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クリスタルタワーの魔将軍 ~最凶の魔物の復讐劇~  作者: 鹿竜天世
第二章 この世に神のいるうちは…
79/103

最期

「ヘイト、すまないな、このような無様な姿を晒して…」


 魔神に謝罪されて、ヘイトはうろたえた。


「いえ、こちらこそ、来るのが遅れて…」


 ワーズとアンクランを隔てて、ヘイトはフェガリに言った。


 言いながら、状況を把握する。


 ここにいるのは恐らく調停者だ。魔神をここまで追い詰められる人間など、そうはいない。


 ヘイト独特の圧力もそうだが、今しがた起こった出来事を前に、調停者たちは身動きが取れずにいるようだった。


「あれが、魔将軍ヘイト…」


 アンクランの隣に立っている男が言った。


「そうです、ハミルトンさん。ケプランを襲った張本人…。またの名を、紫眼の巨人と呼ばれる怪物…」


「フ…。ケプランを破壊したのはほかでもない、貴様ではないのか、アンクラン」


 フェガリが口をはさむ。


「人聞きの悪いことを…。私はかの町を救おうとしたのです。結果的に、失敗してしまいましたが…」


「その件は俺も気にはなるところだ。だが、今はその話をしている場合ではない」


 ワーズは厳しい口調で言った。


「ワーズ…。覚えておくといい。この男はいずれ、貴様らにも牙を剥くだろう」


「わかっているさ。こいつが信用できない男であることは、重々な。それでも、この状況なら手を組まざるを得ない。今は、こんな小物よりも大きな敵を相手にしているからな」


 アンクランは薄気味悪い笑みを浮かべている。


 遠回しに小バカにされても、イラついた様子など微塵も見せない。


「ところで、魔将軍がここに来たということは、あの二人はダメだったようですね」


 アンクランの言う二人とは、ランダバードとエメネのことだろう。


 ヘイトは沈黙をもってして答えた。


「やはり、荷が重すぎましたか…。期待していたのですが」


 見るからに感情のこもっていない言い方だった。


「それで、特異点はどうなったのです? 気配を感じないということは、あの場所から失われたのだとは思いますが…」


 その場にいる人間の視線がヘイトに集まる。


 ヘイトが答えあぐねていると、フェガリが「話せ」と促した。


「あれはエメネとかいう女に取り込まれた。その場で戦いになったので、俺が殺した」


「ほう…、あなたが…」


 アンクランの表情に、ほんの少しだけ驚きの色が見て取れた気がした。


「つまり、失われたか」


 フェガリは納得したように言った。


「ヘイト、すまないが、ここにいる連中を始末してくれ。私も当然手を貸すが、なにせこんなザマだ。私に合わせるとかえって足手まといになるだろう」


 ヘイトは唾をのんだ。


 魔神と共闘する日がくるとは、夢にも思っていなかった。


「ヘイト様、わたし、なんだかドキドキしています…」


 シルバの囁きが耳をくすぐる。


 ヘイトの胸も高鳴っていた。


 しかしそれは、嬉しいというだけの感情ではない。


 魔神フェガリをここまで追い詰めた者たちが相手だ。一筋縄ではいかないだろう。


「ヘイト。そんなに気負うことはない。私が合わせる」


「はい…」


 そう言って、ヘイトはうつむいた。


 深呼吸をする。


 気持ちを落ち着かせ、最初の一手を選ぶ。


 ――見たところ、近距離戦を仕掛けてきそうなのは二人。遠巻きに見ている女は、これから戦闘が始まろうというのに間合いを変える気配がない。つまり、遠距離から攻撃できる手段を持ち合わせているということだ。


