森の住民1
盗みを働く魔物の棲み処へ向かう道すがら、ヘイトはローリーと名乗った男に、件の魔物について話をさせた。
「世間じゃ森の賢者だなんて呼ばれてて聞こえもいいが、実体はそんないいもんじゃない。ヨボヨボのじいさんみたいな見た目して、気味の悪い魔法を使うんだ。忌々しいモンスターだよ」
ローリーは悪態をついたが、隣を歩いているのがモンスターであることを思い出してハッとしたようだ。あわてて取り繕った。
「そ、そうはいっても、滅多に人前に姿を現さないからな…! 悪さをしても、可愛いもんだよ。アハ、アハハハハハ…」
まるで心のこもっていないそのセリフに関してはどうでもよかったヘイトは、この先のことについて考えていた。
魔物を説得するなどと言ったはいいが、その後この男はどうすべきだろうか。すでに俺はこいつの仲間を二人も殺しているし、帰せば噂は確実に広まるだろう。逆に考えれば、俺に挑もうとやってくるモンスター殺しの人間をおびき寄せることもできそうだが、守りに徹しては敵の思うつぼだ。やはり、こいつも殺してしまうのが最良だろうか。
…そもそも、なぜ俺は人助けのような真似をしようとしているのだろうか。人から物を盗む魔物がいたとて、より多くのもの――魔物の命さえ奪ってきた人間を鑑みれば安いものではないか。復讐を誓った割に、人様の善悪まで見極めて罰する必要性があろうか。
まあ、見境なく人を殺すことは簡単だが、俺は別に殺戮者になりたいわけじゃない。罪のない人間を殺すほど、俺も堕ちてはいない。
――いや。
ヘイトはそこで思い直した。隣を歩くシルバを見て、自身の決意を再確認する。
何をいまさら躊躇する必要がある? 俺が立ち上がったのは、人間に思い知らせるためだ。人風情が、つけあがるなと。生きる権利を剥奪されてきた弱き同族たちのために、斬るものを選んで何とする。制裁を受けるべきは人間なのだ。そして何より、非道と蔑まれても貫き通すからこそ、魔物にとっての真の平和が訪れるはずだ。
で、あるからして、だ。
この男に、森の賢者とやらの棲み処に案内してもらった後、やるべきことは一つだ。
ヘイトの脳内で計画の外堀が埋まり始めたころ、ローリーが声を上げた。
「もうすぐだ。この先に、あいつらの棲み処がある」
屈んで茂みの隙間から確認すると、なるほど、森の中に知的な光が見える。
ヘイトは無言でローリーを鷲掴みにすると、すっくと立ち上がった。
「お、おい! 何すんだよ!」
大声で抵抗するローリーを、ヘイトは一瞥した。
「静かにしていろ」
「ふん、どうせ最初から助ける意思なんてなかったんだろ! 期待した俺が間違ってたよ! いいさ。殺したきゃ殺せ。でもな、これだけは覚えとけよ。俺の村には――」
ローリーの声はそこで途切れた。
強く握りすぎたかと思わず心配になって視線を向けると、彼の口にはいつの間にか『銀色の何か』がへばりついていた。それが口を塞いで声を出せないようだ。
その『銀色の何か』がシルバのものであることに気が付くまで、さして時間はかからなかった。
「まったく、口の減らない奴です。黙らせておきました」
シルバが自慢げに言う。
「さすがだな。体を分裂させることもできるのか」
ヘイトが感心して言うと、シルバは頬を赤らめた。
「ヘ、ヘイト様に褒められるなんて、そんな…」
両手を顔に当てて身じろぎするシルバ。
…その反応は何なんだ。
静かになった男を持ってヘイトが賢者の拠点に足を踏み入れようとしたとき、ふと背後で声がした。
「動くな」