再来
王宮の前庭に到着したとき、ヘイトは胸を撫で下ろした。
目前にフェガリの姿が見えたからだ。
魔神は正面の門の方を向いて、静かにその場に佇んでいた。
「フェガリ様、ようやく追いつきました」
その声を聞き、フェガリは振り返ることなく答えた。
「ヘイトか。よく来たな」
ヘイトがゆっくり近づこうとすると、フェガリは片腕でそれを制した。
「寄るな。お前が太刀打ちできる相手ではない」
一瞬、フェガリが何のことを言っているのか理解できなかった。
よくよく見ると、門の前に人が立っているのが見える。が、別段変わった雰囲気は感じられない。強いて言うならば、剣を携えている割には妙に軽装であるところが引っかかる。
「あの男は…?」
ヘイトの疑問に、フェガリは答える。
「すぐにわかる…」
不意に、その男が歩き出した。
前に進み出でると、影って判別しづらかった顔が徐々に明らかになっていく。
ヘイトはその正体を知って、驚かずにはいられなかった。
「アンクラン…?」
恐る恐る、その名を口にする。
見覚えがあるどころか忘れられるような顔ではないのに、にわかには信じられない。
「魔将軍ヘイト…。あなたの姿を見るのは、ケプラン以来ですね」
「どういうことだ…?」
「驚くのも無理はありません。あなたは所詮、魔物なのですから」
アンクランのひどく落ち着いた声色は、確かに彼の再来を意味していた。
「ソールシュルツ・アンクラン。貴様と会うのは私も久方ぶりだな」
フェガリが言う。
「ええ、フェガリ・リーエント。あなたは相変わらずお美しい」
フェガリ様…!? 彼を知っているのか? それに、俺があの男に太刀打ちできないだと…?
「あのよく分からない産物に切り殺されてから、どこで何をしていた、アンクラン」
「ああ、あの青年ですか。役に立つと思ったのですが、見当違いだったようです。まあ、そのおかげで私はこうしてあなたの前に立っていられるわけですが」
「私を殺そうとあれこれ策を巡らせていたのだろう? それがこうもあっさりと目の前に現れるとは。血迷ったか?」
「とんでもない…。私も、何も知らないふりをするのは疲れたのでね…」
「まあいい。貴様が何を手に入れたのか、見せてもらおう」
フェガリはそう言うと、体を包む薄いベールから細い腕を差し出した。
対してアンクランは腰に携えた剣を引き抜き、切っ先をフェガリに向けて構える。
「ヘイト様、どういうことでしょう?」
シルバが疑問を投げかけてくる。
「分からない。アンクランが生き返ったのは輪廻転生の力なのか…? だがそれにしても、なぜ剣を武器にしている? ヤツの力は死霊術だったはず…」
「ヘイト」
フェガリはアンクランを見据えたまま言った。
「手出しするな。私が始末する」
フェガリに反抗するつもりは最初からなかったが、それ以前に謎が多すぎて、戦いどころではなかった。
ヘイトは一歩下がって、事の顛末を見守ることにした。もちろん、フェガリの身に何かあったときはその限りではないが。
「ハッ!」
アンクランが短く息を吐き、大きく前進する。
その速度は想像以上に早かった。死霊術を駆使していたときとは別人のようだ。
アンクランの剣がフェガリを貫こうかという距離まで迫ったとき、フェガリ側にも動きがあった。
ヘイト自身、フェガリが何か攻撃手段を持ち合わせていたとしても、それを見たことはなかった。魔神はいつも、圧倒的なまでの威圧感と、得体の知れない魅力を漂わせて他者の心を掌握するのだ。
フェガリの指先から放たれたのは、とても形容しがたいものだった。
数多の立方体の群、とでも言おうか。大小様々な無色透明な立方体が指先から発せられたのだ。それらは真っ直ぐと群を成して、さながらヘイトが目から発する光線の様にアンクランに襲い掛かった。
軌道を修正してその光線を避けたアンクランは一度後方に退いた。
「恐るべき技ですね、フェガリさん」
「当然だ。強者たるもの、奥の手は持ち合わせていなければな」
「ですが、私とて何の準備もなしにここへ来たと思ってもらっては困ります」
アンクランが不敵な笑みを浮かべる。
彼の姿が揺らぐ。
ヘイトは察しがついた。瞬間移動だ。
だが、名のある魔導師でさえ、瞬間移動を発動するにはそれなりに時間を要する。それをこれほどの短時間でやってのけようというのだから、彼が尋常ではないことは明白だった。
アンクランは一瞬でフェガリの背後をとると、その無防備な体に斬りかかった。
「フェガリ様!」
ヘイトは思わず叫んだが、その心配は杞憂に終わった。
フェガリにアンクランの剣撃が届くことはなく、何か見えない壁に阻まれたようだった。
「アンクラン…。私を見くびっているのか?」
アンクランは答えようとしない。が、退こうともしない。というより、できないようだ。
フェガリがゆっくりと振り返る。
「貴様が何を得たのか、私には容易に想像できる。しかし、それを使いこなせないようでは私の前に立つ資格はない」
フェガリはアンクランの額に指先を付けた。
アンクランの険しい表情が見て取れる。彼は正真正銘、焦っているのだ。
フェガリの指先から立方体が放たれようという瞬間、アンクランはまたも瞬間移動を発動させた。
「やれやれ、さすがですね、フェガリさん」
遠目から見てもそれは強がりだとヘイトにもわかった。




