魔神VS調停者
ワーズ・ハミルトン…。
彼は堅物だが、義理堅い男だ。いつも行動を共にしているパルミィ・ジュリアートが何らかのトラブルに巻き込まれたので、追いかけてきたのだろう。
少々辛口なところがあるが、それは仲間を思ってのこと。調停者内で分裂が生じたときも、真っ先に仲を取り持とうとしたのは彼だった。結果は失敗に終わったわけだが。
能力は――、そういえば、彼が何か特殊な力を使っているところは見たことがない。噂も耳にしていないし、恐らく誰にも明かしていないのだろう。
サラ・ブランシェットといえば、その桁外れの魔力だ。その昔、異常気象である地域に大きな湖ができた際には、彼女が星を落としたのだと囁かれたほどだ。
彼女の行動の心理は分かりかねる部分がある。ワーズといつも一緒にいるが、その理由はよくわからない。常に分厚い皮を被って人と接し、決して腹の内を明かしはしない。当たり障りがないといえばそうなのだが、気になる人間からすれば、不気味な存在に思えるだろう。
…マイク・ティコリス。
特筆すべき点もない。最近、調停者の仲間入りを果たしたという情報だけは得ている。それまでは冒険者として旅をしていたとか。大した才能も持ち合わせていないのにも関わらず、彼がなぜ調停者として認められたのか、甚だ疑問だ。
いつかは調停者と全面衝突する。それは、わかりきったことではあった。
自分の――クウィストの願いを叶えるには、避けては通れない道だ。
…腹を括るか。
目の前に並ぶ五人を眺める。
若干の郷愁さえ感じさせる顔ぶれだ。
しかし、それもこれで最後にしよう。
フェガリはスッと息を吸うと、口を一文字に結んだ。
間合いを測る。静寂が辺りを包み込む。
五人それぞれが、次の一手を思い描いているのだ。
不意にフェガリは手をサッと払った。
真っ先に攻撃の気配を察したのは、アンクランだった。彼は瞬間移動で脅威の範囲から逃れていく。
衝撃波が残る四人に襲い掛かった。
が、そこはサラが防ぐ。
特異点が為せる技でさえ防ぎきる魔力量…。恐るべしだ。
巻き起こる砂煙の合間を縫って、ワーズが突出してきた。
彼の持つ細剣の切っ先が鋭く光る。
間合いを詰め切られる前に、フェガリは両手で花の形を作るようにして前に突き出した。
手の平から、連なるようにして尖った物体が射出された。それは無色透明のガラスの破片の如く、迫りくる男を貫かんと飛んでいく。
ワーズは無理に受けようとはせず、立ち止まって十分に引き付けたのち、安全にそれを回避した。
だが、目の前の脅威を退けたところで安心する余裕などない。
即座に目だけで他の調停者の動向を探る。
最も優先度が高そうなのはアンクランだった。
瞬間移動は、それ単体では大した影響力を持たないが、能力を有する人間によっては並外れた効果を生み出す。
アンクランはどちらかというと、恐るるに足る方だといえる。
一瞬で真横に距離を詰めた彼に対して、フェガリはまだ見せていない武器を見せた。
あたかも剣を持っているかのように、フェガリは腕を動かし、アンクランの攻撃を受け止めた。
「なっ…?」
金属音が鳴り響くが、フェガリの手には何も握られていない。
「神の意志だ」
フェガリは戸惑うアンクランを嘲笑すると、不可視の剣を振り抜いた。
見えざる剣によって弾き返されたアンクランは高く空中に放り出される。
彼が受け身をとったかどうか確認する間もなく、フェガリは頬がピリつくのを感じた。
――サラか。
強大な魔法は、発動する前に予兆を感じることがある。
サラは魔法使いとしては優秀過ぎる才能を持つため、並の人間なら発動に気が付く間もなくやられてしまうだろう。
しかし、自分ほどの存在を討ち果たすとなると、生半可な魔法ではダメだと感じたのだろう。
空気が肌を刺激するほど、魔力の密度が濃くなっているのだ。
「燃えて!!」
サラが叫ぶ。
魔法は思念を具現化する力だ。故に、思い描いた空想を口に出して声に乗せ、発現を促す場合がある。
世界には、それを形式化した魔法陣や詠唱といったものもあり、初心者はそこから学んでいくことになる。
が、魔法を使うことにある程度の慣れが生じてくると、陣や詠唱など必要とせず、思い描くだけで発動できるようにもなる。そうすれば、敵は対策を講じづらく、戦略的にも幅が広がるというわけだ。
