力の本質
不規則に落ちる雷が辺りを破壊していく。
そんな中で、動きがあった。アンクランだ。
今や近接戦闘ができるのは彼以外にいない。だが、接近戦は私には有効打になり得ない。となれば、これは陽動か。
「覚悟!」
いつになく殺気じみた形相でアンクランは剣を振りかざした。
通用しない攻撃を執拗に行う彼に、フェガリは辟易した。
「いつからそんな無鉄砲になった?」
「さあ、いつからでしょうね!!」
この男がこんなに必死になるのも珍しい。
フェガリの顔に笑みが浮かぶ。
「面白い男だ」
両手で剣を振るうアンクランを片手であしらっていると、不意に彼の姿が消えた。
――また瞬間移動か。いい加減に…。
気が付いた時には遅かった。
氷の刃が、すぐそばまで迫ってきていたのだ。
「サラか」
サッと飛び上がって氷の魔法を避ける。
と、着地点を先読みして飛んでいたアンクランが無防備なフェガリに向かって剣を振り上げた。
「小癪な」
空中でもう一度浮き上がったフェガリは、安全圏まで移動して地面に降り立つ。
「そこだ!」
背後から声がした。
肩越しに振り返って目を疑った。
避けきれぬ距離まで迫ってきていたのは、ワーズだった。
――いったいどこから現れた…?
考える間もなく、剣で防ぐことを余儀なくされる。
「もう復活したのか、それとも――」
「少しは驚いたか?」
ワーズはにやりと笑った。
「そうだな。奇策だったと認めよう。しかし、それで万策尽きたのだとすれば、あと一歩及ばずだったな」
「…どうやら、そうらしい」
ワーズとの鍔迫り合いの中で、二人は言葉を交わした。
ワーズが続ける。
「――尽きたのならば、な」
「――!?」
フェガリはすぐさま異変に気が付いた。
足元が石に埋まっていく。
「貴様、何を…」
身動きが取れないとわかって、ワーズは身を引いた。
石はまるで再生していくかのようにフェガリの体を上ってくる。
それでハッとした。これは石柱だ。
フェガリはパルミィを睨みつけた。
――再生能力か!
ワーズとの戦闘で上げていた右腕をパルミィに向ける。左腕はすでに手が石に埋まっていた。
「ジュリアート!」
ワーズが叫ぶ。
「え…?」
石柱の再生に神経を研ぎ澄ましていたパルミィは、腕ごと右肩を穿たれた。
「キャアッ!!」
胸元まで四角い穴が開いたパルミィはその場に倒れた。
「パルミィ!!」
どこから現れたのか、マイクが彼女の傍らに駆け寄る。
ひとまずこれで、石柱の再生は止まった。
「すべて、作戦通りというわけか」
今度はワーズを睨みつけて、フェガリは言った。
「パルミィを失ったのは誤算だが、概ねそうだと言えるな」
おおよそ思惑通りに事が運んだというのに、ワーズの表情は険しい。
「俺を倒してくれたことで、あの二人と話をする時間を稼ぐことができた。アンクランが協力に応じてくれるかは賭けだったがな」
フェガリは身じろぎした。
腰ほどまでに達した石柱はちょっとやそっとでは壊れそうもない。
「なぜ、それを破壊できないか疑問か?」
ワーズが言う。
「…何をした?」
「気が付かないとは、愚かだな」
そう言うとワーズは解説を始めた。
「我々調停者に与えられた能力とは、本来何か。それは、プログラムを上書きする力だ。我々が有している特別な力は、すべてプログラムを書き換えることで発現させている」
死者を蘇らせる力。モノを再生させる力。魔法を増大させる力。
これらはすべて、普通ならあり得ない現象を引き起こす力だ。
調停者は、一部とはいえ、それを超えた能力を発揮することができる。つまり、理を書き換えているということだ。
「今、お前が埋まっているその石はパルミィの力によって再生された。要するに、お前の体の一部はパルミィの能力によって石そのものに変わったのだ」
フェガリ自身にも、その自覚はあった。下半身は、もはや自分のものではない。完全に失われていた。
「その様子ですと、どうやら特異点の力も幾分か上書きされてしまったようですね」
アンクランが冷ややかに言う。
「特異点…!? 道理で…」
ワーズは驚いた表情を見せたが、すぐさま納得したようだった。
フェガリの尋常ではない能力に疑問を抱いてはいたが、それを追究している場合ではなかったのだろう。
「たしかに、いくらか特異点の力は失ってしまったようだ」
フェガリは言った。
今さら隠したところで、アンクランのように特異点を持った者が相手ではすぐにバレるだろう。
「それで、どうしようというのだ? 私をこのまま殺すか?」
「いや、そうしたいところだが、そういうわけにはいかない。いくら異質な存在とはいえ、お前ももとは調停者だ。下手に蘇られでもしたら困る」
ワーズの頭の回転は、アンクランが悪知恵を働かせているとき並みに良く回る。フェガリもそれは良く知っていた。
「ましてや、PCだけが持つ特性だった輪廻転生を魔物に応用したくらいだからな。いくらでも抜け穴を探して、戻ってこられるのだろう?」
