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クリスタルタワーの魔将軍 ~最凶の魔物の復讐劇~  作者: 鹿竜天世
第一章 最凶の魔物
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森で出会ったのは

 ただ、復讐をするにも、どこに行けばいいのか皆目見当もつかなかった。


 単純に人殺しができれば何でもいいというわけではない。俺は野蛮人じゃない。魔物に害をなすであろう存在のみ、切り伏せられればよい。


 シルバによれば、クリスタルタワーから南へ続く道は深い森の中を突っ切っており、しばらく歩くと小高い丘に出るのだそうだ。そこからさらに南下すれば、人間の住む町に行き着くらしい。


 しかし、闇雲に人の居住区域に立ち入れば、それこそ大混乱を招きかねない。この世の猛者たちが群れを成して襲って来でもしたら、さすがの俺でも歯がたたないだろう。ここは考えて行動する必要がある。


 外界との接触が皆無だったヘイトにとって、シルバの存在はありがたかった。彼女はヘイトの知らなかった知識をたくさん知っている。


「この森はレヌシアの森といって、奥に白竜の泉という、白竜レヌシア様が棲む泉があるんですよ」


 道中、シルバは森の観光案内をしてくれた。まずは白竜レヌシアについてだ。


「会ったことはあるのか?」


「いえ、レヌシア様は普段、泉の中に潜っておられるので。わたしなんかが呼びかけても、絶対に出てきてはいただけません」


「それは、人間と戦わないのか?」


「あまりそういう話は聞きませんね。ただ、一部の人間や魔物はレヌシア様を神として崇めているそうです。だから、魔物というより、神様として扱われているのかもしれませんね」


「いろんな魔物がいるんだな…」


 人間とうまくやっている魔物もいるということだろうか。一概に人間が敵とは言えないのかもしれない。事実、昔は争いなどなく生活できていたのだし、な。


 シルバと話すことで、彼女のことも分かってきた。


 まず、彼女は見た目ほど若くはないということ。モンスターの中でも言葉を話せるのは長寿の証で、一握りだけだという。とはいっても、彼女は死んでも記憶が受け継がれるため、年齢は記憶だけということになるのだが。


 次に、彼女の故郷はヴェルツ大石窟という大きな洞窟らしいということだ。その洞窟には多くの魔物が生息しており、日夜侵入者と激闘を繰り広げているのだという。ただ、いまだに最深部までたどり着いた人間はおらず、そこだけは魔物たちにとっての安息の地となっているらしい。場所の詳しい情報も教えてもらったが、外界を知らないヘイトが位置を特定し得るには至らなかった。


 しばらく歩くと、分岐点に差し掛かった。


「左の太い道はさっき言った町に続いてます。右の細い道は、白竜の泉に続いてますが、その前の人間が住む小さな集落を抜けなければなりません」


 人の住む集落か…。一度見てみたい気はするが、姿を曝け出して無用な混乱を招きたくはない。ましてや、塔に俺が不在であることを知った人間が、何をしでかすか分からない。ここは避けて通るべきか…。


「あ」


 悩んでいたヘイトは、不意にシルバが発した一文字で顔を上げた。


「どうした」


「人間です!」


 ――人間!?


 先ほどシルバに、集落に続くと教わった細い道を、二、三人の人影が歩いてきているのが見える。


「どうしましょう!?」


 慌てふためくシルバをヘイトはなだめた。


「落ち着け。向こうはまだこっちに気が付いていないみたいだ。おそらく、遠目からでは人と区別がつかないだろう」


「な、なるほど。私たち、シルエットは人間に近いですものね!」


 下半身のないシルバはいざ知れず、巨体とはいえ俺の体の見た目は人間そのものだ。薄暗い森の中では気が付くのに時間がかかっても不思議ではない。


 とはいえ、鉢合わせてしまったらまずい。ここは左に進むしかないか…。


 そう思った時だった。


 ヒュンッ!


 何かが空を切る音がして、シルバが呻いた。


「うっ…」


「どうした」


「撃たれました…」


 撃たれた…?


 見ると、シルバの腹部に一本の矢が刺さっている。


「私の正体がバレたのでしょうか…」


 力なく言うシルバを見て、ヘイトは心の中に沸々と湧き上がるものを感じた。


 背中の剣に手を伸ばし、深呼吸する。もはや吐息が湯気となって立ち昇るほど、体が熱を帯びている。


 この感覚は…、なんだ…?