 まずは様子見といくか。


 ヘイトが一歩踏み出そうかという刹那、まずアンクランの姿が消えた。


 こちらの出方を窺っていたか。


 背後に気配を感じて肩越しに振り返る。


 案の定、アンクランがいた。


 斬りかかろうとするその男を振り向きざまに剣で薙ぎ払う。


 彼の姿はまたしても消え、ヘイトの攻撃は空を裂いた。


「ん…?」


 ふと前に向き直ると、ただ一直線にワーズが突っ込んできていた。


「芸のない奴だ」


 邪剣ケラプディスを持ち上げ、ワーズの軌道の延長線上に叩きつける。


 邪剣から放たれた衝撃波が地面を迸り、突進してくるワーズに向かっていく。


 この見え透いた攻撃はさすがに回避されてしまったが、飛び退いたワーズの進行方向を予測していたヘイトは再び邪剣を叩きつけた。


 地面に足がつくと同時に衝撃波を受けたワーズは、次の回避行動をとる間もなく体を引き裂かれ、その場に倒れた。


「ヘイト、油断するな」


 ワーズの死体に注意が向いていたヘイトは、フェガリの声で我に返る。


 ――この熱気は…。


 肌が焼け付くように熱い。次いで、目の前の空気が揺らいでいく。


 強力な魔法の兆候だ。


 ヘイトは離れた場所から髪を逆立てて魔力を放出する女に視線を向けた。


 地面から立ち昇る熱気で、彼女にうまく焦点が合わない。


 が、そんなことはお構いなしに、ヘイトは赤い光線を放った。


「ヘイト様…、熱いです…」


 シルバの苦しげな声が聞こえる。


 見ると、彼女の体がドロドロと溶け出している。


 このままこちらの攻撃が当たらなければ、自分もシルバもドロドロの液体になってしまう。


 危機感を持ったヘイトは女のいる方に進みだした。


 だが、いくら歩いても近づいている気配がない。


 自分ほどの巨躯ならば、特に急がなくても十数歩で到達しそうな距離のはずだ。


「ヘイ、ト、様…」


 左腕からシルバの体が失われていく。


 ――何がどうなっている?


 なぜ距離が一向に近づかない?


 ようやく焦りを感じ始めたその時、耳元でフェガリの声が聞こえた。


「慌てるな、ヘイト。お前は幻を見ているのだ」


 ――幻? まさか、この俺に幻視の魔法をかけられる相手がいるだと…。


 相手にありもしない幻を見せて混乱に陥れる魔法は極めて高度な魔法だが、自分よりも実力が上の敵には通用しないという欠点がある。


 なぜなら、魔力量で相手よりも上回っていなければ、幻視の効果を保ち続けることができないからだ。


 今、ヘイトが見続けている灼熱の幻も、ヘイト自身が意識せずとも発動し続けている魔法に対する効力を打ち消し、さらにそれよりも大きい力で魔法をかけ続けなければ意味がない。


 それは当然、並の人間では不可能なことだ。ヘイトの魔法耐性は、常人の比ではないからである。


 さて、これが幻であるとわかったところで、フェガリにはヘイトを脱出させる術はない。


 この魔法は相手の頭に直接作用する。つまり、発動させている者が魔法を解くか、その者を殺すほかないのだ。


 この魔法で厄介な点はもう一つある。それは、相手の魔法から逃れられない内は、自力で抜け出そうとする最中も、その幻に苦しめられるというところだ。


 現に、ヘイトも意識が朦朧とするほどの暑さの中で、術者の支配から逃れようとあがいていた。


「なんで、どうしてこんなに暑いんですか…?」


 完全に左腕から分離したシルバが地面で水たまりのようにへばっている。


 ヘイトは歯を食いしばった。


 意識を失うわけにはいかない。ここで自分が倒れれば、敵の意識は完全にフェガリの方を向くだろう。


 そう、今こうしている間にも、フェガリは他の二人の男と戦っているはずなのだ。


 急ぎ戻らなくては、ここにいる意味などない。


「精神支配を受けているのか…」


 フェガリの声だ。


 話している言葉の意味はよくわからないが、魔神が無事であることだけは確かだ。


 ヘイトは持てる魔力を一気に放出せんと、力を込めた。


 ヘイトを中心に爆風が巻き起こり、自分を包んでいた悪夢のような熱気が嘘のように引いていく。


 ようやく幻から解放されたヘイトは、目の前の光景に愕然とした。


「フェガリ、様…」


 フェガリは胸を一突きされて息絶えていた。


「幻視魔法、試して正解だったみたいね」


「ああ、サラ。よくやった。フェガリを殺してしまったのは誤算だったが、致し方ない」


 ワーズにサラと呼ばれた女。彼女が先の魔法の使い手か。


 ――だが、この男はたしか、さっき…。


「お二人とも、さすがですね。見事なお手並みでした」


 アンクランは拍手している。


「よせ。まだ問題が一つ残っている」


 ワーズがこちらを向いて剣を構える。


「そうね。さっきは破られちゃったけど、次はそうはいかないわ」


「片を付けるとしましょうか」


 三人の調停者を前に、ヘイトは茫然自失になっていた。

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