その問いに、フェガリは目を逸らした。
正直に言えば、戻ってこられるという確証はない。無論、ワーズの言う通り抜け穴を探すつもりではいたが、自分はすでに理を超えすぎている。世界の型にハマらなければ、その恩恵を受けられないというのもまた条理だ。
「自信はない、か」
ワーズは見透かしたように言った。
「ま、それでも殺す気はない。というか、たとえ今の状態のお前でも、こちらがノーダメージで太刀打ちできるなどとは思っていない」
「ではひとまず、二人を待つこととしましょうか」
そう言ったのはアンクランだ。
「二人?」
ワーズが問う。
「ええ。実はとあるNPCと魔生物学者をクリスタルタワーに派遣していましてね。首尾よくいっていれば、もうじき戻ってくるはずなのですが…」
「魔生物学者というと、エメネ・ベウィか?」
「そうですよ。そういえば、お二人は彼女の能力についてはご存知で?」
「いや、よくは知らんが、なんでも魔物に関する膨大な知識を持っているとか…」
ワーズの返答を待ってアンクランはこちらにも視線を向けたが、フェガリは沈黙を貫いた。
「その様子ですと、ご存じないようですね。いやあ、彼女は実に優秀ですよ。表向きは魔物に関する知識となっていますが、実のところ、彼女は魔物の性質や特徴、さらには能力にまで干渉する力を持っていましてね」
「では…!」
ワーズがハッとしたように声を上げる。
「そう…。彼女さえその気になれば、この世の魔物などゴミ同然。ただのペットにさえできるのです。まあ、あの人はこの世界を愛してやまなかった一人ですから、自分がそれらに干渉するのはいけないことだと感じていたようですけどね」
なんということだ。
自分のこれまでの活動は、すべて彼女の世界に対する愛情が故に成り立っていたというのか。
衝撃を受けるフェガリをよそに、アンクランは独り言のようにつぶやく。
「そんなことなら、あの力、私が欲しいくらいですけどね」
仮にエメネの力をアンクランが持っていたとしたら、世界は今より混迷を極めていただろう。
ワーズも同様のことを感じていたようで、鋭い視線をアンクランに向けていた。
「ところで、ハミルトンさん。あなたの能力はどのようなものなのですか? 聞くところによると、誰も力を使っているところを見たことがないのだとか。自分だけ奥の手を隠し持っているというのは、信用に欠けると思うのですが?」
さすがはアンクランといったところか。
さっきまでの発言で自分に対する敵意の視線が向けられているというのに、そんなことはお構いなしだ。
「奥の手、か。それなら、さっき見せたと思うが?」
「ほう…?」
ワーズの思わぬ返答にアンクランは顎をさすった。
たしかに、ワーズの特別な力を匂わせるシーンはあった。
彼はフェガリの攻撃で体に穴をあけられて戦闘不能状態に陥ったはずだった。それが、束の間の戦闘の内に蘇ったかのように現れたのだ。
「複製か…」
一つの結論に至ったフェガリは呟いた。
「ご名答」
ワーズが答える。
「なるほど、自分の分身を作り出せる、と…。しかし、あなたの姿は攻撃を受ける前も後も、一人分しか見ていないような気がしますが?」
「奥の手というのは、最後まで隠し持っておくものだ。俺はただ、隠れていただけだ」
「フフ…。ハハハハハ!」
何がおかしかったのか、アンクランはいきなり高らかに笑いだした。
「さすがです、ハミルトンさん。まんまと騙されましたよ」
またもアンクランに向けられる視線が鋭くなる。
ワーズも進んで彼と手を組んでいるわけではないだろう。
状況が状況ならば、敵対していたとしてもおかしくはない。
そうやって二人が話をしている間に打開策を考えていたフェガリだったが、それは一人の男の叫び声によって遮られた。
「うわあぁぁぁぁぁ!!」
「ちょっと、ティコちゃん、落ち着いて!」
パルミィの傍で泣き崩れていたマイクが絶叫したのだ。
横にいたサラがそれをなだめている。
「パルミィ、パルミィ!! どうして、どうしてこんなことに…!」
やがて、彼の表情は悲しみから怒りへと変貌していく。
「どうして死ななきゃならないんだ…! お前なんかのせいで! お前なんかのせいで!!」
「ティコちゃん!」
マイクはサラが制止するのもかまわず、真っ直ぐこちらに走ってきた。
「くそおぉぉぉぉ!!」
マイクが走り始めて数秒後、その場に戦慄が走った。
――ヘイト!
突如として現れたヘイトは、フェガリに突進するマイクを剣で薙ぎ払った。
マイクの体が、進行方向とは逆に吹っ飛び、壁に激突する。
「ティ、ティコちゃん…!?」
サラが唖然とした表情で叫ぶ。
マイクは見るも無残な姿となって壁の一部と化した。
「ヘイト、戻ったのか」
フェガリは落ち着いた声で出迎えた。
「フェガリ様、遅くなって申し訳ありません。ただいま戻りました」
ヘイトは自分の主に深々と頭を下げた。




