2対1
間に合った。あの二人は今まさに最上階へ上がろうとしていた。
が、そうはさせない。俺の息のあるうちは、誰一人として魔神の領域には立ち入らせない。なぜならここは、俺が預かる場所だからだ。
「武器を取れ。全力で相手をしてやる」
どことなく懐かしい光景。
立ち位置は逆だが、ここは自分にとっての家だ。無断で侵入した上に土足で踏み入ることはまかりならない。
「エメネ、ここは俺が」
「ランダバード!」
ランダバード…。俺の力を吸収した弓使いか。
もう一人の女は――槍を使っていたかな。
ランダバードの体を黒い粒子が漂い始める。
彼が放った矢は同じ粒子を纏いながら真っ直ぐこちら目掛けて飛んできた。
――長い時間をかけて、彼は取り込んだ俺の力を自分のものへと定着させたのかもしれない。
本来ヘイトが持つ力とは若干性質の違いを感じさせる攻撃を見て、ヘイトはそう思った。
剣を一振りし、矢を弾く。
「黙って見てるわけにはいかないよ!」
どこからともなく槍を取り出したエメネが全速力で突進する。
ヘイトは彼女が間合いに入ったと感じる前に前進して距離を詰め、感覚を狂わせた。
「くっ…」
攻撃のタイミングがずれたエメネは小さくえずく。
振り上げた剣を床に叩きつけたが、彼女は転がって避けた。
この瞬間だ――。
俺に対する不意打ちと、仲間のカバー。これを同時に達成するためには、この瞬間に矢を射かけなければならない。
空を切る音で視界の片隅に矢を視認したヘイトは、笑みを浮かべた。
そうだ、このタイミングだ。
矢をかいくぐってランダバードに狙いを定める。
ランダバードは円形状の部屋の壁沿いに走りながら立て続けに矢を射かけた。
とても3メートルの巨体とは思えない身のこなしで矢をすべてかわしたヘイトは、ランダバードの進路を塞ぐようにして剣で薙ぎ払う。
彼は常人ならざる脚力で飛び上がって大剣を飛び越え、目と鼻の先ほどの距離にいるヘイトに矢を放った。
軽い金属音がして銀色の盾が矢を跳ね返す。
「そこっ!!」
背後から迫る槍の穂先は、ヘイトにとってスローモーションともいえる速度だった。
片足を大きく上げて槍の柄を踏みつけ、彼女の動きを封じる。
「エメネ!」
ランダバードが叫んでいる。
ヘイトはそのまま足に体重をかけ、槍をへし折った。
「くそっ!」
エメネはただの木の棒と化した槍を、力任せにヘイトに投げつけた。
当然のようにそれは鎧に弾かれる。
「死ね」
ヘイトが横一閃を放つ。
が、エメネは体を大きく仰け反らせてそれを避けた。
しかし、その無理な態勢を立て直すことはできない。彼女はその場に仰向けに倒れた。
「くらえ!!」
黒い矢がまたしても放たれる。
「力を借りたとて、その程度か。見せかけの強さでは俺には勝てん」
ランダバードの攻撃は、今のヘイトには通用しない。同じ手段ばかり用いていては、見破られるのは当たり前だ。
彼の矢の速度は尋常ではないが、それも見慣れれば避けるのは簡単である。
まあ、避けるまでもないのだが。
シルバが的確に矢を防ぎ、ヘイトに反撃の好機を生み出す。
狂ったように矢を射るランダバードに対して、ヘイトは急接近しながら身の丈ほどもある邪剣を投げつけた。
回転しながら唸りを上げて飛んでいく剣は、数本の矢を受けたくらいでは軌道を変えられない。
ランダバードがやむを得ず移動する。
ヘイトはそれを読んでいた。
投げつけた剣を追うようにして走っていたヘイトは、邪剣の影に隠れながら距離を詰めていたのだ。
右か左かの二択ではあったが、それもヘイトの中では半ば決まったようなものだった。
ランダバードは相手の周囲を走りながら矢を射る際、上体を左に捻ったほうが精度の高い射撃ができるのだ。本人も当然それを自覚しているようで、走る方向はほぼいつも決まっていた。
接近を許したことでハッとした表情を浮かべたランダバードだったが、もう遅い。
ヘイトはその腹に向かって強烈なアッパーを繰り出した。
「グフアッ…!」
持ち上げられて宙に舞うランダバードの喉元を鷲掴みにしたヘイトは、彼を高々と掲げたまま壁に押し付けた。
歯を食いしばって苦しみに喘ぐランダバードと面を突き合わせ、ヘイトは言った。
「そろそろ、その力ともお別れだ」
「ぐぐ…」
息をしようと必死にもがくランダバードに、ヘイトは優しく息を吹きかけた。
魔法効果を打ち消す吐息が、果たして彼にも通用するのか。確信はなかったが、試して正解だった。
ランダバードを取り巻いていた黒い粒子が消え去り、抵抗する彼の力も弱まっていく。
「不死身の力も、もはやこれまでだな」
ヘイトは徐々に握力を強めていく。
「ぐ、ぐぁっ…」
顔を歪めて唾をまき散らしていたランダバードだったが、その終わりは唐突に来た。
バキッっという乾いた音ののち、彼は力なく腕を下ろした。
ヘイトは、亡骸となったランダバードから手を放し、残る脅威を排除すべく振り返った。
が、室内にエメネの気配はない。
見ると、百階へと続く階段の門が開いていた。