 疑問こそ浮かべど、衝動を抑える理由にはならない。


 俺の体は動き出した。


「おい、なんか来るぞ!」


 弓を構えていた男の一人が言う。


「避けろ!」


 ヘイトは道端の茂みに飛び込もうとした男を鷲掴みにし、傍らの木の幹に叩きつけた。


 見るも無残な死体となったそれを森に投げ捨て、道の真ん中で立ち尽くしていた男の頭に剣を振り下ろす。


 断末魔を上げる間もなく、その男は崩れ落ちた。


 即座にもう一人の標的を探すが、辺りに見当たらない。どこかに隠れているのだろう。ヘイトは神経を研ぎ澄ませた。


 不意に鎧に何かが当たる音がした。隠れた男が弓を放ったのだ。


「そこか」


 ヘイトは大股で男の隠れている木の裏に回り込み、もはや抵抗の意思もない狩人の体を掴んだ。


「死ぬ前に答えろ。なぜあいつに弓を引いた?」


 今まで感じたことのない恐怖に顔を歪ませながら、男は言った。


「し、シルバーメタリック族なんて、この辺りじゃまず見ないからな…。仕留めればみんなに自慢できると思って…」


 その言葉に、ヘイトの怒りは燃え上がった。


「お前たちは、己の私利私欲のために、こうも軽々しく彼らの命を奪おうというのか!」


 掴まれた体を締め上げられて、男は苦しみに喘ぐ。


「お、お前たちだって、俺たちの集落で物を盗んだりするだろうが…!」


「物を盗む…? モンスターが?」


「ああ、そうさ。この森に棲む魔物の中には、手癖の悪い奴がいるんだ」


 その一言を聞いて、ヘイトは男を掴む手の力を緩めた。


「そのモンスターのところに案内しろ」


「はあ!? 何言ってやがる。あいつらの棲み処に近寄りでもしたら、それこそ殺されて終わりだろうが!」


「俺が話をつける」


 男は怪訝そうな表情でヘイトを見ていたが、体を掴まれて拘束された状態で首を横に振るわけにもいかず、渋々了承した。


「わ、わかったよ…」


 それを聞いて手を離したヘイトだったが、釘を刺すことを忘れてはいない。


「もし逃げ出しでもしたら――」


 目で彼の仲間の亡骸を見やる。男も理解したようだ。


 シルバの元に戻ると、彼女は体内に入った矢を引き抜こうと躍起になっていた。


「見て下さい、これ、折れちゃって、先っぽが抜けないんです…」


 確かに、彼女に刺さった矢は先端を残してポッキリと折れていた。鏃が半透明の体の中に埋まっているのが見える。


「痛むのか?」


「いえ、痛くはないんですけど…」


 さすがの防御力といったところか…。この程度の攻撃では、ダメージを負った素振りすら見せない。


 ヘイトは手甲を外し、彼女の腹部に手を伸ばした。そして、指をゆっくりと押し付けていく。


「う、うう…」


 シルバが微かに息を漏らす。


「痛むか?」


 指を差し入れようとしているので、流石に痛いのではと思ったが、シルバは首を横に振る。


「無理はするなよ?」


「は…い…」


 温かい。シルバの体内は想像以上に熱を持っている。


「す、すごい…。ヘイト様の指が、中に…」


 シルバは何かを我慢しているのか、悶えながら言った。ヘイトのもう片方の手を握りしめ、体を時折震わせている。


「取れたぞ…」


 ヘイトは鏃をつまんでゆっくりと引き抜いた。


「うはぁっ」


 シルバが息を吐く。全身に力が入っていたようだ。かなりの体力を消耗しているように見える。


「大丈夫か?」


「はい、おかげさまで…」


「歩けるか?」


「なんとか…」


 言いかけて、シルバはよろめいた。ただでさえ上半身しかない体が、胸元までなくなってしまったのだから、ヘイトも驚かずにはいられない。


「おい、ほんとに大丈夫なのか。少し休むか?」


「そ、そうですね…。すみません」


 シルバを近くの木の傍に連れていき、ヘイトは捕らえた男に向き直った。


「お前、名前は?」


 先ほどまでの光景に唖然としていた男は、自分に質問されているのだと気が付くのに数秒の間を要した。


「な、なんでお前らなんかに教えなきゃならない?」


「お前に案内役を任せるにあたって、呼び方に困るのは不便だからだ」


「そ、そもそもあんたら何なんだよ! 恐ろしく強いし、モンスターのクセにべらべら喋るし…」


「話をする気があるのかないのか、どっちなんだ?」


 ヘイトが凄むと、男は委縮した。


「ち、ちがっ…。俺は…」


「名前を教えろ。それ以外はしゃべるな」


「ローリーだ…。ローリー・ファスト」


「俺はヘイトだ」


「モンスターなのに名前が――」


ローリーの声はヘイトの視線によって遮られた。そして彼がしばらく喋ることはなくなったのだった。

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