、キャルルの口から出てきた言葉が予想外だったからだ。
「私たちがあの場所に向かっているのは、何のためだと思っているのですか?」
「ヘイトを倒すためでしょ? けど、今のままじゃ、正直キツイかもよ」
振り返ったキャルルの目は、あたかもこちらを品定めしているかのようだった。
「どういうことです?」
「魔将軍さんってばさぁ、もうクシフォスなんてへっちゃらみたいなツラしてやがんの。のうのうとお茶なんか飲んじゃってさ。変な銀色の魔物と、イチャイチャラブラブの共同生活ってか? ばっかじゃないの」
キャルルの感情は抑揚が激しい。
「だ・か・らぁ、ちゃんと始末しちゃってね、グランさん」
グランはつばを飲み込んだ。
キャルルのことはよく知っている。だから、ときたまこんな風になるのも承知の上だ。
しかし、今の彼女は本気で怒っている。
いけしゃあしゃあとしているようで、内心、煮えたぎるような怒りを秘めているのだ。
——彼女が怒ったらどうなるか。
何をしだすかわからない。だからこそ、恐ろしい。
「ま、敵さんの実力はかなりのものみたいだけど、それもヘイトだけ。他はただの雑魚だよ。一階から地道に攻めていってもいいけど、ちょっと面倒かもね。どうする?」
キャルルの怒りはもう表面には出てきていない。
この切り替えの早さは、どれだけ一緒にいてもなかなか慣れない。
「あなたはその翼がありますが、私は空を飛べませんから・・・」
「そだね~。んじゃ、下から行くしかないか。向こうはたぶん、あたしたちが調停者の生き残りだってこと、わかってないはずだから、不意はつけるはずだよ。あたしの格好見ても、なんにも言ってこなかったしね」
「そうですか・・・」
「冒険者を装って上まで行っちゃえば、あたしたちのことも雑魚だとか思って手を抜いてくれるかもよ?」
「そうですね・・・。うまくいけばいいのですけど・・・」
——恐らく、今の私が上の空だということは見抜かれているのだろう。
それでも、何も言ってこなかったのは、彼女なりの気遣いだろうか。
いや、そんな心が彼女にあると考えるのは、少し楽観視しすぎているのかもしれない。