サラという女は、こと魔法に関しては超一流だ。なぜなら、この世界における魔法のメカニズムの構築に、彼女がかなり関係していたからだ。
その彼女が、魔法の発動に言葉の力を借りている。
フェガリは笑った。
なんと光栄なことだろうか。
足元から青い炎が燃え広がり、一瞬の間に火柱へと変わっていく。
灼熱の炎の中に、フェガリは立っていた。
魔法が世界の摂理のもとで成り立っているのなら、それに直接干渉できる存在はもはや最強といえるだろう。
自分がその一人だ。
旋風が巻き起こり、炎を瞬く間に消し去っていく。
「さすがね…」
サラは苦笑いをした。おおよその予想はついていたのだろう。
「くらエェ!!」
今のを見てなお、諦めの悪い者の声がした。
周囲の風が渦巻き始める。竜巻を起こそうというのだ。
世界の創造にあたり、パルミィが担当したのは主に生物の構成だった。それも、構造的な部分だ。だから彼女には、生き物を再生させる能力が備わっている。
私に魔法を食らわせようというのも、システムを理解していないからだろう。
全身全霊で魔法を発動させようと両腕を広げて集中するパルミィを、フェガリは指差した。
「ジュリアートさん!」
左から、警戒を喚起するアンクランの声がする。
所詮、この状況において利用価値がある程度にしか思っていないクセに、よくもまあ、あんなに必死な振りができるものだ。
「はっ!!」
じりじりと近づいてきていたワーズが、アンクランの並々ならぬ気配を感じて突っ込んできた。
自分の身を挺してでも、あの愚かな女を助けようというのか。
「いいだろう」
フェガリは気が付いていな振りをして、もはや避けきれまいという距離まで迫ったワーズに指先を突き付けた。
そんなことは織り込み済みだと言わんばかりに、ワーズは地面を強く蹴って宙へ舞い上がる。
そのまま頭上を宙返りしていくワーズに、フェガリはぴったりと指先の照準を合わせた。
彼の着地に合わせて放たれた立方体群は、見事に胴体を直撃した。
体に四角い風穴があいたワーズはその場に崩れ落ちた。
「ワーズ!!」
サラが悲嘆の声を上げる。
「こノオォッ!!」
怒りの表情に涙をにじませたパルミィの顔が、巻き上がる砂塵で見えなくなっていく。
不意に頭上に気配を感じたフェガリは顔を上げた。
見ると、渦巻く砂埃の中心から降ってくる男がいる。アンクランだ。
この竜巻の中、瞬間移動で攻撃してこようというのか。
剣を突き下ろしてきたアンクランを見えざる剣で弾き返すと、彼は受け身を取って地上に着地した。
「ここならば、誰にも邪魔されませんね」
「まったく…、懲りない男だ」
呆れた様子でフェガリが答えると、アンクランは笑みを浮かべた。
「神を自称する男、必ず倒して見せますよ。我々の手で、ね」
竜巻の渦の中、消えては現れるアンクランに対してフェガリは剣で対抗した。
彼がいかに不意を突こうとしても、フェガリにはそれに反応できるだけの力があった。故に、決着がつくことはない。
上下左右、縦横無尽なアンクランの猛攻を、いとも簡単に凌いでいく。
「ハッ!」
アンクランの声とともに、鋭い横一線がフェガリの体を引き裂こうとした。
見切っていたフェガリはその攻撃を弾き返す。
衝撃で、二人を包んでいた竜巻が一瞬の内に晴れる。
アンクランと鍔迫り合いの状態に陥っていたフェガリは、横目で周囲の状況を確認した。
サラとパルミィは距離を置いた状態を保っていた。
マイクの姿は見えないが、恐らくどこかに潜んでいるのだろう。
…ワーズの亡骸はどこだ?
拮抗する鍔迫り合いに見切りをつけたのか、アンクランはひらりと舞い上がって後方に下がった。
「ブランシェットさん!」
サラの名を呼ぶ。
何か策があるというのか…?
「ええ!」
答えたサラは魔法を発動し始めた。
天候を変えてしまうほどの魔力で、グリテッド上空を分厚い雲が覆い始める。
…何をする気だ。
サラの長い髪は自分自身の魔力で振り乱れ、パチパチと電気を発しているほどだ。
直後、フェガリの後方に雷が落ちた。
「どこを狙っている」
フェガリは嘲笑った。
が、彼らの狙いが読めない。
アンクランも今は離れて様子を窺っている。
周囲に複数の落雷が生じ、庭にあった石柱のオブジェがいくつか粉々になって散らばっていく。
――何かを仕掛けてくる。
そんな予感がした。




