ソーラーレイ
エメネの体がゆっくりと持ち上がっていく。
彼女は槍の穂先を天に向けたまま、徐々に上昇していった。
「何をする気でしょう…?」
シルバに問われるが、ヘイトにもわからない。
やがてエメネは床から10メートルほどのところで浮遊したまま静止した。
ふと、ヘイトは異変に気が付いた。
周囲が光の粒子で包まれつつある。
「まさか、魔法か…!」
急いで退避する場所を探すが、ここには障害物や屋根など一つもない。
ならば範囲外へと見渡すも、彼女の魔法はかなりの広範囲だ。恐らく、この屋上全域を埋め尽くしている。
「くそっ」
悪態をついてエメネを見上げる。
光に包まれた彼女は、まさに女神か天使のような神々しさだ。
だが、そんなものに見惚れている場合ではない。
ヘイトは眼球に魔力を集めた。
深紅の蛍光色が二筋、エメネの方向へと飛んでいく。
しかし、それは彼女を包む見えない壁によって阻まれた。
「障壁か」
先ほどまであれほど無力だった女が、今やかなり高等な魔法を行使するまでに至っている。特異点が与える力は、一つではないということなのか。それとも、彼女が吸収したものだけ特別だったのか。
「どうするんです、ヘイト様!?」
光の上級魔法、通称ソーラーレイ。天から降り注ぐ光線が、当たるものすべてを浄化する技だ。人が一人で発動させようとすると、並の魔力では命を落としかねない。使うなら、複数人での詠唱が必須級となる。
そんな魔法を一人で使おうというのだ。それも障壁まで展開して。
「奥の手だ」
これを受けきるには相応の覚悟が必要だと感じたヘイトは右手の籠手を外した。
久々に太陽の光に照らされた真っ白い手が露わになる。
が、その手はすぐに漆黒へと染まった。
濃い紫色の靄が手から立ち昇っている。
「シルバ、もしものときは、お前が蓄えている魔力を少し、俺に分けてくれ」
「わ、わかりました」
ソーラーレイを一つ受け止めたくらいで死ぬほど柔ではないが、彼女のというところが問題だ。
ヘイトが右手を上にかざすと、その手の平から禍々しい見た目をした球体が現れた。
それは浮遊しながら大きさを増していき、黒っぽい雫を垂らしながらエメネと同じくらいの高度まで上昇していく。
――あとはタイミング次第だ。
光の粒子が多くなっていくにつれて、辺りが異常なまでに明るくなっていく。
その光に呑まれてしまうという寸前、ヘイトは右手で空を掴んだ。
圧倒的なまでの光。
見える世界が白く染まる。
しかしすぐに、色が戻ってくる。
薄く…やがて濃く。
そして訪れる漆黒。全くの闇。
だがそれも束の間、世界に色が帰る。
――わずかにタイミングがずれた。が、誤差の範囲内だ。
「な、何が起こったんでしょう…?」
「相殺した。光と闇をな」
籠手をはめながらヘイトは言った。
見ると、床にエメネが倒れていた。
やはり今のが全力だったらしい。
傍に歩み寄る。
「ああ、あんたか、生きてたんだね…」
驚くことに、彼女は微笑んでいた。
「なぜ、笑っている…?」
「なぜって、嬉しいからさ。あんたが進む未来にはきっと、見たこともない世界が広がっているだろうからさ」
「お前は、どちらに転んでもいいと思っていたのか」
「あれ、そう言わなかったっけ…?」
「そう、聞いた気もするな」
「からかってんのか? 魔将軍」
いたずらっぽく笑うエメネだったが、その声はか細く、今にも消え入りそうだ。
「ああ、あたしも生きたかったな…。あんたや、ランダバードが生きる世界に、さ…」
「アンクランがそうだったように、お前も生き返るんじゃないのか?」
「どうだろうね…。特異点を吸収して、死んだ人間はいないから…」
「……」
「きっと、これでよかったんだよ…。あたしらが生きようとしたのは、所詮は仮初めの世界。あんたらは、本当の世界を、生き、て…」
言葉の途中で、彼女は事切れた。
「この人、ホントは悪い人じゃなかった気がします…」
シルバが言った。
ヘイトも同感だった。アンクランのような私欲にまみれた人間とは違う。そんな気がした。




