それぞれの思い
しばらく表舞台から身を引いていたエメネとランダバードは、連れ立ってクリスタルタワーで戦闘を繰り広げていた。
というのも、ある男と再会したからである。
「アンクランの言ったこと、本当に信じられると思うか?」
クリスタルタワーを登り始めてからしばらくして、中腹というところで休息をとっていたランダバードは言った。
「特異点の話?」
エメネは問い返す。
自分も調停者として、システムの話を何も知らなかったわけではない。当然、特異点のこともだ。エラーを正す身であれば、否が応でも関わってくる。
アンクランの話で目新しいことといえば、フェガリの件だ。
まさか特異点を吸収していただなんて。それを力に変えることができる話も、聞いたこともない。
もっと言えば、アンクランが再構築の際に遭遇した特異点を取り込み、その上で生き返ったことも予想だにしなかった点だ。
セバスという異質な存在に予期せず殺されたことによって引き起こされたのは、アンクランに対するエラーだった。
本来、冒険者や調停者はPCに当たる。故に、死んでもその直前の状態でシステムによって再構築され、生き返るのだ。
だが、アンクランは、故意にアクティブにされたNPC――つまり、システムにとって予期せぬ存在に命を絶たれた。それが原因で再構築に時間がかかったものと思われた。
アンクランは自分の復元を待っている間、システムの裏側を覗くことができたという。そしてそこで、特異点を見つけたのだ。
新たな力は同時に、とある人物の記憶の一部をも彼に授けた。
――クウィスト・エンフィールド。この世界を創った張本人だ。
アンクランによると、クウィストはフェガリと旅をしていた過去があるらしい。そこで二人は特異点と遭遇し、ある約束を交わしたというのだ。
約束の内容に関しては、アンクランは明言しなかった。記憶が欠損しているのか、ただ単に言わないだけなのかはわからない。
しかし、フェガリが特異点に固執する要因は間違いなく、クウィストとの約束にある。アンクランはそう断言した。
ここまでの事情を知ったエメネとランダバードは、アンクランの行いと真意は保留として、ひとまずは協力することを決めた。
フェガリの思惑を阻止するには、残された特異点を確保するしかない。アンクランはそう考えていた。
「よくわからない内に、事態は大きく進展していたようだ。俺も己の私怨だけで戦うわけにはいかなくなってきた」
ランダバードは干し肉を食いちぎりながら言った。
彼の正義感や責任感は見上げたものだと思う。発端は物凄く理不尽な虐殺だったはずだ。戦うことを決めた後だって、世の中の理不尽とずっと戦い続けている。それでも、自分にできることは何か、考え続けているのだ。
「…本当にそうかな? あたしは、あんたはずっと自分のために戦えばいいと思うけど」
「なぜだ?」
「アンクランが言うこととか、フェガリが何をしようとしてるかなんて関係ない。あんたはあんたで、やらなきゃならないことがあるでしょ?」
「それはそうだが…。俺も力を得た者としての責任があると思う。失ったものも大きいが、この力を得たのは、何かを成し遂げるためだと…そう思う」
「ただの村人だったあんたに、そこまで言われるとねぇ…」
「ただの村人がこういうことを言うと不思議か?」
「まあ、ねぇ…」
エラーが多発してからというもの、NPCの挙動も人間味を帯びるようになったと思う。気味が悪い…といえばその通りなのだが、世界がより自然な形に近づいたことも事実だ。
「特異点のことは、あたしに任せてよ。あんたには長生きしてもらいたいしさ」
たとえ、エラーを放置することが許されないのだとしても、彼が得た人間性はデータとして貴重なものだ。NPCが自我を持って動く。それは、より完成された世界のために、守っていかなければならないように思えた。
休息を終えた二人は残り半分のフロアをできる限り急いだ。
道中の敵の数は少なく、上階に上がるにつれて敵の強さが増しても二人で十分に対応できるものだった。
やがて二人は、派手な装飾の施された大きな門のあるフロアに到達した。
「ここは…」
ランダバードがそびえ立つ門を見上げて呟く。
「九十九階。魔将軍ヘイトが待つフロアだね。未だかつて、この階を抜けられた人間はいない」
「俺たちが最初ってわけか…」
彼は言いながら門に手をかける。
とても人の力では開きそうにないが、門は見えない力に押されて物々しく開いた。
二人は何も言わずに中に進む。
ここに来るまでの間には、進む者を殺しかねない罠も多数仕掛けられていた。警戒するに越したことはない。
「紅茶…?」
ベランダに出たランダバードがテーブルに置かれたティーカップを見つけて言う。
「意外と紳士なのね」
だだっ広い空間には戸棚が一つあるだけだ。その中にもクッキーなどの菓子が入っているだけで、特に変わった様子は見られない。
二人は奥にある両開きの門扉へと向かった。
「この先に、百階へ通じる階段があるはず。準備はいい?」
エメネはただならぬ緊張感を感じていた。
前人未踏のフェガリの居城。そこに待ち受けているのは恐らく、単純に彼の生活空間なのだろうが。
「ああ」
ランダバードの相槌を聞いて、エメネは扉を開こうと手を伸ばした。
「止まれ、人間」
その声が背後から聞こえたとき、エメネは息が詰まりそうになった。
――魔将軍…!?
振り返ると確かにそれはそこにいた。
「どうしてここに!?」
「貴様…!」
ランダバードも目を見開いている。
「俺はクリスタルタワーの魔将軍。魔神フェガリの城を守る番人だ」




